第20話 ライオン・キング
映画紹介
公開年:1994年
監督:ロジャー・アラーズ、ロブ・ミンコフ
主演:マシュー・ブロデリック(声)
動物たちが暮らす広大な王国、プライド・ランド。
王ムファサのもとに、王子シンバが誕生する。誰もが未来の王を祝福する一方、王位を狙う叔父スカーは密かに陰謀を巡らせていた。
故郷を離れた若き獅子が、仲間との出会いを通して成長し、自らの進む道を見つけていく物語。
ゼウスは現れるなり、深いため息をついた。
「どうした」
「アレースが宴で、アポロンと席を争ってな」
「何で?」
「どちらが私の隣へ座るにふさわしい息子かと」
「お前が決めろよ」
「決める前に卓をひっくり返した」
「息子というより災害だな」
「アポロンも余計なことを言ったのだ」
「何て?」
「声の大きさと勇気を混同するな、と」
「正論じゃん」
「正論を言われたアレースが槍を抜いた」
ゼウスはもう一度ため息をついた。
「父というものは難しい」
「お前の場合は難易度を自分で上げてるだろ。まあ、今日見ようと思ってたのと合うかもな」
ゼウスが顔を上げた。
「何を見る?」
「『ライオン・キング』」
「獅子の王か。獣を治める話だな」
「だいたい合ってる」
「人間の王は出ぬのか?」
「一人も出ない」
俺は冷蔵庫から料理を出した。
厚切りのローストビーフ。カマンベールチーズ。葡萄。小さなパン。
赤ワインも開ける。
食後にはモンブランを用意してあった。
ゼウスはテーブルを見回した。
「今日は随分並べたな」
「王の話だから、それっぽくした」
「葡萄酒、肉、乳、果実。悪くない」
「全部合わせても外食一回分くらいだけどな」
「値段を言うな。宴が小さくなる」
ゼウスはローストビーフを一枚取った。
「牛だな」
「そこはいつも通りだな」
俺もグラスを持ち、映画を再生した。
*
地平線から朝日が昇る。
歌声が響き、草原の動物たちが同じ場所を目指して歩き始めた。
象。麒麟。鳥。
ゼウスが目を細めた。
「待て。これは絵か?」
「アニメーション。絵を続けて動かしてる」
「人間は壁画まで歩かせるようになったか」
「壁画ではないけどな」
走る動物の群れを、ゼウスはしばらく見つめた。
「動きがよくできている」
「初めて見る割に冷静だな」
「ヘファイストスなら、青銅で同じものを作る」
「動く動物を?」
「人を殺す機能も付ける」
「映画に対抗して兵器を作るな」
*
動物たちは巨大な岩場へ集まった。
岩の上には王ムファサと王妃サラビがいる。
ラフィキが王子シンバを抱き上げ、空へ掲げた。
歓声が上がる。
草原を埋めた動物たちが、一斉に頭を下げた。
「王の子を、民と天へ見せる儀式か」
「そういうことだろうな」
「神官もいる。手順がよい」
「猿だけどな」
「獣の国なのだろう。獅子が王なら、猿が神官でもよい」
ゼウスは頭を下げる群れを眺めた。
「ところで、あの鹿は帰りに食われぬのか?」
「ガゼルか?そこは考えるな」
「王子の誕生を祝いに来て、王族の夕食になるのか?」
「そうやって見る映画じゃない」
「獣に礼儀を求める方が無理ではないか」
「寓話だから成立するんだよ」
「イソップも狐や烏へ話をさせていたな」
「イソップって古代ギリシャ人だったのか?」
「知らなかったのか?」
「もっと雑に中世ヨーロッパだと思ってた」
「お前は人間の歴史を雑に扱うな」
「神に言われたくない」
*
成長したシンバは、父と王国を歩いた。
動物たちは自然に道を開ける。
「獣達が道を開けている」
「王だからだろ」
「恐れている顔ではない」
「動物の顔で分かるのか?」
「絵であろう。人間が分かるように描いている」
「急にアニメを理解したな」
ムファサは、日の光が届く場所がすべて王国だと教える。
その外へ行ってはならないとも告げた。
「絶対行くだろうな」
「子供だからな」
「止められた子は行く」
「アレースも?」
「特に行く。行って戦を始める」
「最悪だ」
*
シンバは王になる日を楽しみにしていた。
歌いながら、自分が王になれば誰の命令も聞かず、好きなことができると宣言する。
ゼウスが俺を見た。
「急に歌うのだな」
「ミュージカルだから」
「芝居の途中で歌うのか」
「そういうジャンルの映画なんだよ」
シンバは動物たちの上を渡り歩き、高い場所へ立った。
「王になれば自由になれると思っているな」
「子供だから」
「王ほど勝手に動けぬ者もいないぞ」
「お前は結構勝手に動くけどな」
「私は神々の王だ」
「なら、もっと縛られるべきだろ」
ゼウスは答えず、最後まで歌を聞いた。
「面白い」
「気に入った?」
「皆で歌えば、誤った考えでも立派に聞こえる」
「嫌な見方するな。応用もするなよ」
*
ムファサはシンバへ、王国の命が巡っていることを教えた。
獅子は草食動物を食べる。
だが獅子も死ねば土へ還り、草を育てる。
その草を、草食動物が食べる。
「王も死ねば草になるのか」
「そういう話だな」
「王が民を食い、最後には民へ返る。よくできた秩序だ」
「食い方が直接的だけどな」
「食う者も、食われる者も、同じ輪の中にいるのか」
ゼウスはムファサを見た。
「この王は、自分だけを秩序の外へ置かぬのだな」
「良い王だろ」
「今のところはな」
*
叔父のスカーは、シンバを象の墓場へ誘導した。
近寄ってはならないと言われた場所だ。
シンバはナラを連れ、こっそり王国の外へ向かった。
「行ったな」
「行ったな」
「子はなぜ、行くなと言われた場所へ行く?」
「お前の息子を見れば分かるだろ」
「分からぬから困っている」
象の墓場で、二頭はハイエナに囲まれた。
逃げ道を失ったところへ、ムファサが飛び込んでくる。
ハイエナを追い払い、シンバたちを救った。
帰り道。
ムファサはシンバと二人きりになった。
「叱るか」
「当然だろ」
ムファサは、怖かったと認める。
だが勇敢であることは、自分から危険を探しに行くことではないと教えた。
ゼウスが腕を組んだ。
「聞いたか、アレース」
「ここにいないぞ」
「後で言う」
「本人に言う頃には忘れてそうだな」
「忘れぬ」
*
夜。
ムファサはシンバと星空を見上げた。
偉大な王たちは、死んだ後も星となって子孫を見守る。
シンバが孤独を感じた時も、父と過去の王たちは空にいる。
ゼウスがパンをちぎる手を止めた。
「王は皆、星になるのか?」
「シンバへそう教えてるんだろ」
「詩人の言葉だな」
「違うのか?」
「人間や獣を星へ上げる話はある。だが、死んだ王をすべて空へ置いていたら、夜が王で埋まるぞ」
「嫌な空だな」
「死者の名を空へ置けば、子は見失わぬ。そのための話であろう」
「夢があるんだか、ないんだか」
「星にならずとも、教えた言葉は残る」
ゼウスはそう言って、ワインを飲んだ。
*
スカーはハイエナを集めた。
緑色の光。
岩壁に伸びる影。
ハイエナたちが隊列を組み、スカーの歌に合わせて進んでいく。
ゼウスが少し身を乗り出した。
「この獅子はうまいな」
「歌が?」
「腹を空かせた者へ、敵と食物を同時に見せた」
スカーは自分へ従えば、ムファサのいない新しい時代が来ると約束する。
「従えば満たされると思わせている」
「王っぽい?」
「違う。扇動者だ」
「褒めてなかったのか」
「腕前は認める。王にはしたくない」
炎を背に、スカーの影が大きく伸びる。
「見せ方も心得ている」
「悪党だけどな」
「悪党が下手であるとは限らぬ」
*
スカーの策略によって、峡谷へ大群が押し寄せた。
谷底に取り残されたシンバは、逃げる場所を失う。
ムファサは崖を駆け下りた。
群れをかき分け、息子を助ける。
だが、自らは崖へしがみついた。
その上にスカーが立つ。
ゼウスがグラスを置いた。
「兄を助けぬのか」
スカーはムファサの前脚へ爪を立てた。
そして、崖の下へ突き落とした。
俺もゼウスも口を開かなかった。
群れが去った後、シンバは父の亡骸へ近づく。
身体を揺する。
何度も呼びかける。
ムファサは動かなかった。
*
スカーは、ムファサが死んだのはシンバのせいだと思わせた。
罪を知られたくなければ逃げろと言う。
シンバは王国を去った。
「子に、父を殺したと思わせるか」
ゼウスの声が低くなった。
「自分で殺しておいてな」
「子供へ背負わせる罪ではない」
「戻れなくなるな」
「ああ」
画面の向こうで、シンバは一人で荒野を歩き続けた。
*
倒れたシンバを、ティモンとプンバァが見つけた。
水を飲ませ、住む場所へ連れていく。
食べ物まで分け与えた。
「素性も知らぬ子を助け、食事を与え、家へ入れた」
「お前の好きなやつ?」
「クセニアだ。奇妙な二匹だが、客人の扱いを知っている」
「虫を食わせてるけどな」
「その土地の食物であろう。もてなしとは、あるものを分けることだ」
二匹は、過去を悩まず気楽に生きる考え方を教えた。
歌が始まる。
ゼウスは首を傾げた。
「また歌ったぞ」
「もう慣れただろ」
「歌は嫌いではない。だが、この言葉は王子へ教えてよいのか?」
「今は王子じゃなく、行き倒れの子供だからな」
ゼウスは歌う三匹を見た。
「生き延びるためなら、よい歌だ」
「王になるには?」
「足りぬ」
*
時が流れ、シンバは大人になった。
何の責任も負わず、ティモンとプンバァと暮らしている。
ある日、腹を空かせたナラがプンバァへ襲いかかった。
シンバが飛び込み、二頭は争う。
やがて互いの正体に気づいた。
「友を食おうとしたぞ」
「ナラは事情を知らないから」
「獅子と猪の友情は維持が難しいな」
「腹が減るたびに友情に危機が訪れるからな」
ナラは、スカーが治める王国が荒れ果てていると伝えた。
シンバこそ本当の王だと説得する。
だがシンバは、自分には帰れないと言った。
ゼウスが眉を寄せた。
「もう子供ではないぞ」
「それでも、自分が父を殺したと思ってる」
ゼウスは短く息を吐いた。
「叔父の言葉が、まだ首へ巻きついているのか」
*
ラフィキがシンバの前へ現れた。
意味の分からない言葉を投げ、突然杖で頭を叩く。
もう一度叩こうとした杖を、今度はシンバが避けた。
ラフィキは笑う。
過去は変えられない。
だが、そこから逃げるか、学ぶかは選べる。
ゼウスが笑った。
「良い老人だ」
「棒で殴っただけに見えるぞ」
「棒の方が学びが早い」
「現代の教育者に怒られるぞ」
*
ラフィキに導かれ、シンバは水面を覗いた。
最初に見えたのは自分の顔だった。
やがて水が揺れ、その中へムファサの面影が重なる。
雲が開き、空に父の姿が現れた。
ムファサはシンバへ、自分が何者なのか思い出せと告げる。
シンバは空を見上げた。
ゼウスも黙って見ていた。
ムファサの姿は消える。
それでもシンバは、もう顔を伏せなかった。
「死んでも、父の言葉は残ったか」
「シンバが覚えてたんだろうな」
「ならば、よく教えていたのだ」
シンバは走り出した。
ゼウスが頷く。
「帰る顔になったな」
*
プライド・ランドは荒れ果てていた。
草は枯れ、獲物もいない。
サラビは、食料を求めて群れを移すべきだとスカーへ訴える。
だがスカーは、自分に逆らうことを許さない。
サラビがムファサとは違うと言うと、スカーは彼女を殴り倒した。
ゼウスの顔が変わった。
「民が飢えているぞ」
「狩る獲物が残ってないんだ」
「それでも王座から動かぬのか」
「自分の王座しか考えてないんだろ」
「王座を守るため、国を食い潰したか。王冠へしがみついた獣だ」
「元から獣だけどな」
ゼウスはこちらを見た。
「今はそういう話ではない」
「お前に言われると腹立つ」
*
シンバはスカーの前へ姿を現した。
スカーは、ムファサの死を再びシンバの罪として責める。
追い詰められたシンバの耳元で、自分がムファサを殺したのだと囁いた。
シンバの動きが止まる。
次の瞬間、スカーへ飛びかかった。
「ようやく真実を知ったな」
「長かったな」
「父の仇だけではない。奪われた国も取り戻さねばならぬ」
獅子とハイエナの戦いが始まった。
雨のない空の下で、炎が広がる。
シンバはスカーを崖際へ追い詰めた。
それでも殺さず、自分がされたように王国から去れと命じる。
「生かすのか」
「最後の機会だな」
スカーは従うふりをした。
灰をシンバの顔へ投げつけ、再び襲いかかる。
ゼウスがため息をついた。
「変わらぬな」
「最初から最後までな」
「家を壊し、自分の逃げ道も壊したか」
最後の争いで、スカーは崖の下へ落ちた。
*
雨が降り始めた。
炎が消える。
シンバはプライド・ロックを登った。
頂上に立ち、王国へ向かって吠える。
動物たちがその声へ応えた。
ゼウスはゆっくりと頷いた。
「今は王だ」
「何が変わった?」
「血筋だけではない。一度逃げた場所へ、自分で帰ってきた」
やがて土地には緑が戻った。
獲物も戻り、王国に新しい命が生まれる。
ラフィキはシンバとナラの子を抱き上げた。
冒頭と同じように、空へ掲げる。
動物たちが一斉に頭を下げた。
映画はそこで終わった。
*
照明をつけた。
ゼウスは空になった皿を眺める。
「どうだった?」
「良い王の話だった」
「シンバ?」
「その父もだ」
「スカーは?」
「歌のうまい簒奪者だ」
「歌のうまさは、最後まで評価するんだな」
「悪党にも学ぶべきものはある」
俺は食後のモンブランを出した。
ゼウスは山型の栗クリームを眺めた。
「山をイメージした菓子だ」
「よい形だ。オリュンポスか?」
「別の山だな」
「では王の山ではない」
「雰囲気だよ」
ゼウスは一口食べた。
「うまい」
「判断が甘味に屈したな」
*
モンブランを食べ終えると、ゼウスは立ち上がった。
「帰る。アレースと話す」
「映画の受け売りか?」
「勇敢と喧嘩好きは違うと教える」
「ムファサみたいに?」
「私は神々の王だ。獅子に父親の務めを教わってはおらぬ」
「教わってたじゃん」
「参考にしただけだ」
ゼウスは腕を組んだ。
「まず、宴の卓をひっくり返した理由から聞く」
「最初にそこを聞けよ」
「それから勇気について教える」
「雲の中から話しかけるなよ」
「なぜだ?あれは良い演出だった。私の偉大さが伝わる」
「やっぱり、やろうとしてたか。普通に会って話せ」
ゼウスは少し考えた。
「父とは面倒だな」
「雲の中から話しかける方が面倒だろ」
ゼウスは嫌そうな顔をしたまま、夜の空へ帰っていった。
神話メモ
◾️アレース
戦争を司る神。ゼウスとヘラの子とされ、戦場における激情、流血、混乱を象徴する。勇猛である一方、感情のまま戦いへ飛び込み、傷を負って退く姿も描かれる。知略や規律を重んじる女神アテナとは、対照的な戦神として扱われることが多い。
◾️イソップ寓話
古代ギリシャで成立したとされる寓話群。伝説的な語り手イソップの名と結びつけられている。狐、狼、獅子、烏などの動物が人間の言葉を話し、その行動を通して欲望、傲慢、知恵、愚かさなどを描く。短い物語によって教訓を伝える文学として広く受け継がれた。
◾️クセニア
古代ギリシャにおける客人歓待の慣習。主人は訪れた者へ食事、寝床、保護を与え、客人も主人へ敬意を払うことを求められた。旅人が神の変装である可能性も考えられ、客人を粗末に扱う行為は神々への不敬とされた。ゼウスはゼウス・クセニオスの名で、この掟を守護した。
◾️王権と継承
ギリシャ神話では、王位の継承をめぐる親子や兄弟の争いが数多く語られる。ウラノス、クロノス、ゼウスの間でも支配権が奪われ、世代が交代した。王には家系や力だけでなく、共同体の秩序を守り、民へ公正な分配を行い、神々との関係を保つ役割が求められた。
◾️星座となった人物
ギリシャ神話には、神、人間、動物が死後や物語の終わりに星座へ変えられる伝承がある。英雄ヘラクレス、医神アスクレピオス、狩人オリオンなどが星と結びつけられた。星座となることは、人物の功績や悲劇を天空へ残し、その名を後世へ伝える表現でもあった。




