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第10話 遊星からの物体X


映画紹介


公開年:1982年


監督:ジョン・カーペンター


主演:カート・ラッセル


南極の観測基地へ、一匹の犬を追うノルウェー隊のヘリコプターが現れる。

不可解な襲撃の後、基地の隊員たちは焼け落ちたノルウェー基地を調査し、奇妙に変形した死体を持ち帰る。

やがて彼らは、孤立した基地の中に人間そっくりの何かが潜んでいると知る。

ゼウスはテーブルに並べた皿を順番に見た。


クラッカー、二種類のチーズ、ナッツ、オリーブ。それから缶から出して切ったコンビーフ。


「今日は何を見る?」


「『遊星からの物体X』」


「遊星とは何だ?」


「空をさまよう星。そこから何かが来るって話」


ゼウスは腕を組んだ。


「何が来る? 怪物か、神か、旅人か?」


「まあ物体だ。まあ映画を見たらわかるよ」


「物体か。名がないと詩人が歌えないぞ」


「詩人より先に映画を見ろよ」


俺はリモコンを取った。


「しかし、今日は宴にしては小さいな」


「おつまみだ。映画見ながら食うにはこれくらいでいいんだよ」


ゼウスはコンビーフをフォークで刺した。


「これは何の肉だ?」


「ビーフだから、たぶん牛じゃないのか」


「たぶん?」


「塩漬けにした肉だ。コンビーフっていうんだよ」


「なぜ牛をこのような形にする?」


「保存するためだろ」


ゼウスはコンビーフをクラッカーに載せた。


「味は悪くない」


牛と分かれば何でもいいらしい。


俺は映画を再生した。


画面では、雪原を走る一匹の犬をヘリコプターが追っていた。男が身を乗り出し、犬へ向けて銃を撃つ。


ゼウスがフォークを置いた。


「何を盗んだ? 神殿の肉か?」


「犬に可能な罪で考えろ」


「神殿の肉は犬にも盗めるぞ」


「経験談かよ」


犬は南極観測基地へ逃げ込んだ。


追ってきた男は叫びながら犬へ銃を向け、投げ損ねた手榴弾でヘリコプターを爆破した。


残った男も基地の隊員に射殺される。


ゼウスは走り去る犬を見た。


「犬一匹で二人死んだぞ」


「犬がやったみたいに言うな」


     *


焼け落ちたノルウェー基地から、人間の身体がいくつも混ざったような焼死体が運ばれてきた。


ゼウスがコンビーフを持ったまま固まった。


「顔が二つある」


「あるな」


「腕は二本か」


「そこ数える必要あるか?」


「顔が増えたなら腕も増えるものだ。ヘカトンケイルは百本ある」


「神話って映像化を考えてない怪物出すよな」


解剖したブレアは、歪んだ外見に反して、内臓は普通の人間と変わらないと報告した。


「中は人間なのか」


「らしいな」


「では、外に別の人間が混ざったのか?」


「黙って見てろ」


     *


基地へ逃げ込んだ犬が、夜になって犬舎へ入れられた。


ほかの犬たちが一斉に壁際へ下がる。


「嫌われているな」


「初対面だからな」


俺はクラッカーをかじりながら、画面ではなく隣を見た。


ゼウスはまだ犬の心配をしている。


次の瞬間、犬の頭部が縦に割れた。


ゼウスが立ち上がった。


「これは犬ではない!」


「座れ!」


割れた頭部から触手が伸び、ほかの犬へ絡みつく。犬の身体が溶け、怪物の肉と混ざっていく。


「何だこれは!」


「だから追われてたんだよ」


「先に言え!」


「映画の意味がなくなるだろ!」


駆けつけた隊員たちが、火炎放射器で怪物を焼いた。


ゼウスは立ったまま画面を見ていた。


「あの蛮族たちは正しかったのか」


「知らない言葉を使う人を蛮族扱いするのやめろ」


「ならば、なぜ我々の言葉を学んでおらぬ?」


「お前がノルウェー語を覚えろ」


ゼウスはゆっくり座った。


     *


焼け残った怪物を調べると、怪物は犬を消化しながら、その身体を細胞から作り直していたことが分かった。


ゼウスが目を細めた。


「姿だけを似せるのではないのか」


「食った相手と同じものになる」


「エンプーサに似ていると思ったが、違うな」


「何だそりゃ。人?」


「さまざまな姿に化ける怪物だ。美女の姿で男を惑わせることもある」


「引っかかったことあんのか?」


「……ない」


「今の間は何だ」


ゼウスは咳払いした。


「神々も牡牛や白鳥に姿を変える。だが、これは他者の姿を奪い、その者の場所へ座る」


「お前、牡牛になったことあるよな」


「私の牡牛姿は美しかったぞ」


「そこは聞いてない」


怪物が人の住む地域へ到達すれば、数年で世界中の人間が置き換わる。


ゼウスはすぐに言った。


「建物ごと焼け」


「まだ人間がいる」


「十二人で世界を守れるなら安い」


「判断が神話なんだよ」


「十二人を惜しんで全人類を失う王がいるか」


     *


基地の中では、誰が人間で誰が怪物なのか分からなくなった。


血液は何者かに破壊され、隊員たちは互いを疑い始める。


「全員縛り、一人ずつ斬れ」


「何で斬るんだよ」


「切り口から触手が出れば怪物だ」


「人間だった場合は?」


「傷を焼けば塞がる」


「古代医療で診断するな」


「私の時代ならアポロンの神託を求めるところだ」


「そっちも信用できねえ」


フュークスは、食事を各自で用意し、缶詰だけを食べるよう提案した。怪物の細胞が食べ物に混ざる可能性まで疑っている。


ゼウスの視線が、皿のコンビーフへ落ちた。


「これは缶に入っていたな」


「そうだよ」


ゼウスはフォークの先でコンビーフを押した。


「なぜ筋も骨もない」


「細かくして固めてあるからだ」


「本当に牛なのか?」


「うちのコンビーフは南極から来てない」


「形を持たぬ肉を信用する理由にはならぬ」


「さっきまで食ってただろ。影響受けすぎだ」


ゼウスはフォークを置いた。


     *


疑われて基地の外へ締め出されたマクレディは、ダイナマイトを持って窓から戻ってきた。


「全員を焼くつもりか?」


「自分を殺したら火をつけるって脅してる」


「よい。全員が敵なら焼ける。人間が残っているなら話を聞く。どちらでも進む」


「人命を交渉材料にするな」


「王座も同じだ。奪うなら国ごと戦になると分からせる」


「現代の南極基地で、古代王基準で判断するなよ」


言い争いの最中、ノリスが胸を押さえて倒れた。


コッパーが電気ショックを与えようとする。


その瞬間、ノリスの腹が巨大な口のように裂け、コッパーの両腕を食いちぎった。


ゼウスが椅子を蹴って立った。


「腹が口になったぞ!」


マクレディが火炎放射器でノリスの身体を焼く。


だが、頭部だけが胴体から離れた。


床へ落ちた頭から細い脚が伸び、蜘蛛のように逃げ始める。


ゼウスがさらに身を乗り出した。


「頭から足が生えた!」


「実況するな!」


マクレディが振り返り、頭部へ火炎放射器を向けた。


ゼウスも同時に指を突きつけた。


「焼け!」


「参加型上映じゃないんだよ」


俺はクラッカーへ手を伸ばした。


隣ではゼウスがまだ頭の逃げた方を見ていた。


     *


マクレディは隊員たちを縛り、一人ずつ採取した血液へ熱した針金を当て始めた。


「血が逃げるのか?」


「怪物の細胞は、一つずつが生き物らしい。怪物なら熱から逃げようとする」


ゼウスは自分の腕を見た。


「お前の血は黄金色なんだっけ?」


「イコルだ。神の血をそこらの針金で焼く気か?」


「イコルって血に名前ついてんのか?」


検査が進む。


ゼウスはすっかり針金の先を見つめている。


俺は少しだけゼウスの方へ視線をずらした。


パーマーの血液へ針金が触れた。


血が跳ね上がる。


ゼウスも跳ねた。


「動いた!」


パーマーの身体が変形し、隣の男へ襲いかかった。


火炎放射器はすぐに点火しない。


「なぜ燃えぬ!」


「故障だ!」


「叩け!」


「古代式の直し方やめろ!」


ようやく炎が怪物を包んだ。


ゼウスは椅子へ座り直した。


「よい試し方だ」


「次に来る時、俺へやるなよ」


「針金を用意しておけ」


「帰れ」


     *


怪物は基地とともに凍りつき、救助隊が来るまで眠ろうとしていた。


それを防ぐため、マクレディたちは基地を焼き始める。


「ようやく決めたか」


「最初から焼けって言ってたな」


「怪物を逃がすよりよい」


「基地を壊したら人間も死ぬぞ」


「だから十二人で済むうちに焼けと言った」


「一貫してひどい」


ゼウスは燃えていく建物を見た。


「家を失っても、外の人間は残る」


「本人たちは帰れないけどな」


「怪物を境界から先へ進ませぬ者が必要だ。ヘラクレスもペルセウスも、人の暮らす土地を脅かす怪物と戦った」


「ここで何が起きたか、外の人間は知らないぞ」


「それは問題だな。歌われぬ」


「生き残る方じゃないのかよ」


「歌がなければ、後の者が誰を讃える?」


「世界が助かったことを喜べ」


「それは先ほどから喜んでいる」


     *


崩壊した基地で、マクレディは一人座っていた。


そこへ、吹雪の中で行方が分からなくなっていたチャイルズが戻ってくる。


二人とも、相手が人間かどうか確かめられない。


マクレディは酒瓶を差し出した。


チャイルズが受け取り、飲む。


「飲んだぞ」


「飲んだな」


「怪物も酒を飲むのか?」


「飲むかもな」


「では、何も分からぬではないか」


「そうだよ」


「最後までか?」


「最後まで」


二人は燃える基地の前へ座った。


どちらが人間か。


二人とも人間なのか。


答えは出ないまま、画面が暗くなった。


     *


俺は照明をつけた。


ゼウスはしばらくテレビを見ていた。


「どちらかが怪物なのか?」


「分からん」


「答えはないのか?」


「ない」


「ならば二人とも焼けばよかったではないか」


「映画の余韻を焼こうとするな」


ゼウスがテーブルへ目を落とした。


クラッカーとチーズは減っている。


コンビーフだけが残っていた。


「食わないのか?」


「牛であると確認が済んでいない」


「缶にビーフって書いてあっただろ」


「怪物も人間の名を名乗っていた」


「一緒にするな」


俺が皿を片づけようとすると、ゼウスがコンビーフを指した。


「それはどうする?」


「明日の朝飯にする」


「明日の朝、お前が同じ姿で現れても、私は信用せぬぞ」


「じゃあ今食え」


ゼウスはコンビーフを見た。


「お前が先に食え」


「神々の王が人間に毒見させるな」


「毒ではない。牛かどうかだ」


「牛好きが牛を疑うな」


「牛を愛するからこそ、偽物を許さぬ」


「面倒くせえな、この牛原理主義者」


挿絵(By みてみん)


神話メモ


◾️エンプーサ


ギリシャ神話に登場する変身能力を持つ怪物。美女などさまざまな姿に化けて人間を惑わせ、襲う存在として語られる。夜道や人里離れた場所に現れる怪物として恐れられ、後世には魔女や吸血鬼の伝承にも影響を与えたとされる。


◾️イコル


ギリシャ神話において、神々の身体を流れるとされた液体。人間の血液とは異なり、神々が人間と同じ食物を口にしないため、その身体には血ではなくイコルが流れるとされた。ホメロスの叙事詩『イリアス』では、傷を負った女神アプロディテの身体から流れ出している。


◾️ヘラクレス


ゼウスと人間の女性アルクメネの間に生まれた英雄。十二の功業では、ネメアの獅子やレルネのヒュドラなど、人々や家畜を脅かす怪物を討った。並外れた怪力だけでなく、長い苦難に耐えて課された務めを果たす英雄として知られる。


◾️ペルセウス


ゼウスとアルゴス王女ダナエの間に生まれた英雄。見る者を石に変える怪物メドゥーサを討ち、その帰途では海の怪物へ生贄として差し出されたアンドロメダを救った。神々から授けられた武具を用い、怪物へ立ち向かった英雄として知られる。


◾️境界を守る英雄


ギリシャ神話の英雄は、怪物を倒すだけでなく、人々の暮らす土地や都市を脅威から守る役割も担っていた。ヘラクレスやペルセウスなどの英雄は、人間の世界を脅かす怪物を討ち、共同体の安全と秩序を取り戻す存在として語られている。

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