第8話 マッドマックス 怒りのデス・ロード
映画紹介
公開年:2015年
監督:ジョージ・ミラー
主演:トム・ハーディ
水も緑も枯れ果てた暴力と狂気に支配される荒野で、独裁者イモータン・ジョーは砦に君臨していた。
女戦士フュリオサは、独裁者の支配から逃れるため、ジョーの妻たちを連れ出して反逆の逃避行に出る。
その逃走劇へ、囚われていた男マックスも否応なく巻き込まれていく。
改造車が砂漠を駆け抜ける、ポストアポカリプトカーアクション。
テーブルへ水を置く。
ペットボトルが二本。
袋入りのビーフジャーキー。
ミックスナッツ。
ゼウスは袋を手に取った。
「今日はずいぶん乾いているな」
「乾いた世界の映画を見ようと思って。それに今日は牛肉だぞ」
「この干し肉を牛と呼ぶか」
「文句言う前に食ってみろよ」
ゼウスは一枚つまみ、口へ運ぶ。
「……柔らかい」
「想像と違ったか?」
「干し肉とは思えん」
もう一枚口へ運ぶ。
「酒が欲しくなる味だ」
「今日は水」
ゼウスは肩をすくめた。
ペットボトルを持ち上げ透明な眺める。
「何度見てもこの容器は慣れんな」
キャップをひねり一口飲む。
「ほう、良い水だ」
俺はリモコンを手に取った。
「マッドマックス 怒りのデス・ロード」を選ぶ。
「牛は出るか?」
「出ねーよ。牛の出る映画を探す方が大変だ。水は出るぞ」
「水よりも牛の方がよい」
「牛が出る映画もないこともないけどな、気が向いたら探しといてやるよ」
*
荒野。
砂。
岩。
崩れた文明。
ゼウスは静かに画面を見る。
「荒野か」
「うん。いや、砂漠?まあとにかく荒地だ」
マックスが捕まる。
鎖につながれ。
血液型を調べられる。
ゼウスが眉をひそめた。
「奴隷か」
「そんなもん。主人公だけどな」
「まあ珍しいことではない。アポロンも人間の奴隷に落とされたことがある」
「アポロンが?」
「ああ、ただよく出来た主人でアポロンも感謝していた」
マックスは血液袋として檻へつながれた。
「ここの主人は親切ではないようだな」
*
巨大な砦。
イモータン・ジョー。
放水される大量の水。
人々が群がる。
しかし、すぐ止まる。
ゼウスの表情が変わった。
画面では人々が泥まで奪い合っている。
ゼウスはしばらく黙った。
「……嫌な王だ」
「水も含めて物資は貴重なんだよ」
「そうだとしても、もっと効率的に水を配れるはずだ」
「そこも含めて支配するためなんじゃないか?」
少し間を置く。
「やはり、嫌な王だ」
*
砦の奥。
女性たちが機械につながれている。
白い液体が流れる。
ゼウスが首を傾げた。
「乳か」
「母乳だな」
「山羊ではなく人間の母からか」
ゼウスは俺を見た。
「飢饉か?」
ポストアポカリプスをどう説明したものか。
「人間が世界を壊したって設定」
長い沈黙。
「なぜそんなことをした?……いや、人間如きがどうやって世界を壊すのだ?」
「戦争とか。爆弾とか。ゴジラの時見たろ?ああいうので」
「……人間は馬鹿なのか?」
「映画だから」
ゼウスはしばらく黙った。
「……やはり人間は愚かだ」
*
フュリオサが砦を出る。
補給車が進む。
突然、進路を変えた。
ジョーが異変に気付く。
無数の車が動き始める。
ゼウスが笑う。
「王の家から女を逃がしたのか」
「閉じ込められてたからな」
「戦になるぞ」
「お前が言うと妙に引っかかるな」
「私は女を檻には入れぬ」
「別の問題があるだろ」
*
轟音に太鼓。
火を吹くギターが現れる。
ゼウスは画面を指差した。
「おい」
「いいから見てろ」
「戦場で音楽を鳴らすのは分かる。なぜ火を吹く?」
「決まってるだろ。かっこいいからだよ」
さらに炎。
ゼウスは黙って見つめる。
「……」
「どうした?」
「たしかに派手でいいかもしれん」
「な?かっこいいだろ?」
「雷の次くらいにはよい」
「神が人間と張り合うなよ」
白く塗られた若者たち。
ニュークスが銀色の塗料を吹き付ける。
ニュークスはジョーへ向かって叫ぶ。
ゼウスは腕を組む。
「王ばかり見ている」
「忠誠心なのかな」
「子犬と一緒だ。戦士の忠誠心とは違う」
マックスは車の前へ縛り付けられたまま追撃へ連れて行かれる。
ゼウスが吹き出した。
「飾りか」
「血液袋って言われてるな」
「飾りよりひどい」
*
フュリオサは砂嵐へ突っ込む。
巨大な竜巻。
雷に炎。
車が宙へ舞う。
ゼウスが思わず立ち上がる。
「おお!」
雷鳴。爆発。炎。砂煙。
ゼウスは目を輝かせた。
「やはり雷は良いな。私の雷霆には劣るが」
「砂嵐と張り合うなよ」
*
嵐を抜ける。
マックスとフュリオサが向き合う。
銃を奪い合う。殴り合う。
互いを信用しない。
ゼウスは満足そうに頷いた。
「これでよい」
「よくないだろ」
「初めて会った相手をすぐ信じる方がおかしい。客が神かもしれぬ。怪物かもしれぬ。親族かもしれぬ」
「お前の場合は親族が1番信用できないもんな」
「1番とは言わぬが、否定はせぬ」
やがて二人は同じ車へ乗る。
信用したからではない。
生き残るためだった。
ゼウスはマックスを見る。
「この男」
「うん?」
「地味だな」
「主人公だけど」
「珍しい主人公だ。こんなに地味では詩人が困るぞ」
*
夜が明ける。
追撃は終わらない。
砂煙の向こうから、新たな車列が現れる。
画面の中で名前が響いた。
ゼウスの手が止まる。
「この男は……人を食うのか?」
「知らん」
「知らんのか」
「食った場面は出ない」
画面には肥え太った男。
脂肪に埋もれた身体。
ゼウスは顔をしかめた。
「食うかどうかはともかく、醜いな」
続いて別の軍勢。
ゼウスが吹き出した。
「武器将軍。そのままではないか」
「分かりやすいだろ」
画面には銃、砲弾に爆薬。
「名前負けはしておらんな」
やがて一行は緑の地へたどり着く。
しかし、そこに緑はなかった。
枯れ木と汚染された沼。
フュリオサが崩れ落ちる。
ゼウスは何も言わない。
しばらく画面を見つめる。
「遅かったか」
俺は黙っていた。
「帰る場所がなくなるのは、つらいものだ」
*
このまま先へ進んでも希望はない。
戻ればジョーがいる。
マックスが口を開く。
来た道を戻る。砦を奪う。
ゼウスが笑った。
「そう来たか」
「何だ」
「逃げる話ではなかった」
車が反転する。
全員が砦へ向かって走り出す。
ゼウスは頷いた。
「奪い取る話だったか」
*
ジョーたちも進路の変化に気付く。
全軍が反転する。
荒野を埋め尽くす車列。
ゼウスは腕を組んだ。
「ここからが本番か」
「そうだ」
「良い顔になったな」
マックスは何も叫ばない。
ただ前だけを見て車を走らせる。
「この男は、ようやく腹を決めたか」
*
老婆たちも戦いに加わる。
白髪に深い皺。
銃を担ぎ、バイクへまたがる。
「勇ましいな」
「かっこいいよな」
「老いてなお武器を捨てぬ者は嫌いではない」
ゼウスは静かに頷いた。
「よく生きた者の顔だ」
追撃が続く。
細長いものが何本も迫ってくる。
ゼウスが目を細めた。
一本。
また一本。
人間と繋いだ長い棒が風に揺れている。
「……何だあれは」
つい説明したくなるが我慢だ。
「見てろ」
棒が大きくしなる。
「折れぬのか」
「折れない」
次の瞬間。
兵士が大きく弧を描いて宙へ飛んだ。
ゼウスが思わず立ち上がる。
「兵を飛ばした!」
さらに左右から何人も空へ舞う。
車を飛び越え。
荷台へ降り立ち。
チェンソーが車体を切り裂く。
槍が突き刺さる。
ポールは大きく揺れ、兵士を引き戻す。
ゼウスは声を上げて笑った。
「ははは!」
「最高だろ?」
また一人。
また一人。
空から襲い掛かる。
「まだ来るのか!」
俺も思わず笑ってしまう。
「こんな戦い方は初めて見る。地上だけでは飽き足らず、空まで使うとは」
また一人が車へ飛び移る。
ポールがしなり、兵士を元の車へ戻す。
ゼウスは感心したように頷いた。
「敵ながら見事だ」
*
戦いはさらに激しくなる。
妻たちも応戦する。
マックスは仲間を助けながら車を走らせる。
ゼウスは目を離さない。
「誰一人止まらんな」
「止まれば終わりだからな」
*
ジョーの車が横へ並ぶ。
フュリオサが立ち上がる。
ゼウスも身を乗り出す。
「届くか」
ジョーが車体へ引き寄せられる。
仮面が裂けた。
車輪がジョーの身体の一部をのみ込む。
ゼウスは静かに息を吐いた。
「王は討たれたか」
だが追手はなおも迫る。
ニュークスが赤毛の女ケイパブルを見て笑う。
車を横倒しにする。
追手が止まる。
ゼウスは画面を見つめた。
「変わったな」
「そうだな」
「子犬だった」
「言ってたな」
「最初は主人に死に様を見せたがっていた」
ゼウスはゆっくり頷く。
「最後は女に生き様を見せて死んだ。戦士になった」
「女に見せたのが気に入ったんじゃないのか?」
ゼウスは少し笑った。
「それも大事だ」
「認めるのか」
「戦士は、誰に見られて生きるかで変わる」
*
フュリオサが崩れ落ちる。
血が止まらない。
ゼウスの表情が変わる。
「まずいな」
マックスは自らの血をフュリオサへ送る。
ゼウスは黙って見つめていた。
「名を残す者を、生かすために血を差し出すか」
俺は頷く。
「だから主人公なんだ」
*
砦へ戻る。
民衆が見上げる。
ジョーの亡骸が晒される。
歓声が響く。
水門が開き、大量の水が流れ落ちた。
人々は空へ手を伸ばす。
ゼウスはゆっくり頷いた。
「王とは必要な時に、水を開く者だ」
画面では民衆が水を浴びている。
俺も静かに頷いた。
*
フュリオサは人々に迎えられる。
マックスは誰にも名を告げず、人混みへ消えていく。
ゼウスは笑った。
「良い終わり方だ」
ゼウスは画面を見つめたまま言う。
「この戦いを詩にするなら、あの女の名が語られる。片腕で不死の王を討ち、水を取り戻した英雄としてな」
「じゃマックスは?」
ゼウスは少し笑った。
「英雄の隣で戦った、名無しの男として残る」
*
テレビが暗くなる。
ゼウスは腕を組んだ。
「良い話だった」
「意外と真面目な感想だな」
「ただ、一つ再確認できた」
「再確認?」
「やはり私は正しかった」
嫌な予感がした。
「何の話だ?」
「プロメテウスだ」
ゼウスはテレビを指差す。
「人間に火を渡した先がこれだ」
「いや、映画だから」
「違う」
ゼウスは首を振る。
「ここまで至る可能性を捨てきれぬから、この話は作られた」
俺は返事に詰まる。
「やはり、もう少し重い罰でも──」
「やめてやれよ。あれ以上はさすがに気の毒だ」
ゼウスは少し考える。
「そうか?」
「十分反省してると思うぞ」
「なら、今回は見逃してやるか」
ゼウスは笑いながら姿を消した。
神話メモ
■アポロン
太陽神として知られるが、音楽・弓術・予言なども司るオリュンポス十二神の一柱。
神話ではゼウスへの反発から罰を受け、人間の王アドメトスに仕えることになった。神でありながら羊飼いとして働き、その誠実な王を深く敬愛したという。
■ゼウスと女性
ゼウスは数多くの女性と恋愛したことで有名だが、自らの都合だけで女性を閉じ込めて支配する神ではない。
むしろ神話では、怪物や暴君に囚われた女性を助ける側として描かれることも多い。もちろん、その後に求愛することも少なくないが、それはまた別の話である。
■プロメテウス
ティタン神族の一柱。ゼウスに背いて天上の火を盗み、人間へ与えた。罰として岩山へ縛られ、毎日ワシに肝臓を食われる責めを受ける。夜になると肝臓は再生し、この苦しみはヘラクレスによって救われるまで続いた。




