暖かい夜
ディンの腕の力をきつく感じる程に囲われた転移で、やっと部屋に帰りつけた時にはもう疲れ果てていた。
伝達の試しにかこつけたクロスのからかいにディンの登場。続いてディンのからかいとお守り作りに、果ては珍しいらしい美味しいディンのお土産のお菓子だった。
そして帰りついた私が使う客室では、不機嫌に怒っているはずのディンが去り際に「これも土産だ」と小さな袋を私に手渡し、私の顎をすくい上げ唇の端に口づけると笑みひとつなく固まる私を残したまま転移していった。
部屋に誰もいなくて良かったぁ。
口づけも親愛、親愛…。
誰にも見られなくて良かったぁ。
呪文のように唱えながら、困った事ばかりじゃなくて良い事もあったと自分を慰めてしまう。
恐るべき異世界の異文化口づけ&スキンシップコミュニケーションだ。ただでさえ慣れられないのに、そんなのを他人に見られるなんて相手には慣れた文化でも私は恥ずかしすぎる。
到底全てを受け入れられないと思いながらも、私は人目のない居室で穏やかな笑みのディンの指につままれ私の口を誘うお土産のお菓子に素直に口を開けて食いついていた。
久々のお菓子の甘みに夢中になりすぎた勢いで、ディン指までをくわえてしまったほどだ。すぐに謝りながら、たくったスカートの裾を持ち上げて慌てて指を掴み拭こうとして、ディンをさらに不機嫌させて席をたたせた事までしっかりと覚えている。
そのあとは何故か、ディンがいれてきてくれたお茶を飲みながらまた同じようにお菓子を食べさせて貰ったけれど目線は合わせてもらえなかった。
申し訳ない事をしてしまった。
この粗忽さも食い意地もどうにかしないと、本当に餌付けされてしまいそうだし、図々しく思われているだろうという反省もディンの居室でした。
それでも流石にこの世界では一番お世話になった二人に続けて「お前は面白い」とでもいう風に密着してからかわれたら悔しい気もする。
それが「教えてやってるんだから」と上から見られた理由からされたとなると尚更だ。
乙女の純真をもて遊ばないでもらいたい。私は妄想の世界の一般的な男女&男男交際ですらジタバタしてしまうんだから。
ちっ。美形は引く手数多なんでしょうよ。経験も豊富で余裕もあるんだろう。
なら、平凡な私に密着してからかうより口頭で教えて、現実で素直に好きな綺麗なお姉さんやお兄さんを口説いてイチャコラ濃く楽しくしたらいいのに。
いや。このままからかわれてなるものか。今に見ておれ。
いつか私だって…たぶん、きっと、もっと成長したら…。
悔し紛れに意味なく威張ってみてもなんの反論も出来ず、なんの目標もプランもたたない。
ただ、ひねくれながら張れて大きくなり痛みのある指のペンだこを撫でた。
魔力も特別な力も物語のような特別な役割も与えられていない何も無い地味な私だけど、真面目に地道に続けている私に与えられた解説の仕事はこの世界の何かにはなるはずだ。
まだこの城にいなければならないんだから二人にからかわれても、この頑張りのペンだこが出来た経緯を支えに出来る事を続けよう。そして二人を全力で避けよう。
そうしたら、まだ一人でも大丈夫なはずだ。深く考える事もなく、すんなり元の世界に帰れるはずだ。
自分に言い聞かせながら、転移の光が消えてもその場を動けず見つめていた。
寝室に向かおうとして思い出した小袋を開けてみると色や型が違う筆記用具が三本出てきた。見た目はシンプルだけれど、握ってみるとどれも手に馴染み書きやすそうな筆記用具だ。
濃いスキンシップさえなければ良い人達なんだけどなぁ…。
からかわれたのは嫌だけれど、クロスとディンに心配と優しさに感謝の言葉を迷った末に念じて、私は今日の濃いスキンシップは忘れる事を決めた。
それからすぐに寝室に入り、立ったままベットサイドにある水差しの水をグラスで一気に飲み干した。ひんやりとした水分が体の全てに行き渡り潤った気分で美味しい。爽快とまではいかないが、今日も一日お疲れ様のビール気分が分かった気がする。
ベッドに入り厚いのに軽く柔らかい布団に首まで包まると、自然と身体の力も抜けてくる。頬は自然と緩まり大きく息を吐いて落ちつける。一人だけの空間ってなんて素敵なんだろうと感じられたくらいだ。
今日はこれだけ疲れているんだから、嫌な夢もみず、ぐっすりと寝れるだろう。
もう、天井裏の人達の事は思い出しもしなかった。
けれど窓は閉めているのに、天井から吹き降りた弱い風に驚き思い出してしまった。やっと、誰にも邪魔されない深い睡眠につけると思っていたのに。
見るだけならずっと見てたらいいじゃん。私、見てても何もしないんだから。時間の無駄だよ。
それより私なんて、思った感情が勝手に相手に伝わっちゃうんだよ。
どう思う?私はそんなの聞いてないのにだよ?普通におかしいでしょ?
聞いてたら誰でも絶対に嫌がるよね。けど、そうなの。だから、少しは私を気の毒に思って何とかしてよ。
こんなに眠りに尽きたいのに、まだ逃げられないとなって腹立たしくなった。
何かしてくるかも知れない見えない天井裏の人達なのに、心の中で拗ねた八つ当たりをしてしまう。なのに態度ではやけになりきれず、手では静かに囲いを作り目かくしをつくる。開けっ広げになれないあたりが、やっぱり一般人な私なんだろう。
不機嫌な顔で心の中で悪態をついたのに、また首まで布団に包まり自分の寝やすい体制に落ち着けた。全身の妙な緊張もぬける。
睡魔も訪れまどろむ私の耳に、今夜は珍しく闇の聖霊と暗いのに風の聖霊の声が聞こえた。
『ユウリ、大丈夫?お疲れ様。花園では大変だったね』
なんで、このタイミングで話かけてくるんだろう…。
「なんで知ってるの?ごめんね。今日はもぅ、寝させて…。おやすみなさい」
意地悪そうな風の聖霊と押し殺したような闇の聖霊の声に悪いと思いながら、目を閉じたまま心配の気持ちは嬉しく小声で答えた。
近くから聞こえたから、天井裏に届かないような囁く声で丈夫だろう。
祝福をくれた聖霊達だけれど、聖霊が取り纏める無邪気な妖精達の中には心にツキンと痛い態度や言葉を放つ妖精もいた。間違えていない事だから余計に痛かった。
だから聖霊達は更に甘いばかりじゃないだろうと思って構えてしまう。
今日は狸寝入りからでも寝るべきだろう。目を開けたくない。
『悠理が無警戒すぎるから困る事になる。嫌なら止めろともっと強く断れ』
当たりだった。
怒ったような口調の闇だけど、私にも予想外の出来事だったんだから仕方がない。それに、経験がないから迫られそうな空気が分からなかったとは言いたくなかった。
『花園にいた闇の妖精達が悠理が困っている声を闇に伝えてきてね。たまたま一緒にいた僕も行って、悠理の押す手に風の力を貸したんだ。』
『向こうも戯れの域は越えぬつもりだったろうが…。これが水だったら豪雨が続いただろうな。もう一人も気にくわないが…。悠理も悠理だ』
クロスの時の事?全然分からなかった。だから、あんなに男性の身体を軽く感じたんだ。
私が怒られている気もするが何故だろう。
「ありがとう。いつから見てたの?けど私が知らないうちに、あまり見てて欲しくないん…。」
過保護すぎる言葉を聞くと狸寝入りは長くはもたなかった。
言いながらそっと目を開くと、すぐ近くに闇の聖霊の顔があり驚いて言葉は止まり跳ね起きる。いきなり間近にある美形の顔は心臓に悪すぎだ。
なんで闇が隣に寝てるの?
『我等も礼儀くらい身につけている。覗きのような真似はしない。今回は悠理が抵抗していたから邪魔しただけだ』
いや、身についてないと思う!
そう、大きな声で言いたい衝動を掛布団を掴むことで押し殺した。勝手に触れそうな位置で寝てる時点でアウトだろう。
『だからと言って、僕らが悠理をほったらかして悩ます人間を何でも許しておくと思わないでね』
逆サイドからの不穏な空気に目を向けると、そこには言葉とは逆に夜なのに爽やかな風の聖霊が腕枕で寝ていた。
いや、いいから。それより、風までなんで寝てるの?
私、ちゃんと自分の事は自分で頑張るし成長も出来るつもりでいるからと慌て首を横にふる。
「いや、いいから。大丈夫だから。ありがとうね」
交じりそうな手振りは俯き髪を整える仕種でごまかした。
とりあえず、お礼も言えた。天井裏にも不審な行動には見られなかったはずだ。言いたい事も言えずにもどかしくなる。
『見られてるのだろう。横になれ』
闇が枕を叩くような音が聞こえるけれど、大きなため息しか出てこない。
この状態でですか?無理でしょう。
『ほら早く。悠理も疲れてるでしょう?添い寝してあげるからね』
いや。本当に疲れたけれど、それじゃあ緊張して寝られる訳がない。
『ほら』
不自然に思われない独り言になる言葉を探していたら、暖かい空気に包まれ押し倒される。胃の辺りも暖かくなる。
『夢もない程の闇をやる。なにも見ず寝ろ』
『お腹も暖かくしよう。月明かりも雲で隠してあげるからね』
聖霊達の言葉に緊張するよりも、ぐんぐん眠気が迫ってくる。
「私、どうしたらいいのかな…」
周りに心配されている事も、天井裏の存在を知ってから疑う私が嫌な奴に思えて仕方がない。
帰りたい気持ちや拒絶感から素直になれない私も嫌だ。
もっと色々考えないといけないのに、強い眠気に引き込まれて何も考えられなくなってしまった。




