第27話 ゴーストバスターズ
※本編では映画の結末を含むネタバレがあります。
映画紹介
公開年:2016年
監督:ポール・フェイグ
主演:メリッサ・マッカーシー、クリステン・ウィグ、ケイト・マッキノン、レスリー・ジョーンズ
ニューヨークで相次ぐ怪現象を追う物理学者のアビーとエリンは、天才的な発明家ホルツマン、街の歴史に詳しいパティとチームを結成する。幽霊を捕らえる特殊装備を手に、四人は街を覆い始めた超常的な異変へ立ち向かう。
「今日はずいぶん厚いパンだな」
「パストラミサンド。ニューヨークが舞台だから、それっぽいものにした」
ゼウスは二枚のパンからはみ出した肉を指で押さえた。
「牛か?」
「牛肉を挟んである」
それだけ確認すると、神々の王は満足してかぶりついた。
テーブルにはコーラの瓶と、デザート用に買った袋入りのマシュマロも置いてある。ゼウスは袋を持ち上げ、白い塊を眺めた。
「これは知っているぞ。偽アンブロシアに入っていた、白くて甘いものだ」
「マシュマロ。アンブロシアサラダは偽物扱いなのに、そこだけ覚えたのか」
「偽物でも、うまいものはうまい」
「神の食べ物、判定ゆるいな」
俺はコーラをグラスへ注ぎ、リモコンを取った。
「今日は『ゴーストバスターズ』」
「死霊を退ける者たちか」
「元になった映画はあるけど、これは続きじゃない。ここから見て問題ない」
「前の者たちは出ぬのか?」
「元はおじさん四人組。今回は女性チーム」
ゼウスはサンドイッチを皿へ戻した。
「ならば、こちらでよい」
「理由を聞くまでもなく最低だな」
「私はまだ何も言っておらぬぞ」
俺は再生ボタンを押した。
*
物理学者のエリンは、かつて友人のアビーと幽霊についての本を書いていた。大学での立場を守るため本を消してもらおうとした彼女は、アビーと発明家のホルツマンに連れられ、幽霊が出るという古い屋敷へ向かう。
地下室に現れた女の幽霊へ、三人が見入る。
「美しいではないか」
「お前、死んでてもいくのか」
「姿を保ち、言葉も通じるなら――」
幽霊が口を大きく開き、エリンの全身へ緑色の粘液を吐きつけた。
「今の話は忘れよ」
「手のひらクルクルだな」
撮影した映像を公開した結果、エリンは大学を追われ、アビーとホルツマンも研究所を解雇された。三人は中華料理店の上に部屋を借り、自分たちで幽霊の調査を始める。
ホルツマンが机いっぱいに部品を広げ、霊体へ干渉する装置を組み上げていく。
ゼウスがサンドイッチを持ったまま画面へ顔を寄せた。
「この奇妙な髪の女は鍛冶師か?」
「技術者。武器も捕獲装置も作る」
「ヘパイストスが見れば欲しがるな」
「弟子に?」
「工房ごとだ」
「神が設備目当てで引き抜くな」
事務所には受付係の応募者がやって来た。大柄で肩幅の広い男、ケヴィンだった。
ゼウスが大きく頷く。
「よい戦士が来たではないか。なぜこの体格の男を受付へ置く」
面接が始まった。
ケヴィンの眼鏡にはレンズが入っていない。汚れるから外したのだという。電話が鳴ると、水槽から音がすると言って魚へ顔を近づけた。
ゼウスの顎がゆっくり下がった。
「……受付に置け」
「撤回が速い」
「槍を持たせてはならぬ。敵より先に味方が減る」
「本人だけは無事そうなんだよな」
「ならば盾にはなるか」
*
地下鉄の職員パティが、使われていない駅で囚人服の幽霊を目撃した。連絡を受けた三人は地下へ入り、ホルツマンが試作した装置を背負う。
粒子の光が幽霊の体へ絡みつき、三人がかりで床へ引き倒した。
ゼウスはコーラの瓶を置いた。
「死者を縛ったぞ」
「幽霊に触れる縄みたいなもんだ」
「死者はヘルメスが冥府へ導く。なぜ生者が捕らえる」
「存在を証明したいんだよ。逃げられたけど」
幽霊は壁を抜けて去り、三人だけが線路に残された。
「縄だけでなく檻が要るな」
「今作ってる」
パティはニューヨークの歴史と道に詳しく、自分も仲間に加わる。彼女が持ち込んだ霊柩車は改造され、四人と装備を運ぶ車になった。
やがて音楽会場に幽霊が現れ、四人は観客の前で初めて捕獲へ挑んだ。
ホルツマンの光線が霊体を捉え、三人が押さえ込み、パティが足元へ小さな箱を滑らせる。蓋が開くと幽霊は光ごと吸い込まれた。
ゼウスが両膝を叩いた。
「捕らえた!」
「声がでかい」
「冥府への穴を箱に入れて持ち歩くとは、よい道具だ」
「正確には保管してるだけ」
「では、その箱が冥府か」
「その大きさで死者全部を管理させるな」
「増えたら積めばよい」
「死後が倉庫業になるだろ」
四人は歓声を上げ、初めての成功を抱き合って喜んだ。
「あの鍛冶師だけではない。四人で一つの狩猟隊になったな」
*
ニューヨーク各地の怪現象には、ローワンという男が仕掛けた装置が関わっていた。四人が調査を進める一方、政府も幽霊の存在を把握していた。
彼女たちは市長に呼び出され、街で起きていることを公には口にしないよう求められる。市長は幽霊の存在を認めながら、記者の前では四人を詐欺師として扱うつもりだった。
ゼウスの眉間にしわが寄った。
「働かせるが、功績は与えぬのか」
「混乱を避けたいらしい」
「名誉を奪えば、街のため戦う者がいなくなるぞ」
エリンは市長へ食い下がり、このままでは『ジョーズ』の市長と同じだと言った。
市長が机を叩く。
自分を『ジョーズ』の市長と比べるなと、本気で怒鳴った。
ゼウスは目を丸くしてから、口の端を上げた。
「あの男は、この国で恥として名を残したのか」
「ジョーズの市長は有名だからな。別の映画にまで届いてるな」
「死者へ背を向けた王が、詩人に長く歌われる。正しい罰だ」
画面の市長はまだ怒っていた。
「この男も、比べられて怒る程度には分かっているではないか」
「分かってて似たことしてるから余計に悪い」
「ならば、次は鮫を放て」
「海がないだろと言いたいが、サメの霊が地上で襲ってくる映画もあるんだよな」
「今なんと言った」
「忘れろ。俺は、あの映画を2度見るつもりはない」
「忘れぬ。見せろ」
「絶対嫌だ」
*
ローワンという男が街の地下に、死者の世界へ通じる巨大な門を作っていた。四人に追い詰められると、自ら命を絶ち、幽霊となって戻ってくる。
「死して力を得るため、自分の命を供物にしたか」
「迷惑な自己犠牲だよな」
ローワンはアビーへ憑依したが、パティに追い出された。次に選ばれたのは、事務所に残っていたケヴィンだった。
ゼウスが身を乗り出す。
「ついに、あの大男も戦うのか?」
「中身は別物だ」
ケヴィンの体を奪ったローワンは街へ出て、警官や兵士をまとめて操り、踊らせながら進んでいく。
「受付に置いても駄目だったか」
「配置の問題じゃなかったみたいだな」
「体が立派なだけに、敵へ渡すと厄介だ」
ローワンが門を開くと、無数の幽霊がニューヨークへ溢れ出した。四人は武器を積んだ霊柩車で中心部へ向かう。
過去のニューヨークを模した街路を、兵士や怪物の幽霊が埋め尽くす。ホルツマンが両手に武器を構え、光の鞭と銃で次々に薙ぎ払った。
ゼウスが立ち上がる。
「やはり、あの鍛冶師が一番強いな!」
「自分で作った武器を自分で使ってるからな」
「ヘパイストスより働くぞ」
「本人に言うなよ」
アビー、エリン、パティもそれぞれの武器を取り、四人で背中を守り合う。数で押し寄せる幽霊を退けながら、彼女たちは門へ進んだ。
俺は少し気になってゼウスに聞いた。
「女が街を守るのは珍しいか?」
「アテナを城壁の守り手とする国で、何が珍しいのだ。武具を持ち、前に出れば戦士だ」
「お前がまともだと調子が狂うな」
「私を何だと思っている」
「女性が出るならそっちでいいと言った神」
「それとこれは別だ」
幽霊となった巨大な風船の群れが、四人へ迫った。その中に、白く膨らんだ笑顔の人型がいる。
ゼウスは画面と、テーブルの袋を交互に見た。
「偽アンブロシアが攻めてきたぞ」
「マシュマロの風船だ」
「同じ姿ではないか」
四人が他の風船を撃ち落とす中、巨大な白い風船が頭上から覆いかぶさった。
「食えば出られる」
「風船だって言ってるだろ」
ゼウスは袋から一個つまんで口へ入れた。
「ならこちらの方がいいな。食えるし甘い」
四人は風船の下から抜け出し、門を開いたローワンと向き合った。ローワンは彼女たちの印に描かれた幽霊の姿を選び、建物より巨大な怪物へ変わる。
幽霊が乗り回していた霊柩車を門へ突っ込ませ、積んだ原子炉を撃つ。爆発で吸い込む力を逆転させると、街中の幽霊が門へ引き戻され、ローワンも耐えきれず落ちていった。
最後にローワンはアビーを掴んだ。
エリンは迷わず門へ飛び込み、闇の中でアビーの手を取る。二人の仲間が引き上げ、四人全員が街へ戻った。
ゼウスは立ったまま、二人が抱き合う画面を見ていた。
「よく連れ帰った」
俺は短く頷いた。
*
戦いが終わると、市長は相変わらず四人の功績を公には認めなかった。その代わり、新しい拠点と研究費を用意した。
「名を返さぬまま、銀だけ払ったか」
「ジョーズの市長よりはマシだっただろ?」
「鮫を見せれば、さらにマシになるぞ」
「サメは一旦忘れろ」
「あの話を忘れるのは無理だ。サメの霊の話も覚えておるぞ」
「マジで忘れろ」
エンドロールの途中、新しい研究所へ一人の女性が現れた。ホルツマンが恩師だと紹介する。
その女性は装置へ近づき、数秒見ただけで不安定さを指摘した。ホルツマンと同じ言葉を口にし、二人は手を打ち合わせる。
ゼウスが画面を指した。
「おい……彼女はまさか」
「お、気づいたか。そう、エイリアンのリプリーを演じた人だ。あの映画から30年以上経ってるけどな」
「老いて、なお美しいな」
「ある年代の映画ファンにとってはまさに女神みたいな俳優だ」
「前回は怪物を外に追い出した。今回は鍛冶師を育てた。素晴らしい女だ」
「俳優の人生と演じた役は別だ。あとヘラに聞かれないようにな。こっちにまでとばっちりが来そうだ」
ゼウスは袋に残ったマシュマロを皿へ全部出した。
「面白かったぞ。この四人の次の戦いも見せよ」
「……続きはない」
「なぜだ?」
「いろいろあったんだよ」
「いろいろ?街を守った者へ名誉を拒否したのか。あの男と同じになるぞ」
「たぶんだけど、見てもない」
「見てない?」
「いや、わかんないけど」
ゼウスは最後のマシュマロを指でつまんだ。
「人間は、不条理な事をするな」
「ギリシャ神話の神に言われたくねーよ」
神話メモ
◾️アンブロシア
オリュンポスの神々が口にするとされる食物。神酒ネクタルと並び、不死や永遠の若さに関わるものとして語られる。具体的な形や材料は神話ごとに異なり、香油のように遺体へ塗られる場合もある。現代の菓子や果物を使った同名の料理とは別物である。
◾️ヘルメス・プシュコポンポス
死者の魂を冥府へ導く役割を担うヘルメスの呼称。「魂の導き手」を意味し、死者を裁くのではなく、生者の世界から冥府まで送り届ける存在とされた。神々の使者、旅人の守護者、境界を越える神という性格とも結び付いている。
◾️ヘパイストス
火と鍛冶、工芸を司る神。神々の武具や装飾品を製作する名匠として知られ、アキレウスの盾、ヘラクレスの胸当て、神々が用いる自動装置などを作ったとされる。力だけでなく、技術と発明によって神々の秩序を支える存在である。
◾️アテナ・ポリアス
都市の守護者としてのアテナを示す呼称。「都市のアテナ」を意味し、とくにアテナイのアクロポリスで篤く崇拝された。知恵、戦略、工芸を司り、武装した女神として都市の城壁、共同体、法と秩序を守る存在とされた。
◾️古代ギリシャの死者観
死者の魂は冥府へ下り、ステュクス川やアケロン川を渡ると考えられた。埋葬されない死者や非業の死を遂げた者は、生者の世界をさまよう場合があるとされた。葬礼は遺族の義務であり、死者を正しい場所へ送るための重要な慣習だった。




