第11話 スリーハンドレッド
映画紹介
公開年:2006年
監督:ザック・スナイダー
主演:ジェラルド・バトラー
紀元前480年、圧倒的な大軍を率いるペルシア王クセルクセスが、ギリシア全土を呑み込むべく侵略を開始する。
スパルタ王レオニダスは、国と誇りを守るため、わずか三百人の精強な戦士を率いてテルモピュライの険しい峡谷へ出陣する。
敵の兵力は百万とも称される無数の大群。対する味方は、たった三百人。
死を恐れぬスパルタの戦士たちは、圧倒的な数の暴力を相手に、血と誇りを懸けた戦いへ挑む。
「今日は何を見る?」
「『スリーハンドレッド』。スパルタ兵三百人の話」
ゼウスの顔が少し変わった。
「スパルタか。面倒な者たちだ」
「勇ましいじゃなくて?」
「勇ましく、面倒だ」
俺はテーブルに包み紙を置いた。
「今日は牛のケバブ」
「どこの食べ物だ?」
「トルコ」
「ヘラスの東、アナトリアか」
「わかんねーよ。昔の地名で言うな」
包み紙を開く。
焼いた肉、野菜、白いソース。それが平たいパンに挟まっている。
ゼウスはケバブを一口食べた。
「牛へ乳をかけ、パンで肉汁を受ける。よくできている」
「ヨーグルトソースな」
俺は冷蔵庫からチリ産の赤ワインを出し、グラスへ注いだ。
ゼウスが香りを嗅ぐ。
「ほう、今日は果実酒もあるのか」
「おう、チリのワインだ。安いけど美味いんだぜ」
「安価とは、どのくらいだ?」
「吉野家二つ分くらい」
ゼウスはボトルを持ち上げた。
「葡萄を育て、海を越えて、ヨシノヤ二つか」
ゼウスはワインを飲み、もう一口ケバブを食べた。
「肉に合う」
「だろ」
俺は映画を再生した。
*
赤子が生まれる。
スパルタの長老たちが身体を調べ、弱いと判断した赤子を捨てる。
「何も言わないんだな」
「よくはないな。だがスパルタだ」
「それで済ませるな」
「私が決めた国ではない」
「責任回避が神だな」
「だから面倒だと言った」
幼いレオニダスも親元から引き離され、戦士として鍛えられる。
殴られ、倒され、寒さの中へ放り出される。
最後には一人で狼と向き合った。
「狼が大きすぎる」
「映画だから」
「狼はあれほど首が長くない」
「神話の怪物を基準にする奴が狼へ厳しいな」
少年は狭い岩の隙間へ狼を誘い込み、槍で仕留めた。
ゼウスが頷く。
「戦い方はよい」
「狼の評価と分けるんだな」
*
成長したレオニダスは、スパルタの王となった。
そこへペルシアの使者が現れ、服従の証として土と水を要求する。
「王に国を差し出せと言うか」
「使者だからな」
「言葉を運ぶだけの者だ」
レオニダスは使者を井戸の前へ追い詰めた。
スパルタの名を叫び、その胸を蹴る。
使者が井戸へ落ちた。
ゼウスが顔をしかめる。
「愚か者め」
「意外だ。喜ぶと思った」
「使者は言葉を運ぶ者だ。王の返答が気に入らぬなら、送った王と戦え」
「でもスパルタらしいだろ」
「だから後で神々へ償うことになるのだ」
残った使者たちも次々と井戸へ落とされる。
ゼウスは穴の奥を覗き込むように画面を見た。
「何人入る?」
「急に井戸を心配するな」
「水は残るのか?死体が混ざると水が腐るぞ?」
「水質調査はじめようとするなよ」
*
レオニダスは戦争の許可を得るため、神官たちのもとへ向かった。
神官たちはペルシアの金を受け取り、巫女の神託を利用して出兵を禁じる。
ゼウスの顔が曇った。
「神託を売る者は神官ではない」
「人間だから賄賂を取る奴も出るだろ」
「ならば人間として金を取れ。神の言葉を売るな」
「まあ、ここは怒ると思ってたよ」
カルネイア祭の間は、軍を動かせない。
「祭は破れぬ」
「じゃあ戦えないな」
「ゆえにレオニダスは、軍ではなく親衛隊を連れて散歩へ出る」
「屁理屈を理解するのが早いな」
「王の言葉だからな。賢い王は言葉の通り道を知るものだ」
「今、自分の事を賢いって言ったか?」
レオニダスは三百人の兵を選んだ。
全員に息子がいる。
「死ぬ者を選ぶなら、その家の先を残す」
「合理的だな」
「それだけではない。父が死んでも、名を呼ぶ者がいる」
三百人は妻や子供に別れを告げ、テルモピュライへ向かった。
*
道中、スパルタ軍はほかのギリシア兵と合流した。
兵の数を問われたレオニダスは、相手の兵士たちへ職業を尋ねる。
陶工。
鍛冶屋。
彫刻家。
続いて、自分の兵たちへ同じ質問をする。
三百人が声を上げた。
ゼウスが笑う。
「兵は兵だ。戦うことが仕事だ」
「ほかのギリシア兵もいるけどな」
「王が三百と呼んだ。今は三百だ」
海にはペルシアの大艦隊が現れた。
その夜、激しい嵐が船を襲う。
「これは誰の嵐だ?」
「いや、知らん。自然現象だろ」
「私かもしれぬ。ペルシアの船が沈んでいる」
「手柄を拾おうとするな」
大波が船を砕く。
ゼウスは満足そうにワインを飲んだ。
*
三百人は、背後に海を抱えたテルモピュライの狭道へ陣を敷いた。
前方から、無数のペルシア兵が押し寄せる。
「場所で数を殺すか」
「戦争には詳しいな」
「何度見たと思っている」
「お前が原因の戦争も多そう」
「それは別の話だ」
ペルシア側が、矢で空を覆えるほどの大軍だと脅す。
スパルタ兵は、ならば影の中で戦おうと返した。
ゼウスが笑う。
「スパルタ人なら言いそうだ」
「史実かどうかは?」
「その者が言いそうなら、歌では真実になる」
「歴史家に怒られるぞ」
「歴史家は怒らせておけ」
最初の戦いが始まった。
スパルタ兵は盾を並べ、押し寄せる敵を受け止める。
押し返す。
槍で突く。
崖から落とす。
死体を積み上げ、次の敵を阻む壁にする。
ゼウスが眉を寄せた。
「死者への敬意がない」
「敵でもか?」
「敵でも死ねば、神々の前では死者だ」
「埋葬しろってこと?」
「戦の後にな」
「今は?」
「壁にする」
「するんじゃねえか」
「敵が来ている」
*
エフィアルテスという男が、レオニダスの前へ現れた。
身体に障害があり、スパルタ兵として捨てられた男だった。
自分も三百人の列へ加えてほしいと願い出る。
だが、盾を高く掲げられない。
一人の盾が下がれば、隣の兵が無防備になる。
レオニダスは要求を断り、別の役目を与えようとした。
「どう思う?」
「断るべきだ。列に入れれば、隣の兵が死ぬ」
「本人は戦いたがってる」
「ゆえにスパルタの王も別の役目を与えた」
「でも本人は納得してないな」
「すべての者へ、望む名誉を与えることはできぬ」
「王でも?」
「王だからだ。一人の望みで三百人の列は崩せぬ」
エフィアルテスは顔を伏せ、立ち去った。
*
戦いを続けるレオニダスの前へ、ペルシア王クセルクセスが姿を現した。
巨大な玉座。
黄金と宝石。
人間離れした長身。
そして、髭のない顔。
ゼウスはしばらく黙っていた。
「誰だ、こいつは?」
「クセルクセス。知ってんじゃないの?」
「クセルクセスは知っている。しかし、いくら敵国の王とはいえ、この描き方はあんまりではないか」
「でかいし、怪物っぽいよな」
「そこではない!」
「え、どこ?」
「王から髭を奪うとは!」
「そこ?」
「髭は大事だ!」
クセルクセスは、レオニダスへ跪くよう求める。
服従すれば、さらに広い土地と大軍を与え、ギリシアを支配する王にすると誘う。
ゼウスが鼻で笑った。
「分かっておらぬ」
「クセルクセスが?」
「王に王座を与えると言っている」
「もっと大きな領地をやるってことだろ」
「王座は他国の王から与えられるものではない」
「継承や任命もあるだろ」
「それでも、その国の者が認める。他人の名の下で王を名乗るなら、それは王ではない。奴隷頭だ」
「言い方がひどい」
レオニダスは誘いを拒んだ。
*
戦いが続く間、エフィアルテスはクセルクセスのもとを訪れた。
スパルタ軍の背後へ回る山道を教え、その見返りに軍服と女と名誉を求める。
クセルクセスは彼の望みを受け入れた。
「スパルタ人としての名を売り、ペルシア人の衣を買ったか」
「本人は満足してんじゃないの」
「今だけだ。クセルクセスが裏切り者を抱いて喜ぶ王には見えんな」
ペルシア軍が山道を進み、三百人の背後へ回った。
包囲を悟ったレオニダスは、ほかのギリシア兵を逃がす。
片目を負傷したディリオスにも、国へ帰るよう命じた。
この戦いを語れ、と。
「死んだ者は、語る者がいなければその場で終わる」
「英雄譚にするため?」
「次の兵を立たせるためだ」
「都合よく人を動かす話じゃないか」
「そうだ。兵は命令で歩ける。だが最後まで立つには話がいる」
「話が武器になるか」
「槍より長く残る」
ディリオスには、負傷したから逃がされたという恥ではなく、戦いを伝える任務が与えられた。
「よい王だ」
「怪我人を追い出したようにも見えるぞ」
「語れと命じられれば、逃げたのではない」
「優しさか」
「王の優しさは、命令の形をしている」
*
最後の朝。
三百人は食事をし、死を前にして笑っていた。
「よく笑えるよな」
「一人が笑えば、隣も笑える」
「だから笑うのか」
「恐れは移る。そして勇気もだ」
クセルクセスが再びレオニダスへ降伏を迫った。
レオニダスは、その場に跪く。
ゼウスの眉が動いた。
「おい」
「どうした?」
「跪いたぞ」
「見ろ」
「しかし」
「見ろって」
レオニダスの合図で、味方が槍を投げる。
続いて、レオニダス自身も槍を投げた。
槍はクセルクセスの顔をかすめ、その頬を切る。
ゼウスが笑った。
「さっき怒ってたのに」
「跪いたと思ったからだ」
クセルクセスは指についた自分の血を見た。
ゼウスが鼻を鳴らす。
「愚か者め。お前は最初から人間だ」
「やっぱそこは怒りポイントだったか」
「神を名乗るなら、雷に耐えろ」
「死ぬだろ」
「死ぬなら人間だ」
「証明が乱暴すぎる」
ペルシア軍の矢が空を覆った。
三百人が次々と倒れる。
レオニダスも全身に矢を受け、それでも立ち続けた。
最後に空を見上げ、妻と息子へ言葉を残す。
そして倒れた。
三百人の上へ、さらに矢が降り注いだ。
*
ディリオスが戦いを語る。
三百人の死は、ギリシア全土へ伝わった。
一年後。
プラタイアの戦い。
三万人のギリシア兵が集まり、その先頭にはスパルタ軍がいる。
ゼウスが頷いた。
「これだ」
「何が?」
「三百が三万になった」
「ディリオスが語ったからな」
「そうだ」
ギリシア軍が突撃する。
映画は終わった。
*
部屋が静かになった。
ケバブの包み紙には、肉汁が少し残っている。
ワインのボトルは半分ほど空いていた。
「実際と違うところ、多かっただろ」
「多かった。だが、よい英雄譚だった」
「違うのに?」
俺は少し考えた。
「日本人が、外国映画の日本を見る感じかもな」
「どういうことだ?」
「服も建物も台詞も違う。でも、日本を格好よく撮りたいのは分かる」
ゼウスは少し黙った。
「それだ。実際のスパルタではない。だが、スパルタを雄々しく歌おうとしていた」
ゼウスはグラスに残ったワインを飲み干し、ボトルを持ち上げた。
「これをもう一杯」
俺はワインを注いだ。
ゼウスはグラスを受け取る。
「この酒を作った国は素晴らしいな」
「酒しか知らないだろ」
「十分だ」
「チリに王はいないぞ」
「惜しい国だ」
ゼウスは空になった包み紙を見た。
「牛もよかった」
「ケバブな」
「人間よ」
「何?」
「明日もヘラスを扱った話を見せろ」
「分かった。見繕っとくよ」
「牛もだぞ」
そう言って、ゼウスは消えた。
神話メモ
◾️テルモピュライの戦い
紀元前480年、スパルタ王レオニダス率いるギリシア軍が、アケメネス朝ペルシアの大軍をテルモピュライで迎え撃った戦い。実際にはスパルタ兵三百人だけでなく、ほかのギリシア諸都市から集まった兵も共に戦っていた。
◾️タルテュビオスと使者の不可侵
タルテュビオスは、トロイア戦争でギリシア軍の総大将アガメムノンに仕えた伝令使。スパルタでは使者を守護する英雄として祀られた。ペルシアの使者を殺したスパルタでは供犠によって吉兆を得られなくなり、二人の市民が贖罪のため、自らクセルクセスのもとへ赴いたと伝えられる。
◾️ヘロドトス
古代ギリシアの歴史家。著書『歴史』はペルシア戦争を伝える最も重要な史料の一つで、「歴史の父」とも呼ばれる。戦争の経過だけでなく、各地の風習、神託、伝承、当時の人々が信じていた逸話も数多く記録している。
◾️クセルクセス一世
アケメネス朝ペルシアの王。父ダレイオス一世の後を継ぎ、紀元前480年に大軍を率いてギリシアへ侵攻した。テルモピュライではギリシア軍を破ったが、その後のサラミスの海戦では艦隊が大きな損害を受けた。
◾️髭と古代ギリシア
古代ギリシアでは、立派な髭は成人男性の威厳や知恵を示すものとされた。神々や王、哲学者、英雄も髭を生やした姿で表現されることが多く、特にゼウスやポセイドンは豊かな髭を持つ姿で知られる。




