EP 2
神々の真実、知られざる防衛戦
龍魔呂が医療用カプセルで深い眠りについている頃。
銀座『たつまろ(KISHIN)』の二階、普段は龍魔呂の居住スペースとして使われている和室では、かつてないほど情けない光景が広がっていた。
「あー……無理、もう一歩も動けない。指先からマナの欠片も出ないわ……」
「ワレ……ワシの背中、ちょっと踏んでくれや。腰が……腰の骨が砕けそうじゃ……」
畳の上に大の字になって倒れているのは、毛玉だらけのジャージを着た女神ルチアナと、ボロボロのアルマーニを着崩した邪神デュアダロスだった。
二人の顔は土気色で、目元には真っ黒なクマができている。神としての威厳たる『神気』は完全に底を突き、その辺のくたびれたフリーターとヤクザのオッサンにしか見えない。
「……アンタら、新宿がぶっ壊れかけてる時に、ここで何サボってやがったんだ!」
四神を代表して、白虎がプリプリと怒りながら二人に噛み付いた。
しかし、ルチアナは畳に頬擦りしたまま、虚ろな目で笑った。
「サボってたぁ? バカ言いなさい。……アイツ(ワイズ)が新宿の上空に無数のゲートを開いた時、空間の歪みが臨界点を突破して、東京全土が『天魔窟』に呑み込まれかけてたのよ」
「なっ……!?」
「龍魔呂がブチギレて暴走してた裏で、誰がその空間の崩壊を『手縫い』で繋ぎ止めてたと思ってんのよ。……私と、このヤクザのオッサンが、持てる神気の100パーセントを注ぎ込んで、ギリギリで東京の物理法則を維持してたのよ!」
デュアダロスも、痛む腰をさすりながら忌々しそうに吐き捨てた。
「ホンマじゃ。ワイズのバカがポンポン穴を開けよってからに。ワシらが結界を張っとらんかったら、龍魔呂が正気に戻る前に、あの令嬢も親父も、東京の街ごと空間の底に落ちてミンチになっとったわい」
その事実を聞かされ、四神たちは絶句した。
創造神と破壊神。二柱の最高位の神々は、文句を言いながらも、龍魔呂が愛した『日常(東京)』を水面下で必死に守り抜いていたのだ。
しかし、その代償は重い。
「……で、どうするんじゃルチアナ。ワシら、神気を使い果たして、今はただの『人間』と同じじゃぞ。チャカ一発撃たれたら普通に死ぬわ」
「どうしようもないわよ。神気が回復するまで、最低でも一週間はここで寝転がってるしかないわ。……あーあ、せっかくの休みなのにソシャゲのログインボーナスも受け取れない……」
最強の矛である龍魔呂だけでなく、絶対的な抑止力であった神々すらも、完全に戦線から離脱(無力化)してしまったのだ。
* * *
時を同じくして。
東京湾・護衛艦『いずも』のCIC(戦闘指揮所)は、夜明け前だというのに騒然としていた。
「司令! 第3システムから異常なソナー波形が送られてきました!」
早乙女蘭が、徹夜の糖分補給のためのマカロンをかじりながら、メインモニターに東京の地下構造の立体マップを投影した。
坂上真一が、コーヒーキャンディをガリッと噛み砕いて身を乗り出す。
「……大深度地下。使われていない巨大な空洞エリアか。何がいる?」
「わかりません。ですが、新宿の瓦礫の中にあった自衛隊の兵器のスクラップが、次々とこのポイントへ『引きずり込まれて』います。……それだけじゃありません。地下の空洞の中で、未知の金属反応が爆発的に増殖しています!」
蘭の月給3億円の頭脳が弾き出した最悪の推測。
真一は眉間に深いシワを寄せ、拳をデスクに叩きつけた。
「……まさか、残骸を『喰って』やがるのか。ただの虫ケラが、人間の兵器を取り込んで進化しているとでも言うのか!」
「データはそう示しています。現在、地下空間には数万……いえ、数十万の『未確認の機械反応』が密集しています。もしこれらが地上へ溢れ出せば、今度こそ東京は終わりです」
重苦しい沈黙がCICを支配する。
ガオガオンはいない。それを操る龍魔呂も、生死の境を彷徨っている。
頼みの綱である神々も使い物にならない。
つまり、この未曾有の危機に対し、人類は『自分たちの力だけ』で立ち向かわなければならないのだ。
「……地下鉄の通路と大深度空間じゃ、戦車は入れねえ。完全に歩兵(生身)による閉所戦闘になるな」
真一は決断を下すように、通信機のマイクを手に取った。
「こちら出雲艦隊・坂上真一。陸上自衛隊・練馬駐屯地の第1師団へ通達」
真一の声が、傷ついた隊員たちが休息を取る野戦テントへと響き渡る。
「……坂上信長1尉。生きてるか」
『――親父。……いや、司令。』
通信機から返ってきたのは、全身に包帯を巻き、木刀を杖代わりにして立ち上がった信長の、泥臭くも力強い声だった。
『当たり前だ。これしきの傷で、陸の盾が倒れるかよ』
「上等だ。……新宿の地下から、バケモノの群れが湧き出ようとしている。戦車は使えん。歩兵部隊による先遣隊を編成し、大深度地下の敵性反応を叩け」
それは、ほとんど死地に赴けと言うに等しい命令だった。
相手は人間の兵器を取り込んで進化したキメラ蟲。それを生身の歩兵で止めろというのだ。
だが、信長は少しも怯むことなく、ニヤリと笑った。
『了解した。……あのマスター(龍魔呂)には、でっかい借りができたからな。アイツがゆっくり眠れるように、今度は俺たちが泥を被る番だ』
「……死ぬなよ、信長。それと、お前の部隊に『空の厄介者』を一人派遣する。こき使ってやれ」
真一が通信を切ると、CICの扉が開き、不満そうな顔をした平上雪之丞が入ってきた。
「ちょっと司令! 俺はF-35Bのパイロットっスよ! なんで俺が、あの脳筋ゴリラ(信長)と一緒に、ジメジメした地下に行かなきゃなんないんスか!」
「空を飛ぶ機体がねえんだから仕方ねえだろ。テメェの天才的な操縦技術、地下で存分に活かしてこい」
真一が顎で指し示すと、早乙女蘭が不敵な笑みを浮かべて、一台の巨大なジュラルミンケースをドンッと机に置いた。
「月給3億円の私の特製よ。平上空尉、あなたのゲームの腕前、見せてもらうわよ」
ケースが開かれ、その中身を見た雪之丞の目が、ゲーマーとしての凶悪な光を帯びてギラリと輝いた。
「……マジかよ。こいつは……面白えオモチャじゃねえか」
人類の意地と、最強の異端児タッグが、光の届かない地下の死地へと足を踏み入れようとしていた。




