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EP 7

泥臭き陸の盾と、死神の目覚め

 東京郊外、ひまわり孤児院。

 のどかだった森の風景は、今や鼻をつく酸の悪臭と、絶望の悲鳴に支配されていた。

「いやぁぁっ! 先生、助けて!」

「みんな、私から離れないで……!」

 保母が子供たちを背中に庇い、震える声で叫ぶ。

 彼女たちの目の前では、孤児院の強固な鉄柵が、巨大な『死蟻型デス・アント』の吐き出す強酸によってドロドロに溶け落ちようとしていた。

 上空には無数の『死蜂型デス・ビー』が羽音を響かせ、逃げ道を完全に塞いでいる。

『……素晴らしい。その顔だ。その恐怖に歪んだ顔のまま、我らが王の贄となるがいい』

 宙に浮遊する魔人ワイズが、恍惚とした表情で子供たちを見下ろした。

 死蟻型の巨大な顎が、保母と子供たちに向けて振り下ろされる。誰もが死を覚悟し、目を閉じた――その瞬間だった。

 ――ドゴォォォォォォンッ!!

 森の木々を薙ぎ倒し、猛スピードで突っ込んできた陸上自衛隊の『96式装輪装甲車』が、死蟻型の側面に激突した。

「遅くなって悪かったな、子供たち! ここから先は、俺たち陸自が引き受ける!!」

 装甲車の上部ハッチから飛び出したのは、第1師団の若き熱血幹部・坂上信長だ。

 彼は空から強襲してきた死蜂型の毒針ミサイルを、背中から抜いた『特注の硬質合金製木刀』で、まるで野球のボールを打つようにガィィィンッ! と軽々と打ち返した。

「第3小隊、子供たちを装甲車へ誘導! 第1、第2小隊は俺に続け! 蟲共をすり潰せ!」

 信長の号令と共に、完全武装の隊員たちが一斉に展開し、無反動砲や機関銃の激しい弾幕を張り巡らせる。

 信長自身も最前線に立ち、北辰一刀流の鋭い踏み込みから、合金木刀で死蟻型の脚を次々とへし折っていく。

『ほぅ……ただの餌かと思えば、多少は骨のある人間もいるようだな』

 ワイズが冷たい笑みを浮かべ、指を鳴らす。

 ズズズズズ……ッ!

 信長たちの足元の地面が突如として隆起し、土を巻き上げながら、装甲の塊である巨大な『死百足型デス・センチピード』が三体、一気に飛び出してきた。

「なっ……地中からだと!?」

「隊長! 弾が、まったく弾かれます!」

 死百足型の突進により、隊員たちが次々と吹き飛ばされる。

 信長も合金木刀で百足の顎を受け止めるが、圧倒的な質量と膂力に押し込まれ、ブーツが地面を深く削った。

「くそっ……! 海(親父たち)に頼らず、俺たちだけで守り切るって決めたんだ……! こんなところで……っ!」

 信長が血を吐くような思いで踏ん張る中、ワイズは上空から嘲笑った。

『無駄な足掻きだ。貴様らでは傷一つ付けられん。……さぁ、そろそろ極上の絶望を味わわせてもらうとしよう』

 ワイズの視線が、装甲車に避難しようとしていた子供たちへ向けられる。

 死蜂型の群れが、一斉に子供たちへ毒針の狙いを定めた。

「やめろォォォォォッ!!」

 信長の絶叫が、森に空しく響き渡る。

     * * *

 同じ頃。銀座の小料理屋『たつまろ』。

「……はい。ええ、間違いありませんの? ……くっ!」

 優雅にお茶会を楽しんでいたはずの桜田リベラが、血相を変えてスマートフォンを握りしめていた。電話の主は、若林幹事長である。

「どうした、リベラ。いつになく余裕がないぞ」

 カウンターの中でグラスを磨いていた龍魔呂が、静かに声をかける。

 リベラは電話を切り、震える声で龍魔呂を見た。

「龍魔呂さん……郊外の『ひまわり孤児院』が、ダンジョンの怪物たちの襲撃を受けています……! 陸上自衛隊が応戦していますが、戦力差で防衛線が突破されるのは時間の問題だと……!」

 パリンッ。

 乾いた音が響いた。

 龍魔呂が磨いていた分厚いロックグラスが、彼の手の中で粉々に砕け散ったのだ。

 ガラスの破片がカウンターに散らばるが、彼の素手には傷一つ付いていない。

「…………そうか」

 短い、ひどく静かな声だった。

 しかし次の瞬間、店内の空気が『凍りついた』。

「ヒッ……!?」

「な、なんじゃこの禍々しい気は……!」

 お菓子を食べていた四神たちが、一斉に怯えて身を寄せ合った。

 神獣である彼らが、本能的な『死の恐怖』を感じて震えているのだ。

 龍魔呂の瞳から、人間らしい感情がすべて抜け落ちていた。

 そこにあるのは、底知れぬ漆黒の虚無。

 かつて地下格闘場で観客を皆殺しにし、裏社会の悪党どもを恐怖のどん底に叩き落とした伝説の処刑人――『DEATH4』の目が完全に開いていた。

 彼にとって、あの孤児院はただの寄付先ではない。

 救えなかった弟・ユウの面影を重ね、自分の血塗られた両手で必死に守り抜こうとしてきた、ただ一つの『光』だ。

 そのカタギの聖域に、土足で踏み入った外道がいる。

「……ガオン」

 龍魔呂の声は、地獄の底から響くように冷たかった。

 足元にいたガオンは、その絶対的な主の殺気に圧倒され、無意識のうちに背筋を伸ばしていた。

『お、おう……! 出るのか、人間!』

「戦いじゃない。ただの『掃除』だ」

 龍魔呂は割れたグラスの破片をゴミ箱に払い落とすと、真っ赤なラインの入ったジャケットを羽織り、懐に『Korth NXS』を滑り込ませた。

「ガオン、俺に同調リンクしろ。……全速で飛ぶぞ」

『わかってるぜ! 野郎共(四神)、ボヤボヤしてんじゃねえ! ついてこい!』

 ガオンが本来のメカライオンの姿へと巨大化し、咆哮を上げる。

 龍魔呂はリベラに一瞥もくれず、店の裏口から路地へと飛び出した。

「龍魔呂さん……!」

 リベラは祈るように両手を組んだ。

 彼女は知っている。あの状態の彼を止めることは、国家権力にも神にも不可能だということを。

「……彼らの罪は、私が法廷で裁く前に……終わってしまいますわね」

 空を裂くような轟音と共に、五つの光が銀座の上空から西の森へと向かって一直線に飛び去っていった。

 神の如き巨神が、死神の怒りを乗せて戦場へ降臨しようとしていた。

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