いつもと違う朝2
部屋には私一人だったので、しぶしぶ「は〜い」といいながら重たい身体で立ち上がり扉に向かった。そして、今日は何の予定もないはずだと首をかしげながら扉を開く。
お針子さんが忘れ物したのかな?
あ。また、フォルだったらどうしよう…。
全く相手に心辺りがないので一応用心して、10センチくらいの隙間から様子を伺うと銀色の髪と騎士の服が見える。
え?やだ。
私の予想ではクロスとディンだ。嫌いな訳では無いけれど、今は顔を合わせ辛かった。
正直な私は反射的に扉を閉じようとしたけれど、隙間に黒い靴が入りこみディンらしい手に開かれてしまう。
やはりそこには、クロスとディンがいた。事前に相手を確認する事がいかに大切か身に染みてよく分かる。
今度、魔力のない私用にドアスコープを付けて欲しいとお願いしても構わないだろうか。けれど、こんな高そうな頑丈そうな扉にグリグリと穴を開けろとは、とてもじゃないが言えない。
なら、ドアチェーンはどうだろうか。けれど、ここは客室だ。誰が使うか分からない部屋だ。私が便利だからとチェーンなんかして、他の人の使用時に何かあったら困らせてしまうかもしれない。
現実逃避気味に頭を働かせて一人防犯会議を開いていると、今日も優美なクロスが麗しくも楽しげに言ってきた。
「ユウリ。今、少しよろしいですか?」
クロスの声に顔を上げるとディンの顔が目に映る。
ディンもどことなく嬉しそうに見える。途端に昨日の二人の濃いスキンシップを鮮明に思い出してしまった。
全然よろしくない。昨日あんなに濃い…いや、あれは指導だ、指導。そうに違いない。行き過ぎと感じるが異文化の指導と説教だ…。
いくら、自分にそう言い聞かせても異世界スキンシップ文化になれないからか、私の世界でも男性に免疫がないせいか、顔が赤らみ返事も出来ないまま挙動不審になってしまう。
俯きながらチラリと二人を伺うと、私とは対照的に昨日の事など無かったかのように見える。私はソッコー俯き姿勢に戻した。
私だけ動揺してるよね。
これは二人が美形だから余裕があるんだろうか。それとも、もてるタラシと平凡奥手女子高生との異性に対する経験の差からの違いなんだろうか。
もしかしたら、働く大人の余裕なんだろうか。私は、どこでも養われているし…。
あぁもう、どうでもいいから取り合えず帰って欲しい…。美形は見慣れてはきたけど、スキンシップが濃いから落ち着かない。当たらず触らず…遠くからが一番いい。
二人の歳を、立場と見た目からもギリギリ二十代と予想までして心で呟いていた時に、後ろにも誰かいる事に気が付いた。
その人物が誰かを認識した途端に、私の手は目の前の二人を掻き分けるように動き、足も吸い寄せられるように進んでいく。さっきまでの呟きも瞬く間に消え去った。
あぁ、嬉しい。
幸福感すら感じた私は、その人物に辿りつくと二人に背中を向けたまま向き合って立ち、袖口をキュッと握り見上げた。
「ユウリ。久しぶり。元気にして…いらっしゃいました、か?」
たどたどしく遠慮がちなロイズの言葉に、飛び付きたくなった。感無量だ。
私の知るこの世界の人の中で唯一普通の人に思えるロイズだ。
リンダとも仲は良いがどこか主従関係が残っている。今はまだ夜の慰めの誤解を埋め戻し女友達を目指している所だから。
「ロイズだ…」
ロイズも整っている顔立ちなのに、無駄にキラキラ感が無いのがいい。威圧感も妙な迫力も無くていい。声も普通で変に艶も響きもなくていい。
この距離感でも何の裏もなさそうで構えなくていい。『いや、マズイって。離れてよ』と顔に書いてあって、私の腕を掴み外そうとするのがその分かりやすい証拠のようでいい。
やっぱりロイズはいい。
「ロイズ…会えてよかった。私、ロイズに会いたかったんだ…」
ロイズの手に対抗して、誰が離すものかとばかりに私は掴む片手を両手に増やした。そして、ロイズに溢れてしまいそな気持ちを言葉で伝える。
さすがに私がいくらクロスやディンよりロイズが良くても、自分から男性の手を握ったり腕を組む度胸は恥ずかしくて出なかったからだ。けれど、相手がロイズだから頑張りたかった。
少しするとロイズは袖口を掴む私の手を諦めたのか、私の背後の二人を伺うようにしながら大きなため息を落とした。
「…はいはい。分かりましたよ。
私もユウリ様にお会いできて嬉しい限りでございます。ですが、この場ではいつ人がくるやもわかりません。お話も進められませんので、お部屋に入る許可を頂けませんか?」
ロイズは、友達に見せる困った様な態度をガラリと変えて、私の目を見て言った。
いつものロイズと違う。目上の立場の者に話す言葉と態度だ。
けれど、そんな風に畏まった中でも私の手をロイズは優しく親しげにポンポンと叩いた。安心させるような手のスキンシップに暖かみを感じてしまう。
何だか普通な私を認めていてくれてるようで嬉しくてだまらない。
すると、不思議な事にロイズのいつもの制服姿が、さっきより格好良く見えてきた。私の目にはキラキラ感も漂っている。
キラキラ感が標準装備されている人より、ロイズのように普段は普通な人がキラキラして見える時間ってなんて素敵なんだろう。
こんな魅力もあるなんて、やっぱりロイズは私のオアシスだ。ギャップに萌えると言う言葉の意味が分かった気がした。
私の中でロイズの株が急上昇する中、
背後から地を這うように低い声が聞こえた。
「…もういい。入るぞ。いいな」
不機嫌そうにロイズと私を見たディンに腕をとられ無理矢理のように促されたけれど、今の私は何も悪い事はしていないはずだ。ロイズに会えて嬉しかっただけだ。
名残惜しいけれど逆らう理由も無いので部屋に招き入れた。
ソファーにはクロスとディンが向かい合って掛けたので、お茶を用意しようとすると不要だからクロスの隣に座るように言われた。残念やら安心したやら、複雑な気持ちのままソファーに向かった。
私の隣にクロスが座り、目の前にディンが座っている。ロイズは入口近くに立ったままだ。なので、昨日のようにはならない気がして安心して座った。
けれど、いつもは騒がしい妖精達が静かに立ち去る。そんなに余裕のない空気になるとは、何の話しなのかと構えているとクロスが口を開いた。
「ユウリ、せっかくですが私達に今はあまり時間がありません。残念でたまりませんが、すぐに例の魔具を貸して下さい」
何かを堪えるようにクロスが話始めた。
構えてはいても「例の魔具」は分からず、困る心当たりのある伝達の魔具を差し出された手の平に伝達の魔具を置いた。クロス頷くから正確のようだ。
それから今回もクロスはピアスを軽く手で握りると、すぐピアスを差し出してくる。付けて両耳がみえるように髪をかけろと指示された。素直に従うとクロスの長い指の先が両耳に軽く触れる。
「どうですか?」
「大丈夫だ」
意味の分からない会話がクロスとディンで交わされる。
「ユウリ、これで大丈夫なはずです。試します。いかがですか?」
クロスからは、何も感情が伝わってこない。一連を見ていても私には意味が分からないが、プライバシーが戻ってきたんだろう。
「あの、何をしたんですか」
未知なる魔法に対する純粋な疑問だ。
「あぁ、ユウリが気にしていた魔具の調整と、ユウリから術感じられたのでそれを少し隠しました」
何でもない風にそう言われても、私には意味が分からないので首を傾げるしかできない。
「大丈夫です。普通には分からないはずです。魔石を利用して隠しただけですから、ユウリの生活に何の支障もないでしょう。では、私はこれで失礼いたします。」
あれ?もう帰るの?
拍子抜けする程あっさりとしたクロスの態度に驚いていると、当の本人はドア開けると振り返り言った。その顔はどこか疲れて見えたのは気のせいだろうか。
「ディン。来ましたよ」
「なら、俺も行くか。ユウリ、またな。しっかり話しを聞いとけ」
クロスの言葉に退室するディンとすれ違いながら開かれたドアから入って来たのはランバートだった。
慌ただしく二人が退室した今、私の目の前のソファーにはロイズとランバートが並んで座っている。そんな中で、二人のスキンシップは暇つぶしではなく、遊びだったんだろうと核心した。遊ばれた立場としては気分が悪い。
自意識過剰だった自分に腹が立ちそうでいたたまない。
どうしようもなく今、部屋にいるロイズとランバートを強張る笑顔で八つ当たり気味にお茶に誘うと、しぶしぶながら断られなかった。
私は、少し落ち着ける時間が欲しかった。
「隊長達は今日も忙しいそうだね」
「ほんと忙しいのにあんな事してさ。さすがと言う程に感じられないけど、周りにばれたら質問の嵐だろうね」
私を気にする事なくドアを見つめてロイズが呟いた。その言葉に、ランバートが答えるように私に話しかるけれど、さっぱり意味が分からない。
しかも、ランバートの言い方にどこと無く険をかんじる。
あ。もしかして昨日の事を気にしてるのかな?
「あの、私のお気に入りのお茶でもいい?」
「いいよ。あんまり俺らに気をつかわないで」
答えてくれたロイズの笑顔が癒しのようだ。嬉しい。ランバートはと様子を伺うとふて腐れているようだ。
やっぱりそうだ。あの後、揉めたのかな…。もしかして…
クロスが居住にもどると、イラついた様子のランバートが窓から外を見ていた。
『おや、ランバート。こんな時間にどうしました?』
『どうした?ですか…』
振り返ったランバートの口調は厳しいか顔は泣きそうに見える。
『あぁ、先程はありがとうございました。とても有意義な時を過ごせました』
それに気がついているはずなのにクロスは妖艶に微笑んだ。
『どうして、あんな役割を俺にさせたんですか』
『ランバートだからですよ。どうです?ずっと私がユウリとどうしていたか気になりましたか?』
『別に…』
クロスは苛立つようなランバートの前に立つと、顔を背けた顎を掴み自分と向き合わせた。
『そうですか…。てっきり、密場と呼ばれるあの場で私とユウリが淫靡な事をしているかと考えていたのかと思いました』
その言葉が当たりと言うようにランバートは頬を染め目線を反らする。
『あぁ。けれど違うのですね。残念です。私は、胸に焦げの一つもつけられ無かったのですね』
『隊長、そんな…』
慌てたようにランバートが首を振るがもう遅い。クロスは指先で優しくランバートの唇を押さえ言葉を遮った。
『名すら呼んで頂けないとは寂しい事です。これからもっと深く貴方の心に私を根付かせてあげましょう。そうなれば私はとても…』
ランバートの唇を撫でながら話すクロスの続きの言葉は、重なったランバートの唇に飲まれていった。




