EP 3
大深度潜入、陸と空の異端児タッグ
東京・新宿。完全に封鎖された地下鉄大江戸線の、さらにその奥。
普段は決して人が立ち入ることのない『大深度地下インフラ整備用トンネル』は、這い寄るような暗闇と、鼻をつく強酸の悪臭に支配されていた。
「……第1小隊、歩幅を合わせろ。角を曲がる時は必ずクリアリングだ」
フラッシュライトの光の先、泥と血に塗れた迷彩服の坂上信長が、油断なく合金製の木刀とアサルトライフルを構えながら進んでいた。
彼の背後に続くのは、精鋭揃いの陸上自衛隊・第1師団の先遣隊十数名。だが、彼らの顔には色濃く疲労と緊張が滲んでいる。
相手は物理装甲を誇る未知の怪物。頼みの綱であった英雄(龍魔呂)は満身創痍で眠りにつき、戦車もヘリも使えない閉鎖空間。文字通り、生身の歩兵だけで化け物の巣に突っ込むという「死出の行軍」だった。
「……たくっ、なんでエリートパイロットの俺が、こんな泥臭くてカビ臭い地下道なんか歩かなきゃなんねえんだよ」
重苦しい静寂を破る、場違いなほど軽い声。
信長の隣を歩くのは、航空自衛隊のフライトスーツを着崩した平上雪之丞だった。
彼はアサルトライフルすら持っていない。代わりに、頭にはVRゴーグルのような特殊なヘッドセットを被り、手にはどう見ても『最新鋭のゲームコントローラー』にしか見えないデバイスを握りしめていた。
「文句言うな、雪之丞! お前こそ、空も飛べねえのに地下なんかに来て足引っ張るんじゃねえぞ!」
「あァ? 誰に口利いてんだ、脳筋ゴリラ。俺は天才なんだよ。空だろうが地下だろうが、三次元(3D)の空間把握能力なら誰にも負けねえ」
カシャッ、ウィィィン……!
雪之丞がコントローラーのスティックを弾くと、二人の背後を歩いていた『巨大な機械』が、不気味な駆動音を立てて前進した。
早乙女蘭が開発した、月給3億円の特製オモチャ。
四本の多関節脚を持ち、上部にツインガトリング砲とマイクロミサイルポッドを搭載した、全高2メートルの局地制圧用・無人多脚無人機――『オルトロス』である。
「早乙女主任の組んだAIも優秀だが、完全自律じゃ蟲のイレギュラーな動きには対応しきれねえ。だから、俺が『マニュアル操作』でコイツを動かす。FPSゲームのランキング世界1位の腕前、見せてやるよ」
雪之丞がコントローラーのトリガーを引くと、オルトロスの砲塔が滑らかに動き、死角となる天井の通風孔へピタリと狙いを定めた。その動きには、機械特有の遅延が一切ない。
「……フン。ゲームの腕が実戦で通用するか、見せてもらおうじゃねえか」
「おう。俺の機体に傷一つ付けさせねえから、テメェは安心して前で暴れてこい」
口を開けば悪態ばかりの二人だが、その背中の預け合いには、歴戦の戦友のような絶対的な信頼があった。
二人の異端児を先頭に、部隊はさらに深く、光の届かない地下空洞へと足を踏み入れていく。
* * *
――ガサッ。
地下空間の最深部近く。
開けた巨大な空洞に出た瞬間、信長の足元で嫌な音がした。
「……隊長! これ……!」
後続の隊員がライトで照らした先には、赤黒く明滅する、巨大な『卵の殻』のようなものが無数に散乱していた。
それだけではない。周囲の壁には、地上から引きずり込まれたのであろう、無残にひしゃげた自動車や、自衛隊の装甲車のパーツが、酸で溶かされたように転がっている。
「……全員、止まれ! 円陣を組め!」
信長が叫ぶと同時に、雪之丞もゴーグル越しに舌打ちをした。
「おいおいおい……マジかよ。レーダー(索敵)の反応、バグってんのか? この空洞の奥、敵性反応が『数千』だぞ……!」
「数千だと!? 冗談じゃねえ……!」
その時。
暗闇の奥から、ズシン、ズシンと、重々しい金属の足音が響いてきた。
『ギ……ギジジジジッ……』
暗視スコープ越しに『それ』を見た信長は、全身の血が凍りつくような悪寒を覚えた。
「な、なんだアイツは……。蟻……いや、違う!」
闇から姿を現したのは、全長10メートルほどの死蟻型。
しかし、その姿は通常の死蟲機とは決定的に異なっていた。
怪物の背中には、新宿で大破したはずの自衛隊の最新鋭『10式戦車』の砲塔が、まるでヤドカリの殻のように、肉体(装甲)と完全に融合して生えていたのだ。
「戦車の砲塔を……取り込んで、進化してやがるのか……!?」
驚愕する間もなく、その『重戦車蟻』の背中にある120ミリ滑腔砲が、信長たちに向けて砲口を下ろした。蟲の生体エネルギーによってチャージされ、砲身が赤黒い光を帯びる。
「マズい! 全員散開しろォッ!!」
信長の絶叫と同時に、重戦車蟻の砲塔から、オリジナルの戦車砲を遥かに凌ぐ威力の爆発的なレーザー砲が放たれた。
ドゴォォォォォォンッ!!!
地下空洞の岩盤が吹き飛び、凄まじい熱波と爆風が自衛隊員たちを襲う。
「雪之丞ッ!!」
「言われなくても! 喰らいな、クソ蟲がァッ!!」
雪之丞の神業的なコントローラー操作により、多脚ドローン『オルトロス』が爆風の中をスライディングで抜け出し、重戦車蟻の側面へと回り込む。
ツインガトリング砲が火を噴き、秒間数十発の徹甲弾が怪物の関節部へと叩き込まれた。
『ギシャァァァァッ!!』
「信長! 脚を止めたぞ、やっちまえ!!」
「オォォォォォッ!!」
信長が土煙を突き破り、弾丸のような踏み込みで怪物へと肉薄する。
振り被った合金製の木刀。北辰一刀流の鋭い気合いと共に、重戦車蟻の砲塔の根元(融合部分)へ、渾身の打撃が叩き込まれた。
バキィィィンッ!!
装甲が砕け散り、怪物が断末魔を上げて崩れ落ちる。
「……ハァ、ハァ……。やったか……!」
信長が木刀を構え直した、その時。
『ギジジ……』『ギシャァァッ!』『ギィィィン……』
倒れた重戦車蟻の奥、底知れぬ暗闇の中から、無数の赤いセンサー眼が一斉に点灯した。
10式戦車を取り込んだ個体。
戦闘機のミサイルポッドを両腕に備えた個体。
多連装ロケットシステムを背負った巨大な百足。
人間の兵器の『力』を学習し、悪夢の兵器と化した『キメラ蟲』の軍団が、地下空洞を埋め尽くすほどの数で、信長たちを完全包囲していた。
「……おい雪之丞。オルトロスの弾、何発残ってる?」
「……ざっと二千発。だが、相手がこの数じゃあ、1分も保たねえな」
雪之丞は冷や汗を流しながらも、コントローラーを握る手に力を込めた。
信長も、折れそうな心を奮い立たせ、木刀を正眼に構える。
「……なら、1分間で全部ぶっ叩くぞ。死神が来るまで、陸と空の意地、見せつけてやろうぜ」
退路はない。
絶望的な数と火力を誇る兵器キメラの軍団に対し、泥だらけの自衛官とゲームコントローラーを握るパイロットによる、大深度地下の死闘の幕が切って落とされた。




