EP 8
死神の降臨と、絶対的処刑
無数の毒針ミサイルが、上空から子供たちへと降り注ぐ。
坂上信長は必死に手を伸ばしたが、泥に塗れたブーツでは到底間に合わなかった。
「やめろォォォォォッ!!」
保母が子供たちを抱きしめ、固く目を閉じた。
だが――痛撃は、いつまで経っても訪れなかった。
ピタッ、ピタピタピタッ……。
「え……?」
信長が目を開けると、信じられない光景が広がっていた。
子供たちの頭上数十センチの空中で、無数の毒針が『見えない壁』に阻まれたように完全に静止していたのだ。
『なんだと……!? 空間の重力が、書き換えられている……!?』
上空で嘲笑っていた魔人ワイズが、初めて狼狽の声を上げた。
その直後。
――ドゴォォォォォォォォォォンッ!!
天を割るような轟音と共に、黄金の閃光が森の中央に突き刺さった。
凄まじい衝撃波が吹き荒れ、子供たちを囲んでいた死蟻型がまとめて吹き飛ばされる。
土煙が晴れた後、そこに立っていたのは――夕日を背に黄金の輝きを放つ、全高50メートルの巨大な鋼鉄の神だった。
「……な、なんだありゃ……銀座に現れたっていう……ロボット……!?」
へし折られた木々の中で、信長はあんぐりと口を開けた。
出雲艦隊の映像データで見たものより、遥かに禍々しく、そして神々しい。
胸の黄金の獅子、右腕の蒼龍、左腕の白虎、背の紅蓮の翼、そして絶対的な重力場を形成する玄武の脚部。
聖獣機神ガオガオン。
しかし、その機体が放つオーラは「正義の味方」のそれではない。触れるものすべてを死滅させるような、絶対零度の『殺意』が周囲の空気を凍らせていた。
『クハハハッ! ついに姿を現したな、愚かなテイマーよ!』
ワイズは態勢を立て直し、空中に浮かびながら両手を広げた。
『貴様が守ろうとした希望は、今から我々が喰い破ってやる! この圧倒的な数と絶望の前に、貴様はただ涙を流して……』
「――黙れ。害虫が喋るな」
ガオガオンの外部スピーカーから響いたのは、感情の欠片もない、恐ろしく冷徹な男の声だった。
ワイズは背筋に氷をねじ込まれたような悪寒を覚えた。
「ガオン。空を飛んでるゴミ(死蜂型)を焼くぞ」
『オゥッ! 俺様たちの「怒り」、見せてやるぜ!』
龍魔呂が操縦桿(に相当する神気のリンク)を握り込むと、ガオガオンの背に宿る朱雀の翼が爆発的な炎を噴き上げた。
放たれた紅蓮の炎は、空を覆っていた死蜂型の群れを一瞬にして業火で包み込む。
悲鳴を上げる間もなく、数百の機械蟲が空中でチリとなって消滅した。
『ば、バカな……一瞬で空の部隊が……!? ええい、地上部隊! 奴の足元を狙え!』
ワイズの絶叫を受け、地中から現れた三体の死百足型が、ガオガオンの玄武の脚部へ食らいつこうと突進する。
だが、龍魔呂は一切の焦りを見せない。
「白虎。……噛み砕け」
ガオガオンの左腕が激しく駆動音を鳴らし、白虎の巨大な顎が展開した。
龍魔呂は鬼神流の体術をそのまま機体にトレースし、神速の踏み込みから左腕を突き出す。
ガァンッ!!
白虎の顎が、死百足型の最も分厚い装甲を易々と噛み砕き、そのまま高速回転する『ドリル』へと変形。残る二体の百足の胴体を、豆腐でも抉るかのように粉砕してのけた。
「す、すげぇ……」
圧倒的な力。信長や陸自の隊員たちは、ただ息を呑んでその一方的な『蹂躙』を見上げるしかなかった。
「青龍。残りのゴミを薙ぎ払え」
龍魔呂が冷たく命じると、今度は右腕の青龍から超高出力のレーザーが放たれ、森に潜んでいた死蟻型の残党を余さず蒸発させた。
戦闘開始から、わずか数十秒。
孤児院を囲んでいた死蟲軍は、文字通り『全滅』した。
『ひっ……!?』
空中にただ一人残された魔人ワイズは、あまりの恐怖に顔を歪めていた。
あれは英雄ではない。神の力を手に入れた、冷酷無比な死神だ。
ワイズは咄嗟に逃亡しようと空間の裂け目を開いたが、ガオガオンの胸の獅子――ガオンが、それを見逃さなかった。
『逃がすかよォッ!!』
ガオガオンが天を仰ぎ、最大出力の『咆哮』を放つ。
音波の物理的破壊力と麻痺効果がワイズを直撃し、彼の身体は空中で完全に硬直した。
『ガッ、アァァ……ッ!? か、体が動か……っ!?』
落ちていくワイズの眼前に、音速を超えて接近したガオガオンが迫る。
青龍の腕には、黄金に輝く聖獣剣ゴッドブレードが握られていた。
「……鬼神流に『許し』という言葉はない」
機体内部で、龍魔呂は極寒の瞳でワイズを見下ろした。
「お前が子供たちの未来を脅かした瞬間、お前の時計は止まったんだ」
『ま、待て! 待ってくれ! 私は王の命に従っただけで……!』
「あばよ。地獄で後悔しな」
一閃。
何の躊躇いもなく振り下ろされた黄金の剣が、魔人ワイズの身体を縦に両断した。
断末魔の叫びすら上げる暇もなく、狡猾な魔人は神聖な光の炎に包まれ、チリ一つ残さず消滅した。
* * *
静寂が、森に戻った。
役目を終えたガオガオンの巨体が光の粒子となって分解され、夕空へと溶けていく。
光の中から降り立ったのは、赤いラインのジャケットを着た一人の青年だった。
「……お前ら、無事か」
龍魔呂は、保母と子供たちのもとへゆっくりと歩み寄った。
先ほどの絶対的な殺意と威圧感は嘘のように消え失せ、その端正な顔には、ひどく優しく、そして哀しげな微笑みが浮かんでいる。
「龍魔呂、おにいちゃん……!」
孤児院の子供たちが、泣きながら彼に抱きついた。
龍魔呂はポケットからいくつかの角砂糖を取り出すと、子供たちの小さな掌にそっと乗せた。
「怖かったな。……もう泣かなくていい。悪い夢は、俺が全部片付けた」
その光景を、少し離れた場所から信長は呆然と見つめていた。
木刀を握る手が震えている。
あれほどの強大な力を持ちながら、誰よりも弱き者を慈しむ男。
「……あいつ、何者なんだ……」
泥だらけの自衛官が呟いた疑問に答える者は、そこには誰もいなかった。
かくして、魔人の謀略は死神の逆鱗に触れ、完全なる『処刑』という形で幕を下ろしたのである。




