EP 4
進化する兵器と、資本主義の絶対防衛線
東京・大深度地下空間。
無数のキメラ蟲が蠢く絶望の泥沼で、雪之丞の指先は、常人には視認できないほどの速度(神速)でコントローラーのボタンを弾き続けていた。
「遅え遅え遅えッ! そんな直線的なエイム(照準)、世界ランク帯じゃ0.1秒でハチの巣だぜ!」
雪之丞の操作と完全にリンクした多脚ドローン『オルトロス』が、戦車砲の直撃を側転で回避し、空中に跳び上がる。
そのまま空中でツインガトリング砲を乱射し、下方に密集する『ミサイル蟷螂』たちの関節を正確に撃ち抜いていく。
AIの自動照準では処理しきれない変則的な動きも、天才ゲーマーである雪之丞の『空間把握能力』と『先読み』にかかれば、まるで手足のように駆動した。
「ウオォォォォォッ!!」
オルトロスが崩した陣形の隙間を縫って、信長が突進する。
北辰一刀流・雷鳴の型。合金製の木刀が、キメラ蟲の装甲の継ぎ目を的確に粉砕し、緑色の体液を撒き散らして巨体を沈める。
陸の闘気と、空の技術。二人の連携は完璧だった。
――しかし。
『ギ……ギジジ……パターン、解析……』
「なっ……!?」
信長が次の獲物へ踏み込もうとした瞬間、前衛にいた『重戦車蟻』たちが、突如として横一列に並び、分厚い装甲を前面に押し出して「盾の壁」を形成したのだ。
ただの本能で動く蟲が、自衛隊の歩兵戦術を『学習』し、陣形を組んだ。
「マジかよ、コイツら……動きをアジャスト(適応)してきやがった!」
盾の壁の後方から、十数体のミサイル蟷螂が一斉に多連装マイクロミサイルを上空へ射出する。
雨のように降り注ぐ弾幕。
「オルトロス、迎撃ィッ!」
雪之丞が叫び、オルトロスが残弾の全てを空へ向けて乱射した。空中で無数の爆発が起こり、地下空洞が真昼のように閃光で染まる。
だが、その直後。
――カチッ、カチャカチャッ。
無情な駆動音が響いた。オルトロスのガトリング砲が、完全に弾切れを起こしたのだ。
その隙を逃さず、重戦車蟻の一体が盾の壁を崩して突進し、オルトロスの多関節脚の一本を無慈悲に噛み砕いた。
「クソッ! 俺の機体が!」
「雪之丞、下がれッ!」
信長が雪之丞を突き飛ばし、オルトロスを庇って木刀を突き出すが、殺到するキメラ蟲の質量に押し込まれ、大きく吹き飛ばされた。
泥と血に塗れ、岩壁に叩きつけられる信長。
「……ハァ、ハァ……。ここまで、かよ……」
信長が薄れゆく意識の中で顔を上げると、数千という赤いセンサー眼が、ゆっくりと彼らを包囲し、トドメの砲口を向けていた。
弾切れのドローンと、折れかけた木刀。
二人の命の灯火が消えかけた、まさにその時。
――ズガガガガガガガガガァァァァァァァンッ!!!!
背後の連絡通路の奥から、数千発の曳光弾と、対戦車ミサイルの豪雨が、キメラ蟲の群れに横殴りに叩き込まれた。
『ギギャァァァァッ!?』
突然の超高火力の十字砲火に、前衛のキメラ蟲たちが原型を留めずに粉砕され、後続がたまらず後退していく。
「……な、なんだ!? 親父の援軍か!?」
信長が振り返った先。
大江戸線の地下鉄ホームに繋がる巨大な連絡通路は、一夜にして『要塞』へと変貌していた。
通路を完全に封鎖する分厚いチタン合金のバリケード。その上にズラリと並ぶ、数十基の最新鋭・完全自動追尾型セントリーガン(自動迎撃タワー)。
さらにその後方には、自衛隊の迷彩服ではない、漆黒のタクティカルギアに身を包んだ屈強な男たちが、重機関銃やロケットランチャーを構えて壁を作っていた。
「自衛隊じゃ……ない? 外国人部隊……!?」
雪之丞が目を丸くする。
「お疲れ様です、自衛隊の皆様。ここから先は『私有地』につき、害虫の立ち入りは固くお断りいたしますわ」
要塞の最前線。
硝煙と強酸の悪臭が漂う地下空間に、一切の汚れを知らない純白のパンツスーツを着た女性が、カツカツとヒールを鳴らして歩み出てきた。
桜田リベラである。
彼女の背後には、世界最高峰と謳われるPMC(民間軍事会社)の精鋭たちが、彼女を護衛するように立っている。
「リベラ……さん!? なんであんたが、こんな地下に! それにその重武装の部隊は……!」
信長の驚愕の声に、リベラは手にした漆黒のブラックカードを、まるで扇子のようにパチンと鳴らして微笑んだ。
「龍魔呂さんが目覚めるまでの間、絶対に地上へは行かせないと決めたのです。ですから、桜田財閥の予備資金を『少々』動かし、アメリカの最新鋭セントリーガンを工場ごと買い上げ、世界最強の傭兵部隊を日給一億円で雇い上げましたの」
「こ、工場ごと……!?」
「日給一億!?」
常軌を逸した資本主義の暴力に、陸と空の異端児二人が完全に呆気にとられる。
「国家の予算承認など待っていられませんからね。時は金なり、命も金なり。龍魔呂さんの日常を守るための必要経費ですわ」
リベラが指を鳴らすと、セントリーガンのモーターが一斉に駆動し、暗闇の奥で再び這い寄ろうとしていたキメラ蟲たちへ、寸分の狂いもない弾幕の壁を形成した。
「さぁ、傭兵の皆様! 弾薬の消費は気にしなくて結構です。あの蟲共を1メートルでも地上に近づけたら、ボーナスはカットしますからね!」
「「「イエスマム!!」」」
億の金で動くプロフェッショナルたちが、雄叫びを上げて火線をバラ撒く。
巨大ロボットでもなく、神の力でもない。
ただ一人の令嬢の『執念』と『圧倒的な財力』が、数千の兵器キメラの前に、絶対に越えられない分厚い壁(絶対防衛線)を作り上げたのだ。
「……すげえな、あの令嬢。ある意味、デカブツ(ガオガオン)より怒らせちゃいけねえタイプだぜ」
「……ああ。だが、助かった」
信長と雪之丞は、要塞の陰に崩れ落ち、荒い息を吐きながらも笑い合った。
龍魔呂が不在の絶望的な防衛戦。だが、人間たちは誰一人として諦めてはいなかった。




