第21話 ナイト・オブ・ザ・リビングデッド
※本編では映画の結末を含むネタバレがあります。
映画紹介
公開年:1968年
監督:ジョージ・A・ロメロ
主演:デュアン・ジョーンズ
父親の墓参りに訪れた兄妹は、墓地で正体不明の男に襲われる。
近くの一軒家へ逃げ込んだ妹は、同じように避難してきた人々と合流する。しかし、家の周囲には次々と不気味な者たちが集まり始めていた。
外から迫る脅威と、閉ざされた家の中で対立する人々を描いたホラー映画。
ゼウスは来るなり、テーブルの白身魚のフライを見た。
「今日は魚か」
声が露骨に沈んだ。
「牛ではないのだな」
「配慮だ」
「誰への」
「お前への」
ゼウスは白身魚と俺を見比べた。
「牛を用意するのが私への配慮だ」
「映画を見れば分かるよ」
ゼウスは納得しないまま、一つ取った。
「何を見るのだ」
「ナイト・オブ・ザ・リビングデッド」
「生ける死者の夜か」
「そう」
「始まる前から矛盾しているぞ」
「映画のタイトルと議論するな」
テレビをつけた。
*
兄妹が車で墓地を訪れた。
兄のジョニーは、墓地を怖がる妹のバーバラをからかっている。
近づいてくる男を指さし、死者が迎えに来るぞと脅かした。
ゼウスが眉を寄せた。
「墓所で死者を弄ぶな」
「妹を怖がらせてるだけだ」
「なぜ妹を怖がらせる」
「兄だからだろ」
「兄とは、妹へ嫌がらせをするものなのか」
「お前の家族に聞いてみろ」
ゼウスが黙った。
心当たりはあるらしい。
ジョニーが指さした男は、そのまま二人へ近づいてきた。
突然、バーバラへ襲いかかる。
助けようとしたジョニーは男ともみ合い、墓石へ頭を打ちつけた。
「罰が早いな」
「お前らの神話くらいな」
男は倒れたジョニーに構わず、逃げるバーバラを追った。
車の窓を石で割ろうとする。
バーバラは車を坂へ滑らせて逃げ、近くの農家へ駆け込んだ。
家の中に人はいない。
階段の上には、荒らされた死体があった。
ゼウスのフォークが止まった。
「随分と酷い殺し方をされている」
「エグいよな」
「一体何をしてこれ程の恨みを買ったのだ。血族殺しでもしたか」
「いや、やってないと思う」
「ヘラの信徒相手に不貞を働いてもここまではされぬぞ」
「それヘラの前で言うなよ。そろそろ話が動くぞ」
外から別の男が現れた。
ベンはバーバラを家へ入れ、追ってきた者を殴り倒す。
だが何度打っても起き上がる。
ベンは火を使って追い払い、窓と扉を板で塞ぎ始めた。
「生ける死者とはこう言うことか」
「そうだ」
「ハデスは何をしている」
「いきなり弟のせいにしたな」
「死者の国を治めているのはハデスだ」
「死なせるのは別の神じゃなかったか」
「タナトスだ」
「じゃあ、そっちかも知れないぜ」
「死なせた後はハデスの管轄だ」
「役所の窓口みたいだな」
「役割分担は大事だ」
「その役割くじ引きで決めてなかった?」
ゼウスは白身魚を食べながら、画面を見た。
*
ベンは窓を塞ぎ、武器を探し、家具を動かした。
事情が分からなくても手を止めない。
ゼウスはすぐに気に入ったようだ。
その時、地下室から二人の男が出てきた。
若い男のトムと、年配のハリーだ。
地下にはハリーの妻ヘレンと、負傷した娘のカレン、トムの恋人ジュディーも隠れている。
ゼウスが白身魚を置いた。
「他にもいたのか。なぜ出てこなかった」
「地下室を守ってたんだろ」
ハリーは地下室が一番安全だと主張した。
入口は一つ。扉さえ塞げば、外の死者は入れない。
ベンは反対した。
地下室へ入れば外が見えず、逃げ道もなくなる。地上なら状況を確認できる。
二人の声が大きくなった。
「家に王が二人いるようなものだな」
「どっちも相手の言うことを聞かないんだよな」
「ならば、どちらが王か今決めよ。この二名に槍を渡せ」
「生存者を減らそうとすんなよ」
ゼウスは二人を見比べた。
「ベンが勝つ」
「予想も始めるな」
「体格を見れば分かる」
「民主的解決手段が一切ない。せめて、こっちもくじ引きくらいにしろよ」
画面ではまだ二人が争っている。
「しかし敵を前に内輪揉めとは愚かだな」
「トロイア戦争でもやってただろ。アキレウスとアガメムノンが」
「あれは最強の英雄と、軍を率いる王の名誉をめぐる争いだ」
「敵を前にした内輪揉めである事は変わりないだろ」
「全く違う。トロイアは詩人に歌われた」
「揉めた実績が残っただけじゃん」
「後世へ名が残れば勝ちだ」
「炎上系インフルエンサーかよ。それに、神も敵味方に分かれて殴り合ってたよな」
「人間だけに戦わせては不公平だからな」
「神が参戦する方が不公平だろ」
「知らん。私は止めた」
ゼウスは白身魚を食べた。
「それより見ろ。娘の様子がおかしいぞ」
ハリーの娘カレンは腕を噛まれ、高熱を出していた。
傷を見たゼウスの目が細くなった。
「娘を縛るべきだ」
「親が許さないだろ」
「親にはできぬだろう。ゆえに王が命じる」
「なんでも王政で解決しようとするな」
ゼウスはハリーを見た。
「少なくとも、この父親には任せられぬ」
*
ラジオとテレビが、各地で同じ襲撃が起きていると伝え始めた。
死体が起き上がり、生きている人間を襲っている。
頭部を破壊すれば止まる。
火も有効だった。
「方法が判明したな。頭を潰して焼く。簡単だ」
「雷持ってる神のゾンビ対策を一般化するな。人間は武器がないと無理だなんだよ。周りも、もう奴らに囲まれてる」
ゼウスが画面を見た。
テレビは各地の救助施設へ避難するよう伝えている。
「その施設とやらに行けばいい」
「車の燃料がない」
「馬は」
「いない」
「戦車は」
「あるわけないだろ」
「人間は三千年前より不便になってないか?」
「逆だ。普段便利すぎる代償だ。それを見る映画とも言えなくもない」
武装した男たちが集団で死者を処理していた。
ゼウスの機嫌が戻った。
「よいぞ。ようやく軍が動いた」
「民間人だ」
「戦場では槍を持った瞬間から兵になる」
「新人研修ゼロかよ」
テレビは、金星から帰還した探査機が大気圏内で爆破され、そこから放出された放射線が原因ではないかという説を伝えた。
ゼウスが俺を見た。
「天から来たのか」
「ただの可能性だ」
「ハデスではなかったか」
「確定じゃないから安心するな」
「疑いが晴れたのだぞ」
「そうだとしたら空はお前の管轄だろ?お前の責任になるんじゃないの?」
「人間が勝手に飛ばした船だ」
「即責任回避かよ」
「しかしハデスには詫びねばならぬ」
「お、偉いな」
「疑ったことは伏せておく」
「そこ伏せて何を詫びるんだよ。『弟よ特に何もしてないが、すまなかった』って言うのか」
画面では、死者が人間の肉を食べていた。
地面へしゃがみ込み、手で引きちぎって口へ運んでいる。
ゼウスの手が止まった。
フォークの先には白身魚が刺さっている。
「こいつらは……人を食うのか」
「配慮の理由がわかったか」
「牛と人は違うぞ」
「それでも肉食いながら見るもんじゃないだろ」
*
生存者たちは、敷地内の給油ポンプから燃料を取る計画を立てた。
トラックを動かせれば救助施設へ向かえる。
ベンとトムが外へ出る。
ジュディーもトムについていった。
三人は死者を遠ざけるため、松明を持って給油ポンプへ向かった。
給油中、こぼれた燃料へ火が移った。
トムとジュディーを乗せたまま、トラックが炎に包まれる。
二人は車を動かそうとする。
間に合わない。
トラックが爆発した。
死者たちが集まってきた。
炎の中から二人の焼けた身体を引きずり出し、食べ始める。
「な?魚でよかっただろ」
「今は話しかけるな」
*
ベンは一人で家へ戻った。
ハリーはすぐに扉を開けない。
外からベンが叩き、その後ろへ死者が迫る。
ベンはどうにか中へ入り、ハリーを殴り倒した。
「よし」
「応援するな」
「この男は、皆を救うため外に出たのだぞ。皆には娘も含まれてる」
「そうだな」
「それを戸外へ捨てた。王の資格はない」
「最初から王じゃない」
「では家臣の資格もない」
「逆に何の資格ならあるんだ」
「地下室の番だ」
「本人の希望どおりじゃねえか」
「適材適所だ」
だがハリーは地下へ戻らず、ベンから離れた。
動けないカレンを地下室に残し、残った者たちは三時の緊急放送を待った。
「地下の番が異動を拒否したぞ」
「そもそもお前に人事権はない」
*
三時になり、テレビの緊急放送が始まった。
その途中で家の明かりが消えた。
窓や扉を塞いでいた板が外れ、死者たちの腕が入ってくる。
ハリーはベンの持つ銃を奪おうとした。
外から死者が押し寄せる中、二人はまた争い始める。
ゼウスが立ち上がった。
「まだ争うのか。エリスでもいるのか」
「誰?」
「争いをもたらす女神だ」
「それ女神じゃなくて疫病神だろ」
「滅多な事を言うな。聞かれたら面倒だぞ」
「お前が言い出したんだろ」
「聞かれたら国が滅ぶかもしれんぞ」
「面倒の規模で収まってない。二度とその名を口にするな」
ベンの銃弾を受け、ハリーは地下室へ落ちていった。
そこではカレンが息絶えていた。
やがて少女は起き上がり、父親の身体へ這い寄った。
その肉を食べ始める。
ゼウスは立ったまま動かなかった。
地下へ来たヘレンが、娘の姿を見て足を止める。
母親の声は届かない。
カレンは壁にあった移植ごてを取り、ヘレンへ振り下ろした。
「己の母も分からぬのか」
俺は画面を見た。
家族を守るために閉じこもった地下室で、その家族が壊れていく。
地上ではバーバラが、窓から入る死者を押し返していた。
群れの中にジョニーがいる。
「兄だ」
バーバラの手が止まった。
「近づくな」
ゼウスの声は届かない。
バーバラは兄の名を呼んだ。
ジョニーは妹の腕をつかみ、窓の外へ引きずり出した。
「あれはもう兄ではない」
「バーバラには、まだ兄だったんだろ」
バーバラはそのまま命を落とした。
家へ死者がなだれ込む。
ベンは地下室へ逃げ込み、扉を塞いだ。
暗闇の中で、ハリーとヘレンが起き上がる。
ベンは二人の頭を撃った。
「地下室が正解だったか」
「ハリーが正しかったな」
「あの男が正しかったのは部屋だけだ」
「本人にも加点してやれよ」
「扉を閉める前に、怪物を中へ入れていた」
「怪物?….…娘のことか」
「だから王が必要だった」
「まだ王の話してんのかよ」
*
朝になった。
銃を持った男たちが、周囲の死者を一体ずつ撃っている。
警官も犬もいる。指示を出す者がいて、ほかの者たちは列を作って土地を進んでいた。
男たちは、動く者の頭を撃てと確認し合っている。
地下室で朝を迎えたベンは、銃声を聞いて目を覚ました。
階段を上がり、窓から外を見る。
その姿を一人の男が見つけた。
照準がベンへ向く。
ゼウスが立ち上がった。
「待て!」
銃声が響いた。
ベンは頭を撃ち抜かれ、床へ倒れた。
ゼウスの口が開いたまま止まった。
「……確認しなかったのか」
「動くものは撃て。それだけだったんだろ」
男たちはベンの身体を鉤で引きずった。
ほかの死体と積み重ね、火の中へ投げ入れる。
白黒の写真が、その作業を淡々と映していく。
ゼウスは画面を見たまま言った。
「見分ける者がいなかったか」
炎が上がった。
映画が終わった。
*
ゼウスは冷めた白身魚をフォークで裏返した。
「それは魚だ」
「分かっている」
「さっきから確認してるだろ」
「死んでいるな」
「死亡確認かよ。揚げる前から死んでるよ」
ゼウスは白身魚を口へ入れた。
しばらく噛み、飲み込む。
「見分けるものが必要だ」
「初ゾンビにしても効きすぎだろ」
神話メモ
◾️ハデス
冥府を支配する神。クロノスとレアの子で、ゼウス、ポセイドンの兄弟にあたる。兄弟で世界を分けた際、くじによって死者の国を治めることになった。死をもたらす神ではなく、冥府へ来た死者を支配し、生者と死者の領域を隔てる存在とされる。
◾️タナトス
死そのものを神格化した神。夜の女神ニュクスの子で、眠りを司るヒュプノスの兄弟とされる。人間の命を終わらせ、死者を冥府へ導く役割を持つ。戦場で命を奪う激しい死ではなく、避けることのできない死を表す存在として描かれることが多い。
◾️古代ギリシャの葬送
古代ギリシャでは、遺体を洗って整え、弔問の後に埋葬または火葬する習慣があった。正しい葬送を受けられない死者は冥府へ入れず、地上をさまようと考えられることもあった。死者を葬ることは遺族だけでなく、共同体が守るべき宗教的な義務でもあった。
◾️エリス
争いと不和を司る女神。ペレウスとテティスの婚礼に招かれなかったため、「最も美しい女神へ」と記した黄金の林檎を宴席へ投げ入れたとされる。ヘラ、アテナ、アフロディテがその所有を争い、パリスの審判を経てトロイア戦争へつながった。
◾️トロイア戦争と神々
トロイア戦争では、人間だけでなく神々もギリシャ側とトロイア側に分かれて介入した。ヘラ、アテナ、ポセイドンらは主にギリシャ軍を助け、アフロディテ、アレス、アポロンらはトロイア軍を支援した。神々の対立は戦争の行方を左右し、戦場で神同士が争う場面も伝えられている。




