第7話 はだける熱帯夜(えちち回)
安眠を脅かす外敵は、なにも外部の騒音や徘徊する魔物だけではない。
急激な気温の変化。これこそが、睡眠の質を著しく低下させ、翌日のパフォーマンスをゴミ屑へと変える、サイレントかつ狡猾な宿敵である。
だからこそ、俺は灼熱の十八層を抜け、十九層で腰を落ち着けるや否や、新たな寝具の開発に勤しんだ。
採取したばかりのフレイムラビットの『緋色の毛皮』を惜しみなく使い、これまでにない画期的な毛布を開発・実装した。
「よし。これで冬の朝にベッドから出てこれなくなるほどの、魔性の毛布が完成した」
「ぬくぬくの毛布なの?」
「いや、普段はただの毛布さ。もちろん、肌触りは極上のそれだけどな。ただ、この手動温度調整器を用いれば、0.1℃単位で加熱することが出来る」
ベッドのヘッドボードに鎮座するのは、真鍮で作られたアンティーク調の美しい魔導ダイヤルだ。
このダイヤルを回すことで、「緋色の毛皮」に宿る【熱のマナ】を喚起させ、ベッド内部の温度を0.1℃単位で、最大30℃まで加熱することが出来る。
何年も前に、遥か東方から来た魔道具師と会ったことがある。彼から教わった「コタツ」なる魔道具をヒントに作成させてもらった。
これで夜の寒さに怯えることは、金輪際なくなるわけだ。
逆に暑さで寝苦しい夜には、何ら効果を発揮しないが。
しかし、より深層の素材をゲットすれば、その問題も解決する筈だ。ただ加熱するだけでなく、0.1℃単位で冷却する、ひんやり機能も追加で実装する予定である。
まあ、それは未来の話。
何はともあれ、今は極上の毛布の誕生を言祝ごう。
【赤兎の極上毛布★★★】
効果:リモコンを用いて、0.1℃単位でベッド内の温度を上げることが可能。また、この毛布で眠れば、目覚めてから16時間の間、「脱兎の加護」を付与。敏捷値が2倍に。
「へぇ……すごい性能なのね」
リリスは美しい緋色の毛布を撫でる。
「ねぇ、ユーイン。ちょっと早いけど、今日はもう寝ない? ねえ、ねえ」
リリスは玩具を前にした子供のような落ち着きなさだ。早速、この毛布に包まれて眠りたいと見える。
俺は、時計を確認する。……確かに、まだ早い。が、極上毛布の寝心地を試したいのは、俺も同じ。
「分かった。今日はもう就寝するとしよう」
「やったーーーー!!」
喜びの舞を踊るリリスの横で、俺は就寝のための準備を整える。
既に天蓋付きベッドは、魔導ダイヤル式のリモコンを設置するために、アイテムボックスから出してある。
つまり、残るはベッドの周囲の環境を整えていくだけだ。アイテムボックスから、必要となるモノを取り出し、順次設置していく。
まずは、ベッドの周囲を囲むように、パーテーション組み立てていき即席の寝室を設置する。
次に、魔導ランタンによる間接照明だ。淡いオレンジ色の灯が、何とも落ち着く。それから……。
「あっ、ユーイン! アロマは前と違うのを試してみましょうよ!」
喜びの舞をいつの間にか終えたリリスが、しゃがんでアロマオイルを選定していた俺の背後から覗き込んでくる。
……別に、希望くらい好きに言えばいいが。俺の後頭部に、彼女の柔らかい胸が当たっている。
全く、慎みがない。それはそれとして……胸、大きいよな? リリスは着痩せするタイプ。そんなことを心のメモに留めておく。
「……リリス、パーテーションの向こう側でパジャマに着替えてきたらどうだ?」
「ん? そうね、そうさせてもらうわ」
ようやく俺の後頭部から柔らかい重みが去った。やれやれだ。肩を竦めながら作業を続行する。
「……よし、設置完了だ!」
その宣言と共に、リリスが女児のようにベッドにダイブする。
俺はベッドの空いたスペースに腰掛け、リリスに背を向けるように潜り込む。すると、早くも背中越しに、穏やかな寝息が聞こえてきたのだった。
◇
「……っ!? あつ、い……なんだ、この熱気は……」
深夜。俺は、体中から噴き出す異常な汗と、警報器のように激しく鳴る心臓の鼓動によって目を覚ました。
息が苦しい。酸素が熱を帯び、喉の奥がカラカラに渇いている。
おかしい。ここは一八層じゃない。適温が保たれた、何の変哲もない、むしろ少し肌寒いくらいの岩肌に囲まれたエリアだぞ?
まるで、稼働中のピザ窯の中にでも閉じ込められたかのような、すさまじい熱気と湿度。暴力的な熱帯夜が、俺の寝台を完全に支配していた。
命の危険を感じて体を起こそうとしたが、あまりの熱さに全身が重油を被ったようにダルい。
混乱する頭で、ふと枕元のヘッドボードに目を向けると――絶望の元凶がそこにあった。
温度調整器のダイヤルが、安全圏を大幅に超えて赤いメモリの最果て、『極熱(30℃)』にまで力いっぱい回されていたのだ。
「だ、誰が……こんなテロリストのような設定を……」
答えはすぐに分かった。
リリスの、白くしなやかな右腕が、ヘッドボードの上までだらしなく放り出されていたのだ。
どうやら、彼女が寝ぼけてダイヤルをめい一杯回してくれたらしかった。
「リリス、このアホ娘が……」
俺はダイヤルを真反対の方向まで力いっぱい回す。
これで、バカみたいな加熱は抑えられたが。しかし、未だ冷却装置が備わっていない寝台では、瞬時に温度を下げることも出来ない。籠った熱が抜けていくには、まだまだ時間を要するだろう。
俺は苛立ちまぎれに、この事態を招いた元凶に視線を向ける。向けてしまった。
「んっ、あ……あつい、よぉ……。ユーイン……オーブンの中にいる、みたい……」
リリスは、あまりの温度の高さに寝苦しそうに身をよじり、熱っぽい吐息とともに支離滅裂な寝言をこぼしていた。
彼女は、すでに掛け布団をベッドの下へと蹴り落としている。それは、まだいい。問題はそこじゃない。
問題なのは……リリスが耐えがたい熱さから、パジャマのボタンを上から三つも、いや、四つも無意識に外してしまっていたことだ。
大きくはだけた前合わせから覗くのは、華奢な鎖骨と、熱を帯びてほんのりと桜色に染まった柔肌。
薄い布地が左右に開き、普段は隠されている豊満なふくらみが、零れ落ちんばかりに無防備な姿を晒している。浅い呼吸のたびに、その柔らかそうな双丘がたわわに揺れた。
白いうなじから伝い落ちた一滴の汗が、艶めかしい曲線を描きながら、深く影を落とす胸の谷間へと吸い込まれていく。
視線を下へずらせば、めくれ上がった裾から覗く、引き締まった腹部。さらに、暑さに耐えかねてズボンまで脱いだらしく、すらりとした長い脚が大胆に放り出されていた。
太ももの内側に滲むうっすらとした汗が、魔導ランタンの淡いオレンジ色の光に照らされ、まるで極上の蜜を塗りたくったかのように淫靡な艶を放っている。
今にも布地の奥、見えてはいけない領域まで露わになってしまいそうなギリギリの体勢だ。
そこに横たわっていたのは、男の理性という名の防壁を一撃で粉砕するほどにエロティックで、扇情的な、「汗ばむ美少女」のあまりにも無防備な半裸だった。
目の毒だ。目の毒だ。目の毒だ。
これはいけない。これ以上直視すれば、ただでさえ熱で茹だった頭が、決定的にショートしてしまう。
だが、本能が警鐘を鳴らすのとは裏腹に、視線を一向に逸らすことができない。
「んんっ……」
寝返りを打つたび、パジャマの隙間から覗く柔らかな質量が、形を変えて熱を主張してくる。
鼓動が早くなるのは、暑さのせいだけではない。喉の渇きも、気温のせいだけじゃない。
俺の理性が、白旗を掲げ、ついに完全降伏しようとしたその時――。
「……う、ん……。ユーイン、の……ばかぁ!」
「ゴフッ!?」
リリスは寝言と共に、そのしなやかな美脚で、俺の鳩尾を蹴り飛ばした。衝撃と共に、俺の体は寝台から一直線に転がり落ちる。ガツンと、床に頭を打った。
「ツ~~~~!!」
余りの痛みに、頭を抱え込む。痛い、痛いが、ベッドの下に転がされたお陰で、あの艶めかしい寝姿が視界から強制シャットアウトされた。
魅了の魔力に支配されたかのような思考に、冷たい理性が戻って来る。
「安全装置だ……手動温度調整器に、安全装置を付けよう……」
二度と同じ過ちを犯してはなるまい。
俺は床に転がりながら、安全装置の設計図を脳内で引き続けるのだった。
えちちなサービス回でした!
今後も、定期的にこういったサービス回を挟んでいきます。
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