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EP 5

ラーニング・デス、鬼神流を喰らう蟲

 リベラが構築した「絶対防衛線」は、資本主義の粋を集めた鉄壁の砦だった。

 PMCの重機関銃と数十基のセントリーガンが奏でる圧倒的な火力のシンフォニーは、地下空洞を埋め尽くすキメラ蟲の群れを、一歩もバリケードへ近づけさせない。

 弾薬は桜田財閥のチャーター便で次々と補給され、金の力で雇われたプロの傭兵たちは、汗一つかかずにトリガーを引き続けていた。

「あらあら、随分と大人しくなりましたわね。害虫の分際で、少しは学習したのでしょうか?」

 バリケードの後方、簡易的な指揮所に鎮座したリベラは、早乙女蘭から送られてきた地下の戦況データを確認しながら、優雅に紅茶を啜った。

 データの示す通り、キメラ蟲の突撃は目に見えて減り、暗闇の奥で蠢くだけになっている。

「……リベラ様。データの解析が終わりましたわ」

タブレットから、徹夜続きで声が枯れた蘭のホログラムが浮かび上がる。

「蟲どもの『数の暴力』は、あなたの札束(火力)で完全に防げています。……ですが、妙なのです」

「妙? 何がですわ」

「蟲たちの動きが、ただ後退しているのではない。……何かを『待っている』ような、不気味な静寂なのです。……それに、新宿で龍魔呂がOSを切って戦った時のガオガオンの『気のデータ』。……それを、ワイズが解析していた形跡が見つかりました」

 蘭の言葉に、リベラの表情が凍りついた。

 龍魔呂がOSを切って、生身の武術(鬼神流)で50メートルの機体を動かした、あの神技。ワイズがそれを解析していたということは、すなわち――。

『――アハハハハッ! 正解だよ、天才エンジニアさん!』

 地下空洞の防災スピーカーから、狂える道化の嘲笑が響き渡った。

『力と力(数の暴力)が通用しないなら、技術ワザで踏み潰すまでさ! 龍魔呂ォ! 君が誇るその美しい武術、私の可愛い蟲に、たっぷりと喰わせてあげたよォ!!』

 ワイズの声と共に、キメラ蟲の群れが左右に割れた。

 暗闇の奥から、これまでの巨大な兵器キメラとは決定的に異なる、一体の蟲が音もなく姿を現した。

 全長はわずか3メートル。

 他の蟲のような重装甲や巨大な砲塔はない。

 カマキリと人間の暗殺者を融合させたような、スマートで鋭利なフォルム。漆黒のボディは周囲の闇に溶け込み、その手足はまるで極上の日本刀のように研ぎ澄まされている。

 ――『対・鬼神特化蟲(メタ・蟲)』。

 セントリーガンが一斉に、その新手に狙いを定めて火を噴いた。

 数百発の徹甲弾が、メタ・蟲に向けて降り注ぐ。

「……え?」

 雪之丞がVRゴーグル越しに、驚愕の声を上げた。

 メタ・蟲は、その圧倒的な弾幕に対し、ただ『歩いて』向かってきたのだ。

 いや、違う。

 その動きは、龍魔呂がかつて孤児院の森で、死蜂型の毒針を紙一重で躱し続けた、あの『見切り』。

 蟲は自身の身体をミリ単位で制御し、弾丸の軌道を完全に予測して、その全ての隙間をすり抜けていたのだ。

 セントリーガンの弾が尽き、再装填のわずかな空白。

 メタ・蟲が、爆発的なスピードでバリケードへ向かって跳躍した。

「傭兵部隊、撃てッ! 撃ち続けなさいッ!!」

 リベラが絶叫する。

 PMCの傭兵たちが一斉にアサルトライフルを乱射するが、メタ・蟲の神速の動きの前には、全ての銃弾が空を切る。

「……くそッ、俺が止めるッ!」

 バリケードの陰で休息を取っていた信長が、合金製の木刀を握りしめて飛び出した。

 泥と血に塗れた北辰一刀流の使い手。

 彼は父・真一から龍魔呂の「鬼神流」の話を何度も聞かされ、その理合を少しだけ、自らの北辰一刀流に取り入れていた。

「オォォォォォッ!!」

 信長が土煙を突き破り、メタ・蟲へと肉薄する。

 振り下ろされた合金製の木刀。

 その軌道は、北辰一刀流の『剛』と、鬼神流の『柔』が融合した、信長の渾身の一撃だった。

 カァァァァァァァンッ!!

 完璧なタイミングで、木刀がメタ・蟲の脳天を捉えた――かに思われた。

「……嘘だろ」

 信長は、目を見開いた。

 メタ・蟲は、信長の木刀に対し、真正面から受け止めるのではなく、自らの『鎌(腕)』をスッと添えたのだ。

 ――鬼神流・合気『てん』。

 信長の浑身の一撃は、蟲の鎌によってそのエネルギーを完全に斜め前方へと受け流され、信長自身の体勢が大きく崩れた。

 龍魔呂が死甲虫型デス・ビートルの突進を無力化した、あの合気の極意。それを、蟲が完璧に再現したのだ。

『パターンB。……剛体、破砕』

 メタ・蟲の口器から、抑揚のない機械音が漏れた。

 体勢を崩した信長に対し、蟲が鎌を突き出す。

「……鬼神流・剛体『金剛こんごう』ッ!!」

 信長は咄嗟に腹の底から気を練り上げ、身体表面に気の鎧を纏わせた。父に叩き込まれた、どんな刃物も弾く剛体の極意。

 しかし。

 ドゴォォォォォンッ!!

 蟲の鎌が信長の腹部に触れた瞬間、信長の纏っていた気の鎧が、ガラスのように砕け散った。

 蟲が鎌を通じて打ち込んできたのは、装甲を傷つけずに内部を粉砕する、鬼神流の『浸透勁(峰打ち)』。

 龍魔呂がOSオフ時に放った、あの峰打ちの極意を、蟲が完璧にトレースしたのだ。

「ガ、アァァァァァァァッ!!!」

 信長は口から血を吐き出し、内臓を直接殴られた激痛に、そのまま地面へと崩れ落ちた.

 木刀が力なく手からこぼれ落ちる。

『パ……パターンC。……処刑、開始』

 メタ・蟲が、崩れ落ちた信長を見下ろし、その鋭利な鎌をトドメのために振り上げた。

 龍魔呂の武術ワザを喰らい、最強のメタ兵器と化した蟲の前に、自衛隊の異端児が、その命を散らそうとしていた。

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