第31話 オール・ユー・ニード・イズ・キル
※本編では映画の結末を含むネタバレがあります。
映画紹介
公開年:2014年
監督:ダグ・リーマン
主演:トム・クルーズ、エミリー・ブラント
異星生命体の侵略を受けた地球。戦闘経験のない軍人ウィリアム・ケイジは、激戦地への出撃を命じられ、戦場で命を落とす。しかし目を覚ますと、彼は出撃前日に戻っていた。同じ一日と死を繰り返す中、ケイジは人類の希望と呼ばれる女性兵士リタと出会う。
冷蔵庫から缶ビールを取り出して振り返ると、ゼウスがいつもの椅子に座っていた。
「お前、ちゃんと玄関から来いよ。昨日はできてたじゃねえか」
「ヘラを迎えた時のことか」
「インターホン鳴らして、扉が開くまで待ってただろ」
「ならば、お前もヘラの時のように私を畏って迎えよ」
「毎日のように来る相手に、あんなことしてたら疲れるだろ」
「毎日のように来てやっている私が、玄関で待つのも疲れる」
「それ、お互い様とは言わないからな」
俺はテーブルへ皿を並べた。
牛肉を挟んだタコス、豆の煮込み、クラッカーとチーズスプレッド。中央には、五百ミリリットルの缶ビールを二本置く。
ゼウスが一本を持ち上げた。
「一本だけか?」
「平日だぞ」
「平日だから一本というのは理屈になっておらん」
「五百にしたんだから文句言うなよ」
俺は自分の缶を開けた。
ゼウスはタコスへかぶりつきながら尋ねてきた。
「ヘラは、よい女だったであろう」
「ああ。あんな奥さんがいて浮気を繰り返す旦那がいるなんて信じられないくらい、素敵な女性だった」
ゼウスが噛むのを止めた。
「ヘラを褒めるだけでよい」
「旦那まで含めて評価した方が、奥様の素晴らしさが際立つだろ」
「お前は私への畏れが足りぬ」
「なら、せめて玄関から入ってこい」
俺はリモコンを取った。
「今日の映画は『オール・ユー・ニード・イズ・キル』」
「必要なのは殺すことだけ、か」
ゼウスは満足そうに頷いた。
「よい題だ」
「お前には好評だろうと思ったよ」
再生ボタンを押した。
*
異星から現れた怪物ミミックは、ヨーロッパの大半を支配していた。
人類は兵士へ強化装甲を与え、大軍を海の向こうへ送り込もうとしている。
軍の広報を担当するウィリアム・ケイジ少佐は、テレビの中で人類の勝利を語っていた。
本人に戦闘経験はない。
将軍から上陸作戦への同行を命じられると、ケイジは顔色を変えた。
撮影ならどこからでもできる。自分は兵士ではない。前線へ行けば邪魔になる。
笑顔で断っていたが、将軍は命令を変えなかった。
追い詰められたケイジは、作戦が失敗すれば責任を将軍へ負わせると脅し始めた。
「急に勇敢になったな」
「逃げるためだけどな」
「将を脅す度胸があるなら、怪物とも戦えるであろう」
「それは別の度胸だろ」
「命をかけるのは一緒であろう」
「今の時代、上官を脅すのは命懸けまではいかないんだよ。普通はな」
次の瞬間、ケイジは兵士に取り押さえられた。
ゼウスが大きく頷いた。
「将に刃を向けた者が、その日のうちに前線へ送られる。命まで取られぬとは、寛大な将ではないか」
「お前の職場と比べるとそうかもな」
ケイジが目を覚ますと、軍の基地に転がされていた。
階級章も身分証も取り上げられ、脱走兵の二等兵として扱われている。
昨日まで少佐だったと訴えるが、誰も信じない。
ファレウ曹長は、ケイジを落伍者の集まるJ分隊へ放り込んだ。
「一晩で雑兵になったか」
「見事な転落だろ」
J分隊の兵士たちは、新入りを値踏みした。
戦闘経験を聞かれたケイジは、三年間の大学予備役将校訓練課程があると答えた。
全員が笑った。
ゼウスが画面を指した。
「服を着てない男もいる。ならず者ばかりだ。この軍は大丈夫か?」
「広報担当を一日で二等兵にするくらいには追い詰められてる」
翌朝、兵士たちは強化装甲へ身体を固定した。
金属の腕と脚が人間の動きを支え、両腕には巨大な銃が取りつけられている。
ゼウスがタコスを置いた。
「鎧に腕と脚が生えておるぞ」
「パワードスーツ。人間の力を補助する鎧だ」
「これを、すべての兵へ与えたのか?」
「怪物相手だからな。生身じゃどうにもならない」
「ヘパイストスでも、一度の戦でこれほど多くの武具は鍛えぬ」
「神の一点物と軍の量産品を比べるなよ」
ケイジも強化装甲へ入れられた。
操作方法を聞いても、誰も教えない。
銃の安全装置がどこにあるのかも分からないまま、輸送機へ押し込まれる。
「アキレウスの武具を着せたからといって、この男はアキレウスにはならぬぞ」
「お前でも心配になるのか」
「この男が味方を撃ちそうで怖い」
「きわめて現実的な懸念だな」
*
輸送機が海岸へ近づいた。
上陸作戦は、すでに敵に知られていた。
地上から飛び上がったミミックが輸送機へ襲いかかる。
機内が傾き、兵士たちは一斉に落下した。
地面へ降りたケイジは、強化装甲の重さに引かれて仰向けに倒れた。
起き上がれない。
「亀でも、もっと早く起き上がるぞ」
「戦闘開始早々に主人公の評価が亀以下か」
ケイジが手足を動かしている横で、仲間のキンメルが上空を見た。
炎に包まれた輸送機が落ちてくる。
ケイジは転がって逃げた。
キンメルは輸送機の下敷きになった。
「鎧を着ても、上から船が落ちてくれば同じか」
「防具が想定してる死因じゃねーよ」
「ヘパイストスに用意させたら耐えれたかもしれん」
「SFに神器を持ち込もうとすんな」
ケイジは地面を這って進んだ。
前方では、一人の女兵士が大剣を振るっている。
ヴェルダンの戦いで人類を勝利へ導いた英雄、リタ・ヴラタスキ。
兵士たちからは、フルメタル・ビッチと呼ばれていた。
「全身を鉄で覆った牝犬か。よい名だ」
「直訳するな」
「獲物を追う牝犬は、勇敢で執念深いぞ」
「戦士の異名って意味では褒め言葉的に取れる要素はあるかもしれないが、どっちにしろ女性に使う言葉じゃない」
リタは銃ではなく、巨大な剣を振り回してミミックを斬っていく。
ゼウスの口元が上がった。
「よい女戦士だ」
「お前、昨日ここに奥さん連れてきたの忘れてないか?」
「戦士として評価したのだ」
「便利な言葉だな」
「ヘラも、優れた女を認めぬほど狭量ではない」
「それ、本人の前で言えるか?」
ゼウスはビールを飲んだ。
「今は戦を見よう」
「言えないんだな」
画面では、リタの近くへ輸送機の残骸が落ちた。
爆発に巻き込まれ、リタはあっさり死んだ。
「雌犬が死んだぞ」
「雌犬って呼ぶな」
「今、現れたばかりではないか」
「英雄でも、爆発の近くにいたら死ぬ」
ケイジは逃げようとしたが、ファレウ曹長に押し戻された。
銃を構える。
安全装置が外れない。
「まだ分からぬのか!」
「誰も教えてくれなかったからな」
「赤い部分を押せ!」
「画面の中には聞こえないぞ」
「その隣だ!」
「だから聞こえないって」
ケイジがようやく安全装置を外した。
襲ってきたミミックを一体だけ撃ち倒し、子供のように喜ぶ。
その横から、大型のミミックが現れた。
弾倉は空だった。
ケイジは地面に落ちていた地雷へ手を伸ばし、大型のミミックごと爆発した。
青い血を浴びながら死んだ。
ゼウスがクラッカーを持ったまま止まった。
「男が死んだぞ」
「死んだな」
「まだ半分も食べておらぬ」
「夕飯の進み具合で上演時間を測るな」
画面が暗くなった。
次の瞬間、ケイジは基地で目を開けた。
昨日と同じ場所だった。
同じ兵士が、同じ言葉で起こす。
同じ軍用車両が、同じ道を走っていく。
「死んだのではなかったか?」
「死んだよ」
「ならば、なぜ戻った」
「見てろ」
ケイジは、翌日の上陸作戦が失敗すると訴えた。
誰も信じない。
再び同じ分隊へ入れられ、同じ輸送機へ乗せられた。
海岸へ降りる。
キンメルが空を見上げた。
ケイジが叫ぶ。
キンメルは振り返り、落ちてくる輸送機を見た。
また潰された。
ゼウスが吹き出した。
「教えたのに死んだぞ」
「後ろを向かせただけだったな。むしろ余計な情報だったかもしれない」
「少なくとも自分が何に殺されるかはわかったな」
ケイジはリタを爆発から救った。
代わりに自分が動けなくなる。
リタは礼も言わず、ケイジの強化装甲から電池を抜き取って立ち去った。
「男を置いていったぞ」
「動けない奴を連れていく余裕はない」
「せめて礼くらい言え」
「お前、礼儀には厳しいな」
「当然だ。だが、雌犬の判断は正しい」
「呼び方!」
地中から現れたミミックが、動けないケイジを殺した。
基地で目を覚ます。
逃げ出そうとして軍用車両の前へ飛び出し、轢かれた。
また基地で目を覚ます。
ゼウスが声を上げて笑った。
「敵に会う前に死んだぞ!」
「脱走失敗。上官も呆れてたな」
ゼウスは笑いながら続けた。
「味方の戦車に飛び込んで死ぬとはなんとまぬけな」
「喜びすぎだろ」
「これは、この男の戦績へ入るのか?」
「死んだ回数には入るだろ」
「今のは戦死ではない。事故だ」
「本人にとっては同じだよ」
ケイジは別の道から逃げた。
今度は拘束され、口へ布を詰められたまま輸送機へ乗せられた。
海岸で身動きできずに死んだ。
目を覚ます。
爆発に巻き込まれる。
目を覚ます。
強化装甲の操作を誤って転ぶ。
目を覚ます。
ミミックに引き裂かれる。
ゼウスは、ケイジが死ぬたびに指を一本ずつ立てていた。
両手の指が足りなくなった。
「今ので十一か?」
「途中から数えてない」
「車に轢かれた分を入れれば十二だ」
「戦死と交通事故を分けてたんじゃないのか?」
ゼウスは空になった皿を見た。
「この男のように、食事も戻るべきだとおもわないか?」
「めちゃくちゃな理屈でお代わり要求するな」
俺は立ち上がり棚からクッキーを出す。
「腹減ってるなら、これ食え」
「人間よ。良き心がけだ」
「お前も遠慮って名の心がけを持ってもいいと思うぞ」
*
何度目かの海岸で、ケイジはリタの動きを先回りした。
どこから敵が現れ、どこで爆発が起きるかを言い当てる。
リタの表情が変わった。
次に目覚めたら、自分を捜すよう言い残した直後、爆発が二人を飲み込んだ。
ケイジが基地で目を開ける。
「女戦士は、この力を知っているぞ」
「知ってるみたいだな。そしてやっと呼び方変えたな」
「喜劇に、謎が現れた」
「喜劇として見てたのかよ」
ケイジは訓練場でリタを見つけた。
事情を聞いたリタは、すぐに理解した。
彼女もかつて、大型のミミックを倒して血を浴びた。同じ戦いを繰り返し、敵の動きを覚えた結果、ヴェルダンの英雄になった。
「この女も、初めから強かったのではないのか」
「何度も死んで、あそこまで強くなった」
リタは巨大な剣を振り、訓練用の機械を破壊した。
ゼウスは嬉しそうに頷いた。
「戦士としての腕を、死から奪い取った。しかも大剣を使う」
「銃も持ってるだろ」
「弾は尽きる。剣は尽きぬ」
「お前、かなり気に入ってるだろ」
「アレスにも見せてやりたい」
「絶対に連れてくるな」
「二人でよい稽古ができる」
「やめろ。部屋どころか辺り一体がなくなりそうだ。
リタは、ケイジを訓練装置の中へ立たせた。
前後左右から、機械の触手が襲ってくる。
ケイジは殴られ、地面へ倒れた。
リタが拳銃を向ける。
ゼウスはクッキーを頬張りながら聞いてきた。
「何をする気だ?」
銃声が鳴った。
ケイジは基地で目を覚ました。
ゼウスが立ち上がった。
「殺したぞ!」
「怪我を治すより、死なせて朝へ戻した方が早い。あと食いながら喋るな」
ゼウスはクッキーを一齧りし続けた。
「味方を訓練中に殺す者があるか!」
「それよりクッキー撒き散らすなよ」
「私は負傷した兵を訓練のために殺したことはない!」
「喋るか食うかどっちかにしろ!」
ケイジは再び訓練場へ立った。
今度は一撃を避けた。
二撃目で足を折った。
地面に倒れたケイジが、まだ続けられると訴える。
リタは拳銃を抜いた。
「待て。今度は足だけだぞ」
銃声。
ケイジが基地で目を開けた。
ゼウスが笑った。
「迷いがなくなったな」
「お前も順応が早いな」
訓練場へ戻る。
ケイジが触手を避け、別の触手に殴られる。
「また撃たれるぞ」
銃声。
「ほら私の言ったとおりだ」
「子供か」
次の訓練では、ケイジが倒れたまま動かなかった。
リタが近づく。
ケイジは疲れたから少し休みたいと訴えた。
リタが拳銃を抜いた。
銃声。
ケイジが基地で目を開けた。
ゼウスは腹を抱えて笑った。
「戦士の顔ではなく働きたくない者の顔をしおった。見抜かれて撃たれたか」
「お前、完全にリタ側へ行ったな」
「優れた教官だ。傷を負えば殺し、怠けても殺す」
「教官として褒めていい部分が一つもない」
ケイジは何度も死んだ。
死ぬたびに、リタから同じ説明を受け、同じ訓練を始める。
やがてリタが話し始める前に、ケイジが言葉を引き取った。
訓練装置が動く。
一撃、二撃、三撃。
すべて避け、反撃する。
リタが驚いて立ち止まった。
ゼウスが腕を組んだ。
「ようやく中身が武具に追いついた」
「死体を山ほど積んでな」
「すべて同じ男の死体か」
「本人しか覚えてないけどな」
ゼウスは画面のケイジを見た。
「前とは立ち方が違う」
「今は、誰よりも多く戦場で死んだ兵士だからな」
「戦を知らずに勝利を語っていた男が、誰にも知られぬ敗北ばかり覚えておる。皮肉なものだな」
*
リタはケイジを、ミミックの研究者カーターのもとへ連れていった。
ミミックは、群れ全体で一つの巨大な生き物を作っている。
兵士が戦っている個体は手足にすぎない。アルファが死ぬと、中心にいるオメガが時間を戻す。失敗した戦いを記憶し、次は別の方法で人類を襲う。
ヴェルダンでの勝利も罠だった。
人類へ一度だけ勝たせ、大規模な上陸作戦へ誘い出している。
「敗北を、次の勝利へ使う怪物か」
「人類は初めての上陸だけど、向こうは何度も試してる」
「敵だけが戦の結末を知り、兵は何も知らず同じ場所へ進む」
「その力を、今はケイジが奪ってる」
「王だけが敗北を覚え、手足には同じ命令を繰り返す。嫌な軍だ」
ゼウスはビールを飲んだ。
*
ケイジとリタは、海岸を突破する方法を何度も試した。
ケイジは、どこからミミックが現れるかを覚えていた。
倒れそうになる兵士を押し戻し、自分へ飛んでくる破片を避け、地中から出る前の敵を撃ち抜く。
ゼウスも指を動かしながら、次の攻撃を予想した。
「右だ」
ケイジが右へ跳んだ。
左から現れたミミックに吹き飛ばされた。
「外れたな」
「この男は次に覚える」
次の朝。
ケイジは左へ跳び、ミミックを倒した。
ゼウスが胸を張った。
「ほら覚えたぞ」
「お前の功績じゃないからな」
ケイジは仲間を一人救った。
別の仲間が死んだ。
進路を変える。
今度は二人とも死んだ。
「先に、あの崩れた壁を避けさせよ」
「たぶん試してる」
「高い場所から敵を見ればよい」
「それも試してるだろ」
「女戦士を別の道へ向かわせよ」
「それもやってる」
ゼウスが黙った。
「何か言えよ」
「この男が私より先にすべて試しておる」
「何百回もやってるからな」
「助言する楽しみがないではないか」
「その助言最初から届いてないからな」
何度目かの繰り返しで、ケイジとリタは海岸を突破した。
車を奪い、廃屋へたどり着く。
ケイジは迷わず鍵の隠し場所を探り当てた。
台所へ入り、コーヒーを用意する。
リタはケイジを見た。
そこへ来るのは初めてではない。
「戦の途中で女を家へ連れ込み、飲み物を用意したぞ」
「言い方考えろ」
「砂糖の場所まで知っておる」
「前にも来たんだろ」
「同じ女との初対面を繰り返し、ついに好みまで覚えたか」
「だから言い方が怖いんだよ」
「求婚には有利だ」
「やっぱそっち目線で見てたんじゃないか」
「私は初対面を繰り返さずとも――」
「俺は昨日、お前の奥さんに会ったばかりだからな」
「戦を見よう」
リタは先へ進もうとした。
ケイジが止める。
この先には飛行機がある。だが、何度試してもリタはそこで死ぬ。
別の道を選んでも死んだ。
一人で行かせても死んだ。
ここへ残そうとしても、リタはケイジを追った。
「この男だけが覚えているのか」
「リタにとっては、毎回初めての廃屋だ」
「ならば、男だけが同じ者を何度も失っている」
リタは車の鍵を取り、外へ出た。
飛行機へ向かう。
ミミックが襲いかかり、リタを貫いた。
ケイジは駆け寄るが、間に合わずに死ぬ。
同じ朝へ戻り、またリタに会う。
リタは何も知らず、同じ顔でケイジを見た。
「この男は、女を英雄として民へ見せていたな」
「ケイジは広報だったからな」
「今は誰も知らぬ死に顔ばかり見ておる。自分が死ぬだけではなく、失う回数も増えるのか」
次の朝、ケイジはリタに会わなかった。
一人で海岸を突破した。
ゼウスは何も言わず、ケイジが戦う姿を見ていた。
*
ケイジは、幻で見たオメガの居場所へ向かった。
だが、そこにオメガはいない。
大型のミミックが待ち伏せていた。
敵はケイジをすぐには殺さず、傷を負わせて時間を戻す力を奪おうとする。
ケイジは水中へ飛び込み、自分から死を選んだ。
基地で目を開ける。
「何度でも死ねるからこそ、死に方を選ばねばならぬ。妙な戦だ」
「さっきまで交通事故で笑ってた奴が言うと、重みがないな」
ケイジとリタは、オメガの居場所を探る装置を軍の将軍から奪った。
将軍の部屋へ入る前から、ケイジは兵士が動く順番を知っている。
誰が銃を抜き、誰が扉を塞ぐか。
すべて先回りして装置を奪い、二人は車で逃げた。
「先ほどから、誰もこの男へ触れられぬな」
「ここでも何度か失敗したんだろ」
「失敗した場面をすべて削り、成功した動きだけを見せておる」
「広報の仕事みたいだな」
装置によって見えたオメガの居場所は、パリのルーヴル美術館だった。
だが逃走中、車が事故を起こした。
ケイジが目を覚ます。
今度は基地ではない。
病院のベッドだった。
失った血を補うため、輸血を受けている。
「戻らぬぞ」
「死んでないからな」
「ならば一度死ねばよい」
「輸血されたから、力が消えた」
「先に言え!」
「何で俺が怒られるんだよ」
「今までのように、怪我をしたら女戦士が撃てぬではないか」
「そこを基準にするな」
「もう一度、青い怪物の血を浴びればよい」
「敵も同じ手には乗らないだろ」
ゼウスは空になった缶を指で回した。
「今度は、本当に一度しか死ねぬのだな」
「最初から人間は一度しか死ねないんだよ」
画面では、ケイジが自分の身体を確かめていた。
いつもの朝は、もう来ない。
「軽くなっていたのは、この男の死ではなく、見ていた我々の方か」
「本人は毎回、痛かっただろうからな」
「戦車に轢かれた時もか」
「まだ思い出し笑いしてるだろ」
ゼウスは口元を手で隠した。
「しておらぬ」
*
ケイジは病院を抜け出し、J分隊のもとへ向かった。
兵士たちは、戦闘経験のない広報担当が現れたと思っている。
ケイジは、一人ずつ本人しか知らない話を言い当てた。
最初は笑っていた兵士たちが黙る。
「神託を使って兵を集めたか」
「何度も同じ朝を過ごして、全員の話を覚えたんだよ」
「弱みも知っておるな」
「仲間を集める時に使う言葉じゃない」
「従わぬ者から秘密を一つずつ明かせばよい」
「急に最低の指揮官になるな」
ケイジは、自分について来いとは言わなかった。
オメガの居場所を教え、行くかどうかは分隊へ任せる。
J分隊は武器を取った。
「命令しておらぬのに、全員が立ったな」
「この連中が死ぬところも、ケイジは何度も見てる」
「兵の名だけでなく、死に方まで覚えている指揮官か」
一行は輸送機を奪い、パリへ向かった。
今度は失敗しても戻れない。
仲間たちは一人ずつ残り、ケイジとリタのために道を開いた。
輸送機が墜落する。
爆発が起こる。
「もう戻らぬのか」
「次がないからな」
ケイジとリタはルーヴルへたどり着いた。
オメガのいる場所は、大型のミミックに守られている。
リタは、自分が敵を引きつけると言った。
ケイジが止める。
今度は死んでも戻れない。
リタはケイジへ口づけした。
もっと彼を知る時間があればよかったと言い、戦場へ走った。
「女戦士にとっては、今も出会ったばかりか」
「ケイジだけが、ずっと前から知ってる」
「今日初めて、同じ一日を二人で持てたのだな」
リタは大剣を振り、大型のミミックへ向かった。
一撃を加えたが、敵の触手に身体を貫かれる。
それでも、最後まで敵を引きつけた。
ケイジは水中へ潜った。
オメガを見つけ、爆弾を抱えて近づく。
大型のミミックが追いつき、ケイジの身体を貫いた。
ケイジの手から爆弾が落ちる。
指先を伸ばし、爆弾の起爆装置を押した。
オメガが爆発に包まれる。
つながっていたミミックが、すべて動きを止めた。
青い血が、死にかけたケイジへ流れ込む。
*
ケイジが目を開けた。
基地ではない。
将軍へ会うため、ロンドンへ向かっていた時まで戻っている。
ニュースは、パリで発生した謎の爆発によってミミックが活動を停止したと伝えていた。
上陸作戦は行われない。
J分隊の兵士たちは生きている。
誰も戦っていない。
誰も、ケイジとともにパリへ行ったことを覚えていない。
「この男が、初めにしていた仕事と同じだな」
「広報か?」
「民が見るのは、勝利した結末だけだ。そこへ至る失敗も、死者も、すべて消えておる」
「今回は隠したんじゃない。世界からなくなったんだよ」
「だが、この男だけは覚えている」
ケイジは基地へ向かった。
J分隊の兵士たちが、何も知らずに騒いでいる。
キンメルも生きていた。
「裸ではないな」
「そこを確認するな」
「輸送機にも潰されぬ」
「上陸しないからな」
「軍用車両にも轢かれぬか?」
「ケイジの話だろ、それ」
「惜しいな」
「何がだよ」
訓練場にはリタがいた。
ケイジは足を止める。
リタは彼を見ても、何も思い出さない。
何の用かと冷たく聞かれたケイジは、何も答えず笑い始めた。
ゼウスが画面を見た。
「帰還したのに、旅を知る者は一人だけか」
「これから話せばいいだろ」
「では、また最初から女を口説くのだな」
「人類を救った説明から始めろよ」
「砂糖の場所を先に言えば、早い」
「不審者になるだけだ」
エンドロールが始まった。
*
俺は空になった皿を重ね、台所へ運んだ。
戻ってくると、ゼウスが俺の空き缶まで持ち上げていた。
「麦酒は戻さないのか?」
「お前……」
「前は二本とも満ちていた」
「この映画の後はビールよりこっちだ」
俺は湯呑みを二つ置き、緑茶を注いだ。
ゼウスが中を覗き込む。
「茶か?この話と何の関係がある」
「映画には出てない。原作にあるんだよ」
「原作?」
「日本の小説。戦場で、食後の緑茶について話す場面がある」
ゼウスは一口飲んだ。
眉間へ皺が寄る。
「苦いな」
「戦場に甘さを求めるな」
「蜂蜜を入れよ」
「緑茶は、そうやって飲むものじゃない」
「では、今日をやり直して別の物を出せ」
「やり直すべきことが他に山ほどある。と、ヘラさんなら言うだろうな」
ゼウスは黙って緑茶を飲み、湯呑みを置いた。
「よいか人間よ。やり直せないからこそ、選択や行動に本物の輝きが宿るのだ」
ゼウスは俺が言い返す前に消えた。
神話メモ
◾️シシューポス
シシューポスは、コリントスの王とされる人物である。知略に優れた一方、神々を欺いた罪によって冥府で罰を受けた。巨大な岩を山頂まで押し上げるが、岩は頂上へ届く直前に転がり落ちるため、同じ労苦を永遠に繰り返すことになった。
◾️ヘラクレスの十二の難業
ヘラクレスは、ミュケナイ王エウリュステウスに仕え、十二の難業を成し遂げた英雄である。ネメアーの獅子退治、ヒュドラ討伐、ケルベロスの捕獲など、常人には不可能な試練へ挑んだ。怪力だけでなく、知恵や協力によって難題を克服する場合もあった。
◾️ティタノマキア
ティタノマキアは、ゼウスを中心とするオリュンポスの神々と、クロノス率いるティタン神族の間で行われた戦争である。戦いは十年間続いたとされる。ゼウスはキュクロプスから雷霆を授かり、ヘカトンケイルたちの力も借りて勝利し、敗れたティタン神族の多くはタルタロスへ幽閉された。
◾️古代ギリシャ喜劇
古代ギリシャ喜劇では、殴打や追跡、転倒などの身体的な災難も笑いとして用いられた。登場人物がひどい目に遭いながら舞台へ戻り、再び同じ失敗を繰り返す構成も、観客が結末を予測できる笑いにつながった。
◾️ヘパイストスの武具
ヘパイストスは火と鍛冶を司る神であり、神々や英雄のために優れた武具を作った。英雄アキレウスがパトロクロスの死後に用いた新たな鎧と盾も、母テティスの依頼を受けたヘパイストスが鍛えたとされる。その盾には、大地や海、都市、人々の生活など、世界を形作るさまざまな光景が刻まれていた。




