第12話 インモータルズ 神々の戦い
映画紹介
公開年:2011年
監督:ターセム・シン
主演:ヘンリー・カヴィル
世界を破滅に導こうとする冷酷な暴君ヒュペリオンが、封印された「エピロスの弓」を手に入れるため、大軍を率いてギリシア全土を血の海へと変えていく。
母を目の前で殺された若き石工テセウスは、絶望と怒りを胸に、滅亡の危機にある故郷と人々を救うため立ち上がる。
人間への直接介入を禁じられた神々が見守る中、一人の人間の勇気が、世界と神々の運命を大きく揺るがしていく。
「今日は何を見る?」
「『インモータルズ 神々の戦い』」
ゼウスが頷いた。
「ようやく私が出るのか」
「なんで分かるんだよ」
「不死の神々だ。私が主役に違いない」
「主役はテセウス」
「テセウスか」
「知ってる?」
「アテナイの英雄だ。迷宮でミノタウロスを倒した。父親はアイゲウスとも、ポセイドンとも語られる」
「また父親が二人か」
ゼウスはテーブルのボウルを指した。
「で、これは何だ?」
色とりどりの果物。
小さなマシュマロに白いクリーム。
「アンブロシアサラダ」
ゼウスがソファから立ち上がった。
「人間よ。なぜアンブロシアを持っている」
「名前だけだ。本物じゃない」
「誰が渡した。ヘルメスか、プロメテウスか」
「犯人を探すな。俺が作った」
ゼウスは警戒しながらスプーンを取った。
一口食べる。
「アンブロシアではない」
「当たり前だ」
「だが悪くない」
俺は桃色の飲み物を注いだ。
「こっちはネクター」
「ネクタルか」
「桃味のジュースだ。甘いの好きだろ」
ゼウスは一口飲んだ。
「本物の甘さとは比べ物にならぬ」
「これでも十分甘いぞ」
「人間は甘さを知らぬ」
俺は映画を再生した。
*
黄金の鎧をまとった神々が並ぶ。
若いゼウス。
髭のないポセイドン。
無言で立つアレース。
ゼウスが腕を組んだ。
「全員、静かすぎる」
「威厳があるだろ」
「神々がこれだけ集まれば、三人が同時に話し、アレースが騒ぎ、アテナが全員を止める」
「会議にならないだろ」
「だから私がいる」
「お前が一番揉め事を増やしてないか?」
ゼウスは画面の自分を見た。
「それに若すぎる。髭も足りぬ」
「若い姿も取れるんだろ」
「取れることと、選ぶことは別だ」
映画のアレースが無言で剣を構える。
「あれは私の知るアレースではない」
「役名はアレースだぞ」
「あいつは戦え、走れ、斬れと、目に入ったものをすべて口にする。堪え性も一切ない」
「子供かよ」
「子供の方がマシだ」
*
映画の神々は、人間の争いへ直接介入することを禁じられていた。
「こんな掟知らぬぞ」
「この映画だと神々が人間を助けちゃ駄目なんだ」
「ならば英雄譚の大半が始まらぬ。助言し、武器を貸し、戦場にも出る」
「自由だな」
「それを最もしてきた私が、誰に何を禁じるのだ?」
映画では、老人の姿をしたゼウスがテセウスを鍛え、戦う術を教えていた。
「私はテセウスの師ではない」
「老人に化けることは?」
「ある。旅人に紛れるには便利だ」
「じゃあ半分は合ってる」
「最も大事な半分が違う」
テセウスの村へ、ヒュペリオンの軍勢が迫る。
ゼウスがその名に反応した。
「ヒュペリオン?」
「知ってる名前?」
「古きティタン神族の一柱だ。人間の暴君の名ではない」
「名前負けか」
「神の名を借り、自分まで大きくなったつもりなのであろう」
ヒュペリオンは村を襲い、テセウスの母を殺した。
テセウスも捕らえられるが、巫女パイドラたちとともに脱出する。
追っ手が迫る中、ポセイドンが海へ飛び込んだ。
巨大な波が立ち上がり、ヒュペリオンの兵をのみ込む。
ゼウスが頷く。
「これはよい」
「そこは褒めるんだ」
「あいつは海にいる方が落ち着く」
「陸では?」
「文句が多い」
「兄弟揃ってだな」
*
故郷へ戻ったテセウスは、迷宮の中で母を埋葬する。
そこで、岩に埋まった黄金の弓を発見した。
「これがエピロスの弓」
「知らぬ」
「神器なのに?」
「誰が作った?」
「映画の人」
「勝手に神器を増やすな」
牛の角を被った大男が現れ、テセウスへ襲いかかった。
ゼウスが身を乗り出す。
「ミノタウロスか?」
「たぶん、それっぽい役」
「怪物ではないぞ。角を被った人間だ」
「テセウスの映画だから、少しくらい元の話を残したかったんだろ」
「名と迷宮と牛の角だけ残したのか」
「だいぶ残ってる方じゃないか?」
「アリアドネがいない」
「厳しいな」
テセウスは大男を倒し、エピロスの弓を手に入れた。
*
ヒュペリオンの兵に追い詰められたテセウスを救うため、アレースが戦場へ飛び込んだ。
一人で兵士たちを薙ぎ払っていく。
ゼウスが頷く。
「戦い方は近い」
画面のアレースが、十人ほどを一気に倒した。
「本物のアレースならここで叫ぶ。見たか父上! 十人だ!」
「褒めてほしいんだろ」
「毎回だぞ」
そこへ映画のゼウスが現れた。
不干渉の掟を破ったアレースを睨む。
手にした炎を鞭のように振るい、息子を打った。
アレースの身体が焼け、灰になった。
本物のゼウスは動かなかった。
「おい人間。私が、アレースを殺したぞ」
「掟を破ったから」
「だから息子を殺すのか?」
「この映画だとな」
「タルタロスへ投げ込むか、雷霆で焼くことはある」
「十分ひどい」
「だが神は死なぬ。まして、私が息子を消してどうする」
「掟に厳しいゼウスらしいぞ」
「私が最も守れぬ掟だと言っただろう」
アテナもテセウスたちへ馬を与え、逃げる手助けをした。
「アテナも介入しているぞ」
「直接戦ってないから許されたんじゃないか」
「屁理屈ではないか」
「前に王の屁理屈を褒めてたぞ」
「これは私の屁理屈ではない」
ゼウスはしばらく画面を見ていた。
「アレースはうるさい」
「うん」
「神々の中で最も嫌いだ」
「息子だろ。そこまで言うなよ」
「だが、消えると静かすぎるな」
*
ヒュペリオンはエピロスの弓を手に入れ、タルタロスの封印を破壊した。
閉じ込められていた者たちが、一斉に解放される。
白い身体。
人間とも怪物ともつかない姿。
ゼウスが眉を寄せた。
「これがティタン神族か?」
「映画ではな」
「古き神々を、白い怪物の群れにしたのか」
「怖いだろ」
「父クロノスも、あの中にいるのか?」
「たぶん」
「見分けがつくように作れ」
映画の神々が戦場へ降り立った。
ゼウスの命令を待ち、整然と並ぶ。
本物のゼウスが小さく息をついた。
「羨ましい」
「何が?」
「皆、私の命令を聞いている」
「本物は?」
「ヘルメスはいなくなり、アポロンは歌い、アレースは突っ込み、ディオニュソスは酔っている」
「神々の王も大変だな」
「映画の私は、ずいぶん楽をしている」
神々とティタン神族の戦いが始まった。
黄金の鎧と白い肉体が激突する。
神々は一柱ずつ敵を倒していく。
だが、ティタン神族の数は減らない。
アポロンが殺された。
ゼウスの顔から表情が消えた。
「アポロンも死んだぞ」
「映画では死ぬみたいだな」
「不死ではなかったのか?」
「タイトルはインモータルズだけど」
アテナも傷を受ける。
ティタンの刃が身体を貫いた。
映画のゼウスが、倒れた娘を腕に抱く。
「アレースを自分で殺し、アテナまで失ったぞ」
「映画のお前、大変だな」
「先ほど羨ましいと言ったのを取り消す」
重傷を負ったポセイドンとゼウスだけが残った。
「神々の戦いというより、家族が減っていく映画になったな」
*
地上では、テセウスがヒュペリオンと戦っていた。
何度倒されても立ち上がり、傷ついた身体で敵へ向かう。
「私の知るテセウスとは違う」
「気に食わないか?」
「いや。怪物が違っても、逃げられる時に残り、他者のために戦う者は英雄だ」
テセウスはヒュペリオンを倒した。
しかし、自身も致命傷を負う。
ゼウスはタルタロスを崩壊させ、生き残った神々とともに天へ戻った。
死んだテセウスの身体も、光の中へ昇っていく。
「連れていったぞ」
「英雄だから?」
「あれだけ神々を死なせたのだ。一人くらい補わねばならぬ」
「採用枠みたいに言うな」
時が流れ、テセウスの戦いは人々の間で語り継がれる英雄譚となった。
その息子アカマスが空を見上げる。
天上では、神々とティタン神族の新たな戦いが始まっていた。
映画は終わった。
*
俺はリモコンを手に取った。
「どうだった?」
「名は同じだが、別の話だ」
「怒ってる?」
「神話は、土地と詩人が変われば姿を変える」
「意外と柔軟」
ゼウスは腕を組んだ。
「別のテセウスも、知らぬ弓も許そう」
「うん」
「私がアレースを殺したことだけは許さぬ」
「まあ本人ならそうなるよな」
ゼウスはテーブルのアンブロシアサラダを見た。
「今日のものは、すべて名だけだな」
「まあ、そうかもな」
「アンブロシア、ネクタル、ヒュペリオン、テセウス、そして神々」
「タイトルもインモータルズなのに死ぬしな」
ゼウスはサラダを一口食べた。
「名は偽物だが、これは持ち帰る」
「気に入ってんじゃねえか」
神話メモ
◾️アンブロシアとネクタル
アンブロシアとネクタルは、神々の食物や飲み物として語られる。不死や若さと結び付けられ、人間の食物とは異なる神聖なものとされた。作品によって両者の役割や区別には違いがある。
◾️テセウス
アテナイを代表する英雄。アテナイ王アイゲウスの子、または海神ポセイドンの子とされる。最も有名なのは、クレタ島の迷宮へ入り、牛頭人身の怪物ミノタウロスを倒した物語である。アリアドネから授かった糸玉を使い、迷宮から脱出した。
◾️ヒュペリオン
ウラノスとガイアの間に生まれたティタン神族の一柱。女神テイアとの間に、太陽神ヘリオス、月の女神セレネ、暁の女神エオスをもうけた。古い詩では、ヒュペリオンという名が息子ヘリオスの呼称として使われる場合もある。
◾️ティタン神族とティタノマキア
ティタン神族は、ゼウスたちオリュンポス神族より前の世代に属する神々。クロノスを王とし、ゼウスたちとの大戦争ティタノマキアに敗れた。敗れた者の多くは、地下深くのタルタロスへ幽閉されたと伝えられる。
◾️神々の人間への介入
ギリシャ神話には、神々が人間へ直接介入してはならないという絶対的な掟はない。神々は英雄へ助言や武具を与え、進む道を示す。トロイア戦争では、それぞれが支持する陣営へ加勢し、人間やほかの神々と戦うこともある。
◾️アレースとアテナ
アレースとアテナはいずれも戦いに関わる神だが、象徴する側面は異なる。アレースは戦場の激情、流血、混乱を体現し、アテナは戦略、規律、知略による戦いを司る。『イリアス』では両者が敵対し、アテナがアレースを打ち倒す場面も語られる。




