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第5話/日常第1節 君に見惚れて

今回は日常回です。

そこはかとなく大事な場面もあるので読み飛ばさない方がいいかも。

(↑それは果たして日常回なのか…?)

 朝の日差しが部屋に差し込む。

 あたりを見渡せば独房のような銀色壁やドアに無機質なインテリアが置いている。少々自分の部屋と似通っている部分もあるが現代日本の内装はもう少し彩りが豊かだろう。


 そんな部屋が、異世界にきたという現実を再度晴人に伝える。

 異世界生活2日目の幕開けだ。


 ———————————————


 昨日に引き続き今日も研究所はお休み。日本の最もメジャーな完全週休2日制がここでも取り入れられていることは非常にありがたいことだ。

 しかし、逆説的に休みと言うものは時に残酷だ。人が満足な休養や娯楽、食事を得るのが休みの最も大きなイメージ。一方人を堕落させ、やることを蔑ろにさせてしまうのもまた休みである。


 今現在晴人が最も心配することのひとつはレーシュの演技以上に研究所の仕事。

 一体何をすればいいのかなど1mmたりともわかった物ではない。そのため、そそくさと仕事内容を覚えて一刻も早く慣れなければならない。

 だが今日は休みだ。日曜日だ。週末だ。

 本当ならレーシュの演技に慣れるのと同時進行で仕事も覚えたいところなのだが…休みならば仕方ない。


「さてと…何をしようかな」


 今はこれからのことを忘れて、とりあえず異世界探索に躍り出ることにした晴人。

 はじめに向かった場所は食堂。ここの研究所はかなり大きめで、例えるとするならば日本にある普通の大学程度。別に人員がとてつもなく多いというわけではないがレーシュが凄かったのか…他様々な要因が働いたのか大規模な研究所となっている。


 油断すれば普通に迷ってしまいそうな廊下を支柱に貼っている支柱を頼りに進んで行く。

 食堂に向かうことこそ前日の夜以来の2回目だが、それでも地図なしでは迷ってしまいそうだ。


「それにしても…研究所内の清掃が行き渡っていてめっちゃ綺麗だな。やっぱり魔法が使えると清掃の効率も現実より良いのかな」


 そんな独り言を呟いていると後ろから何かが迫ってくる。

 晴人が足音に気がつき振り返ろうとする。しかし、何かは晴人が振り向く前に飛びついてくる。


「所長〜!こんな所にいたんですね!!」


 その正体はフロイだった。

 どうやらフロイには距離感というものが存在しないようだ。これはやはり所長と助手という関係があるからだろう、だとしても少々フレンドリーすぎるが。


 さて、ここからはフロイとの対話が発生する。流石にフル無視するわけにもいかない。

 ということはレーシュの演技を始めなければいけない。

 これまでに学んできたレーシュの人物像は、クール系、超絶面倒臭がり屋、天才肌etc…

 頭の中でのイメージは着くが、やはりレーシュと晴人の性格的相性は最悪。果たして演じ切る事ができるだろうか。


「ああ、これから朝食を食べに行くところだ」


 顔から感情を消し、目を合わせ内で喋り始める。

 声の抑揚はなくしてなるべく感情がないよう冷静に振る舞う。


「へぇ〜珍しいですね、所長が朝食を食べに行くなんて!折角ですし私もついて行きます!」


 そう、ここで晴人がひとつ見落としていたことはレーシュ超絶面倒臭がりという性格。

 思えば、前に部屋を探索をしたときに大量のカロリーメイトのような代物があった。そこから考えられることはやはりまともな朝食はとっていないということだろう。


『でも、僕はお腹が空いているんだ。腹が減っては戦はできぬ、ならば例え演技が乱れようとも飯を食べるべきじゃあないか』


『どんな天才も、腹は減るんだよ』


「ついてくるなら勝手にして」


「は〜い!」


 無愛想な発言にもフロイは元気良く反応する。

 行動以外はそこそこ再現できて入るが、まだどのくらいそっけない反応をすればいいか、その塩梅に晴人は頭を悩ませる。


 ———————————————


 食堂に辿り着き、2人は各々朝食を頼む。

 晴人は食堂に出向くのはまだ2回目であり、どれが美味しい料理なのか、どれがメジャーなのかなどはまだ把握していないため手間取ってしまう。一方で当たり前のことではあるがフロイ、もとい現地人の人はやはり慣れている。


 料理を注文し終わり、しばらく経つと2人の料理が運ばれてくる。

 普通、食堂と言えば料理を取りに行くのが基本のスタイルであるが、レーシュとフロイはこの研究所内でも高い地位についているためこのようなサービスがされている。


「この瞬間だけは自分のくらいの高さを再認識できて超優越感に浸れるんですよね〜!ね?所長!」


「別に、確かに便利ではあるけどどうでもいい」


「自分で取りに行きたがらない癖にすかしたこと言っちゃって〜」


「そんなこといいから、早く食べるよ」


 晴人は位の高いところまで出世している訳でもない、普通の会社員だった。だからと言ってはなんだが、普通に料理を頼み、自分で取る。ただただ当たり前の事であった。

 だからこそ持って来られたところで何か革命が起きたとか、自分の地位が高くなったなどということは思わなかった。単にそういうシステムとしか感じない。


 しかし、異世界と現実とでは価値観の幅が大きく違う。

 異世界では位の高いものは絶対的な権力を握っている。現実でも全くそう出ない訳ではない、だが異世界ではそれが実に顕著だった。


 晴人はこの異世界に来てから助手のフロイや正体を知っているラセイト以外では誰とも話しかけられていない。もっとも丁度異世界にきてからまだ平日が来ていないだけで、仕事が始まれば業務連絡の一つや二つは来るだろう。

 逆説的に、業務以外では話しかける事は決してない、近寄り難い存在。それが『レーシュ』なのである。


『なんだか、寂しいような、そうでないような』


 晴人は異世界憑依前はもちろん働いていて、これまたもちろん同僚が居た。

 3、4人ではあるものの、その同僚達と連む機会はそれなりに多い。何故なら話しかけやすいからだ。わざわざ入社したてから上司と友好関係を築く者など、媚を売るセールスマンくらいだ。

 RPGで例えるならば、ゲーム初めたてのレベル1の状態で中盤のボスを討伐するようなものだ。それなら最初は仲間を集めて、レベルをあげてから討伐しに行く。


 だが、それは入社し始めのレベル1だからこそ成せる芸当。

 普通なら大体の人間がそのレベル1を経験する。しかし晴人はレーシュに憑依してしまった。つまり中盤のボス…それをも超えてラスボスになってしまった様なものだ。


 レーシュがあり得ないほど人気なのも近寄りがたい原因の一つだろう。

 ラセイトの説明ではもはや神格のような扱い方をされていた。


『きっと、誰かと友好関係を築くことは難しいんだろうな…』


 そう思いつつ、目の前に置かれた料理を眺める。

 もちろん異世界色なので和食や洋食、中華料理のどれかに当てはめようとすると難しい。微妙に評価し難い、絶妙な異世界感を漂わせている。


 料理名は『カリーライス〜火属性の魔力ハーブを添えて〜』と言ったところだろうか。

 料理名だけ聞けば普通そう、という感想が出てくるだろう。しかし、これは悪魔でも見た目から連想できる名称。

 もしかすると、見た目が似ているだけの全く別の料理かもしれないし、まんまカレーなのかもしれない。ないとは思うが、ハヤシライスの可能性も捨てきれない。

 あと、レーズンは乗っていなかった。流石に異世界にインド文化は内容だ。


「い…いただきます」


 晴人の声は震える。それは緊張から来るものであり、制御のしようが無い。

 晴人はスプーンを持ち上げ、ライスとルウをバランス良く取り、恐る恐る口へと運ぶ。

 食べる前に晴人はふと思う。


『こんなことなら、昨日の夜に頼んだ奴にすれば良かったな。面倒臭がりだからそれでもキャラ設定は突き通せるし、やっぱり1番の安全策だったに違いない』


 色々と考えた後、ついにカレーもどきは晴人の口内へとたどり着く。

 晴人は下でそのカレーもどきを味わう。


 最初に感じたのは旨み。カレーとは少々違う味付けだが、不味くはない。

 その次に遅れて感じたのは辛味。やはり何かしらの香辛料が入れられていたようだ。レーシュの体であるからか、辛味をいつもより感じやすいような気もする…いや、正直辛すぎるような気もする。


『あと…これ味的にはハヤシライスに近いな…』


 残念な事に味はハヤシライスだったのだ。完全なハヤシライスというわけでは決してないが、カレーかハヤシライスか、もしこの2択を迫られた場合大半の人がハヤシライスと答えるだろう。


 総評としては、辛くて美味しいハヤシライスと言った感じ。

 予想通り完璧なカレーライスではなかったが口には合う味付けだった。


 ———————————————


「はぁ…お腹いっぱい…」


 正直、ハヤシライスもどきを食べたことを少々後悔していた晴人にフロイは優しく声をかける。


「大丈夫ですか?所長ったら苦手なのによく食べますよね〜ほんと負けず嫌いなんですから〜」


 晴人は辛いものを特段得意だったり苦手だったりはしない、普通に食べられる程度。だがレーシュはそうではない。精神的には無理ではないのに身体がそれを受け付けきれないという矛盾に、食べている最中の晴人は少々混乱していた。


 残すわけにもいかないのでちゃんと完食はしている。

 しかし、辛いカレーを無理矢理食べたせいでレーシュの顔はほんのり赤く染まっており、フロイから見れば無理をしているのは一目瞭然だった。

 フロイはそんなレーシュを心配そうな目で見つめ、近づいてくる。


「…?どうしたの?」


 無言で近づいてきたと思えば、レーシュの手に自分の手を翳す。

 そして、次の瞬間。


「イグリス・キュレン———」


 そっとそう呟いた。

 どうやらキュレン系統の変化級魔法を唱えたようだ。

 この魔法は、昨日の魔法練習の時に晴人も習得していた。


 キュレン系統

 水属性と地属性を組み合わせた氷属性の魔法。

 効果は対象を冷やしたり凍らせる、階級が上がれば上がるほどより対象の大部分を凍らせられるようになる。

 初級でも長時間使用すれば対象を低体温症にさせる程、そこそこ強力な魔法だ。


 そんな魔法を、フロイは使用した。

 しかし、決してレーシュを凍らせる目的で使用したわけではない。

 フロイが唱えたのは『イグリス・キュレン』。変化級である。

 変化級は、出力する魔力量を調節することで効果を自由自在に操ることができる。今回フロイはそれを弱める方向へ応用した。


 レーシュの体は徐々に冷えていく。

 冷えて行くと言っても、エアコンの涼しい風に当たっている程度の感覚。

 威力は初級の半分以下、だが効果は抜群だった。


「どうですか?ひんやりしてきましたか?」


 上目遣いで、そう問いかけて来る。

 晴人は一瞬、本当にほんの一瞬、フロイが可愛いと思った。そう、見惚れてしまったのだ。

 愛する妻の事をすっかり忘れてしまった訳でも、浮気心が芽生えてしまったわけでもない。

 その感情は、本能的なものだった。


「う、うん…ありがとう」


「それならよかったです!悔しいのはわかりますけど、絶対に無理はしちゃダメですからね?」


「…わかった」


 ———————————————


 晴人は、自室へ戻る。

 今から『決断の夜』までは、特にする事もない。まだ半日以上も時間がある。


「さぁて、今から何をしようか…」


 ベッドに横たわりながら考える。

 考える、考える、考える…

 考えて…考えて……考えて………考えて…………考えて……………考えて………………考えて…………………

 晴人の瞼は、静かに閉じていた。

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