EP 5
ポンコツ女神の来店と、大空の給料泥棒
金曜日のお昼時。
陸上自衛隊・練馬駐屯地の巨大な食堂の片隅で、ひときわ異彩を放つ男がいた。
坂上信長1等陸尉、25歳。
甲子園の4番打者を務めた分厚い胸板を持つ彼は、目前に積み上げられた「山盛りのステーキと焼肉定食(金曜カレー付き)」を、猛然とした勢いで胃袋に流し込んでいた。
「うめぇ……! やっぱ陸のメシは最高だぜ。潮風に吹かれながら親父の小言を聞く海自なんざ、絶対に行ってやるもんか」
信長が肉の脂とカレーのスパイスに感動していると、迷彩服のポケットでスマートフォンが震えた。画面には『給料泥棒(空自)』の文字。
「……なんだよ、雪之丞。こっちは大事な昼飯時だぞ」
『おう、脳筋ゴリラ。元気?』
電話の主は、出雲艦隊所属のF-35Bパイロット・平上雪之丞である。緊迫した有事の最中だというのに、彼の声は休日の大学生のように間延びしていた。
『ニュース見たか? 銀座のデカブツロボット。おかげでこっちは絶賛待機命令中だよ。あーあ、せっかくの金曜なのに空も飛べないし、ヒマで死にそう』
「お前、アレ見てビビらなかったのか!? 50メートルだぞ! 俺たち第1師団も首都防衛でピリピリしてんだ。ヒマなら素振りでもしてろ!」
『お前じゃあるまいし、誰が木刀なんか振るかよ。……でさ、今日の夜、新宿で合コン組んだんだけど来る? 看護師の卵らしいぜ』
「行くわけねえだろ! 状況を考えろ状況を! だいたいお前が『俺、空飛んでるっスよ』みたいな安いアピールするから毎回フラれ……」
信長が怒鳴り込もうとした瞬間、電話の向こうから**『おい平上ォ!!』**という、地獄の底から響くような怒声が聞こえた。信長の実父、坂上真一・総司令官の声である。
『あ、ヤベッ。仁王の親父殿に見つかった。じゃあ俺、コクピットの隅で寝たふりするから! お前は一人で肉でも食ってろ!』
「あっ、おいテメェ!!」
ツーツー、という無機質な電子音が響く。
信長は深いため息をつき、残りのステーキをヤケクソ気味に口に放り込んだ。あの天才的な操縦技術を持つ悪友が、もう少しだけ真面目になれば、自衛隊の航空戦力は劇的に向上するのだが。
* * *
同刻、銀座の小料理屋『たつまろ』。
昨日の戦闘の影響で表通りは一部通行止めになっていたが、路地裏にあるこの店は無傷だった。
「……おい人間。俺様にもその甘いブロック(角砂糖)をよこせ」
「お前は機械だろ。オイルでも舐めてろ」
営業前の静かな店内。龍魔呂はカウンターの中で出汁を引きながら、足元に居座る『中型犬サイズのメカライオン』を冷たくあしらっていた。
聖獣ガオンである。
普段の戦闘形態からエネルギーを抑えたこの姿なら、ギリギリ大型のペットと言い張れなくもない。四神たちは再びどこかへ遊びに行ってしまったが、ガオンだけは「契約者だから仕方なく」という名目で龍魔呂の店に居座っていた。
「チッ、愛想のねえヤツだ。あのリベラとかいう女の弁護士が持ってきたマカロンは美味かったぜ?」
「……味覚があるのか、お前」
龍魔呂が呆れながら角砂糖を口に放り込んだその時。
カラン、と入り口の引き戸が開いた。
「いらっしゃい。……まだ仕込み中だが」
龍魔呂が目を向けると、そこには信じられないほど場違いな客が立っていた。
毛玉だらけのジャージ(上下で色が違う)に、健康サンダル。ボサボサの金髪を適当に縛ったその女性は、酷く疲れた顔でカウンターにへたり込んだ。
「あー……すいません。日雇いの交通量調査が早上がりになっちゃって。……あの、ここ、安くて酔えるお酒とかあります?」
女神・ルチアナであった。
神気を完全に消し、疲れ果てたフリーターにしか見えない彼女の姿に、龍魔呂は無言のまま冷たい水を差し出した。
「昼から酒か。……悪酔いしないよう、胃に何か入れとけ」
龍魔呂が手早く作ったのは、昨日の大根の煮込みの残り汁を使った、特製の出汁茶漬けだった。上品な香りがルチアナの鼻腔をくすぐる。
「えっ……! なにこれ、すごいイイ匂い……! いただきます!」
ルチアナが一口食べた瞬間、その目からポロポロと涙がこぼれ落ちた。
「うっ、ううぅっ……! 美味しい……っ! 昨日はガチャで天井まで回して爆死するし、エステの予約は飛ぶし、東京にサルバロスのバカ蟲どもは湧いてくるし……私の人生、何なんだろうって思ってたけど……生きててよかった……!」
「……ずいぶんと業の深い客だな」
龍魔呂がマルボロに火を点けようとした時だ。
足元で丸くなっていたガオンが、匂いにつられて顔を上げた。
『おい人間、俺様にもその茶漬けを……って、ん?』
「ん?」
メカライオンと、ジャージ姿の女神の視線が交差する。
数秒の沈黙。
『……ル、ルチアナ様ァァァッ!? なんでこんなシャバの路地裏で茶漬け食ってんだアンタは!!』
「ぶふぅッ!?」
ルチアナは口に含んだ茶漬けを盛大に吹き出し、慌ててガオンの口を両手で塞いだ。
「ちょっ、バカ! ストップ! 名前呼ばないで! 今、私『完全に無関係な一般人』として現実逃避中なんだから! 神様だってバレたら、国から損害賠償請求されちゃうでしょ!」
『知るか! テメェが仕事サボってる間に、こっちはボロボロになりながら日本守ってたんだぞ!』
カウンター越しに繰り広げられる、創造神と聖獣の低レベルな取っ組み合い。
龍魔呂は紫煙を細く吐き出しながら、どこか遠い目をした。
「……おい。俺の店で騒ぐなら、神だろうが獣だろうが、表のゴミ箱にぶち込むぞ」
その声には、DEATH4としての絶対的な冷気が混じっていた。
さしもの女神も聖獣も、その殺気にピタリと動きを止め、正座する。
「……す、すいませんでした……」
『……申し訳ねえ』
最強の武力を得たはずの龍魔呂の日常は、ひどく騒がしい方向へ転がり始めていた。
* * *
一方、次元の底『天魔窟』。
無数にうごめく死蟲機の群れを眼下に見下ろしながら、魔人ワイズは薄暗い笑みを浮かべていた。
「素晴らしい……。あの黄金の巨神、そしてそれを操る人間の男。圧倒的な『力』と『正義感』……」
ワイズの狡猾な瞳が、空間に投影された龍魔呂の姿を舐め回すように見つめる。
「強い光ほど、闇に突き落とされた時の『絶望』は甘く、美しい。……奴の魂を我が王サルバロス様に捧げるには、ただ力で叩き潰すだけでは足りない」
ワイズは手元の水晶に、地上の情報を映し出した。
そこに浮かび上がったのは、銀座の店ではなく――龍魔呂が密かに資金を寄付し、時折姿を見せていた、郊外の『孤児院』の映像だった。
「……カタギには手を出さない、か。ならば、その大事な『カタギ』の子供たちが喰い殺される様を見せてやろう。絶望に顔を歪める英雄の姿……今から楽しみで仕方がない」
魔人の残忍な謀略が、龍魔呂の逆鱗へと静かに忍び寄っていた。




