EP 6
獣たちの意地、主無き咆哮
東京・大深度地下空間。
北辰一刀流の使い手である坂上信長が、自らの武術をコピーした『対・鬼神特化蟲(メタ・蟲)』の前に崩れ落ちた。
『パターンC。……処刑、開始』
機械的な音声と共に、メタ・蟲が研ぎ澄まされた漆黒の鎌を高く振り上げる。
信長は血を吐きながら、死を覚悟して目を閉じた。
――親父。俺も、少しは陸の盾になれたかな。
無慈悲な刃が、信長の首へ向けて振り下ろされた、まさにその瞬間。
――ガァァァァァァンッ!!
暗闇を引き裂いて飛び込んできた『黄金の弾丸』が、メタ・蟲の鎌に激突し、その軌道を僅かに逸らした。
鎌は信長の頬を掠め、地下の岩盤に深く突き刺さる。
「……なっ!?」
信長が目を見開くと、そこには信じられない光景があった。
メタ・蟲の腕(鎌)に、中型犬ほどのサイズしかない黄金の獅子が、鋭い牙を立てて食らいついていたのだ。
『ガウゥゥゥゥッ……! テメェ、俺たちのダチに何してくれとんじゃァッ!!』
「お前……ガオンか!?」
信長が叫ぶ。
その後方から、息を切らして駆けつけてきた四つの影があった。
青龍、白虎、朱雀、玄武。
本来なら50メートルの巨体を構成する聖獣たちが、銀座の店からここまで、小さな身体で必死に走ってきたのだ。彼らの毛並みは泥に塗れ、肩で激しく息をしている。
『ハァ、ハァ……! まったく、人間の足に合わせて走るのは疲れるぜ!』
白虎が強がりながらも、鋭い爪を立ててメタ・蟲を睨みつける。
「バカ野郎、お前らなんで来たんだ! マスター(龍魔呂)がいなきゃ、お前らは本来の10パーセントも力が出せねえだろうが!」
信長の言う通りだった。
契約者である龍魔呂の『気』というバッテリーがなければ、彼らは巨大化することも、神の力を振るうこともできない。ただの少し頑丈な獣でしかないのだ。
『……へっ。俺たちのバカなテイマーはな、一度貰った恩は絶対に返す、不器用な男でね』
ガオンがメタ・蟲の腕に噛み付いたまま、ニヤリと笑った。
『お前ら人間が、アイツの代わりに泥を被ってくれてるんだ。なら、アイツの相棒である俺たちが、ここで尻尾巻いて寝てるわけにはいかねえだろうが!』
『ギジ……障害物、排除』
メタ・蟲が、鬱陶しそうに腕を振り払う。
たったそれだけの動作で、ガオンの小さな身体はボールのように弾き飛ばされ、岩壁に激突して血を吐いた。
「ガオンッ!」
『やらせるかァッ!』
青龍と白虎が左右から同時に飛びかかる。
しかし、龍魔呂の武術を完璧にラーニングしたメタ・蟲の動きには、微塵の隙もなかった。
『予測、完了。……合気』
メタ・蟲は一切の力みなく身体を半歩ズラし、青龍の突進の勢いを利用して、そのまま白虎の軌道上へと投げ飛ばした。
ゴツンッ! と鈍い音を立てて激突し、地に落ちる二匹の聖獣。
『ピィィィィッ!』
上空から朱雀が小さな火球を放つが、メタ・蟲は鎌の腹でそれを容易く弾き飛ばす。
さらに、蟲が放った神速の蹴りが、盾になろうと前に出た玄武の甲羅を直撃した。
ピキッ……と、絶対に砕けないはずの玄武の甲羅に、残酷な亀裂が走る。
「やめろッ! もういい、お前ら逃げろッ!!」
信長が絶叫する。
勝負にすらなっていない。メタ・蟲の圧倒的な身体能力と鬼神流の前に、力の抜けた聖獣たちはただのサンドバッグだった。
防衛線の後ろで見ていたリベラも、PMCの傭兵たちも、そのあまりにも一方的で痛ましい光景に息を呑み、トリガーを引く指が震えていた。
『ギジジ……弱イ。脆イ。……龍魔呂ノ獣、クズ』
メタ・蟲が、機械的な音声で嘲笑うかのように鳴いた。
血まみれになったガオンの顔面を、冷酷に踏みつける。
「やめろォォォォォッ!!」
信長が折れた木刀を握り、這いつくばりながら蟲へと手を伸ばす。
誰もが絶望し、目を背けようとした、その時だった。
『……誰が、クズだって?』
踏みつけられていたガオンが、血だらけの牙を剥き出しにして、メタ・蟲の足に再び食らいついた。
青龍も、白虎も、朱雀も、甲羅の割れた玄武も。
誰一人として、その瞳から『闘志』の光を消してはいなかった。彼らは満身創痍の身体を引きずりながら、再び信長の前に立ち塞がり、壁を作ったのだ。
『俺たちは……宇宙最強のテイマー、鬼神龍魔呂の相棒だ。……テメェみたいな小手先の偽物に、魂まで折られてたまるかよォッ!!』
ガオンの主無き咆哮が、地下空洞に力強く響き渡る。
力はなくても、その誇り高き魂は絶対に屈しない。彼らの決死の覚悟が、人間の兵器の計算式をわずかに狂わせていた。
* * *
その頃。
銀座の地下BAR『KISHIN』の隠し部屋。
淡く発光する医療用カプセルの中で、深い眠りについていた龍魔呂の指先が、ピクリと動いた。
……ガオン。
お前たちの声、聞こえてるぞ。
心電図のモニターが、突如として激しい波形を描き始める。
地下深くで戦う仲間たちの熱い魂に呼応するように、死神の心臓が、再び力強い鼓動を刻み始めていた。




