第2話 ゴッドファーザー
映画紹介
公開年:1972年
監督:フランシス・フォード・コッポラ
主演:マーロン・ブランド、アル・パチーノ
ニューヨークの裏社会に大きな力を持つ、コルレオーネ一家。
首領ヴィトー・コルレオーネが銃撃されたことで、家業から距離を置いていた三男マイケルも抗争へ巻き込まれていく。
父から息子へ権力が受け継がれていく過程と、その代償を描いた犯罪映画。
「人間よ」
「何だよ」
「今日は牛はあるのか」
「用意しといた」
ゼウスは満足そうに頷いた。
「よい心掛けだ」
「偉そうだな」
「私は客だぞ」
「客は普通、食い物を指定しないんだよ」
テーブルに牛丼を置く。
ゼウスはもう箸を自然に使っている。
「昨日のヨシノヤか」
「駅前の方な」
「同じ味だ」
「チェーン店だから」
「カイシャの力か」
「ざっくり言えば」
ゼウスは牛肉を一枚つまみ上げた。
「国中で同じ牛を民へ与える。カイシャは王族か?」
「牛丼チェーンを王権みたいに語るな」
「うむ、美味だ」
「それはよかった」
テレビをつける。
「今日はこれ。『ゴッドファーザー』」
ゼウスが顔を上げた。
「神の父か」
「違う。洗礼の時に、子供の後見人になる人。ここでは別の意味もあるけど」
「家族の話か」
「まあ、ざっくり言えば」
俺は再生ボタンを押した。
画面に結婚式が映る。
大勢の客が食べ、飲み、踊っていた。
「よい宴だ」
「まず食事を見るんだな」
「宴で食事を見ずに何を見る」
「花嫁とか」
「花嫁は逃げぬが、料理は冷める」
「結婚式の主役を何だと思ってるんだ」
庭で宴が続く一方、屋敷の一室では、黒い服を着た男たちが一人の老人へ願いを訴えていた。
「この老人は王か?」
「ヴィトー・コルレオーネ。王じゃない」
「皆が願いを述べているぞ」
「法の外で商売して、暴力も使う集団の首領だよ」
「その首領なら王ではないか」
「王とは呼ばない」
「名の話はしておらん。 この老人は裁定している」
「本質だけで会話すんのやめろ」
娘を傷つけられた男が、ヴィトーへ報復を求めている。
男は先に法へ頼ったが、望む裁きを得られなかった。
だがヴィトーは、敬意も友情も示さず、力だけを借りに来た男をたしなめた。
「願いより先に、関係を求めているな」
「友人として頼めってことだ」
「供物も持たず、神殿へ願いだけ持ってきたようなものか」
「神が供物を賄賂扱いするなよ」
男が態度を改めると、ヴィトーは願いを聞き入れた。
「恩を与え、後で返させるのだな」
「そういうこと」
「当然だろう」
「当然なの?」
「こちらが与え続ける相手を友とは呼ばぬ」
「神がマフィアの論理を補強するなよ」
ヴィトーの膝では、猫が喉を鳴らしていた。
「弱き獣を撫でながら、相手を震えさせている」
「ちなみにあの猫、監督が撮影現場で見つけて俳優に渡したらしいぞ」
「飛び入り参加か」
「映画史上最も成功した飛び入り出演だな」
庭には、ヴィトーザメニューの三男マイケルがいた。
軍服を着て、恋人のケイと家族から少し離れて座っている。
「息子か」
「三男。戦争へ行ってた」
「^_^父の力を借りず、自分の戦へ出たのか。立派だ」
「家業に入りたくなかったんだよ」
「力ある家を捨てるのか?」
「犯罪組織だからな」
画面では、マイケルがケイへ家族の話をしている。
ゼウスが牛肉を口へ入れた。
「宴にはいるのに、輪には入らぬのだな」
*
ヴィトーは、名付け子である歌手を映画へ出演させるため、映画会社の大物へ頼みを伝えた。
だが、相手は拒絶した。
翌朝。
男が目を覚ますと、大切にしていた愛馬の首が寝床へ置かれていた。
ゼウスの箸が止まった。
「馬を殺したのか」
「脅しだよ」
「愛するものへ手を届かせ、最も無防備な寝所を血で汚した」
「やることがえぐいよな」
「家へ入れる。いつでも殺せる。そう伝えている」
「最大級の脅しだな」
俺は少し考えた。
「ゼウスって、大事にしてる動物とかいる?」
「鷲だ。私を象徴する聖鳥だからな」
「お前の鷲の首が置かれてたら?」
ゼウスが立ち上がった。
「誰の一族を焼けばよい?」
「例え話だよ。座れ」
「父祖の墓も砕く」
「話を広げるな」
「二度と言うな」
「ごめん。俺が悪かった」
ゼウスは座った。
「謝罪は受けた」
「まだ怒ってるだろ」
「許すことと、忘れることは違う」
「神々の王がマフィアの言葉を覚えるな」
やがて、コルレオーネ家へ新しい商売の話が持ち込まれた。
麻薬だった。
大きな利益を生むが、政治家や警察との関係を失う危険もある。
ヴィトーは断った。
「利益は大きいぞ。なぜ断る?」
「麻薬だからな。ヘロインだったかな。ケシから作るやつじゃなかったか?」
「痛みや眠りに使うものか」
「薬として使う場合もあるだろうけど、これは欲しがる人間へ売る商売だ」
「それだけではないな」
「何が?」
「この老人は、商いによって家を支える者を失うと考えた」
「政治家や警察との関係か」
「目の前の富より、今ある力を選んだのだ」
「だから王として見るなって」
ゼウスは納得せず、牛丼へ戻った。
その後、ヴィトーが通りで銃撃された。
抱えていたオレンジが路上へ転がる。
家から離れていたマイケルも、父のもとへ戻ってきた。
*
マイケルが病院へ着くと、父を守る者が一人もいなかった。
敵が再び父を殺しに来る。
そう気づいたマイケルは、看護師と二人でベッドを別の部屋へ動かした。
「この息子は考えたな」
「怒るより先に動いたな」
病院の外では、見舞いに来た男と並び、警護がいるように見せかける。
隣の男が煙草へ火をつけようとした。
その手は震えていた。
マイケルの手は動かない。
「恐れておらぬのか」
「どうだろうな」
「恐れていても、手には出さぬか」
「戦争帰りだからかね?」
「知らぬ。だが、戦いは知っている」
そこへ警察署長が現れた。
敵に買われた男だった。
警察署長はマイケルを殴り、顎の骨を折った。
ゼウスの目が細くなる。
「この男は法の番人ではないのか?」
「敵に買われてる」
「ならば、法も敵か」
「そうなるな」
「面倒な国だ」
「ギリシャ神話の神に言われたくない」
ソロッツォ側から、マイケルを相手にした会談が持ち込まれた。
家族はそれを利用し、反撃を計画する。
マイケルは、自分がソロッツォと警察署長を殺すと申し出た。
レストランで二人の前へ座る。
途中で席を立ち、トイレに隠された銃を取る。
席へ戻る。
銃を抜き撃つ。
ゼウスは何も言わなかった。
「そこは聞かないんだ」
「何をだ?」
「人を殺した、とか」
「父を殺そうとした者と、その者へ法を売った男だろう」
「家業に入らないって言ってたのにな」
「門の外にいた息子が、自ら中へ入ったか」
マイケルは銃を捨て、国外へ逃れた。
*
マイケルが身を隠したのはシチリアだった。
「シケリアか」
「知ってるの?」
「ヘラスの者も多く渡った島だ。私の神殿もあった」
「なるほど」
石造りの家。
乾いた山。
古い道。
そこでマイケルは、アポロニアという女性と出会った。
彼女の父へ正式に話を通し、家族の監視のもとで関係を深めていく。
ゼウスが頷いた。
「正しい」
「何が?」
「女を得るために、まず父へ話を通した」
「お前が言うと引っかかるな」
「何だ?」
「お前は色々と女性関係はあるだろ」
「あれは事情が違う」
「白鳥に変身する事情なんて、人間にはねえよ」
ゼウスは答えなかった。
マイケルとアポロニアは結婚した。
その頃、ニューヨークでは抗争が続いていた。
短気な長男ソニーは、妹コニーへ暴力を振るった夫カルロを人前で叩きのめす。
「怒るのは分かる」
「妹を殴られたからな」
「だが、人前で怒りをすべて見せるべきではない。次に何をするかまで敵へ見せた」
「お前も怒ると雷を投げるだろ」
「敵に見えた時には焼けている」
「参考にならねえ」
後日、ソニーはコニーからの連絡を受けた。
怒りのまま一人で車を走らせる。
料金所で車が止まった。
待ち伏せていた男たちが一斉に銃を撃つ。
ソニーは車から降りることもできず、倒れた。
ゼウスはしばらく黙っていた。
「怒りのまま走ったな」
「そうだな」
「しかも一人で走った」
ゼウスは低い声で続けた。
「そして父は、息子を失った」
ヴィトーは傷ついたソニーの遺体と対面した。
葬儀へ出せるよう、顔を整えてほしいと頼む。
「親が子を葬るのはよくない」
「三千年前でも同じ?」
「同じだ」
「神でも?」
「同じだ」
画面のヴィトーは、マフィアの首領には見えなかった。
死んだ息子を見る父親だった。
それでもヴィトーは、敵対する家々との会合へ出席する。
息子を殺された怒りを抑え、停戦を受け入れた。
「復讐せぬのか」
「マイケルを無事に帰すためだよ」
ゼウスは画面を見たまま頷いた。
「息子は怒りを見せて死んだ。父は怒りを隠して、生きた息子を戻すのか」
「そういうことだな」
「王は面倒だ」
「王じゃないけどな」
「まだ言うか」
だが、マイケルが帰国する前に、敵はシチリアまで手を伸ばした。
マイケルを狙った車へ爆弾が仕掛けられる。
何も知らないアポロニアが運転席へ座った。
マイケルの目の前で、車が爆発する。
ゼウスは黙って画面を見た。
「妻を奪われたか」
「うん」
「遠くへ逃げても、家の争いは追ってきた」
それ以上は言わなかった。
*
マイケルはニューヨークへ戻った。
ケイと結婚し、ヴィトーから家の仕事を引き継いでいく。
やがてヴィトーは、庭で孫と遊んでいる最中に倒れた。
オレンジの皮を口へ入れ、怪物のような顔を作る。
孫が笑う。
かつて大勢の男を震えさせた老人は、自分の庭で死んだ。
「よい死だな」
「そう?」
「自分の家で、孫といた」
「マフィアのボスとしては珍しいかもな」
「老人が守っていた家を、今度は息子が守るのだな」
洗礼式が始まった。
教会で、コニーとカルロの息子が聖職者に抱かれている。
マイケルもその場に立っていた。
「あの子の父になるのか?」
「実の父じゃない。洗礼の時に、子供を導くと約束する代父。ゴッドファーザーだ」
「どの神へ祈る」
「キリスト教の神」
「ヤハウェか。カナンの――」
「やめろ!」
「何だ?」
「今後、他の宗教の話は禁止。特に優劣の話はするな」
「優劣なら私は最高神だが」
「やめろっつってんだろ。今後、牛丼出さねえぞ」
ゼウスが黙った。
「分かった」
「本当に?」
「客人の家の掟には従う」
「牛丼の掟の間違いじゃないのか」
マイケルは神の前で、悪を退けると答えた。
その間に、彼の命令を受けた男たちが動き始める。
敵対する家々の首領が、次々と殺されていく。
「子を導くと誓いながら、自らは殺しを命じるのか」
「そうだな」
ゼウスの顔が険しくなった。
「神だけではない。腕に抱いた子にも嘘をついたぞ」
「誓約には厳しいな」
「誓いは、相手が聞いていなければ破ってよいものではない」
敵は排除された。
ソニーを待ち伏せへ誘い出したカルロも殺される。
コニーは泣きながら、兄であるマイケルを責めた。
ケイも、カルロを殺したのかと尋ねる。
マイケルは否定した。
やがて男たちが部屋へ入り、一人ずつ新しい首領へ敬意を示す。
ケイの目の前で、扉が閉じた。
映画が終わった。
*
「どうだった?」
「長かった」
「最初の感想、それ?」
「だが、面白かった」
ゼウスは暗くなった画面を見た。
「老人は扉を開いて願いを聞いていた。息子は扉を閉じた」
「そうだな」
ゼウスは立ち上がった。
「帰る」
「待った。今日はデザートがある。ギリシャヨーグルトだ」
その動きが止まる。
「何だ、それは」
「乳を発酵させたもの。蜂蜜もついてる」
「ヘラスの食べ物か」
「そう書いてあるだけで、本当にそうかは知らん」
蜂蜜をかけて渡す。
ゼウスは一口食べ、少し黙った。
「どう?」
「悪くない」
「気に入った?」
「乳と蜂蜜だぞ。嫌う理由がない。幼い頃、父から隠されていた時にも食べていた」
「父って、クロノス?」
「そうだ」
「子供を飲み込んだやつ?」
「そうだ」
「ゴッドファーザーを見た後に出てくる父親としては最悪だな」
ゼウスはもう一口食べた。
「アマルテイアが食べさせてくれた」
「誰? 乳母みたいな人?」
「乳母で間違いないが、人ではなく山羊だ」
「乳母が山羊?最後に一番神話らしい話が来たな」
「私は最初から神々の王だぞ」
ヨーグルトを食べ終えると、ゼウスは消えた。
空の容器だけが、テーブルに残った。
神話メモ
◾️ゼウスの鷲
鷲は、天空を支配するゼウスの権威を象徴する聖鳥。古代ギリシャの彫刻や貨幣にも、ゼウスとともに描かれることが多い。美少年ガニュメデスを連れ去る際、ゼウス自身が鷲へ姿を変えたとする伝承もある。
◾️シケリア
現在のシチリア島は、古代ギリシャではシケリアと呼ばれた。紀元前八世紀頃からギリシャ人が移住し、シラクサ、アクラガス、ゲラなどの都市を築いた。神殿や劇場も数多く建設され、ギリシャ文化圏の重要な地域となった。
◾️誓約とゼウス
ゼウスは雷や天空だけでなく、誓約と秩序を守る神でもあった。誓いを破る行為は相手への裏切りにとどまらず、神々が守る秩序へ背く行為と考えられた。誓約を見守る側面は、ゼウス・ホルキオスの名で呼ばれる。
◾️クロノス
ゼウスの父で、ティタン神族の王。自分の子に王座を奪われるという予言を恐れ、生まれた子供たちを次々に飲み込んだ。末子ゼウスだけは、母レアが身代わりの石をクロノスへ渡したことで救い出された。
◾️幼少期のゼウスとアマルテイア
クロノスから隠されたゼウスは、クレタ島で密かに育てられた。山羊アマルテイアの乳で育ったとも、アマルテイアというニンフに山羊の乳を与えられたとも伝えられる。蜂蜜も、幼いゼウスを養った食物として神話に登場する。




