第40話 スターシップ・トゥルーパーズ
※本編では映画の結末を含むネタバレがあります。
映画紹介
公開年:1997年
監督:ポール・バーホーベン
主演:キャスパー・ヴァン・ディーン、ディナ・メイヤー、デニス・リチャーズ
遠い未来。高校を卒業したジョニー・リコは、恋人を追って軍に志願する。厳しい訓練を受ける中、昆虫型異星生物バグズの攻撃によって故郷ブエノスアイレスが壊滅。人類は総力戦に突入し、若者たちは宇宙の戦場へ送り込まれていく。
俺は牛肉のカツレツとフライドポテトをテーブルに置いた。
薄く叩いた牛肉に、にんにくとパセリを混ぜた卵、薄力粉、パン粉で衣をつけて揚げてある。
酒はアルゼンチン産の赤ワインを用意した。
テーブルを整えたところで後ろから大声がした。
「お前が父上が言っていたもてなしを知る人間か!弱そうだな!」
振り返ると、見知らぬ男が立っていた。
俺より頭一つ近く高い。身体の形に沿って打ち出された青銅の鎧をまとい、右手には槍、左手には盾を持っている。むき出しの腕には余分な肉がない。殴るためだけでなく、走り、組みつき、倒れずに戦うための身体に見えた。
頭には兜。足には履き物をつけたままだった。
男は胸を張った。
「俺はアレースだ!」
「知ってるよ。お前も勝手に入って来る派かよ。父親にそっくりだな。ちゃんと玄関から入れよ!」
男の顔が明るくなった。
「そうか! 俺は父上に似てるか!」
「褒めてねえよ。あと履き物を脱げ。槍と盾も玄関に置いてこい」
「武具を手放せだと!それはできん!」
「捨てろとは言ってないだろ。武器を持って部屋に入るなと言ってんだ。ゼウスに言われなかったか?」
「父上は武具を置いて行けと言った。戦車は置いてきたぞ!」
「当たり前だ!言われなかったら戦車で来るつもりだったのかよ。来た瞬間に部屋を破壊する気かよ。その槍をこっちに向けるな。兜も脱げ!」
男は俺を見下ろした。
「人間が俺に物申すのか!お前は弱そうだが、度胸があるな!」
「殺さないように言われてる相手を品定めするな。早く置いてこい。履き物ものも脱げよ」
男は不満そうに玄関へ戻り、槍と盾を壁に立てかけた。履き物も脱ぎ、最後に兜を外す。
波打つ黒い髪が額へ落ちた。
太い眉、彫りの深い目元、まっすぐ高い鼻。顎の線まで強く、どの部分も主張が激しい。七十年代や八十年代のハリウッド映画に出てくる男臭い二枚目みたいな男だった。
「……濃いイケメンが出てきた」
「イケメンとはなんだ?」
「男前って意味だよ」
「そうだろう!オリュンポスで俺に男ぶりで勝る者はいない!美の女神アフロディーテに愛された男だ!」
「弟の奥さんに手を出した話を誇るなよ」
「愛と兄弟に何の関係ある!」
「初対面で、お前の倫理観が終わってることだけは分かったよ」
アレースは部屋へ戻ると、父親はいつもどこに座るのか、母親には何を食わせたのか、どんな物語を見せたのか、お前は戦に出たことがあるのか、何人殺したのかと続けて尋ねた。
俺が一つ答える間に、質問が三つ増えた。
人を殺したことはないと答えたところだけは聞こえたらしい。
「一人も殺してないのか!」
「あるわけねーだろ!」
アレースは破顔した。
「戦にも出ず人も殺した事もない人間が、俺に武具を置けと言ったのか!とんだ恐れ知らずだ!」
「お前が武器持ったまま歩き回る方が怖いんだよ」
アレースは大きく笑った。
好意的に受け取られているらしいが、声が大きすぎて威嚇との違いが分からない。
「ここに来る前に父上から言われたことがある!」
「聞こうか」
「お前を殴るな! 殺すな!」
「危害を加えるな、で一つにまとめろ」
「勝手に加護をやるな! 褒美もやるな!」
「そこも絶対に守れ」
「父上も母上も、まだ選んでるらしいからな。破らん!」
「俺に危害を加えないって最初の言付けも破るなよ」
「物語を映す板と、小さな炉を壊すな!」
「テレビとオーブンレンジな。ほかの物も壊すなよ」
「他のものについては聞いてない!」
「今、俺が言った。そもそも客が主人の家のものを壊す前提で話すな」
「父上は一つでも破ったらタルタロスだと言っていた」
「子供を留守番させる時の注意みたいになってるぞ」
アレースはテレビと部屋の隅にあるオーブンレンジを見た。
「あの板と炉だな?」
「他のも壊すなよ」
俺はテーブルを指した。
「とりあえず座れ。飯にするぞ」
アレースが皿を見た。
「肉か!」
「牛肉だ」
「揚げてあるのか!」
「ミラネサ。アルゼンチンで食われてる料理だ」
アレースは一切れを口に入れた。
「美味い!」
「食いながら喋るな」
アレースは赤ワインを飲んだ。
「酒も美味い!」
「お前、感想が美味いしかないな」
「さあ戦を見せろ!」
「戦争映画前提かよ」
俺はリモコンを取った。
「そのつもりだったけどさ。今日の映画は『スターシップ・トゥルーパーズ』」
「どんな戦だ!」
「宇宙にいる虫と人間が、星を越えて殺し合う」
「そんな戦見たことない。早く見せろ!」
「言われなくても見るよ」
アレースは戦争の神だ。戦争を好むことは知っていた。
短気だ。思慮が足りないとゼウスからも散々聞かされている。
だから、派手で血みどろの戦争映画なら機嫌よく見るだろうと思った。虫が相手なら、神話や歴史との違いを問い詰められることもない。
俺は再生ボタンを押した。
*
画面に政府の広報映像が流れた。
兵士たちが整列し、武器を掲げる。
市民権を得たいなら軍へ入れ。国を守るために力を貸せと、明るい声が呼びかけている。
兵士が子供たちに銃を持たせた。
子供たちは笑いながら、渡された銃を奪い合う。
「先に言っとくけど、映画っていうのは役者が登場人物を演じて――」
「兵だ!」
「まだ説明の途中だぞ」
「子供にも武器を持たせた! よい国だ!」
「そこ見ていい国と判断するなよ」
地面を歩いていた虫を、子供たちが踏み潰す。
周囲の大人も笑いながら虫を踏んだ。
「よい子供だ!」
「敵を憎むように教えてるんだぞ」
「敵なら憎め!」
「バーホーベンの風刺が一切通じないのか。これは思ってたより手強いな」
「いいぞ人間!もっと俺を称えろ!」
「褒めてないから」
映像は異星の戦場に切り替わった。
兵士たちは銃を撃ちながら後退している。
巨大な虫が隊列に飛び込み、一人の兵士を鋭い脚で貫いた。
「刺した!」
別の兵士は、顎で上半身を引きちぎられた。
「千切れた!」
撮影していた男まで引き裂かれ、血が画面に飛び散った。
アレースが立ち上がった。
「始まったぞ!」
「座れ!」
「これはどこの戦だ!」
「だから実際の戦じゃなくて――」
別の兵士の首が飛んだ。
「殺した!首が飛んだ!」
俺の説明は、一つも聞いていなかった。
映画の時間は、一年前に戻った。
「なぜ戻る!戦はどうした!」
「この若者たちが戦場に来るまでを、これから見せるんだよ」
「先に戦を見せておいて待たせるのか!」
「戦争の経緯の説明が必要だろ」
「戦の理由なんてなんでもいい!」
「戦争の神が言っていいセリフじゃねえ」
*
高校生のジョニー・リコは、ブエノスアイレスで暮らしていた。
裕福な家庭に育ち、運動は得意だが、成績はあまりよくない。
恋人のカルメンは宇宙船の操縦士を目指している。同級生のカールは、他人の心を読む力を軍の研究に生かそうとしていた。
授業では、教師のラズチャックが歴史を教えていた。
力は何も解決しないのか。
人類の歴史では、暴力によって決着した争いがいくつもある。それを否定する者は、歴史を理解していない。
アレースがテーブルを叩いた。
「賢者だ!」
皿が跳ねた。
「テーブルを叩くな!」
「戦を分かってる!賢者だ!」
「歴史の教師だよ」
「賢い!こんな賢い者はトラシュマコス以来だ」
「トラシュ?……教養でお前に負けた気がしてすげー嫌だ」
ラズチャックの片腕は、肘から先がなかった。
「戦った傷まである!」
「教師になる前は軍人だったらしい」
「この賢者は戦えもするのか!」
「戦争経験があるから、言葉にも重みがあるんだろうな」
「腕を置いてきた!腕の分重くなるのは当然だ!」
「物理的な重さの話じゃねえよ」
卒業を前に、カルメンとカールは軍へ志願した。
軍務を終えた者には市民権が与えられ、選挙に参加できる。
リコの両親は入隊に反対した。
戦場へ行く必要などない。旅行に出て、家業を継げばいい。
だがリコは、カルメンと離れたくないため、自分も志願する。
「女を追って戦士になるのか!」
「動機としてどうなんだろうな」
「十分だ!」
「お前ならそう言うと思ったよ」
同級生のディジーも、リコと同じ機動歩兵に志願していた。
彼女は以前からリコに思いを寄せている。
「こちらの女も、この男を追ってきたのか!」
「そうなるな」
「二人とも妻にしろ!」
「現代の恋愛と結婚は、基本的に一人ずつなんだよ」
「つまらん決まりだ!」
「弟の奥さんに手を出す奴から、恋愛の決まりを批判されたくない」
「つまらん決まりは破るためにある!」
「神なら決まりに敬意を払えよ」
軍の受付には、四肢を失った男が座っていた。
彼は入隊希望者を歓迎し、軍務によって自分は一人前になれたと笑う。
アレースが男を指した。
「腕も足もない!」
「見れば分かる」
「それでも笑ってる!気に入った!」
「悲惨な姿を見てさらに高揚するなんて異常だろ」
「勇猛でいい国だ!」
「お前には何を言っても無駄だな」
*
リコは機動歩兵の訓練所に送られた。
軍曹のジムが、新兵たちを迎える。
訓練初日、ジムは口答えした新兵を地面に投げ、腕を折った。
「折った!」
「嬉しそうに言うなよ」
「次は誰を折る?」
「そういうルールの遊びじゃないからな」
新兵たちは走らされ、壁を登り、組み打ちをさせられた。
男女が同じ場所で身体を洗い、進みたい兵科や、軍へ入った理由を話している。
アレースは何も気にせず、フライドポテトを食べていた。
「そこは反応しないんだな」
「何にだ?」
「いや、お前には普通か」
「身体を洗ってるだけだ!」
「古代ギリシャ的に普通なのか、お前にとっての普通なのかがわからねえ」
武器の訓練では、一人の新兵が疑問を口にした。
核兵器がある時代に、なぜ刃物の扱いを学ぶ必要があるのか。
ジムはナイフを投げ、新兵の手を壁に縫い止めた。
「刺した!」
「見えてるよ!」
「これで押せない!正解だ!この軍曹はいい教官だ!」
「授業の内容より流血で納得してるだろ!」
「幸運な若者達だ!教官に恵まれた!」
「どこ見てそう思ったんだよ」
訓練を重ね、リコは部隊を率いる役目を与えられた。
ディジーは運動でも射撃でも高い成績を残す。
アレースは、リコよりディジーを気に入ったらしい。
彼女が活躍するたびに、こちらの女を選べと繰り返した。
「画面に喋っても聞こえないからな」
「聞こえないのか?」
「聞こえたら大惨事だよ」
一方、宇宙船の操縦士になったカルメンは、軍務に専念するためリコへ別れを告げた。
彼女のそばには、飛行学校時代から親しかったザンダーがいる。
「迷う必要はない!こっちの女を選べ!いい女だ!」
「切り替えが早すぎるだろ」
「あの女は別の男を選んだ! 問題ない!」
「間違ってはいないけど、引っかかるな」
実弾を使った訓練で、事故が起きた。
装備に異常が出た新兵に、リコはヘルメットを外す許可を出す。
直後、その新兵の頭に味方の銃弾が当たった。
アレースの笑いが止まった。
「死んだ」
「リコがヘルメットを脱ぐ許可を出した」
「なら、あいつの責任だ」
「訓練中の事故だぞ」
「死んだ奴には同じだ」
リコは指揮官の責任を問われた。
部隊の前で鞭打ち刑を受ける。
鞭が背中を打つたび、身体が跳ねた。
アレースは黙って見ていた。
刑を終えたリコは、軍を辞めることを決めた。
*
リコが両親に帰郷を伝えている途中、通信が切れた。
巨大な隕石が地球へ落下した。
壊滅した都市の名が報じられる。
ブエノスアイレス。
リコの故郷だった。
両親を含む、数百万人が死亡した。
アレースの顔から笑いが消えた。
「家を焼かれた!」
「ああ」
「父と母もか!」
リコは除隊を取り消した。
故郷を破壊したバグズと戦うため、機動歩兵に残る。
「そうだ!家族の仇を討て!」
「女を追うためじゃなくなったな」
「全部殺せ!」
アレースは拳を握り、画面を睨んだ。
俺はミラネサを一切れ切った。
「それで、今日はブエノスアイレスに合わせた飯と酒にしたんだよ」
アレースが自分の皿を見た。
「この肉は、この男の故郷の料理か!」
「そういうこと」
アレースは残っていたミラネサを口に入れた。
「美味い!」
「今の流れで食欲が戻るの早すぎないか?」
「美味い物は美味い!」
「本当にそれしか言わないな」
人類はバグズに宣戦布告した。
宇宙船の大艦隊が、敵の母星クレンダスへ向かう。
*
艦隊がクレンダスへ到着した。
十万人を超える歩兵が輸送艇に乗り、地表へ降りていく。
「船で星を渡って、最後は地面で戦う! 正しい!」
「どこがだよ。あれだけの宇宙船があるのに、歩兵を虫の群れへ突っ込ませるんだぞ」
「船から撃ったら、近くで殺せん!」
「近くで殺す必要がないんだよ!」
地上から放たれた光が、軌道上の宇宙船を貫いた。
巨大な船体が割れ、炎に包まれた兵士たちが宇宙へ吸い出される。
「虫が船を撃った!」
「地上で待ってただけじゃなかったな」
「隠れて先に撃つとは卑怯だぞ!」
「先に攻め込んだのは人間だけどな」
「今から降りて殺せ!」
輸送艇の扉が開いた。
兵士たちが銃を持って地上へ飛び出す。
地面を埋め尽くすほどの虫が迫ってきた。
アレースが立ち上がり笑う。
「多い!虫も!人間も!」
「本当に嬉しそうだな」
「大きな戦だ!こんないいものはない!」
巨大な虫が兵士の身体を貫いた。
「刺した!」
顎が閉じ、兵士の上半身が宙を飛ぶ。
「千切れた!」
別の兵士が虫の脚に弾き飛ばされた。
「飛んだ!」
「楽しむな! 味方が死んでるんだぞ!」
「虫も死んでる!」
「釣り合えばいいって話じゃねえよ!」
アレースの目から涙が流れた。
「え、泣いてるのか?なんで?」
「ここへ行きたい!」
「それはなんの涙だ?悔し涙?」
「敵が多い!味方も多い!全員が殺し合ってる!!なぜ俺はそこにいない!!」
「楽しむだろうとは思ったけど、そこまで好きになるとは思わなかったよ!」
「俺のために選んだのか!」
アレースが俺を振り返った。
「母上は正しかった!お前はよい人間だ!」
「褒めなくていい!映画を見ろ!」
人類軍は撤退した。
死傷者は一時間で十万人を超えていた。
アレースが声を上げて笑った。
「十万か!ハデスの叔父上は大忙しだな!」
「笑うところじゃねえよ」
「全員冥府に入りきるか?」
「俺に聞かれてもわからん」
リコも脚を貫かれ、地面に倒れた。
救助に来た兵士たちが彼を回収した。
*
傷の治ったリコは、別の部隊に配属された。
その部隊を率いていたのは、かつての教師ラズチャックだった。
義手を外し、銃を持って立っている。
アレースが立ち上がった。
「あの賢者だ!」
「教師な」
「賢者が戦場に戻ってきたぞ!」
「今は部隊長だ」
「若者に知恵を授け、自分も戦う!俺は、こんな賢い人間を見た事がない!賢者の中の賢者だ!」
部隊の名は、ラズチャック愚連隊。
全員が戦い、誰も逃げない。
「よい名だ!」
「お前、こういうの好きだろ」
「全員で戦う!誰も逃げない!いい連中だ!」
「田舎のヤンキーみたいなこと言うな」
「ヤンキーとは、どこの兵だ?」
「説明すると面倒だから忘れろ」
リコたちは、巨大な火炎を吐く虫と戦った。
銃弾を浴びせても、硬い甲殻に阻まれる。
リコは一人で虫の背中へ飛び乗った。
「乗った!」
甲殻へ銃口を押しつける。
「穴を開けた!」
傷口へ爆弾を投げ込む。
リコが飛び降りた。
虫の巨体が内側から破裂する。
「爆ぜた! 討ち取った!」
「順番に全部言わなくていい!」
「いい戦いだ!」
「一方的に虫を爆破しただけだろ」
「勝った方が強い!」
功績を認められ、リコは部隊を率いる立場になった。
夜、兵士たちは酒を飲み、音楽を鳴らして休息を取る。
リコはディジーと結ばれた。
アレースが満足そうに頷いた。
「ようやく選んだ!」
「お前、ずっとディジーを推してたな」
「強い!よく走る!敵と戦う!」
「まあ今回は賛同する。この二人はお似合いだよな」
「前の女も妻にしろ!空と地上の両方を任せられる!」
「前言撤回。お前は黙ってろ」
*
救難信号を受け、ラズチャック愚連隊は前哨基地へ向かった。
だが、基地にいた兵士たちはすでに全滅している。
信号を送ったのは人間ではなかった。
虫が救援部隊を誘い込むために使った罠だった。
アレースが立ち上がった。
「虫が人を呼んだのか!」
「救難信号の使い方を覚えたらしい」
「戦いたいなら隠れずに出てこい!」
基地の外を、無数の虫が埋め尽くした。
「出てきたぞ」
「多い!卑怯だ!」
「正面から来ても文句を言うのかよ」
「気に入らん!」
虫が壁を乗り越え、兵士たちに襲いかかった。
アレースの顔が笑った。
「だが、敵としては最高だ!」
「気に入らないのか、気に入ったのか、どっちだよ!」
「殺したい敵は、愛する仲間と同じぐらい必要だ!!」
「会話が成立しねえ!」
兵士たちは背中を合わせ、押し寄せる虫を撃った。
ラズチャックの両脚が、地中から現れた虫に切断される。
彼はリコへ、自分を撃てと命じた。
助け出す時間はない。
「撃て!」
「即答するな!」
「賢者が命じた!虫には渡すな!撃て!」
リコが引き金を引いた。
銃弾を受け、ラズチャックは動かなくなった。
アレースは立ったまま、画面を見ていた。
「教えた。戦った。部下を逃がした」
「ああ」
「よい死だ!神の目に適った偉大な賢者だ!」
アレースは大きく頷いた。
「ハデスの叔父上に頼んで、あの賢者に会わせてもらうぞ!」
「映画だって言ってるだろ。冥府に行っても会えない」
「死んだなら冥府にいる!」
「人が演じてるんだよ」
「では、死んだのか? 生きてるのか?」
「ラズチャックは死んだ。役者は生きてる」
アレースの眉が寄った。
「面倒だ!叔父上に聞く!」
「ハデスに架空の人物を捜させるな!」
救助艇が到着した。
ディジーは仲間を逃がすため、最後まで地上に残った。
飛びかかってきた虫の脚が、その身体を貫く。
「ディジー!」
アレースが初めて、彼女の名を呼んだ。
リコはディジーを抱え、救助艇へ乗り込んだ。
だが血は止まらなかった。
ディジーはリコの顔を見ながら、彼の腕の中で息を引き取った。
アレースは何も言わなかった。
「お前でも、これは悲しいのか?」
「……強く良い女だった」
それだけ答えた。
宇宙葬が行われた。
ディジーの棺が宇宙へ放たれる。
アレースは、遠ざかっていく棺を見ていた。
「ディジーだな!」
「何が?」
アレースが立ち上がった。
「よく戦い、よく殺した!俺は血に濡れたその名を覚えた!」
十万人の死には笑っていた男が、一人の女の棺から目を離さなかった。
「それにしても、もうちょっとマシな弔いの言葉があるだろう」
*
葬儀には、軍の情報部に入ったカールも現れた。
全身を黒い制服で包み、以前とは別人のような立場にいる。
カールは、バグズを統率する知能を持った個体がいると説明した。
敵の頭脳を捕らえれば、この戦争に勝てる。
惑星の地下には、巨大な頭脳型のバグが隠れていた。
カルメンの乗る宇宙船が撃墜される。
彼女とザンダーは地下へ落ち、頭脳型のバグに捕らえられた。
虫は口から針を伸ばし、ザンダーの頭を貫く。
脳を吸い出し、人間の知識を得ようとしていた。
「頭を食った!」
「人間の知識を調べてるんだよ」
「こいつが隠れて命令してたのか!」
「虫にも指揮官がいるらしい」
「自分は戦わず、仲間だけ出したのか!」
「人間の将軍も似たようなもんだろ」
「そいつも地上へ降ろせ!」
「敵味方まとめて前線に立たせる気かよ!」
「全員で戦え!」
「戦争の神とは思えないくらい作戦が雑だな!」
リコたちは地下へ突入し、カルメンを救い出した。
だが頭脳型のバグには逃げられる。
地上へ戻ると、大勢の兵士が何かを囲んで歓声を上げていた。
捕獲された頭脳型のバグが、穴から引き出される。
捕らえたのは、訓練所で新兵を鍛えていたジムだった。
前線で戦うため、自ら階級を下げて一兵卒になっている。
アレースが両手を広げた。
「あの軍曹だ!」
「前線に出るため、階級まで下げたらしい」
「やはり教えるよりも戦う方がいい!そして敵の王を捕らえた!見事だ!」
「お前、あの軍曹も好きだな」
「腕を折った時から強いと思ってた!」
「評価の始まりが最低だよ」
カールが頭脳型のバグに手を触れた。
敵の感情を読み取る。
怯えている。
その言葉を聞いた兵士たちが、一斉に歓声を上げた。
アレースも拳を突き上げた。
「勝ったぞ!」
「まだ戦争は終わってない」
「今さら怯えても遅い! 出てきて戦え!」
「こいつは戦うための虫じゃない」
「なら、何のためにあれほどでかい!」
「頭を使うためだよ!」
「戦で頭を使うな!」
「戦争の神が絶対に言っちゃいけない台詞だぞ!」
捕らえたバグは軍の研究施設へ運ばれた。
兵士たちは新しい武器を手にし、次の惑星へ向かう。
誰もが戦う。
誰もが役に立つ。
人類は戦い続け、必ず勝つ。
アレースが立ち上がった。
「最高の世だ!」
「これ、地球全体が一つの軍隊みたいになってるんだぞ」
「最高ではないか!」
「政治も学校も報道も、全部戦争につながってる」
「子供は兵士に憧れる!老人は戦を教える!若者は敵を殺す!死ねば名が残る!」
「お前には理想郷なんだな」
エンドロールが始まった。
アレースは画面を指した。
「続きを見せろ!」
「今日はここまで」
「では、最初の戦からもう一度だ!」
「嫌だよ」
「俺もこの地に行く!」
「ないんだよ」
「さっき見た!」
「役者が衣装を着て、作った場所で戦ってるんだ。虫も人間が作った。実際に起きた戦争じゃない」
アレースは俺に顔を向けた。
「起きてないのか?」
「そうだよ。最初から説明しようとしてたけど、お前は全然人の話を聞かない」
「人間は、戦がない時に戦を作って見るのか?」
「まあ……そういう映画もある」
アレースの顔が明るくなった。
「素晴らしい!」
「何で評価が上がるんだよ」
「戦がなくても戦を作る!やはり人間は見込みがある!」
「映画文化を最悪の角度から理解するな!」
血と爆発を喜ぶところまでは予想していた。
血みどろなら喜ぶだろう。
その程度の理由で選んだ映画だった。
戦争の神に見せるには、相性がよすぎたかもしれない。
*
アレースは空になった皿を持ち上げた。
「菓子はないのか?」
「まだ食うのかよ」
「前に母上からもらったものは美味かったぞ!」
「フィナンシェか。まあ、喜んでくれたならよかったよ」
「菓子はあるのか!」
俺は台所から紙袋を持ってきた。
「家族への土産に買ってある。キャラメルサンド。アルゼンチンにも、アルファホーレスっていう、これによく似た――」
包装の破れる音がした。
アレースは、もう一枚目を口に入れていた。
「美味いな!」
「説明を最後まで聞けよ!」
「中の甘い物が伸びるぞ!」
「キャラメルだ。おい、それ家族用の土産だぞ。今食うなよ!」
「俺の分を今食っても同じだ!」
「一人で全部食うなよ。ちゃんと家族にも渡せ。あとでゼウスに確認するからな?」
「大丈夫だ!」
そう言いながら、アレースは二枚目の包装に手をかけた。
俺は箱ごと取り上げた。
「何をする!」
「大丈夫じゃない動きしてるからだよ」
「もう一枚だけだ!」
「お前の家族、何人いると思ってるんだ」
「数え方による!」
「なおさら残せ!」
アレースは、俺が抱えた箱を見た。
「お前は弱い!」
「最後に改めて言うことか?」
「だが、気に入った!」
「急だな」
「度胸がある!肉が美味い!酒も美味い!よい戦を見せた!菓子も美味い!」
「評価項目が全部雑だな」
「父上に止められてるから加護はやれん!」
「それでいい。お前の加護とか逆にトラブルを呼びそうだ」
「加護はやれんが、戦になったら俺の名を呼べ」
アレースは胸を張った。
こいつにとっては、最大限の返礼らしい。
「まず戦にならないよう祈るよ」
「戦のない人の世なんか、つまらん!」
「俺は平和で退屈なくらいがいい」
俺は菓子の箱をアレースに返した。
「ちゃんと家族に渡せよ」
「任せろ!」
「信用できないから、あとでゼウスに確認するぞ」
アレースは箱を片腕に抱え、玄関でサンダルを履いた。
盾を背負い、槍を肩に担ぐ。
「安心しろ。戦はなくならん!」
「何を根拠に言ってるんだよ」
「人間の長所は、どんなつまらん理由でも戦を始めることだ!」
そう言い残し、戦争神は光の中へ消えた。
映画が二時間かけて笑っていた人間の性質を、アレースは長所と呼んで帰った。
神話メモ
◾️アレース
アレースは、戦争と流血を司る神である。戦場の狂乱や破壊、怒りそのものを体現し、戦略や規律を重んじるアテナとは異なる性格を持つ。『イリアス』では陣営を変えながら戦い、傷を負うと大声を上げてオリュンポスへ逃げ帰るなど、勇猛さと未熟さを併せ持つ神として描かれた。
◾️ゼウスとアレース
『イリアス』でゼウスは、争いや戦を好むアレースを、オリュンポスの神々の中で最も憎いと叱責している。一方で、負傷して帰った息子を見捨てることはなく、治療を受けさせた。アレースはゼウスとヘラの息子であり、父から厳しく扱われながらも神々の一員として守られている。
◾️アレースと子供たち
アレースは身内の死や危機に激しく反応する。娘アルキッペを襲ったポセイドンの息子ハリロティオスを殺したため、神々の裁判を受けたという伝承がある。また『イリアス』では、息子アスカラポスの戦死を知ると、ゼウスの命令に逆らってでも仇を討とうとし、アテナに止められた。
◾️アレースとアフロディーテ
『オデュッセイア』では、アレースはヘパイストスの妻アフロディーテと密通する。二人の関係を知ったヘパイストスは、目に見えない網を寝台に仕掛け、二人を捕らえて神々の前にさらした。集まった男神たちは囚われた二人を見て笑い、ポセイドンの仲介によってアレースは解放された。
◾️トラシュマコス
トラシュマコスは、紀元前五世紀に活動した弁論家・ソフィストである。プラトンの『国家』第一巻では、「正義とは強者の利益である」と主張する。支配者は自分たちに有利な法律を作り、それに従うことを被支配者にとっての正義と呼ぶという議論であり、単に腕力の強い者を称える言葉ではない。正義と権力の関係を問い、ソクラテスと激しく論争する人物として描かれた。
◾️アレースへの祈り
『ホメロス風讃歌』の「アレース讃歌」では、強さや勇気だけでなく、心に生じる激しい怒りを抑え、争いと憎しみを避け、平和の法の中にとどまる力が求められている。戦争神への祈りは、戦場での勝利を願うだけでなく、自らの内にある争いを制するためにも捧げられた。




