第18話 フォレスト・ガンプ/一期一会
映画紹介
公開年:1994年
監督:ロバート・ゼメキス
主演:トム・ハンクス
バス停のベンチに座る一人の男、フォレスト・ガンプ。彼は隣に座った見知らぬ人へ、自らの人生を語り始める。脚が不自由だった少年時代から戦争、卓球、エビ漁まで。目の前のことへ真っすぐ取り組む男の人生は、いつしか多くの人々や歴史と交わっていく。
「今日は『フォレスト・ガンプ』」
「森の名か?」
「人の名前。歴史とか色々絡むが普通にドラマとして面白いぞ」
「名を歌われる男か。前の戦士のような話か?」
「ランボーの事か?いや全然違う…とも言い切れないかもな。同じ戦争に参加してるし」
俺はエビバーガーとフライドポテトをテーブルへ置いた。
飲み物はドクターペッパー。
冷蔵庫には、デザート用の箱入りチョコレートも入っている。
ゼウスは缶を持ち上げた。
「医者の名が書いてあるぞ」
「炭酸飲料だよ」
「薬ではないのか?」
「薬っぽい味はする」
ゼウスは一口飲んだ。
しばらく缶を見つめる。
「何が入っている?」
「いろいろ。二十三種類の風味が入ってるらしい」
「一つに絞れ」
「そういう飲み物なんだよ」
ゼウスは納得しないまま、もう一口飲んだ。
俺は映画を再生した。
*
白い羽が風に運ばれ、バス停へ落ちる。
ベンチには、スーツケースと箱入りチョコレートを持った男が座っていた。
フォレスト・ガンプ。
彼は隣へ座った女性に名乗り、チョコレートを勧めた。
「知らぬ者へ、よく話す男だな」
「普段はここまでじゃないんだけどな」
「ヘラスの詩人のようだ」
「お前のとこは、詩人以外もみんな鬼のように自分語りするだろ」
フォレストは、母から教えられた言葉を口にした。
人生は箱入りチョコレートのようなもの。
何を手に取るかは、食べてみるまで分からない。
ゼウスが箱を見る。
「神託にしては甘いな」
「神託じゃねーよ。デルポイでチョコ渡されても困る。子供に理解しやすい人生訓みたいなもん」
「ふむ、子にもわかりやすい神殿があっても良いかもしれぬ」
「ギリシャの神託は、まず大人にもわかりやすくしろ」
そしてフォレストは、自分の少年時代を語り始めた。
*
幼いフォレストは、脚へ装具を付けていた。
歩くのも遅く、学校へ入ることさえ簡単ではない。
だが、母親は校長へ食い下がった。
息子はほかの子と同じように教育を受ける。
他人に価値を決めさせるつもりはない。
ゼウスが母親を見た。
「よく戦う母だ」
「強い人だよ」
「他人に息子の値を決めさせぬのだな」
「お前の子を産んだ女性は必然的に強い母親になりそうだよな」
「当然だ。英雄の母となるからな」
「そう言う話してない」
学校へ通い始めたフォレストに、最初に声をかけたのがジェニーだった。
二人はいつも一緒に過ごすようになる。
ある日、少年たちが自転車でフォレストを追い回した。
ジェニーが叫ぶ。
走って。
フォレストは重い装具を付けたまま走り始める。
金属が軋み、留め具が外れた。
装具が砕け散る。
フォレストの足が一気に速くなった。
ゼウスが身を乗り出す。
「良い!」
「そうなると予想はしてた」
「速い!」
自転車を引き離し、フォレストは道の先へ消えていく。
「私の祭へ出す」
「まだ子供だ」
「大きくなってからだ」
「気に入ったな」
*
成長したフォレストは、その脚を買われ大学のアメリカンフットボール選手に選ばれた。
ボールを受け取り、そのまま一直線に走る。
誰も追いつけない。
ゼウスが笑った。
「良い勝利だった」
「試合終わってないから」
再びボールを持ち、相手を置き去りにする。
「圧勝だったな」
「だから、終わってないから。お前ルール知らないだろ」
「知らぬ。だが速い」
大学を卒業したフォレストは、そのまま軍へ入った。
命令されたことを、迷わずやる。
ベッドを整え、銃を分解し、誰より早く組み直す。
教官は感心しながら、怒鳴り続けている。
「なぜこの男は、優秀な兵を怒鳴る?」
「教官だから」
「褒めればよいではないか」
「そういう人と言うか役なんだよ」
フォレストは次の命令を待っている。
「命令を勝手に難しくせぬ。兵には、それが必要な時もある」
「考えてないだけじゃないか」
「言われた通りにやると言うのは意外と難しいものだぞ。人間には欲も思い込みもある」
「お前はヘラに言われた通りに行動できない当事者だもんな」
「私は王だからな。他に判断を渡すわけにはいかぬ」
「言ってろ」
*
軍で出会ったブバは、エビのことばかり話していた。
焼く。煮る。蒸す。揚げる。
スープにする。サラダにする。サンドイッチにする。
ゼウスがエビバーガーを持ったまま俺を見る。
「まだあるのか?」
「まだまだある」
エビの串焼き。エビのシチュー。エビのカクテル。
話はなかなか終わらない。
「まだあるのか?」
「まだあるぞ」
フォレストは口を挟まず、最後まで聞いていた。
ゼウスが頷く。
「良い友だ」
「ここでその感想?」
「好きなものを最後まで語り、この男もそれを最後まで聞いた」
戦争が終わったら、二人でエビ漁を始める。
フォレストが船長になり、ブバが料理を担当する。
二人はそう約束した。
*
ベトナムの密林。
部隊は突然の銃撃を受けた。
爆発と銃声の中、ダン中尉が撤退を命じる。
自分は負傷しながら、部下を先に逃がそうとしていた。
「良い指揮官だ」
ゼウスが言った。
フォレストはひたすら走った。
安全な場所まで来ると、隣にブバがいないことへ気づく。
戦場へ戻る。
倒れていた兵を一人担ぎ、川岸へ運ぶ。
だがブバではない。
もう一度戻る。
「友のため戻るか」
さらに一人を助ける。
それでもブバは見つからない。
「走る理由が増えたな」
フォレストはダン中尉を見つけた。
中尉は自分を置いて逃げろと命じる。
「この指揮官は自分だけ残る気か」
「ここで死ぬつもりなんだよ」
フォレストは命令を無視し、中尉を背負った。
「命令を聞かなかったな」
「置いていけなかったんだろ」
「考えずに命令をこなすだけの男ではなかったな。この男なりの判断がある」
最後に、フォレストは負傷したブバを見つけた。
背負って川岸まで走る。
だが傷は深かった。
ブバはフォレストの腕の中で、家へ帰りたいと口にした。
そのまま息を引き取った。
「約束した友は死んでしまったか」
「うん」
*
病院で目覚めたダン中尉は、両脚を失っていた。
自分の一族は、代々アメリカの戦争へ参加し、戦場で名誉ある死を遂げてきた。
自分も同じ運命だった。
それをフォレストが壊した。
ダン中尉はそう言って、助けられたことを責め続ける。
「生きる方がつらい時もある。戦士として生き、死ぬことがすべてだった男が、足と死に場所を失った」
「戦争シーンだけ解像度上げるのやめろ」
入院中、フォレストは卓球を始めた。
言われたとおり、球から目を離さず打ち続ける。
やがて軍の代表選手となり、中国へ派遣された。
アメリカと中国の交流が進む、きっかけの一つになった。
「戦もせず、槍も交えず、球を打ち合っただけか?」
「卓球外交だな。実際あった」
ゼウスは小さな球を目で追う。
「一方で先ほどのように殺し合い、もう一方では球を打ち合うか」
「球だけ打ち合ってりゃいんだけどな」
「面白い。この競技を私の祭に追加する」
“もうある”そう言いかけてやめる。
近代オリンピックをゼウスに説明するのは骨が折れそうだし、そもそも詳しく知らない。
「……競技を勝手に増やすのは良くないと思う」
「私の祭だ。何を増やそうが私の勝手だ」
「決める人は別にいると思うけど……まあ、頑張ってね」
*
ワシントンの反戦集会。
フォレストは巨大な池を挟んで、ジェニーを見つけた。
二人は互いの名を呼びながら水へ入り、中央で抱き合う。
ゼウスが少し笑う。
「今度は女のために走ったか」
「一番共感できる理由だろ」
だが二人は、また別々の道へ進んだ。
除隊後、フォレストは酒に溺れていたダン中尉と再会する。
ブバとの約束どおり、エビ漁を始めると話した。
ダン中尉は笑い、本当に船長になったら自分が一等航海士になると言った。
やがてフォレストは卓球の広告料で漁船を買った。
船の名はジェニー。
一人で海へ出る。
だが、エビは一匹も獲れない。
そんな彼の前へ、ダン中尉が現れた。
約束どおり、船へ乗るために。
「この男も約束を守る男であったか」
「冗談っぽかったのにな」
二人で何度も網を投げる。
それでも獲れない。
やがて巨大なハリケーンが海を襲った。
小さな船が波に持ち上げられる。
ダン中尉はマストへ上り、雷鳴の中で空へ怒鳴り始めた。
ゼウスが眉を上げる。
「これは、私に言っているのか?」
「たぶん神全般」
「苦情の範囲が広いな」
「長年の文句が溜まってるんだよ」
波が船を叩く。
それでも二人は船を捨てない。
「良い嵐だ」
「嬉しそうだな」
「嵐の中で船を捨てぬ者を見るのは好きだ」
翌朝、港に残った漁船はジェニー号だけだった。
競争相手がいなくなった海で、二人の網には大量のエビが入る。
事業は成功した。
ダン中尉は穏やかな海へ飛び込み、フォレストへ助けてくれた礼を言った。
ゼウスが静かに頷く。
「ようやく、あの男の戦が終わったか」
*
会社は大きくなり、二人は巨額の財産を得た。
フォレストは、死んだブバが受け取るはずだった利益を、その家族へ渡した。
「死者の名と取り分を残したか」
「約束した友だからな」
「ゼウス・ホルキオスの前でも恥じぬ」
「誓いを守るゼウスだっけ」
「そうだ」
フォレスト自身は、必要以上の金を手元へ置かなかった。
病院や教会へ寄付し、故郷の人々へ分けた。
ダン中尉は会社の金を、ある企業へ投資した。
フォレストは、それを果物の会社だと理解していた。
ゼウスが感心する。
「エビで財を成し、林檎園まで持ったか」
「その理解のままでいてくれ」
「実り多き男よ」
*
母親が病気だと知り、フォレストは事業を離れて故郷へ走った。
母はベッドの上で、死も人生の一部だと息子へ教えた。
フォレストはそばに座り、最後まで話を聞いた。
ゼウスは何も言わなかった。
母を見送ったあと、フォレストは故郷で静かに暮らした。
そこへジェニーが帰ってくる。
二人はしばらく同じ家で穏やかに過ごした。
フォレストは結婚を申し込む。
だが、ジェニーは受け入れられない。
一夜を共にした翌朝、彼女は姿を消した。
フォレストは玄関の前に立つ。
そして突然、走り始めた。
*
町の端まで走る。
そのまま郡を越える。
州境まで来ると、さらに先へ進む。
国を横断し、また引き返す。
三年を超えて走り続けた。
記者たちは理由を尋ねる。
平和のためか。環境のためか。政治への抗議か。
フォレストは、ただ走りたいから走っている。
ゼウスが笑った。
「人間は理由が好きだな」
「知らないものを理解できる形にしたいんだろ」
「人間らしいな」
いつしか大勢の人間が、フォレストの後ろを走っていた。
人生の答えを聞こうと、彼の言葉を待っている。
ある日、フォレストは足を止めた。
追随者たちが息を呑む。
フォレストは、疲れたから家へ帰ると言い、そのまま歩き出した。
「始めた理由もなく、終える理由もそれだけか」
「納得いかないか?」
ゼウスは首を横へ振る。
「いや。本人の足だ」
*
フォレストはジェニーから手紙を受け取った。
彼女に会うため、バス停でバスを待っていた。
長い人生を語り終えると、隣の女性が、目的地は歩いて行ける距離だと教える。
フォレストは立ち上がった。
バスを待たず、走り出す。
「まだ走るのか」
「近いからな」
「近くても走るのか」
「フォレストだから」
ジェニーの部屋には、一人の少年がいた。
名前はフォレスト。
自分の息子だと知らされ、フォレストは座り込む。
最初に尋ねたのは、少年が自分と同じような苦労を抱えていないかということだった。
「最初に子のことを聞いたな」
「自分みたいに苦労するか、心配なんだよ」
少年はとても賢い。
そう聞いたフォレストは、俯いたまま涙を流した。
ゼウスは黙って画面を見ていた。
*
ジェニーは病にかかっていた。
三人は故郷の家へ移り、一緒に暮らし始める。
フォレストとジェニーは結婚した。
小さな式へ、ダン中尉が婚約者を連れて現れる。
義足で立ち、しっかりと歩いていた。
ゼウスが目を細める。
「再び歩き始めたのだな」
「義足だけどな」
「足の話ではない。自分を取り戻した」
ダン中尉は笑顔で二人を祝福する。
「生き残った先へ進んだな」
だが、穏やかな時間は長く続かなかった。
ジェニーは亡くなった。
墓の前で、フォレストは一人語り続ける。
人の人生は初めから決まっているのか。
それとも風に運ばれるように進むのか。
答えは分からない。
フォレストは、どちらも同時に起きているのかもしれないと口にした。
*
息子が学校へ行く朝。
フォレストは、自分が幼い頃に母と待った場所へ座っていた。
スクールバスへ乗る息子を見送る。
足元から白い羽が舞い上がった。
ゼウスが羽を目で追う。
「神々の印か?」
「ただの羽だろ」
「詩人なら、運命と歌う」
「お前は?」
羽は風に乗り、空へ昇っていく。
ゼウスは少し考えた。
「今日は風でよい」
映画は静かに終わった。
*
俺は照明をつけた。
「どうだった?」
ゼウスは空になったエビバーガーの包み紙を見た。
「名誉を求めぬのに、名誉の方から追ってくる男だった。友を背負い、約束を守り、得たものを分けた」
ゼウスは立ち上がる。
「そして速い。私の祭へ呼ぶ」
「結局そこか」
「エビの宴も用意してやろう」
「買収しようとするな」
俺は冷蔵庫から箱入りのチョコレートを出した。
「デザート」
ゼウスは蓋を開き、一つ持ち上げる。
「何味だ?」
「食べるまで分からない」
「この飲み物も、その菓子も、中身を教える気がないのか」
「今日はそういう趣向だ」
ゼウスは箱の蓋を裏返した。
そこには一粒ずつ、中身の味が書かれている。
「答えが書いてあるぞ」
「母親の名言を台無しにするな」
ゼウスはキャラメル入りを選び、口へ入れた。
「分かって選ぶ方がよい」
「人生の話を何も聞いてなかったのか」
「菓子と人生は別だ。人生には選べぬ事がある。菓子くらい好きなものを選べ」
「好きなチョコを選んだだけで、ちょっといいことを言った感じ出すな」
神々の王は、最後まで外れを引く気がなかった。
神話メモ
◾️デルポイの神託
デルポイは、アポロンの神託で知られる古代ギリシャ有数の聖地。巫女ピュティアが神託を告げ、都市国家や個人は戦争、植民、市政、祭祀などの重大な判断に際してその言葉を求めた。神託は曖昧な表現を取ることも多く、受け取る側の解釈が重要だった。
◾️古代ギリシャの競技祭
古代ギリシャでは、神々へ捧げる祭礼に競技が組み込まれた。オリンピアのゼウス祭をはじめ、各地で走競技、格闘、戦車競走、音楽や詩の競演が行われた。競技は単なる娯楽ではなく、神への奉納であり、都市や個人が名誉を得る場でもあった。
◾️古代ギリシャの長距離走
古代オリンピックでは、競技場を複数回往復するドリコスと呼ばれる長距離走が行われた。兜や盾などを身につけて走るホプリトドロモスも正式種目とされ、走力は競技だけでなく、戦場での伝令や移動にも重要な能力だった。
◾️ゼウス・ホルキオス
誓約を守護するゼウスの側面で、「誓いのゼウス」を意味する。神々の名にかけた誓いには宗教的な拘束力があり、偽りの誓いや約束の破棄は神罰を招くと考えられた。裁判、条約、個人間の約束など、さまざまな場面で神々が誓いの証人とされた。
◾️古代ギリシャにおける名誉
古代ギリシャでは、戦場での功績、競技での勝利、都市への貢献などによって名誉を得ることが重視された。その名誉は本人の内面だけで完結せず、詩人が歌い、共同体が語り継ぐことで形を持った。後世まで残る誉れは、英雄の重要な価値とされた。
◾️古代ギリシャの運命観
古代ギリシャの神話では、人間の生は神々の意思、血筋、選択、偶然などが重なって進むものとして語られる。運命を司るモイライは、生命の糸を紡ぎ、長さを定め、断つ女神たちとされた。人間は定めを完全には選べず、その中で行う行為に価値が置かれた。




