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第25話 エイリアン


※本編では映画の結末を含むネタバレがあります。


映画紹介


公開年:1979年

監督:リドリー・スコット

主演:シガニー・ウィーバー


宇宙貨物船ノストロモ号は地球への帰路、未知の信号を受信し、ある惑星へ降り立つ。調査へ向かった乗組員が船へ戻ったとき、彼らは想像を超えた生命体を持ち込んでいた。逃げ場のない船内で、乗員たちは正体も目的も分からない脅威に追われていく。

テーブルにはガーリックライス、ハーブをまぶした鶏肉、焼いたカボチャとインゲンを並べた。汁物はない。赤いソースも白いソースもない。


「今日は牛ではないのか」


「俺が毎晩牛肉食いたくないんだよ。鶏も食え」


ゼウスは鶏肉を切り、焼き目を確かめてから口へ運んだ。


「悪くない。香草も惜しんでおらぬ」


「ほんと上からだな」


「それより今日の話を見せよ」


「今日の映画は飯食ってからにした方がいいぞ」


「また配慮とやらか?」


「配慮だ」


「人間が神に配慮するなどおこがましい。早く始めろ」


「はいはい。俺は言ったからな」


俺はリモコンで配信サービスを開いた。


「今夜は『エイリアン』だ」


「異邦人?客人の話か?」


「客っちゃ客だな」


「配慮が必要な客人か」


    *


巨大な宇宙船が暗闇を進み、眠っていた乗員たちが起こされた。地球へ戻る途中で正体不明の信号を拾い、契約に従って調べることになったらしい。


食卓を囲む乗員の中にリプリーが映ると、ゼウスのフォークが止まった。


「この女はよいな」


「早えよ。まだ始まったばかりだぞ」


「それで美しさが変わるのか?」


「映画を見ろって言ってんだよ」


ゼウスは画面に映るリプリーを眺めた。


「背が高く堂々としている。そして何より牝牛のような目だ」


「牛のような目って誉めてんのか」


「牛ではない。牝牛だ」


「よくわかんねーけど、ヘラに怒られない程度にしておけよ」


宇宙船は荒れた地表へ降りた。船長のダラス、ケイン、ランバートの三人が船外へ出て、発信源を探す。


三人は巨大な船の残骸へ入り、その奥で卵のような物が並ぶ場所を見つけた。ケインが開いた一つへ顔を近づける。


ゼウスが眉を寄せた。


「なぜ触れる。槍で突け」


「調査の語源に攻撃は入ってない」


卵の中から飛び出した生物が、ケインの顔へ貼り付いた。


ゼウスはフォークを皿へ置いた。


「門を閉じよ。あれは客の作法を知らぬ」


「この場合、人間の方が客じゃね?お前槍で突けって言ってたけど」


船内に残ったリプリーは、受信した信号を調べ直した。救難信号だと思われていたものは、近づくなと告げる警告だった。


「異邦の土地が、帰れと言っていたのか」


    *


三人が船へ戻ると、リプリーは隔離規則を理由に扉を開けなかった。ケインを船内へ入れれば、乗員全員が危険にさらされる。


「正しい。家に疫病を入れれば、内にいる者も死ぬ」


「古代ギリシャに隔離の概念あったのか?」


「なかった。かつてアテネを疫病が襲った時は病人を見舞いや看病する者が次々に死んだ」


「最悪な経験則か」


医務室にいたアッシュが、リプリーの命令を無視して扉を開けた。


ゼウスが椅子から腰を浮かせた。


「誰だ、門を開けた者は」


「科学主任のアッシュ」


「門を預かる者の命に逆らい、家へ入れたのか」


「同じ船の仲間だろ」


「怪物が顔に張り付いたままだぞ。門を潜らせてはならん。今ならこの三人で済む」


「その辺のドライさって意外とこの手の映画に向いてんのかもな」


ケインは医務室へ運ばれた。顔を覆う生物を切ろうとすると、傷口から液体が流れた。床が煙を上げ、液体は何層もの甲板を溶かしていく。


ゼウスは身を乗り出した。


「血が船を食っているぞ」


「強い酸らしい」


「殺せば家が壊れ、生かせば家人が危うい。なんとも厄介な怪物だ」


「家には来て欲しくないな。倒せても敷金が飛ぶ」


やがて顔を覆っていた生物は自然に剥がれ、死んだ。ケインも目を覚ました。


乗員たちは出発前に食卓を囲んだ。元気になったケインが料理を口へ運び、仲間と笑う。


ゼウスも鶏肉へフォークを伸ばした。


ケインの身体が跳ねた。


胸を内側から破って、小さな生物が飛び出した。


「胸を突き破ったぞ!何だあれは!」


「あれがエイリアンだ」


「あれを異邦人で済ませて良いのか?」


「その辺の英語のニュアンスはわからん」


「我が娘アテナは私の額を突き破って出てきたが……」


「その辺のギリシャ神話の感覚はもっとわからん」


俺は画面を見たまま手を止めた。隣ではフォークの先が鶏肉の上で止まっている。


生物は甲高い声を上げ、船の中へ逃げた。


ゼウスがゆっくり俺の皿を見た。


「汁も赤い物もない理由が分かった」


「配慮を理解してもらえて何よりだ」


「食事中に見せる話ではなかろう」


「お前始める前になんて言ったよ」


    *


乗員たちは逃げた生物を捜し始めた。猫のジョーンズを追って一人になったブレットが、成長した怪物に襲われる。


「大きくなりすぎではないか」


「俺に聞くな。宇宙生物学は一般教養に入ってない」


「あの小さな身体のどこに、この肉が入っていた」


「知らん」


「食わずに育つなら兵糧が要らぬな」


「軍事転用を考えるな」


船長のダラスは怪物を追い出すため、狭い通気路へ入った。仲間の指示を頼りに進むが、暗闇から現れた怪物に連れ去られる。


ゼウスは口を閉じたまま、空になった通気路を見ていた。


指揮を引き継いだリプリーは、船のコンピューターへ会社の命令を問いただした。


表示された特別命令は、生命体を地球へ持ち帰ることを最優先とし、乗員を犠牲にしても構わないというものだった。


ゼウスの指がテーブルを一度叩いた。


「使用人を供物に獲物を得ようと言うのか。怪物より悪い」


「映画史に輝く有名な悪の企業だ」


リプリーはアッシュを問い詰めた。アッシュは彼女へ襲いかかり、丸めた紙を口へ押し込もうとする。


駆けつけたパーカーがアッシュの頭を殴り飛ばした。


首から白い液体が噴き、断面から管や部品が現れる。


「人ではなかったのか」


「アンドロイド。人間そっくりに作った機械だ」


「恐ろしく精巧だ。ヘパイストスが見たら悔しがるぞ」


ゼウスが俺の皿のガーリックライスを見た。


「白い料理も避けた理由か」


「人間の配慮も悪くないだろ」


「まず、この話を作った者に配慮させるべきだ」


「エイリアンを台無しにする気か」


切り離されたアッシュの頭が再び動いた。会社の命令に従っていたと認め、怪物を完全な生物だと称賛する。


ゼウスが顔をしかめた。


「タロスのようなものかと思ったが、比べるのも失礼だな」


「誰だよ」


「ヘパイストスが青銅で作った、クレタ島を守る番人だ」


「だから、さっき悔しがるって言ったのか」


「精巧さはな。だが、これは家の内側から主人を怪物へ売った。タロスとは質が違う」


「未来の悪徳企業が技術者倫理でギリシャ神話に負けたか」


    *


残った乗員は船を爆破し、脱出艇で逃げることにした。


冷却装置を運びに行ったパーカーとランバートが怪物に殺され、リプリーだけが残る。


警報が鳴る船内を走りながら、彼女は猫のジョーンズが入った箱を拾った。


「置いていかぬのか」


「猫好きが猫を置いていくわけないだろ」


「さっき一人、猫を追って死んだからな。だが、家の最も小さな者まで連れて帰る。悪くない」


リプリーは自爆装置を作動させ、脱出艇へ向かった。しかし通路の先に怪物がいる。彼女は引き返し、自爆を止めようとした。


解除の期限は過ぎていた。


「神託より融通が利かぬな」


「自爆装置にお客様都合のキャンセルはないらしい」


「一度定めた滅びを取り消せぬ点は、モイライに近い」


「運命の女神を利用規約みたいに言うなよ」


リプリーは別の道から脱出艇へたどり着き、ジョーンズとともに発進した。


背後でノストロモ号が爆発する。


椅子へ深く座った彼女の姿を見て、俺も息を吐いた。


だが、脱出艇の壁に怪物が紛れていた。


ゼウスが身を乗り出した。


「まだいるぞ!」


「実況するな」


「この女がやられてしまうではないか。いざとなったら我が雷霆を使うぞ」


「おい、やめろ。絶対やめろ。またテレビを焼く気か!」


「しかし!」


「いいから黙って見てろ」


リプリーは声を上げず、宇宙服へ身体を滑り込ませた。猫を収納箱へ入れ、席へ身体を固定する。蒸気を噴きつけて怪物を追い出し、扉を開いた。


空気とともに怪物が船外へ吸い出される。


それでも船体へ取りつく怪物を、彼女はエンジンの噴射で宇宙の闇へ吹き飛ばした。


ゼウスが掌で膝を打った。


「見事だ。最後は自ら門を開け、怪物だけを外へ出した」


「こっちはテレビ焼かれずに済んで良かったよ」


「家を守る者にとって、門ほど大切な場所はない」


「家のテレビも同じくらい大切にしてくれ」


リプリーは生存記録を残し、ジョーンズと眠りについた。


ゼウスは腕を組み、画面の中央に流れる文字を見た。


「やはり、よい女だったな。私の目が正しかった」


「まあ、否定はしない。俺も好きな俳優だ」


「規則を守り、命令の裏を暴き、捨てるべき船を捨て、最後まで判断を誤らなかった。アテナならば、自らの城門を任せるであろう。美しいうえに賢明だ」


「ヘラに聞かれない事を祈るよ」


「急に恐ろしい話をするな」


「恐ろしいのは、お前の性格と実績だよ」


エンドロールが始まった。


俺は食器を台所へ運び、棚からM&M’sの小袋を出した。


「食後のデザート。宇宙飛行士が宇宙へ持っていった菓子だ」


ゼウスは袋を受け取り、一粒つまんだ。


「宇宙へ行く者も甘味を供物に求めるか」


「本人が食う携帯食だよ」


ゼウスは数粒を手のひらへ出し、茶色い一粒を選んだ。


「これはリプリーへ与えるべきだ。帰還する戦士への甘味だ」


「シガニー・ウィバーへの神からのギフトががM&M’sか」


俺も一粒取ってから、ゼウスを見た。


「……ちょっと待て。お前、リプリーの名前を覚えたのか?」


「名を覚えるのは普通だろう」


「いつも戦士とか、老人とか、あいつとかこいつで済ませてるだろ」


「名を覚えるに値する働きをした」


「英雄的活躍をした映画なら今までにも見せたぞ」


ゼウスは一粒を噛み、暗くなった画面を見た。


「猫には化けた事がないな」


「エイリアンになって宇宙に追い出されちまえ」


「アフロディテが猫を人間に変えた事はあるぞ」


「マジかよ」


挿絵(By みてみん)


神話メモ


◾️クセニア


クセニアは、古代ギリシャにおける客人と主人の相互的な結びつきである。主人は旅人へ食事、入浴、寝床、贈り物などを与え、客人も家の秩序を尊重することが求められた。ゼウスは旅人と客人の守護者ゼウス・クセニオスとして、その掟を監督するとされた。


◾️オイコス


オイコスは、古代ギリシャ語で家屋だけでなく、家族、財産、使用人、家系を含む生活共同体を指す。家長には内部の秩序と財産を維持し、家に属する者を保護する責任があった。都市国家を構成する基本的な単位の一つと考えられていた。


◾️牝牛の目


ホメロスの叙事詩では、女神ヘラに『牝牛の目をした』という意味の形容表現が繰り返し用いられる。これはヘラを特徴づける定型的な呼称の一つで、古代ギリシャでは女性の美しさを表す表現として用いられた。


◾️タロス


タロスは、青銅の身体を持ち、クレタ島を守った巨人である。ヘパイストスによって作られたとする伝承があり、島の周囲を巡回して近づく船へ岩を投げ、侵入者を退けた。体内には神々の血にあたるイコルが流れ、弱点である足首の栓を失うことで力尽きた。出自や製作者については異なる伝承も残されている。


◾️アテナとメーティス


アテナは知恵、戦略、工芸、都市の守護を司る女神である。母メーティスの名は「知恵」や「機略」を意味し、力だけに頼らず、状況を読み、手段を選び直して難局を切り抜ける能力を表す。アテナは武勇と慎重な判断を兼ね備えた神として崇拝された。


◾️古代ギリシャの供犠


古代ギリシャの供犠は、神々と共同体の関係を保つために行われた祭祀である。家畜を捧げる場合、神々へ骨や脂肪などを焼いて供え、肉は参加者の間で分配された。単なる破壊ではなく、祈願、感謝、誓約、共同体の結束と深く結び付いていた。

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