EP 4
永田町の猛獣使いと、置き去りの邪神
東京湾上に展開する海上自衛隊・出雲艦隊打撃軍。
その中枢である護衛艦『いずも』のCIC(戦闘指揮所)は、異常な熱気と混乱に包まれていた。
「あーもう! だから計算が合わないって言ってるじゃないですか!」
特A級AIエンジニアの早乙女蘭が、デスクに積まれたマカロンの箱を乱暴に叩きながら叫んだ。彼女の目の前にあるメインモニターには、先ほど銀座で観測された『謎の巨大ロボット(ガオガオン)』の戦闘データが映し出されている。
「出力波形、既存のジェネレーターじゃあり得ない数値です! だいたい、あのサイズの質量がどうやってマッハで動いてるんですか! 慣性制御の法則を完全に無視してますよ。月給3億じゃ割に合いません、マジで!」
「落ち着け、早乙女」
阿鼻叫喚のオペレーターたちの中央で、腕を組んでモニターを睨みつけている男がいた。
出雲艦隊総司令官、坂上真一将補。
彼はイライラを抑えるようにコーヒーキャンディをガリッと噛み砕き、鋭い眼光でガオガオンが剣を振り下ろした瞬間の映像を一時停止させた。
「……この太刀筋。ただの力任せじゃない。まるで洗練された古流剣術だ。それも、俺の知る北辰一刀流よりもさらに実戦的で、血生臭い『殺人術』の匂いがする」
「司令、そんなオカルトみたいな……」
「(通信音)……あー、こちら平上。状況終了したんスか?」
緊張感のない間延びした声が通信機から響いた。F-35Bでスクランブル発進していた天才にして給料泥棒、平上雪之丞1等空尉である。
「ターゲットの蟲ども、俺がロックオンする前に全部チリになっちゃったんですけど。ていうか、あれ何スか? アニメの撮影? とりあえず俺、帰投してシャワー浴びて合コン行っていいスか?」
「バカ野郎、全機上空で待機だ! あの巨神が味方だという保証はどこにもねえ!」
真一の怒声がCICに響き渡る。背中の仁王の刺青が、制服の下で熱を持っていた。
圧倒的な『未知の力』。それが国を守る盾となるのか、それとも国を滅ぼす新たな災厄となるのか。防衛の最前線に立つ者として、真一は冷や汗を流していた。
――しかし、彼らはまだ知らない。
その未知の巨神のパイロットが、すでに銀座の地下で大根の煮込みを作っていることを。
* * *
同刻、永田町。与党幹事長室。
「……なるほど。銀座の空に穴が開き、バケモノが出て、それを別のバケモノが叩き斬った、と」
分厚い一枚板のデスク越しに、若林幸隆はピースの煙を深く吐き出した。
目の前の大型モニターには、防衛省から送られてきたばかりの極秘映像が流れている。
「はい。現在、内閣危機管理センターが対応に追われていますが、情報の統制が追いつきません」
秘書が青ざめた顔で報告する中、ノックの音とともに幹事長室の扉が開いた。
現れたのは、純白のスーツに身を包んだ優雅な令嬢――桜田リベラである。
「あら、先生。ずいぶんと煙たいお部屋ですこと」
「リベラ君か。……お前のことだ、単なる世間話で来たわけじゃあるまい」
「ええ。単刀直入に申し上げます」
リベラは微笑みを崩さず、しかし有無を言わさぬ迫力で若林の前にファイルを出した。
「銀座に現れたあの『巨神』のパイロットに関する一切の情報を、国家の最高機密として保護、ならびに不可侵領域としていただきたいのです。もちろん、我が桜田財閥も全面的に協力……いえ、政治的・経済的な『支援』を惜しみませんわ」
「……ほう。あのデカブツの中身に心当たりがあると?」
若林は目を細めた。
リベラは紅茶のカップを持つような優雅な仕草で、静かに告げる。
「ええ。彼は、私が救うべき『たった一人の人間』ですから。彼が望む平穏な日常を、国家権力ごときで邪魔させるわけにはいきませんの」
「ガッハッハッハ!」
若林は豪快に笑い声を上げた。この強かな令嬢の底知れぬ執念は、相変わらず面白い。
「いいだろう。あのバケモノ(死蟲機)に対抗できる手札がアレしかないのなら、防衛省や警察の介入は俺が手綱を握ってやる。……ただし、あの剣術の癖。俺の気のせいでなければ、かつて俺が情報を揉み消した『DEATH4』の坊主に見えるがな」
「……ご想像にお任せしますわ、先生」
リベラは涼しい顔で微笑み返した。
龍魔呂の周囲で、国家の最高権力と莫大な財力が、彼の「小料理屋の親父」としての日常を守るために動き始めていた。
* * *
一方その頃。
次元の狭間に存在する『封印空間』――もとい、立派な黒革ソファが置かれたヤクザの組事務所では、凄まじい殺気が渦巻いていた。
「……おうおうおう。どいつもこいつも、ワシを舐めくさっとるのう」
アルマーニの高級スーツを着崩した邪神・デュアダロスは、マホガニーのデスクに足を乗せ、ギリッと歯ぎしりをした。
事務所の中はもぬけの殻。
いつもなら、青龍が肩を揉み、朱雀が空のグラスを片付け、玄武がテレビのチャンネルを変え、白虎とガオンがコンビニのビニール袋を提げて「焼きチーズ買ってきたぜ!」と帰ってくる時間だというのに。
「あのクソ獣ども……! シャバの空気に当てられて、完全に監視のシノギを投げ出しやがった! ワシの焼きチーズとビールはどうなったんじゃい!」
バンッ! とデスクを叩き割るデュアダロス。
その時、天魔窟の次元の歪みから迷い込んだのか、一体の『死蟻型』が事務所の壁を破って現れた。
『ギギギ……ッ!』
「あぁん? 誰に断ってワシのシマに入っとるんじゃ、この外道が」
デュアダロスの眼光が、絶対的な零度まで冷え込む。
彼は懐から黒光りするトカレフを抜き出し、死蟻型の眉間(に相当する部分)に突きつけた。
「ワシは今、機嫌が悪いんじゃ。……チャカの弾の味、教えてやるけえの」
パンッ!
甲高い発砲音。しかし、ただのトカレフの弾は死蟲機の分厚い装甲にキィンと弾かれた。
『ギシャアアアアッ!』
「……」
死蟻型が強酸を吐き出そうと口を開けた瞬間。
デュアダロスは無言でトカレフを懐にしまい、右手の指を高く掲げた。
「……指パッチンじゃ」
パチン、と。
軽快な音が響いた瞬間、空間そのものが圧縮され、20メートル級の死蟲機は一切の悲鳴を上げる間もなく「チリ」となって消滅した。
「……やっぱチャカは威嚇用じゃの。……それにしても」
誰もいなくなった事務所で、インテリヤクザな邪神は天井を仰ぐ。
「ルチアナのアマ……テレビなんか持ってくるけえ、四神がシャバに憧れよったんじゃ。責任取って、今すぐ葉巻とワイン買ってこいや……!」
彼が再び地上に降り立ち、その理不尽なまでの神の力と「極道の美学」を振るう日は、そう遠くないかもしれない。




