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第6話 フクロウ女子

「……ぅぅ…」


 晴人は目を覚ます。

 すでに日は落ち、あたりは真っ暗。


 一度は起きて朝食を食べたものの、その後遅めの二度寝をしてしまいこの有様。

 確かに、昨日はラセイトの件で深夜の2時くらいまで起きていたため寝不足だったのだろう。だとしても少々寝過ぎではあるが…


 時刻は0時を回っており、もう食堂も閉まっているだろう。しかし昼食、夕食をスキップしているため晴人は今空腹である。

 ふと、晴人は部屋に大量のカロリーメイトもどきのストックがあったことを思い出し。大量のそれらから一つを取る。


 異世界での3度目の食事がまさか栄養食品になるとは晴人も想像していなかった事態だ。

 だがこの状況ではこれを食べる以外に選択肢はない。まさに今の晴人の状況を表しているかのようだった。

 別に、このカロリーメイトを食べないことだって出来る。だが、もし食べるとするなら…もちろんこのカロリーメイトもどきしかない。

 今晴人がおかれている状況もこの通りで、事態を進展させる、現実世界への帰還に歩みを進めるならばラセイトの作戦に合意する他ない。


 そんなことを思い、晴人はカロリーメイトもどきにかぶりつく。

 ブロックタイプのカロリーメイトで不思議な味をしているが、どこまで行っても栄養食品は栄養食品。美味しくも不味くもない、ただただ栄養を摂取しているのだなという味。

 そして、口の水分を持っていかれる。水を用意していなかった事を後悔した。


 無計画に行動すれば、いつか必ず後悔する。実際に今無計画にカロリーメイトを食べ、後悔した。

 ラセイトの作戦にこのまま、無計画に合意してしまうと後悔してしまうのだろうか。もしかすると、このままレーシュという人間として生きて行く方が幸せという可能性も0ではない。

 どっちの選択をする方がいいのかなど晴人のような凡人にはわかったものではない。


 なら、他人ならどう考えるだろうか。


 レーシュの器の中に、別人の晴人が入っている。儘ならぬ事態だ。どう考えても今すぐにレーシュを返して欲しいと思われるだろう。


 正直な所、合意しても自分にメリットが無い訳ではないがデメリットやリスクと合わせて考えてみればあまり良い選択ではない。

 一方で合意しなければ事態も動かない。それにたくさんの研究員達も、そして晴人自身にも何もメリットはない。

 合意すれば、多少ではあるがメリットはある。0をそのままにするよりも、0をプラスにしたほうがいい事は明確。


 やはり情報だ。情報が足りない。

 色々と考えた晴人だが、結果的にそういう結論に落ち着かせた。現実逃避に近いものだが、自分はまだ作戦に納得していない、完全に理解していないということは事実である。

 医療で言うインフォームドコンセントをまだ済ましていない。これもまた自分の権利の侵害ではないか…一旦だがそう思うことで落ち着いた。


 この感覚は、まだまだぼんやりとしていて何も分からない将来を見ていた青少年期に近い感覚だ。

 どちらも今後の人生を左右するという点では似たような部分も多々あったりする。規模官は全く似つかないが。


 ———————————————


 そんなこと晴人はカロリーメイトもどきのせいで喉が乾いたので、研究所共用の冷蔵庫から水を取りに行った。

 部屋についている冷蔵庫には、何も入っていなかった。ブロックタイプのカロリーメイトをストックしておくならちゃんと水分も用意して欲しかったと不満を抱きつつ、夜の研究所を歩いて行く。

 夜の研究所は静まり返っており、足元から冷たい空気を感じる。いかにも霊的存在が現れそうで晴人の足が竦む。

 水属性の魔法で水分を摂取できれば簡単に済んだのだが、魔力から生み出した水は自分の体液のようなもので飲んでも喉が潤うことはなかった。


「レーシュ・エリネル」


 仕方無く冷蔵庫まで足を進めるレーシュに、後ろから誰かが声をかけてくる。

 レーシュに声をかける人物と言えばフロイかラセイトの2人しかいない。それ以外の人物はレーシュを無駄に崇めているせいで声をかけたりする事はなく、遠くから眺めているだけだ。

 そのため、聞こえた声はフロイかラセイトの声……では無かった。

 なら、一体誰だ?そう思い思考を巡らせる。


 その声は、美しく、とても大人びていて妖艶だった。

 本当に幽霊が現れたのかと思い、振り返る。


 暗くてよく見えないが、確かにそこに人が立っていた。

 状況が飲み込めないで黙っている間にそれは『晴人』に問う。


「単刀直入に。アナタは一体誰なのかしら」


 心臓が跳ね上がる。

 状況を整理すると、晴人は今レーシュの器に別人の魂がいるのではないかという疑念を抱いた…厳密には違うかもしれないが初対面の誰かが『あなたは誰』と問う。


 非常にまずい状況である事だけは理解できた。


 この状況を打破するために、一体何が出来る…

 1.正直に言う

 2.適当に嘘をついてごまかす

 3.逃げる


 とりあえず、3は論外だろう。同じ研究所にいるのだからきっと彼女はこの機会を逃した所でまた別のチャンスを見つけてくるに違いない。

 それに、レーシュが魔法の天才であるということはこの2日…ほぼ半日ではあるがしっかりと脳に刻まれた。だが身体能力の部分は未知数。もしかすると逃げたところで余裕で追いつかれる可能性も否めない。


 ならば必然的に1か2のどちらかになる…が、その話し方から既に自分の正体が別の何者かであることには勘付いている。適当な嘘をついた所でいつかはバレるかもしれない。


 晴人は覚悟を決め、問いに答える。


「…私は、レーシュではない」


 一応ラセイトに使っている一人称と同じ私を使い、明確に『レーシュ』とは差別化を測った。

 異世界出身であることはまだ言わなくてもいいと判断したので言わなかった。誰もが『異世界』を知っているわけではない、まずは問いに答えることだけに集中した。


「へぇ。そうなのね」


 晴人の衝撃的な告白を聞いた研究員は、不気味かつ楽しげにそう言った。

 妙に落ち着いていて、


「昨日ね。たまたまレーシュちゃんがラセイトちゃんのところに行ってるとこを見かけてね。流石にワタシもその時は邪魔しなかったけど。今日も見かけちゃったから。せっかくならお話を聞こうと思ったのよ」


 続け様にそう話す。

 完全に謎の研究員の独壇場である。晴人に喋らせるどころか、落ち着かせる暇すらも与えない。


「で。今日もそろそろラセイトちゃんの所に行くのよね?せっかくならワタシもお邪魔したいのだけど。もちろんいいわよね?」


 言葉の末尾が少し上がったものの、それは晴人に対する問いではない。確信をした上での報告だ。

 つまり、晴人がなんと言おうが彼女が引くことはない。


 先ほどから自分の言葉に圧倒的自信を持ち、実際に言葉の大半が真実で構成されている状況に晴人は疑問を持つ。

 昨日ラセイトの部屋に出向いた彼は、初級ではあるものの確かに認識阻害魔法をかけていた。

 なのに、なぜ。


 さらに、気配もなく会話を聞かれていた。これから自分のする行動が彼女には筒抜けていた。


「…どうして、私の昨日の行動や会話を全て把握しているんだ」


「どうしても何も。ワタシにそんな弱々の認識阻害魔法が聞くわけないじゃない」


「ワタシの感覚は他の人よりも優れているってこと。忘れちゃったのかしら〜?って。別人さんだったわね♪」


 皮肉混じりに研究員は話す。

 彼女の顔は見えないが、きっとこちらを嘲笑うかのように見つめていることだろう。


 ここでまた晴人に一つの疑問が浮かぶ。

 なぜラセイトはこの研究員を警戒しなかったのか。こんなにも感覚が優れている人がいるのにも関わらず、認識阻害魔法の初級のみを自分に習得させたのか。多少無理をしてでも階級の高い認識阻害魔法を自分に習得させるべきだった筈。


「念のためもう一度聞いておくのだけど。ラセイトちゃんの部屋。私もついて行ってもいいわよね?」


 確信している。晴人にNOという選択肢がないということを。


「……いいよ、ついて来て」


 少々解せない点はあるがしょうがないので了承する。


「きっとそう言ってくれると思ったわ♪」


 嬉しそうな声でそういう彼女だが、それはあくまでも表面上。裏では自分をレーシュを奪った対象として見ているかもしれないし、只々自分を誑かしているだけなのかもしれない。

 本当に掴み所のない人間だ。一体彼女は、自分に何の目的があって接しているのだろう。


 晴人は冷蔵庫の水を取り、謎の研究員のことは気にせずに集合場所へ直行する。

 先ほども言われた通り、彼女の感覚は本当に優れているようで微弱な足音、暗闇で視認しにくいレーシュ、レーシュから香るほんのわずかな体臭をキャッチしてついて来る。

 晴人は若干の恐怖と気持ち悪さを覚えつつ、ラセイトの部屋にたどり着く。


『決断の夜』の始まりだ———

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