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17/20

第17話 ザ・メニュー

映画紹介


公開年:2022年

監督:マーク・マイロッド

主演:レイフ・ファインズ


孤島にある完全予約制の高級レストラン。著名な料理人ジュリアン・スローヴィクが腕を振るう店には、富豪、評論家、常連客など、選ばれた者だけが集められていた。だが、その夜の料理には、客の誰も知らない特別なメニューが用意されていた。極上の料理と狂気が入り混じるブラックコメディ。

今日は『ザ・メニュー』」


「献立か。料理の話だな」


「あってる」


ゼウスが少し身を乗り出した。


「ようやく私向きの話か」


「いつ食の神に鞍替えしたんだよ」


俺は皿を二つ置いた。


チーズバーガーと太めのフライドポテト。


ゼウスは包み紙を開き、満足そうに頷く。


「牛に乳まで重ねたか。豊穣だな」


「バーガー一個に国家の繁栄を見るな」


ゼウスは一口かじった。


「よい供物だ」


「夕飯だよ」


「神の夕飯としてもよい」


「チーズバーガーを夕飯にする最高神ってどうなのよ」


俺もバーガーを手に取り、映画を再生した。


     *


船着き場で、タイラーが料理について語り続けている。


店の格。料理長の経歴。調理技法。


隣にいるマーゴは、ほとんど聞いていない。


「この男は、神殿へ向かう信徒のようだな」


「料理長の大ファンなんだよ」


「腹ではなく頭を満たせに行くようだ」


「お前は腹しか来てないけどな」


「食事へ来たのだから正しい」


「……今日は初手で負けた気がする」


二人は船へ乗り、孤島にあるレストランへ向かった。


案内役のエルサは名簿を見て、マーゴが予定されていた客ではないと気づく。


「別の女が来るはずだったのか」


「タイラーが直前に相手と別れたかなんかで」


「ならば一人で来ればよいではないか」


「この店は一人客を受けつけないんだよ」


「ならば私を連れて行けばいい」


「出禁になりに行くのか?」


「まだ何もしておらぬ」


「まだ、なのは認めるんだな」


     *


島には畑や家畜小屋があり、食材のほとんどをそこで育てていた。


磨き上げられた厨房では、料理人たちが一列に並んでいる。


料理長スローヴィクが姿を現し、一度手を叩いた。


全員が同時に動き出す。


ゼウスが目を細めた。


「兵より揃っている」


「軍はピンセットで葉っぱを置かねーよ」


「命令一つで全員が同じ方向を見る。軍と変わらぬ」


料理人たちは声を発さず、正確に自分の役目を果たしていく。


「有能な指揮官は職場を選ばぬ」


「その発想はだいたい職場を破壊するぞ。えぐい失敗例が近代史に山ほどあるからな」


最初の料理が運ばれた。


大きな皿の中央に、小さな料理が置かれている。


「……これだけか」


「何皿も出るから」


「皿を洗う人間の労働と食べる人間の満足感が釣り合っていない」


ゼウスは一口で食べ終え、空になった皿を見つめた。


「次はまだなのか」


「始まって三分だぞ」


     *


スローヴィクが料理の説明を始めた。


食材の由来。調理法。料理に込めた記憶。


客は一口ずつ味わい、評論家は細かな技術を褒め、タイラーは夢中で頷いている。


ゼウスが腕を組んだ。


「この男は料理人ではない」


「料理を作ってるだろ」


「吟遊詩人だ。料理より説明の方が長い」


「高級料理は説明も込みなんだよ」


「料理を二倍にして説明を半分にしろ」


「それに関しては俺も賛成」


スローヴィクは客の前に立ったまま、何も口にしない。


「詩や音楽を聞きながら食う宴はある。だが、その場合は詩人も同じ酒を飲む」


「アットホームなディナーショーみたいな感じか。この店とは真逆だな」


ゼウスは店内を見回した。


客たちは自分の皿を撮り、匂いを嗅ぎ、隣の客より先に感想を口にしようとしていた。


「宴は一人で食えぬ者が集まるものだ。ここでは、一人で食っている者を同じ部屋へ並べている」


珍しくいいことを言ったので、俺は黙ってバーガーをかじった。


     *


次に運ばれてきたのは、大きな皿だった。


載っているのは数種類のソースだけ。


パンはない。


ゼウスが皿を見た。


「パンを忘れているぞ」


「忘れてない。パンなしのコース」


「客へパンを出さぬのか?」


スローヴィクは、パンは一般の人々が食べるものだと説明する。


この店へ集まった富裕層には、パンを食べる資格がない。


だから、パンに添えるものだけを出す。


「この男は招いておいて、お前たちに食わせるパンはないと言ったのか」


「そういう趣向。無を味わえってことだろ」


「戦を始める前の口上だ」


「パン一枚で開戦するな」


「何も出さずに客を侮辱し、料金だけ取る。これが高級店なのか?」


「だから高級店なんだろ。知らんけど」


ほかの客が困惑する中、タイラーだけは目を輝かせている。


パンを出さないという発想まで素晴らしいと褒めていた。


「この男、食べ物がなくても褒めるぞ」


「究極の客だな」


「石を出しても喜ぶのではないか」


「こいつに関しては料理長が説明すれば、たぶん石でも食う」


「狂信者とは恐ろしいものだ」


「現役の神が引くな」


     *


続いて、客ごとに違うトルティーヤが運ばれた。


表面には写真や文章が焼きつけられている。


富豪の不貞。投資会社の不正。評論家の記事。


客たちが隠してきたことが、薄い生地の上に並んでいた。


「パンを出さぬと言った直後に、告発状を焼いて出したぞ」


「食べられる告発状だな」


「そんなもの誰が食いたいのだ」


「お前の場合は白鳥とか雄牛が描かれるな。星座と違って食えば消える分ましだろ」


タイラーは自分のトルティーヤを撮影していた。


「この男は告発状もありがたがるのか」


「神から届いた手紙みたいなもんだろ」


「その言い方だと私が信徒を悪く言ってるようではないか」


「お前の信徒ではないから安心しろ」


ゼウスは客席を眺めた。


「評論家は料理を語り、富豪は値段を語り、あの男は知識を語る」


「一応みんな料理好きなんじゃないの?」


「誰も『うまい』と言わぬ」


「俺は何食べても甘いと美味いしか言えないから少し羨ましいな」


「美味いと言えば充分だ」


客たちは料理ではなく、料理を理解できる自分について話していた。


食事はいつの間にか裁判へ変わっていく。


「嫌な客ばかりだったのだな」


「料理長から見ればな」


「ならばこんな回りくどい真似をせず、入口へ貼り紙を出せばよい」


「何て?」


「『傲慢な者、お断り』」


「お前も入れなくなるぞ」


ゼウスは真顔で首を横へ振った。


「私は王だ」


「それを傲慢って言うんだ」


「王の傲慢は威厳だ」


     *


スローヴィクが副料理長のジェレミーを紹介した。


若く、熱心で、すべてを料理へ捧げてきた男。


だが、どれだけ努力してもスローヴィクを超えられない。


その説明が終わると、ジェレミーは拳銃を取り出した。


ゼウスが身を乗り出す。


発砲音が響いた。


ジェレミーは床へ倒れた。


ゼウスはしばらく動かなかった。


「部下に死ねと命じたのか」


「本人も納得はしてたみたいだぞ」


「兵が従ったから、命じた王の責任が消えると思うな」


料理人たちは倒れた仲間を運び出し、次の料理を準備する。


ゼウスは空いた床を見ていた。


「部下の命まで献立へ入れたのか。この男は何がしたいのだ」


俺は何も返さなかった。


客の一人が立ち上がり、店を出ようとした。


料理人たちは静かに道を塞ぐ。


富豪のリチャードが強引に突破しようとすると、その指が切り落とされた。


ゼウスの表情が変わった。


「この男は境を越えたな」


「人が死んだ時点で越えてたろ」


「悪趣味な料理人から、最悪の主人になった」


店を支配していた投資家も、料理長の命令で海へ沈められた。


「仕えていた王を、宴の途中で沈めたか」


「料理へ口を出され続けて、恨んでたらしい」


「反逆なら広場で堂々と首を取れ」


「もっと平和的な解決策を提案しろよ神様」


「詩人が歌えぬ殺し方をするな」


「殺さないって選択肢はないのか」


     *


スローヴィクは男性客へ、逃げる機会を与えた。


先に走り、島のどこかへ隠れる。


見つからなければ助かる。


男たちは一斉に店から飛び出した。


料理人たちは時間を置いて追い始める。


「競技に見せて、勝者を出す気がないな。勝者なき競技では詩人が困る」


「一旦詩人から離れろ」


結局、全員が捕まり、店へ戻された。


「何という体たらく」


「客に何を期待してたんだ」


「一人くらい料理人を担いで帰るかと」


「何の競技だよそれ」


その後、沿岸警備隊員が現れた。


客たちの顔に安堵が広がる。


ゼウスも腕をほどいた。


「助かったか」


警備隊員は拳銃を取り出す。


だが、銃口から出たのは小さな火だった。


男はライターでテーブルの蝋燭へ火をつけると、帽子を脱いだ。


厨房の料理人だった。


ゼウスが固まった。


「この男も……料理人か」


「演技うまかったな」


「料理より向いている」


「料理してるとこ見てないだろ」


     *


スローヴィクはマーゴを別室へ呼んだ。


この店には、人へ料理を与える者と、それを奪って消費する者しかいない。


予定外の客であるマーゴへ、どちらの側で死ぬか選ばせる。


「人間を二つの皿へ分けるな」


「本人には、この二種類しか見えてないんじゃないか」


「客と働く者だけか。仕事に人生を食われた人間の世界だな」


マーゴの本名はエリン、タイラーに雇われ、この店へ同行した女性だった


そしてタイラーは、今夜ここにいる全員が死ぬことを事前に知らされていた。


それでも料理を食べるため、何も知らないマーゴを連れてきた。


ゼウスの目が細くなる。


「自分が食卓へ座るため、何も知らぬ女を供物にしたのか」


「最悪だよな」


「女を連れてくるなら、せめて目的は告げよ」


「お前がそれを言うと神話が全部ざわつくぞ」


「私は死ぬ料理店に連れて行ったことはない」


「比較対象が最低なんだよ」


スローヴィクはタイラーを厨房へ立たせた。


料理の知識を語り続けてきた男へ、自分で一皿作るよう命じる。


「詩を批評する者へ、竪琴を渡したか」


「知識自慢ファンに実技試験を課す時間だ」


タイラーは慌てて食材を選び、肉と野菜を焼き始める。


「知識があるなら作れるかも知れぬ」


「俺たちも映画について毎回喋るけど、撮れないだろ」


「私は雷を落とせる」


「映画と何の関係があるんだよ」


「派手だぞ」


「制作費を全部保険に消す気か」


手順も味もまとまらない。


完成した料理は、スローヴィクによって客全員の前で酷評された。


タイラーは何も言えなくなった。


「肉を焼く練習をしておくべきだったな」


「お前ギリシャってのは嘘で、本当はテキサスで崇められてる神だろ」


「どこだか知らないが牛を捧げるなら私に祈ることを許そう」


     *


マーゴは店から使いを頼まれた隙に、スローヴィクの私室へ入った。


壁には若い頃の写真が飾られている。


ハンバーガー店の厨房。


若いスローヴィクが鉄板で肉を焼き、笑っていた。


ゼウスが写真を見た。


「今と顔が違うな」


「若いよな」


「違う。客の顔を見て笑っている」


マーゴは写真へ目を留めた。


その後、無線機で救助を求めるが、先ほどの偽の警備隊につながった。


マーゴはスローヴィクに言った。


料理は気に入らなかった。そして、まだ腹が減っている。


ゼウスが頷く。


「ようやく料理について本当のことを言った」


スローヴィクが何が食べたいか尋ねる。


マーゴはチーズバーガーと答えた。


ゼウスの手が止まった。


自分の皿と画面を交互に見る。


「だから今日これにしたんだ」


「お前も分かってきたではないか」


「誰目線だよ」


「成長したな」


「だから誰目線だよ」


     *


スローヴィクは自ら鉄板の前に立った。


挽肉を押しつける。


脂が弾ける。


焼き色がついた肉を返し、チーズを重ねる。


温めたパンで挟み、ポテトと一緒に皿へ載せた。


ゼウスが身を乗り出す。


「ようやく、客に食わせるために作っている」


スローヴィクの顔には、わずかな笑みが浮かんでいた。


「この男は今日初めて料理人の顔をしたな」


マーゴはバーガーを一口かじりうまいと言った。


その言葉を聞き、スローヴィクも小さく頷いた。


マーゴは食べ切れないから持ち帰りたいと頼む。


スローヴィクはバーガーを箱へ入れた。


そして彼女を店から帰した。


「料理を料理として求めた客だけを、客として扱ったか」


「生かして帰したな」


「最初から全員を、こうしてもてなせばよかった」


「それじゃ映画にならないだろ」


「献立と言う名の話だろう。それでよい」


「ジャンルを変えるな」


「全員でバーガーを食べて帰ればよい」


「そんな映画誰が見るんだよ」


     *


残された客たちへ、最後の料理がスモアだと告げられた。


「スモアとは何だ?」


「焼いたマシュマロとチョコを、クラッカーで挟む菓子」


料理人たちは客へマシュマロの衣を着せ、チョコレートの帽子を載せる。


床には砕いたクラッカーとソースが撒かれた。


ゼウスが眉を寄せた。


「今度は客を菓子の材料にするのか」


「店ごと一つのスモアにするらしい」


「なぜ人間は人間を料理に入れようとするのだ」


「人間の基本仕様みたいに言うな。神話にもありそうだけどさ」


「自分の息子を料理し、神々へ出した王がいた」


「この店に連れてきたら、料理長と話が合いそうだな」


「タンタロスはすでに罰してある。隣を空けさせよう」


「冥府を予約席みたいに使うな」


「二名なら同じ卓でよい」


「冥府は相席OKなのかよ」


客も料理人も、もう逃げようとはしない。


スローヴィクへ礼を言う者までいた。


「説教を聞き続け、死ぬことまで献立の一部だと思わされたか」


「もう全員、料理長の客になってるな」


「客を帰さぬ主人へ、礼など言うな」


スローヴィクが店へ火を放つ。


炎が客と料理人を包み、建物全体が燃え上がった。


離れていく船の上で、マーゴは持ち帰ったバーガーを食べている。


ゼウスが画面を指した。


「見ろ。最後まで食事をしているのは、あの女だけだ」


マーゴは燃える店を眺めながら、もう一口かじった。


     *


映画が終わった。


俺はリモコンを置く。


「どうだった?」


「最悪のクセニアだ」


「雑にまとめたな」


「客を飢えさせ、侮辱し、帰さず、最後に焼いた。どこを褒めろというのだ」


「料理は?」


「最後の一皿だけよい」


ゼウスは空になった皿を見た。


「最初から全員へバーガーを出せばよかった」


「映画が三分で終わる」


「名作ではないか」


ゼウスは残していたバーガーを包み紙で包み始めた。


「持ち帰るのか?」


「持ち帰りを頼めば、生かしてもらえるのであろう」


「うちは最初から帰してるよ」


ゼウスは包みを持って立ち上がった。


「よい店だ」


「店じゃねえよ」


神々の王は、当然のようにバーガーを持ち帰った。


翌日、同僚と話していてアンディ・ウォーホルがハンバーガーを約4分間食べるだけの動画があると教えられた。悔しいのでゼウスには伝えない事にした。


挿絵(By みてみん)

神話メモ


◾️ヘスティア


炉、家庭、国家共同体の中心を司る女神。ゼウスの姉にあたり、争いを好まず、常に炉のそばに留まる存在として語られる。家や都市の炉は共同体の中心とされ、供犠や食事では最初と最後にヘスティアへ捧げ物をする習慣があった。


◾️クセニア


古代ギリシャにおける客人歓待の規範。主人には旅人を迎え、食事や宿、安全を与える義務があり、客にも主人とその家を害さない義務があった。ゼウスはゼウス・クセニオスの名で客人と旅人の秩序を守護し、歓待への重大な違反は神々の怒りを招くと考えられた。


◾️古代ギリシャの供犠


古代ギリシャでは、牛、羊、山羊などの家畜を祭壇で神へ捧げた。骨や脂などの一部を火で焼いて神へ供え、内臓や肉は儀礼の参加者が分けて食べた。供犠は神への奉納であると同時に、共同体が同じ肉を分かち合う食事としての性格も持っていた。


◾️シュンポシオン


古代ギリシャで、食事の後に参加者が酒を共に飲んだ宴席。酒は水で割って飲まれ、詩、音楽、会話、遊戯などが楽しまれた。単なる飲酒の場ではなく、市民や友人が同じ時間を過ごし、社会的な関係を深める場でもあった。


◾️タンタロス


神々と親しく交わることを許された人間の王。神々の知識や食物を盗んだとも、自分の息子ペロプスを料理して神々へ供したとも伝えられる。その行為によって冥界で罰を受け、水と果実を目前にしながら永遠に口へできない責め苦を科されたことで知られる。

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