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追放された宮廷魔道具師、自作寝具で休んでいたら、王子の婚約者を寝取ってしまう  作者: 入月英一@書籍化


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第6話 赤兎狩り

 ダンジョン地下十八層。


 そこに広がっていたのは、視神経を焼くような赤黒い溶岩が川となって脈打ち、大気がゆらゆらと陽炎《かげろう》のように悶える、灼熱の火山洞窟だった。


「ダンジョン図鑑に書かれていた通りだ。まるで、地獄みたいな光景だな」


 十五層の安全地帯《セーフエリア》が常に生温かい熱風を噴き上げていたのは、この十八層の影響である。


 なら、この層より下は全て灼熱地獄なのか? と問われれば、そういうことも無いらしい。不思議なことに、ここを抜け十九層に至れば、普通の洞窟が広がるとのこと。


 何なら、より下層に潜れば凍えるように寒いフロアすらあるらしいのだから、ダンジョンとはおよそ物理法則に縛られない摩訶不思議な空間である。


 とまれ、そういうわけだから。普通の冒険者なら、一秒たりともこの十八層《じごく》に留まりたくないと、最短距離で十九層に降りるのが定跡だが……。


「あっっーーーい! 早く十九層に降りましょう、ユーイン!」


 リリスが耐えられないとばかりに叫ぶ。

 しかし残念ながら、その希望に応えることはできない。


「ダメだ。この層で手に入れたい素材がある」

「え゛」


 美少女の口からおよそ漏れてはいけない声が漏れた。


「冗談じゃないわ、こんな所に長居したら私たち、二人仲良く燻製肉になっちゃう」


 リリスは口を尖らせた。


 彼女の態度も理解できる。そも、この十八層に限らず、ここに来るまでに俺は、ダンジョン産の素材を採取するため、散々寄り道をしまくった。


 それらの素材は、今後の探索を有利に進めるための魔道具の材料になると説明したので、彼女は表向き不満を露わにしなかったが。フラストレーションは溜まっていたのだろう。


「リリス、これを着てくれ。熱さもかなり和らぐはずだ」


 俺はアイテムボックスから、透明な合羽《カッパ》に見える魔道具を取り出し、リリスに手渡す。


「ナニコレ?」

「断熱効果のある魔道具だ。これを着ていれば、十八層でも活動できる」


 成る程と頷きつつ、この熱さの中、更に一枚着込むことにリリスは戸惑う様子を見せる。

 俺は、率先して合羽を身に纏う。それを見て、リリスも意を決して合羽の袖に手を通した。


「あっ……本当だ、だいぶ楽になったわね。……まだ暑いけど」


 確かに、かなりマシになったが。それでも、真夏の炎天下にいるくらいには暑い。


「まあいいわ。サッサと、素材を集めて下に降りましょ」


 まだ、ご機嫌が優れない彼女のために、俺はとっておきの情報を与える。


「喜べ、リリス。今までと違い、今回は至高の寝具のための素材だ」

「えっ!」


 途端に、リリスの目は輝く。


「それを早く言ってよ、ユーイン! さあ、張り切っていきましょう!」


 この暑い中、ブンブンと大剣を振り回し始める。現金な娘だ。


 ……「ジーク王子アレルギー性不眠症」などという、本人の言を聞いた時は、冗談か何かかと思ったが。彼女が、深刻な不眠症を患っているのは、本当らしい。


 今は、寝台のバフで不眠症を無効化しているだけで。根治したわけではない。

 が、まだ見ぬ「究極の魔法ベッド」が完成すれば、彼女の不眠症を根治する事すら可能となる。


 彼女が張り切るのも当然だろう。安眠とは、全ての魂が追い求めるものなのだから。


 リリスがこちらを見上げてくる。


「で、獲物は何? 鉱物? それとも魔物かしら?」

「獲物はアレだ」


 俺が指差した先に、炎を身に纏った赤い兎の姿があった。


「真っ赤なウサギ?」

「ああ、フレイムラビットだな」

「フレイムラビットね。よーし、早速捕まえ……って速っ!?」


 リリスは驚愕の声を上げる。

 

 兎は俊敏な生き物だ。


 地上にいる野生のノウサギですら、最高速度は時速70kmに達する。魔物でない兎ですらそうなのだから。ダンジョンの魔物兎なら、なお速い。その最高速度は、優に時速100kmを超えている。正に脱兎の如しだ。


「この……! 待ちなさいっ!」


 大剣を手に、リリスが追い回すが、中々手こずっている。単に俊敏なだけでなく、あの小ささだ。足元で駆け回る兎を仕留めるのは、至難の業だろう。


 ……というか、ちゃんと追いかけっこになっているのが怖い。いくら寝具バフがあるとはいえ……あ、仕留めた。何あの娘、怖い。


「どう、ユーイン、仕留めたわよ!」


 汗で湿った前髪を額に張り付けながら、ドヤ顔のリリスが戻って来る。


「ああ、見事なものだ」

「でしょ、でしょ!」

「じゃああと、三十体は狩ろうか」


 ドヤ顔が一瞬で凍り付いた。


「冗談、よね……」

「いや、見ての通り小さい獲物だからな。一体だと採れる毛皮の量も少ない。三十匹は、妥当な数だろう」


 リリスが涙目になる。……このクソ暑い中、三十回も熾烈な鬼ごっこは勘弁したいのだろう。さっきの一体を仕留めるのにも、数分間全力疾走していたしな。


 やれやれ、安心させてやるか。


「心配するな、ほらこれ」

「耳栓?」

「ああ、これを使う」


 俺はベルトから愛用の魔法銃を引き抜く。


「銃で撃ち殺すの?」

「まさか、俺の腕で当たるわけないだろ」


 自慢ではないが、駆け回る兎どころか、動かない的でも外す自信がある。


「おっ、都合よくもう一体現れたな。リリス、耳栓を付けてよーく見ていろ」


 俺は耳栓を付ける。リリスも耳栓を付けたのを確認し、魔法銃の銃口を赤い兎にではなく、頭上に向ける。引き金を引いた。


 ――――――!!!!


 魔法の耳栓でも、完全に音を消しきれない轟音。実弾は出ない。ただ、デカい音を出すだけの威嚇用の銃。

 だが効果は覿面だ。

 駆け回っていた赤い兎は、ビクリと体を硬直させる。止まったのはほんの一瞬、再び駆け出し始める。


 リリスはその様を、獲物を狙う猫のような目で見ていた。最早、彼女に説明は不要だろう。


 兎は臆病で、大きな音に弱い。轟音を聞けば、あのように体を硬直させてしまう。

 止まるのは、ほんの一瞬だけ。しかし、その一瞬をこの剣聖は逃しはしないだろう。


 彼女の身体能力と、この魔法銃があれば、三十体のフレイムラビットを狩ることなど、雑作もないことに違いなかった。




「にじゅうはーち、にじゅーきゅーー、さーーーーんじゅうっと!!」


 大剣が三十体目のフレイムラビットの首を刎ね飛ばす。

 目の前には、哀れ赤兎の死体の山が出来上がっていた。


「終わったわよ、ユーイン!」

「お疲れさま。素材の剥ぎ取りは、俺に任せてくれ」


 リリスを下がらせると、赤兎の傍に近付く。死してなお、その毛皮にはまだ魔力の籠った火が灯っていた。


「大丈夫? その毛皮の剥ぎ取りをして、火傷しない?」

「このまま作業したら、火傷どころか指が炭になるな。だから、これを使う」


 俺がアイテムボックスから取り出したのは、王宮時代に熱力学の実験用に開発した魔道具――『排熱魔導ダクト』だ。


 これは、特定の範囲の熱エネルギーを強制的にバキュームし、別の方向へとダイレクトに排気してくれる。


 俺はダクトの吸気口を赤兎の死骸の山にセットし、排気口をゴツゴツと岩肌がせり立っている方に向ける。


 排気先に、人がいないかどうか確認すべきか? 一瞬、そんな安全対策が頭を過ったが。その必要はないな、と思い直す。


 こんな灼熱地獄を探索する物好きなど、俺たちの他にいるわけもない。ましてや、あんな岩だらけの場所に、何者かが潜んでいるわけもないのだ。


「よし。吸引、開始!」


 赤兎の山から、すさまじい熱気が掃除機のようにダクトに吸い込まれていく。

 熱を完全に吸い出された死骸には、もう火は灯っていない。美しい緋色の毛皮が露わになっていた。


「極上の毛皮だ。これで『冬でもぬくぬく安眠ベッド』にグレードアップさせることが出来るな」


 俺がホクホク顔で緋色の毛皮を回収していく。回収していく。……うん?


「リリス、何か聞こえなかったか?」

「さあ、気のせいじゃない?」


 俺は一度首を捻ってから、作業を再開したのだった。



◇


「隊長、目標を発見しました」

「ああ。間違いない、剣聖リリスと男の二人組だ」


 目標を見つけ、安堵に胸を撫でおろす。

 

 我々精兵騎士は、怒り狂うジーク王子の命令を受けていた。曰く『城を出奔した剣聖リリスを直ちに連れ戻せ、男を惨たらしく殺せ!』だ。


 あの怒りようだ。任務をしくじれば、我々の命はない。焦燥に駆られながら、ここまで強行軍でダンジョンを潜って来た。


 幸いだったのは、ダンジョンで豪華絢爛な天蓋付きベッドは余りに目立ち、彼らの目撃情報が多かったこと。


 また、どうやら二人組は、素材集めをしているらしく。あっちにフラフラ、こっちにフラフラとした挙句。夜もしっかりと寝ていてと、ダンジョンの攻略速度は決して早くなかった。

 そのお陰で、この十八層で遂に追いつくことが出来た。出来たのだが……。


「奴ら、何故すぐに十九層に降りぬのだ?」


 灼熱のフロアに長居するなど、正気の沙汰ではない。遠目に様子を窺う我らは、滂沱の汗を流していた。


「隊長、もう限界です! 仕掛けましょう!」

「そうだな。……あちらの岩陰を利用し忍び寄り、奇襲をかけるとしよう」


 そう言って部下たちと、そそり立つ岩を目指し迂回する。岩と岩の隙間から目標を見れば、どうやら赤い兎を採取しているらしい。


 二人とも、無防備な背中を晒している。剣聖リリスは厄介だが……こちらは精兵騎士一個小隊の十二人と数の上で優位、しかも奇襲だ。どうとでもなる筈。


 ククッ、怒り狂う王子の命を受けた時は肝を冷やしたが。あの女を、王子に差し出せば、大出世間違いなしだ。

 男の方には、この灼熱地獄の礼だ。細切れにした後で、溶岩に沈めてやる……んん?


 ゴオオオオオオオオオオオッ!!


 何だ、男が取り出した魔道具から――。


 直後、地獄のような熱風が吹き抜けて来た。


「ぎゃあああああああああっ! 熱い、熱すぎるっ!」

「鎧が! 白銀の鎧が真っ赤に!」

「た、助けてくれっ……!」


 超高熱の熱風が容赦なく吹き抜ける。

 騎士の誇りである輝かしい鎧は、一瞬にしてオーブンの役割を果たし、我々の皮膚を焼き始めた。


「ひぃ、ひぃぃぃっ! た、退却! ここは地獄だ、十七層に退避!」


 ――クソ! この借りは、必ず返してやるぞ……!


 我々は目標を尻目に、命からがら一時撤退を余儀なくされたのだった。

伸びてくれ……!

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