第41話 レイダース/失われたアーク《聖櫃》
第41話 レイダース/失われたアーク《聖櫃》
※本編では映画の結末含むネタバレがあります。
映画紹介
公開年:1981年
監督:スティーヴン・スピルバーグ
主演:ハリソン・フォード
考古学者インディアナ・ジョーンズは、歴史的な遺物を求めて世界各地を駆け回っていた。そんな彼に、ナチス・ドイツが伝説の聖櫃を捜しているという知らせが届く。先に手に入れれば、その力を戦争に利用される。インディはかつての恩師の娘マリオンとともに、聖櫃が眠るエジプトへ向かう。
最後の皿を運ぶと、ゼウスはすでにいつもの椅子に座っていた。
「無事で何よりだ、人間」
「他人事みたいに言うな。そもそも、お前が引率するべきだっただろ」
「神々の王として、至高にして避けられぬ務めがあったのだ」
「嘘つけ。アレースと一緒にいたくなかっただけだろ」
「そのようなことはない」
ゼウスは俺の顔を確かめた。
「しかし、あれに何を見せた?」
「宇宙で人間と虫が戦う映画」
「朝から、大きな虫のいる星はどこだと、会う神すべてに聞いて回っておるぞ」
「ああ。聞いて回ってるうちは平和だ。たぶん見つからないし」
「しかし、ずいぶんあれに気に入られたようだな」
「すげえうるさかったけどな」
俺は皿を置いた。
「あと……まあ、ありがとよ」
「何のことだ?」
「俺に危害を加えたらタルタロスに落とすとか、色々言ってくれたんだろ。何も言わなかったら、あいつ戦車でここに突っ込んでたぞ」
「言いつけを守ったか」
「戦車を置いてきたことだけ、誇らしげに報告されたよ」
ゼウスは満足そうに頷いた。
「息子も成長したな」
「初手でテレビとレンジを壊した神よりまともかもな」
「まだ、それを言うか」
テーブルには、チーズのアソート、茹でたジャガイモ、焼いたハーブソーセージ、白身魚の惣菜を並べた。
茹で卵は半分に切り、ごま油と塩で和え、刻みネギを散らしてある。
ゼウスが皿を見回した。
「全部白いな。今日は宴というより、酒の肴ばかりだな。何の料理だ?」
「全部、映画に出てくるかもしれない」
「かもしれない?」
「このうち一つは出てくる。たぶん」
「どれだ?」
「それを今夜確かめる」
「お前も知らぬ物を出したのか」
「候補を全部並べれば、どれかは当たるだろ」
ゼウスはソーセージを一本取った。
「神託を受けた王が、解釈できずに全軍を動かす時の考え方だな」
「夕飯で国は滅びないから大丈夫だ。酒は白ワインだ」
「酒まで白にしたか」
「フランスの白だからいつものよりちょっと高いぞ。ナチスが出るなら、ワインはフランス産じゃないとな」
俺は白ワインをグラスに注いだ。
ゼウスは一口飲む。
「何のこだわりかわからぬが確かに良い果実酒だ」
「今日の映画は『レイダース/失われたアーク《聖櫃》』」
「墓荒らしどもが失われた聖なる箱を探す話か」
「だいたい合ってる」
俺は再生ボタンを押した。
*
深い密林を、一人の男が進んでいた。
革の帽子をかぶり、腰には鞭と拳銃を下げている。
同行する者たちは、木に刺さっていた毒矢や、道に置かれた石像を見つけるたびに怯えていた。
先頭を歩く男、インディアナ・ジョーンズは足を止めた。
振り返らずに鞭を振る。
背後から拳銃を向けていた案内人の手に巻きつき、銃が地面に落ちた。
ゼウスが身を乗り出した。
「背後を見ずに分かったか」
「怪しい動きには慣れてるんだろ」
「よい戦士だ」
「考古学者だよ」
「武具を持ち、罠を見抜き、裏切り者を追い払った。戦士であろう」
インディは、残った案内人サティポと遺跡に入った。
光を遮れば毒矢が飛ぶ仕掛けを見抜き、壁の穴を避けて進む。
深い穴を鞭で渡り、床から突き出す槍をかわした。
足元には、罠にかかった者たちの遺体が転がっている。
ゼウスの目が輝いた。
「面白いな」
「人が死んでるぞ」
「一つずつ罠を越え、最初に宝へたどり着いた者が勝つのであろう?」
「競技じゃない。遺跡の探索だ」
「これを競技にしよう」
「似たようなことは『風雲!たけし城』がやってるから、お前は何もするな」
「それは、どのような城だ?」
「人間が色んな仕掛けを突破して、城を目指す番組」
「すでにあるのか! 見せよ!」
「見せてもいいけど、作ろうとするなよ。特にヘパイストスに相談するなよ」
「なぜだ?」
「お前らが本気で作ったら、恐ろしく殺意がこもった城ができそうだ」
「死人なら、この話の遺跡にも出ているぞ」
「死人を出す前提で進めようとするな。英雄選抜試験にするつもりか」
遺跡の最奥には、黄金の像が置かれていた。
インディは袋に入れた砂の重さを量り、像と素早く入れ替えた。
何も起きない。
案内人のサティポが息を吐く。
直後、台座が沈んだ。
遺跡全体が揺れ始めた。
天井から石が落ち、通路が崩れ始めた。
インディと案内人のサティポは来た道を走って戻る。
案内人のサティポは鞭を使って穴を渡ったあと、インディを残して鞭を捨てた。
インディは像を渡すと約束し、どうにか穴を越えた。
だがサティポは、罠に貫かれて死んでいた。
インディは遺体から像を取り返す。
「仲間を見捨て、宝を持って逃げようとした報いだな」
「遺跡の罠に倫理観はないだろ」
さらに進むと、背後から巨大な丸い岩が転がってきた。
インディは全力で走った。
岩は通路を塞ぎながら、すぐ後ろまで迫ってくる。
ゼウスが立ち上がった。
「走れ!」
「横で応援を始めるなよ。うるせえ」
「追いつかれるぞ!」
インディは遺跡から飛び出した。
岩が入口を塞ぐ。
「見事だ!」
「開始十分で、かなり楽しんでるな」
「罠も宝も裏切りもある。よい冒険だ」
遺跡の外には、インディの宿敵ルネ・ベロックが待っていた。
大勢の現地人を従えている。
ベロックは、インディが命懸けで手に入れた黄金像を受け取った。
「何だ、こやつは」
「同業者だよ。いつもインディの仕事を横から奪っていく」
「自分では罠を越えず、最後に兵を並べて戦利品だけを奪うのか」
「効率はいいだろ」
「なんと卑怯な。気に入らぬ」
インディは現地人に追われ、川辺に待たせていた飛行機まで走った。
どうにか機内に飛び込む。
座席の足元に大きな蛇がいた。
インディの顔が引きつった。
ゼウスが眉を上げた。
「蛇を恐れておるのか?」
「苦手らしい」
「毒矢も大岩も恐れぬ男が?」
「誰にでも苦手な物くらいあるだろ」
「ヘラクレスは、赤子の時に二匹の蛇を絞め殺したぞ」
「ヘラクレスの育児環境を基準にするな」
*
冒険から戻ったインディは、大学で考古学を教えていた。
教室には大勢の学生が座り、彼の話を聞いている。
最前列の女子学生が目を閉じた。
まぶたには、片方ずつ文字が書かれている。
二つを合わせると、インディへの好意を伝える言葉になった。
「教え子から求愛されておるぞ」
「授業を聞いてない証拠だろ」
「目に文字を書くほど熱心ではないか」
「向ける熱心さを間違えてるんだよ」
インディは気づかず、黒板に文字を書き続けた。
「こやつも鈍いな」
「気づかないふりしてる可能性もあるぞ」
「ならば、さらに罪深い」
「何の罪だよ」
授業を終えたインディのもとに、陸軍情報部の男たちが訪れた。
ナチス・ドイツが、エジプトのタニスで大規模な発掘を行っている。
彼らが捜しているのは、古代のイスラエル人が神との契約の証しとして作った聖櫃だった。
中には、神から授かった十戒を刻んだ石板が納められているという。
ゼウスが首を傾げた。
「神の言葉を箱に納めたのか?」
「そういうことらしい」
「なぜ箱を軍が探すのだ?」
「神の力が宿ってると信じられてる。これを持つ軍は無敵になるって」
「石板を入れた箱であろう?」
「ただの箱じゃないんだろ」
「異国の神を、箱に閉じ込めたのか?」
「神そのものが入ってるわけじゃない」
「だが、神の力は入っておるのだな?」
「そうなるのかな」
ゼウスはますます納得できない顔をした。
「結局、入っておるではないか」
「俺に聞かれても困る」
ゼウスはワインを飲んだ。
「アレースも昔、青銅の甕に閉じ込められたことがある」
「昨日も甕に入れておけば、静かだったんじゃないか?」
ゼウスは少し考えた。
「大きな甕が必要だな」
「検討するのかよ」
陸軍の男たちは、ナチスが聖櫃を手に入れれば、軍事力として利用する可能性があると話した。
聖櫃の場所を示す杖飾りは、インディの恩師アブナー・レイブンウッドが持っている。
インディは、アブナーを捜してネパールへ向かうことになった。
「ようやく宝探しの依頼か」
「今度は横から奪われないといいな」
「先ほどの男も来るのか?」
「ベロックか。来ると思うぞ」
ゼウスの顔が険しくなった。
「今度こそ、働いた者が戦利品を得るべきだ」
「お前、あいつを相当嫌ってるな」
「他人の功績を奪う者に、王は名誉を与えぬ」
*
ネパールの山中にある酒場で、一人の女が大男と向かい合っていた。
テーブルの上には、空になった杯が並んでいる。
二人は同時に酒を飲み干した。
大男の身体が揺れ、そのまま床に倒れる。
女、マリオン・レイブンウッドは平然と座ったままだった。
客たちが歓声を上げ、賭け金を渡す。
ゼウスが声を上げて笑った。
「勝ったぞ!よい女だ!」
「出会って何秒だよ」
「大きく美しい目を持ち、酒に強い。何が足りぬ?」
「判断基準が二つしかない」
「酒場の主人として客を楽しませ、自ら勝って財も得た」
「全部酒がらみだな」
そこへインディが現れた。
マリオンは、父アブナーがすでに死んだと伝える。
かつてインディはアブナーの弟子であり、若いマリオンとも関係を持ったが、彼女を残して去っていた。
マリオンはインディを殴った。
ゼウスが頷いた。
「当然だ」
「英雄への評価が厳しいな」
「冒険の働きと、女への不義理は別だ」
「今日のお前が言うな選手権?何連破するつもりだ?」
「今は、この男の話をしておる」
「便利な言葉だな」
インディは、アブナーが持っていた杖飾りを買い取りたいと伝えた。
マリオンは、明日また来いと追い返す。
だが杖飾りは、彼女が首から下げていた。
インディが去ったあと、黒い服を着た男たちが酒場に入ってきた。
ナチスの協力者、トートがマリオンに杖飾りの場所を尋ねる。
答えなければ、熱した火かき棒を使うつもりだった。
「女一人を相手に、ずいぶん兵を連れてきたな」
トートが火かき棒を近づける。
鞭が飛び、腕に巻きついた。
戻ってきたインディが拳銃を抜く。
銃撃戦が始まり、酒場に火がついた。
マリオンも隠していた拳銃を取り、男たちを撃つ。
「戦えるではないか!」
「酒だけの女じゃないんだよ」
「やはり、この大きな目の女はよい女だ!」
「大きな目って奥さんの代名詞なんだろ?同じ基準で別の女を褒めるなよ」
「ヘラの美しさを基準にしておるのだ。むしろ敬意であろう」
「本人の前でも言えるか?」
ゼウスは黙って白ワインを飲んだ。
マリオンが持っていた杖飾りは、火の中に落ちていた。
トートが拾おうとする。
熱された金属が掌を焼いた。
悲鳴を上げ、杖飾りを放す。
手には、表面の模様が焼きついていた。
ゼウスが笑った。
「敵へ印を与えてどうする?」
「片面しか焼きついてない」
「不完全な神託か。ならばよい罰だ」
インディとマリオンは杖飾りを回収した。
焼け落ちた酒場を前に、マリオンは自分も同行すると宣言する。
「家も酒場も失ったが、父の遺した物は守ったか」
「ナチスに焼かれた分も、インディから取り立てるつもりらしい」
「負債は正しく払わせねばな」
「好みの女を贔屓してるだけに聞こえるぞ」
*
二人はエジプトのカイロへ向かった。
インディの友人サラーは、大勢の子供たちと暮らしていた。
食卓には料理が並び、猿が皿の間を歩き回っている。
ゼウスが画面と自分の皿を見比べた。
「この食事ではなかったのか?」
「違う」
「まだ正解は出ぬのか?」
「もう少し待て」
街へ出たインディとマリオンを、ナチスに雇われた男たちが襲った。
マリオンは籠の中に隠され、運び去られる。
インディは市場を走り、次々と敵を殴り倒した。
狭い通りに出ると、大きな剣を持った男が待っていた。
男は両手の剣を回し、得意げに構える。
ゼウスが身体を前に傾けた。
「強そうな男だ。ここで一騎打ちか」
インディは疲れた顔で拳銃を抜いた。
一発撃った。
剣士は、その場に倒れた。
ゼウスが動きを止めた。
「なんともあっけない」
「銃を持ってるのに、剣で付き合う必要ないからな」
「相手は、あれほど見事に剣を回しておったのだぞ」
「回してる間に撃たれたな」
ゼウスは少し考えた。
「……賢い」
「気に入らないけど、否定もできない顔だな」
「剣の技を見せる前に死んだのは惜しい」
「戦場で見せ場を待ってくれる敵はいないよ」
インディはマリオンを乗せた籠を見つけた。
だが荷台ごと奪われ、車が走り出す。
追いつく前に、車は爆発した。
炎が上がり、籠も燃えた。
インディは立ち尽くした。
ゼウスの顔から笑いが消えた。
「女は、あの中か?」
「そう見えるな」
「せっかくのよい女を殺したのか」
「まだ分からないぞ」
「炎の中だぞ」
「映画では、遺体を見るまで信用するな」
「この前も、人の姿を失った機械が追ってきたな」
「学習したな」
酒場で一人飲んでいたインディの前に、ベロックが現れた。
ベロックは、インディと自分はよく似ていると語る。
自分はインディの影であり、インディも一歩間違えれば同じことをする。
「似ておらぬ」
ゼウスが即座に言った。
「冒頭で、インディも神殿から像を持ち出したぞ」
「己で罠を越えた。こやつは最後に奪っただけだ」
「盗んだことは否定しないんだな」
「働きの差は大きい」
ベロックは聖櫃を、歴史そのものだと語った。
手に入れれば、神と交わることができる。
ゼウスの眉が寄った。
「神へ祈るためではないな」
「聖櫃の力が欲しいんだろ」
「神を敬わず、力だけを求めるか」
「ナチスに、えっと軍に雇われてるからな」
「卑怯な上に不敬だ。やはり気に入らぬ」
サラーの子供たちが酒場に駆け込み、インディを連れ出した。
ゼウスが息を吐く。
「よい家族だ」
*
サラーの家で、杖飾りに刻まれた文字を老人が読み解いた。
表と裏の文字を合わせることで、正しい杖の長さが分かる。
トートの掌に焼きついたのは片面だけだった。
そのため、ナチスが使っている杖は長さを間違えている。
老人が用意した食卓には、デーツが置かれていた。
インディが一つ放り投げる。
サラーが空中でつかみ取った。
直前に同じ実を食べた猿が、床で死んでいる。
デーツには毒が仕込まれていた。
ゼウスが俺を見た。
「棗椰子は用意しなかったのか?」
「毒入りだからな」
「毒を入れずに出せばよい」
「そうすると、これに毒を混ぜてないかと騒ぐだろ」
「そんな事は言わぬ」
「雷霆持った神が耄碌とか一番怖いからやめろよ」
*
別の場所で、マリオンが目を覚ました。
爆発した車には乗っておらず、ナチスの発掘現場にあるテントへ運ばれていた。
マリオンは白い服を着せられ、ベロックと向かい合っている。
テーブルには酒と食事が並んでいた。
マリオンは皿にあった、白く細長い物をナイフで切った。
ゼウスが身体を前へ傾けた。
「これか」
「これだ」
「魚ではないか?」
「切れ方はチーズにも見える」
「芋だ」
「ソーセージ説もある」
「卵は?」
「この形の茹で卵があるかよ」
「では、なぜ用意した?」
「そう主張する奴もいるんだよ」
ゼウスはチーズを一切れ持ち、画面の横へ重ねた。
「色は近い」
「テレビに食い物を近づけるな」
「柔らかさが違う」
「映像で柔らかさまで分かるか」
「食えば分かる」
「画面の中から取れないだろ」
ゼウスは手元のチーズを食べた。
「美味い。これでよい」
「長年の議論を味で決着させるな」
マリオンは、ベロックに酒を勧めた。
自分も飲みながら、何度も杯を重ねる。
やがて二人は笑い始めた。
「目の大きい女が、また飲み比べを始めたぞ」
「ベロックを酔わせて逃げるつもりなんだろ」
「美しさを武器に近づき、酒で倒すか。よい策だ!」
「飲み比べを戦術に数えるな」
「すでに一人倒した実績がある」
マリオンは酔いつぶれたふりをして、隠していたナイフを抜いた。
だがトートがテントに入り、逃げ道を塞ぐ。
「惜しい」
「相手も警戒してたな」
その後、発掘現場に忍び込んだインディは、テントに縛られたマリオンを見つけた。
助けに来たと思ったマリオンの顔が明るくなる。
だがインディは、今ここで逃がせば騒ぎになり、聖櫃を見つけられないと判断した。
マリオンの口を塞ぎ、再び縛り直した。
ゼウスが目を見開いた。
「置いていくのか?」
「先に聖櫃の場所を見つけるつもりだ」
「生きていた目の大きい女を見つけて、また縛ったぞ」
「ここで騒がれたら、全部失敗する」
「目の大きい女は、すでに十分苦労しておる」
「まあ、だから怒ってるな」
テントの中から、マリオンの叫び声が響いた。
「男の名を呼んでおるぞ。あとで、もう一度殴られるな」
「俺もそう思う」
*
インディは正しい長さの杖を使い、地図の間に光を通した。
光が一点を示す。
聖櫃が納められた、魂の井戸の場所だった。
ナチスが掘っている地点とは離れている。
ゼウスが満足そうに頷いた。
「神の言葉を半分だけ盗んだ者と、すべて読んだ者の差が出たな」
「インディが自分で読んだわけじゃないけどな」
「正しく読める者に頼るのも知恵だ」
夜になり、インディとサラーたちは魂の井戸を掘り当てた。
石の蓋を開ける。
松明の光が、内部を照らした。
床一面が動いている。
無数の蛇だった。
インディの顔が引きつった。
「蛇だ」
ゼウスが嬉しそうに言った。
「見れば分かる」
「この男が最も恐れるものを、宝の前に置いたのか」
「最悪の組み合わせだな」
「弱点のない英雄など、詩人も扱いに困る。これでよい。恐れながら降りるからこそ、勇気の証明になる」
「急にいいこと言うな」
インディは油をまき、火をつけて蛇を追い払った。
それでも完全には消えない。
サラーとともに井戸の底へ降り、中央に置かれた黄金の箱へ近づく。
長い棒を使って箱を持ち上げた。
青い布の上に、聖櫃が置かれる。
ゼウスが画面を見つめた。
「これが神の力を納めた箱か」
「想像してたより小さいな」
「大きさと力は関係ない。雷霆も手に持てる」
「すぐ自分の武器を基準にするな」
聖櫃を地上へ運び出した直後、ナチス兵が現れた。
ベロックもいる。
インディは、また目の前で戦利品を奪われた。
「また、こやつか!」
ゼウスがテーブルを叩いた。
「皿が跳ねるからやめろ!」
「今度は神具だぞ!」
「ナチスの発掘隊に雇われてるからな」
「この男は罠と蛇を越えたのだぞ!」
「冒頭と同じ展開だな」
ベロックは聖櫃を運び出し、インディとマリオンを井戸の中に閉じ込めた。
二人の周囲には、まだ蛇が残っている。
マリオンがインディを睨んだ。
「ほら、怒ってるぞ」
「当然だ。助けに来て、縛り直して置いていった」
二人は石像を倒し、壁を破った。
外へ出ると、聖櫃を乗せた飛行機が離陸しようとしている。
インディは兵士たちと殴り合った。
大男の兵士が現れ、何度殴られても笑っている。
「今度こそ一騎打ちだな」
「拳だけどな」
インディは何度も地面に倒された。
それでも立ち上がり、殴り返す。
「先ほどの剣士とは違う。こちらは簡単に撃てぬな」
「拳銃を落としたからな」
「武具がない時に、身体がものを言う」
「見てるだけで痛そうだ」
「相手は実に立派な身体だ。さてどうする」
大男は飛行機のプロペラに近づいた。
回転する羽根が、その身体を打った。
ゼウスが動きを止めた。
「……惜しいな。よい身体だったのに」
「惜しむところはそこかよ」
漏れた燃料に火がつき、飛行機が爆発した。
聖櫃は先に運び出されていた。
*
ナチスは聖櫃をトラックに乗せて運んだ。
インディは馬で追いかける。
走るトラックに飛び移り、運転席の兵士と殴り合った。
車体の前に落とされる。
インディは鞭をトラックに巻きつけ、地面を引きずられた。
ゼウスが歯を見せた。
「まだ放さぬか!」
「手を放したら置いていかれる」
「車の下へ入ったぞ!」
インディは車体の下をくぐり、後ろから荷台へよじ登った。
兵士を投げ落とし、再び運転席を奪う。
銃弾を受けながら、トラックを走らせ続けた。
ゼウスが拳を握った。
「よい英雄だ!」
「最初から評価高かっただろ」
「蛇を恐れ、何度も殴り倒される。それでも宝を追うことをやめぬ!」
「格好よく勝つタイプじゃないんだよな」
「泥にまみれても立ち上がる者の方が、長い旅には向いておる」
インディは聖櫃を奪還した。
港から船に積み、マリオンとともにイギリスへ運ぼうとする。
船室で、マリオンは傷だらけのインディの身体を見た。
唇に触れようとする。
「そこは痛い」
額に触れる。
「そこも痛い」
次々と痛む場所を訴えるインディに、マリオンは傷のない場所を探した。
ゼウスが笑った。
「全身を使って戦った証しだな」
「本人は笑えないだろ」
「この女も苦労した。ようやく二人で休めるか」
「そう思うだろ?」
ゼウスの笑顔が消えた。
「まだ来るのか?」
ナチスの潜水艦が船を止めた。
聖櫃とマリオンが奪われる。
インディは一人で潜水艦にしがみつき、敵の基地まで追いかけた。
「また奪われたぞ!」
「三回目だな」
「今度こそ、あの不敬な卑怯者を討て!」
「ベロックな」
*
ナチスは、孤島で聖櫃を開けようとしていた。
ベロックは祭司の装束をまとい、古い言葉を唱える。
「神官だったのか?」
「考古学者だよ。儀式を再現してる」
「信仰もない者が、衣と文句だけを借りたのか」
「神と話せると思ってる」
「神は、呼び出して従わせるものではない」
「お前は勝手に来るけどな」
インディは高い場所から、聖櫃に武器を向けた。
マリオンを解放しなければ、聖櫃を破壊すると脅す。
だがベロックは、インディにはできないと見抜いた。
歴史上の宝を、自分の手で壊せるはずがない。
インディは武器を下ろした。
「敵に見抜かれたな」
「考古学者だからな。壊せない」
「神への畏れではないのか?」
「人類の遺産だからだと思うぞ」
「壊さないと決めたことが重要だ」
インディとマリオンは柱に縛られた。
儀式が始まる。
聖櫃の蓋が持ち上げられた。
中にあったのは砂だけだった。
ナチスの将校たちがベロックを睨む。
ゼウスが首を傾げた。
「空ではないか」
「砂は入ってる」
「神の力はどこだ?」
「まあ見てろよ」
聖櫃から光が伸びた。
白い姿をした者たちが、空中に浮かび上がる。
ベロックたちは見上げた。
「出てきたぞ」
「出てきたな」
「美しいな」
浮かんでいた顔が変わった。
恐ろしい姿となり、叫び声を上げる。
インディは何かを悟った。
マリオンに、目を閉じろと叫ぶ。
何が起きても、絶対に見るな。
二人は強く目を閉じた。
ゼウスが頷いた。
「そうだ。見るな。人が神の真の姿を見て、無事では済まぬ」
「先に言えよ。俺、お前の顔を毎日見てるぞ」
「これは人に合わせた姿だ」
「本当の姿になるなよ」
「お前が望まぬ限りはならぬよ」
聖櫃から炎が伸びた。
トートの顔が熱で溶ける。
将校の頭が砕けた。
ベロックの身体も光に包まれ、炎が空へ立ち上る。
「神罰だ!」
ゼウスが立ち上がった。
「嬉しそうに言うな!」
「神を支配し、その力を戦へ使おうとした者が、神の力で滅びた!」
「ものすごい絵面だけどな」
「見事だ! 実に正しい!」
炎が島を駆け巡り、ナチス兵を焼いた。
最後に聖櫃の蓋が閉じる。
周囲には、インディとマリオンだけが残っていた。
「畏れた者だけが生きたか」
「目を閉じただけだけどな」
「神の力を前に、見ることを諦めた。十分だ」
ゼウスが俺を見た。
「だが雷霆ならば、もっと早い」
「張り合うなよ」
「顔を溶かす必要もなく、一撃で終わる」
「見た目の派手さでは負けたと思ってんじゃないのか?」
「負けておらぬ!」
「声がでかい」
*
インディは政府の男たちに、聖櫃を博物館で調べさせるべきだと訴えた。
だが男たちは、すでに専門家へ任せたと繰り返すだけだった。
聖櫃は木箱に入れられ、巨大な倉庫へ運ばれていく。
同じような箱が、通路の果てまで積み上げられていた。
倉庫の奥へ運ばれた聖櫃は、無数の箱の中に紛れた。
エンドロールが始まる。
ゼウスは腕を組み、黒くなった画面を見ていた。
「人間よ」
「何だ?」
「この男がいなくとも、敵は聖櫃を開けていたのではないか?」
「そこに気づいたか」
ゼウスが俺を見る。
「知っておったのか?」
「映画好きの間じゃ、昔から言われてる。インディが何もしなくても、ナチスは最後に聖櫃を開けて、勝手に死んだって」
「ならば、この男は勝敗を決めておらぬな」
「途中で聖櫃を奪ったりはしてるけど、結局また奪い返されてるからな」
ゼウスはしばらく考えた。
やがて、満足そうに頷いた。
「実に道徳的な物語だ」
「今の話から、どうしてそうなる?」
「人間がどれほど走り回り、殴り合い、武具を奪っても、神の定めた結末は変わらぬ!」
「インディ不要論を、そんなに喜ぶ奴は初めて見たよ」
「不要ではない。この男は神の力を知り、畏れ、目を閉じた。そして生き残り、神罰の証人となった」
「証言は政府に信じてもらえず、聖櫃も倉庫に放り込まれたけどな」
「それでも神を支配しようとした者は滅び、畏れた者は生きた。物語を作った詩人は、神と人の道理をよく分かっておる。道徳的な男だ」
「スピルバーグが道徳的か。否定はしないけど、あんまりそんな印象はないな」
「気に入った。今度、私の物語を作る時は、この詩人にせよ」
「映画史でもトップクラスのヒットメーカーだぞ。俺にそんな権限はない」
俺は空になった皿を重ねた。
「……ないけど、スピルバーグが撮るギリシャ神話か。それは普通に見たいな」
ゼウスが大きく頷いた。
「そうであろう!」
神々の王は、稀代のヒットメーカーに自分の映画を作らせようとしていた。
神話メモ
◾️アレースと青銅の甕
アレースは、アロアダイと呼ばれる巨人の兄弟オートスとエピアルテスに捕らえられ、青銅の甕へ閉じ込められたことがある。十三か月にわたって囚われ、衰弱していたところを、巨人たちの継母エリボイアから居場所を聞いたヘルメスに救い出された。
◾️ヘラクレスと蛇
ヘラクレスがまだ幼い頃、ゆりかごに二匹の蛇が送り込まれた。双子の兄弟イピクレスが怯えて泣く一方、ヘラクレスは両手で蛇をつかみ、絞め殺したという。この出来事は、幼い時から常人を超える力を備えていたことを示す逸話として語られている。
◾️セメレと神の姿
テーバイの王女セメレは、ゼウスとの間にディオニュソスを宿した。ヘラに惑わされたセメレは、ゼウスへ神本来の姿を見せるよう願う。誓いによって拒めなかったゼウスが雷光をまとって現れると、人間であるセメレはその光に耐えられず焼け死んだ。ゼウスは胎内のディオニュソスを救い、自らの腿へ縫い込んだとされる。
◾️ヒュブリスと神罰
ヒュブリスは、力や立場を過信し、人や神に対して限度を越えた振る舞いに及ぶことを指す。神々の領分を侵した者や、神と同等であると誇った者は、しばしば破滅によって報いを受けた。古代ギリシャの物語では、人間が自らの限界を忘れることが、神罰を招く大きな原因として描かれている。




