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第1話 スーパーマン

挿絵(By みてみん)


映画紹介


公開年:1978年

監督:リチャード・ドナー

主演:クリストファー・リーブ


滅びゆく惑星クリプトンから、地球へ送り出された一人の赤ん坊。


心優しい夫婦のもとでクラーク・ケントとして育った彼は、やがて自らの出自と、人間をはるかに超える力を知る。


新聞記者として暮らしながら、空を駆け、人々を救う男――スーパーマンの誕生を描いたヒーロー映画。

「人間よ。牛を所望する」


「ない」


「なぜだ?」


「昨日食ったろ」


「昨日食べたから今日無いとはどんな理屈だ」


ゼウスは不満そうに腕を組んだ。


三日前から、俺の家にはゼウスが来る。


あのゼウスだ。


天空と雷を司る、オリュンポスの王。


少なくとも本人はそう名乗っている。


三日前、仕事から帰ると、白い髭を生やした大男がソファに座っていた。


第一声は、


「人間よ。私をもてなせ」


だった。


警察を呼ぼうとしたら、テレビが壊れた。


「……何をした?」


「雷霆を落とした」


「テレビに?」


「身分を示した」


四十インチ、十四万円だった。


「本当にゼウスなら、もう一回出してみろ」


「よかろう」


今度は電子レンジが壊れた。


「もういい!」


「お前が望んだのだぞ」


「なんで家電を狙うんだよ!」


「カデンとは何だ?」


「今壊したものだよ!」


ゼウスは満足そうに頷いた。


「確認できたな。では、もてなせ」


その日は豚丼を食わせた。


翌日は牛丼を食わせた。


そして今日も、ゼウスは当然のように同じ椅子へ座っている。


「牛はない。今日は豚」


「また豚か」


「嫌なら食うな」


「食わぬとは言っておらぬ」


ゼウスは箸で豚肉をつまんだ。


昨日、一度教えただけで使えるようになった。


「昨日の牛の方が美味いな」


「そんなに気に入ったなら、明日また吉野家で買ってきてやるよ」


「ヨシノヤか」


「覚えたの?」


「一度聞いた」


「そうですか」


「昨日の店へ行くのか?」


「いや、駅前」


ゼウスの箸が止まった。


「別の店もヨシノヤなのか?」


「全国にあるぞ」


「同じ名の食堂が、国中に?」


「同じ看板の店が、いろんな場所にあるんだよ」


会社やチェーン店について説明しようとしたが、軍でも神殿でもない組織を説明するのは面倒だったので途中でやめた。


「今日は豚丼を食え」


「お前は知らぬことを、食事でごまかすのだな」


「三日で人間社会を全部説明させるな」


本物かどうかは、まだ分からない。


ただし、雷は本物だ。


偽物でも危険だし、本物ならもっと危険だ。


どちらにせよ、外へ出さない方がいい。


食事を終えたゼウスが、新しいテレビを見た。


壊された翌日に買った。四十インチ、四K対応、八万円。


前より安くて性能もいい。


喜んでいいのか分からない。


「人間よ。これで物語を見ると言ったな」


「映画のことか?」


「見せろ。そのために来ている」


「映画を見るために人の家へ来る神って何なんだよ」


「私は客だぞ」


「名刺代わりにテレビを壊した客が言うな」


「名刺とは何だ?」


「もういい」


何を見せるか迷った。


強い男が空を飛ぶ話なら、ゼウスでも見られるだろう。


俺は吹き替えを選んだ。


「今日は『スーパーマン』」


「人を超えた者か。半神だな」


「宇宙人」


「何だそれは?」


「見れば分かる」


「また説明を捨てたな」


映画については、先に短く説明した。


人が別の人物を演じ、作った物語を映像にしている。


今、この部屋で起きていることではない。


「光を機械へ記録して、後から見ている」


「カイシャより分からぬ」


「俺も詳しくは知らん」


俺は再生ボタンを押した。


     *


惑星クリプトン。


科学者ジョー=エルは、星が間もなく滅びると議会へ訴えていた。


だが、議会は警告を退ける。


ゼウスが鼻を鳴らした。


「賢者の警告を聞かぬのか」


「お前はちゃんと聞くのか?」


「場合による」


「駄目じゃねえか」


ジョー=エルは赤ん坊を小さな宇宙船へ乗せた。


父も母も、滅びる星に残る。


逃がせるのは息子一人だけだった。


「なぜ船を一つしか作らぬ?」


「時間がなかったんだろ」


「準備が遅いな」


「議会が早く信じてれば違ったかもな」


赤ん坊を乗せた船が宇宙へ飛び出した。


その直後、惑星が崩壊する。


「父が天から子を送った」


「宇宙からな」


「異国へ逃された、亡国の賢者の子か」


「それなら合ってる」


赤ん坊は地球へたどり着いた。


通りかかったケント夫妻が、焼けた地面から現れた子を拾う。


「天から落ちた子を、家へ入れるのか」


「放っておけないだろ。赤ん坊だぞ」


「素性も分からぬ」


「赤ん坊に身分証を求めるな」


二人は子供へクラークという名を与え、自分たちの息子として育てた。


ゼウスが小さく頷いた。


「食事と家だけでなく、名まで与えるか。良い人間だ」


幼いクラークが、養父の上へ落ちかけた車を持ち上げた。


ゼウスが身を乗り出す。


「怪力まであるぞ」


「宇宙人だからな」


「ヘラクレスに似ている」


「力持ちだから?」


「人ならぬ父を持ち、人間の男の家で育った」


「その家に、お前の子供を持ち込んだだけじゃねえのか」


「アムピトリュオンは立派に育てたぞ」


「夫の器がでかすぎる」


「英雄を育てる男だからな」


「原因のお前が誇るな」


成長したクラークは、力を隠して暮らしていた。


同級生に侮辱されても殴り返さない。


「なぜ殴らぬ?」


「本気で殴ったら死ぬから」


「では弱く殴ればよい」


「普通は、無礼だからって殴らないんだよ」


「侮辱されたのだぞ」


「本気で返したら勝負にすらならないだろ」


ゼウスは走り去る同級生を見た。


「私なら雷を落とす」


「何も分かってねえじゃん」


「私は神だからよい」


「よくない」


養父ジョナサンは、クラークには力を授かった理由があるはずだと教えた。


何のためかは分からない。


それでも、見せびらかすためではない。


やがて、ジョナサンが胸を押さえて倒れた。


「あれほどの力があるのに、なぜ助けぬ?」


「助けられないんだよ」


「力が足りぬのか?」


「心臓は持ち上げられない」


クラークは父の身体を抱き起こすことしかできなかった。


ゼウスは口を閉じた。


葬儀を終えたクラークが、あれほどの力があっても父を救えなかったと口にする。


「英雄になる前に、救えぬものを知ったか」


ゼウスはそれ以上何も言わなかった。


クラークは育った家を離れ、北へ向かった。


氷の中に、巨大な建造物が生まれる。


「神殿か」


「秘密基地」


「キチとは何だ?」


「拠点」


「ならば神殿だ」


「もうそれでいいよ」


クリプトンの記録から、死んだ父ジョー=エルの姿が現れた。


クラークは自分の出自と、力の使い方を知る。


「父が二人いるな」


「生んだ父と、育てた父」


「どちらも死んでなお、息子を導くか」


「お前より父親してるな」


「私はヘラクレスへ助力したぞ」


「たまにだろ」


「アテナも助けた」


「お前じゃないじゃん」


長い年月を要塞で過ごしたクラークは、赤と青の衣装を身につけていた。


氷の大地を蹴り、空へ飛び上がる。


ゼウスが立ち上がった。


「飛んだぞ!」


「スーパーマンだからな」


「先に言え!」


「今見た方が面白いだろ」


ゼウスは立ったまま、空を進むクラークを目で追った。


「ヘラクレスではないな」


「やっと分かった?」


「あれは飛ばぬ。ペガソスが必要だ」


「本人だけで飛べる方が便利だろ」


「ベレロポンは翼ある馬でオリュンポスへ来ようとした」


「それで?」


「落ちた」


「神話の空って飛ぶと危険だな」


「許可が必要だ」


「航空管制みたいに言うな」


     *


クラークは大都市メトロポリスへ向かい、新聞社で働き始めた。


眼鏡をかけ、背中を丸め、弱そうに振る舞っている。


「なぜ力を隠す?」


「普通に暮らすため」


「王が農夫の衣を着るようなものか」


「王じゃないけどな」


「私も人に姿を変えたことがある」


「女に近づくためだろ」


ゼウスは答えなかった。


新聞記者のロイスを乗せたヘリコプターが、ビルの屋上で事故を起こした。


機体が傾き、ロイスが外へ投げ出される。


屋上の縁へつかまったが、指が離れた。


クラークは人目のない場所で赤と青の衣装へ着替え、空へ飛び上がる。


落下するロイスへ追いつき、その身体を受け止めた。


続いて落ちてきたヘリコプターまで片手で支える。


ゼウスが大きく頷いた。


「女だけでなく、乗り物まで助けたか」


「中に人がいるからな」


「見事だ。あれほどの速さで落ちる者を傷つけずに受け止めた」


「そこは映画だから」


「今度はそれで済ませるのか」


「細かいところまで俺に聞くな」


スーパーマンは夜の街を飛び回った。


強盗を捕らえ、事故を防ぎ、危険な場所から人々を救う。


「よく働くな。誰に命じられている?」


「誰にも」


「褒美は?」


「ない」


「土地も女も得ぬのか?」


「それ目的で助けてないから」


ゼウスは腕を組んだ。


「では、何のために戦う?」


「助けたいからだろ」


「変わった男だな」


「そうか?」


「英雄の功業には名誉が伴う。怪物を倒せば国を救い、姫を得る」


「毎回姫を景品にするな」


「この男も、すでに民から讃えられているではないか」


「有名にはなったな」


「力があり、民を守り、敵を退ける。ならば王になればよい」


「本人は人を従わせたいわけじゃないんだよ」


「理解できぬ」


     *


悪党レックス・ルーサーは、地下の豪華な拠点で計画を進めていた。


部下を従え、遠く離れた土地を手に入れようとしている。


「これは王か?」


「悪党」


「宮殿に住み、部下を従え、土地を求めているぞ」


「人を殺して奪おうとしてるんだよ」


ゼウスは少し考えた。


「昔の王だな」


「否定しづらいこと言うな」


ルーサーは二発のミサイルを利用し、巨大な災害を起こそうとしていた。


「ミサイルとは何だ?」


「遠くまで飛んで、一発で街を壊せる武器」


ゼウスの眉が寄った。


「人間は、いつの間に雷霆の真似を作った?」


「お前の雷より被害が大きいかもな」


「場所を教えろ。壊してくる」


「却下。俺の家から第三次世界大戦を起こすな」


ルーサーは、スーパーマンだけに聞こえる音を使って地下へ呼び出した。


箱の中から、緑色の石が現れる。


スーパーマンの身体から力が抜けた。


「あれほど強い者が、石で倒れたぞ」


「クリプトナイト。故郷の星の破片が弱点なんだよ」


「随分と嫌な故郷だな」


「帰省するだけで死ぬな」


ルーサーは弱ったスーパーマンを水中へ落とし、そのまま立ち去った。


だが、助手のイヴが戻ってくる。


一発目のミサイルが向かう町に、彼女の母親が住んでいた。


イヴは母を先に救うと約束させ、スーパーマンからクリプトナイトを外した。


「敵の女が助けたぞ」


「母親を救ってほしいからな」


「ならば先に行かねばならぬ」


「もう一発も飛んでるぞ」


「それでもだ。誓いを違えるな」


「お前、そこは厳しいんだな」


「誓約も私の領分だ」


スーパーマンは約束どおり、一発目のミサイルを止めた。


だが、その間にもう一発が爆発する。


大地が裂けた。


橋やダムが崩れ、列車が脱線しかける。


スーパーマンは次々と危機を食い止めた。


それでも、ロイスのもとへは間に合わなかった。


土砂に埋もれた車。


スーパーマンがロイスを抱き上げる。


呼びかけても返事はない。


ゼウスは黙って画面を見ていた。


     *


スーパーマンは空へ飛び上がった。


地球の周囲を何度も飛ぶ。


時間が巻き戻っていく。


崩れた道路が戻り、落ちた岩が空へ上がる。


死んだロイスが再び息を吹き返した。


ゼウスが俺を見た。


「おい、人間。これは駄目だろう」


「言いたいことは分かる」


「父の戒めに背き、運命の糸を力ずくで巻き戻したぞ」


「映画だから」


「それで済ませるな。英雄なのだろう」


「英雄も女でやらかすんだよ」


ゼウスは黙った。


ゆっくりと頷く。


「女のためなら、分からなくもない」


「お前にだけは言われたくない」


「私は牡牛になった」


「張り合うな」


「白鳥にもなった」


「映画よりひどい話を始めるな」


ゼウスは少し考えた。


「モイライが怒るぞ」


「モイライ?」


「運命の女神達だ」


スーパーマンはルーサーとその部下を捕らえ、刑務所へ運んだ。


自分で罰を与えることはせず、人間の法へ引き渡す。


「自分で裁かぬのか?」


「捕まえるところまで。裁くのは人間の仕事だ」


「力なら、あの場で殺せたぞ」


「殺さない」


「王にも、処刑人にもならぬか」


「そういうこと」


ゼウスは最後まで納得していない顔で画面を見ていた。


映画が終わった。


     *


俺はリモコンを置いた。


「どうだった?」


「面白かった」


「普通だな」


「だが、妙な英雄だ」


ゼウスは立ち上がった。


「明日も映画を見る」


「また来るのか?」


「駄目なのか?」


「別にいいけど、次は何も壊すな」


「もてなしがあれば壊さぬ」


「脅迫になってるぞ」


「では帰る。またな」


そう言ってゼウスは消えた。


玄関を使う気はないらしい。


そして、たぶん、本当にゼウスなのだろう。


     *


翌朝。


「人間よ。起きろ」


「……何時だよ」


六時前だった。


ゼウスは枕元に立っている。


「昨日の男だ。あれは何を求めている?」


「知らん」


「お前は何度も見たのだろう」


「何回見ても、全部分かるわけじゃない」


「分からぬのに、なぜ何度も見る?」


「分からなくても、面白いもんは面白いから」


ゼウスはしばらく黙った。


「そうか」


納得したのかと思った。


「では、クラークは本当に王にならぬのか?」


「まだそれ考えてたのかよ」


「昨夜から考えている」


「映画を考えながら帰ったのか」


「答えが出ぬ」


俺は布団から起き上がった。


「ならないよ」


「なぜだ?」


「人を守るのと、治めるのも別なんだよ。それよりも6時前に来て人の枕元に立つな」


ゼウスはしばらく考えた。


「分からぬ」


「ったく。じゃあ牛丼食いながら考えろ」


「ヨシノヤか?」


「昨日約束したからな」


「すぐ行くぞ」


「店が開くまで待て」


「王を待たせるのか?」


「この国では客は平等だ」


結局、上着を羽織って外へ出た。


「人を雷で焼くなよ」


「無礼な者もか?」


「絶対に焼くな」


「お前たちの法か?」


「そうだ」


ゼウスは頷いた。


「分かった」


駅へ向かう途中、ゼウスがまた口を開いた。


「ヨシノヤはどちらだ?」


「右」


「クラークの話は、食べながら聞く」


「まだ聞くのかよ」


挿絵(By みてみん)

神話メモ


◾️ゼウス


ギリシャ神話における神々の王。天空、雷、雨、秩序、誓約などを司る。ティタン神族との戦いに勝利した後、兄弟のポセイドン、ハデスと世界の支配領域を分け、天空を治めた。人間や女神へ近づくため、牡牛、白鳥、鷲、黄金の雨など、さまざまな姿へ変身する逸話でも知られる。


◾️ゼウス・クセニオスとクセニア


ゼウス・クセニオスは、客人と旅人を守護するゼウスの側面。古代ギリシャでは、旅人を家へ迎え、食事、寝床、保護を与えるクセニアが重要な慣習とされた。客人にも主人とその家を尊重する義務があり、歓待を受けながら家へ害を与える行為は重大な不敬とされた。


◾️ヘラクレス


ゼウスと人間の女性アルクメネの子。アルクメネの夫アムピトリュオンの家で育てられ、幼い頃から並外れた怪力を示した。成長後はネメアの獅子やレルネのヒュドラをはじめとする数々の怪物を退治し、ギリシャ神話を代表する英雄となった。


◾️ペガソスとベレロポン


ペガソスは翼を持つ神馬。英雄ベレロポンはペガソスを乗りこなし、獅子、山羊、蛇の特徴を持つ怪物キマイラを討った。後にベレロポンはペガソスでオリュンポスへ昇ろうとしたが、地上へ落とされたと伝えられる。その経緯は、ゼウスが虻を送ったとするものなど、伝承によって異なる。


◾️モイライ


人間の寿命と運命に関わる三柱の女神。クロトが生命の糸を紡ぎ、ラケシスがその割り当てを定め、アトロポスが糸を切るとされる。ゼウスを含む神々との力関係は古典作品によって異なるが、神々にも重く受け止められる運命の力を表す存在として語られる。

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