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第三章 大深度地下防衛戦と、不屈の魂たち

死神の代償と、地下で蠢く鋼の胎動

 新宿を絶望の底から救い出した、奇跡の夜から数時間後。

 銀座の地下BAR『KISHIN』の奥に隠された広大な隠し部屋(旧桜田財閥・秘密金庫跡)には、店の雰囲気とはおよそ不釣り合いな、巨大で無機質なカプセルが鎮座していた。

「……大げさすぎる。俺はただの筋肉痛だ」

 薄暗い照明の中、淡く発光する特殊培養液で満たされた医療用カプセルの内側から、龍魔呂が顔をしかめて呟いた。

 酸素マスクをつけられ、全身に無数のモニタリング用ケーブルを繋がれたその姿は、痛々しいという言葉すら生温い。

「強がらないでください。……『全身の筋繊維の70%が断裂、重度の内臓疲労および毛細血管の破裂』。これがただの筋肉痛なら、医学書は全て書き直しですわ」

 カプセルの外でタブレット端末を握りしめ、桜田リベラが怒りと悲痛の入り混じった声で叱責した。

 純白のワンピースを高級なパンツスーツに着替えた彼女は、龍魔呂の身体が限界を超えていることに誰よりも早く気づき、桜田財閥のコネクションと数百億円の私財を即座に投じて、この最新鋭の再生医療カプセルを地下室へ運び込ませたのだ。

「電子制御(OS)を切った5万トンの機体を、ご自身の『気』と『肉体』だけで動かすなど……自殺行為にも程があります。あなたはもう、伝説の暗殺者でも死神でもないのですから」

「……」

 リベラの言葉に返す言葉もなく、龍魔呂は静かに目を閉じた。

 全身を苛む激痛は、培養液の鎮痛作用をもってしても完全に消え去ってはいない。指一本動かすことすら困難な、完全なる機能不全。これが、人間の限界を超えて『神の力』を無理矢理ねじ伏せた絶対的な代償デバフだった。

『……すまねえ、龍魔呂。俺様たちが不甲斐ないばかりに、テメェ一人に無茶をさせちまった』

 カプセルの足元で、中型犬サイズに縮んだガオンが、耳を伏せてシュンとしていた。

 四神の青龍や白虎たちも、普段の騒がしさはどこへやら、自分たちの無力さを噛み締めるように黙り込んでいる。

「お前たちのせいじゃない。俺が未熟だっただけだ。……少し、眠る」

 培養液の中で龍魔呂の意識が深い微睡みへと沈んでいくのを看取り、リベラは静かに隠し部屋の扉を閉めた。

 彼女の美しい顔には、冷徹な令嬢弁護士としての凄みが戻っていた。

「……龍魔呂さんが目覚めるまでの間、この店の平穏は、私が全てを賭けて守り抜きます」

     * * *

 龍魔呂が絶対的な眠りについた頃。

 地上では、自衛隊と警察による新宿の瓦礫撤去と生存者救出が夜通しで行われていた。

「おい、こっちの10式戦車の残骸、クレーンで運ぶぞ! ……ん?」

 サーチライトが照らす中、作業に当たっていた陸上自衛隊の隊員が、首を傾げた。

 死甲虫型デス・ビートルの突進で大破したはずの、最新鋭の10式戦車。その分厚い複合装甲の破片や、ひしゃげた120ミリ滑腔砲の砲身が、不自然に『減っている』のだ。

「なんだこりゃ……金属が、溶かされたような断面……」

 隊員が訝しげに瓦礫の奥を覗き込んだ、その時。

 アスファルトの深い亀裂の奥から、ズルリと、巨大な『顎』が姿を現した。

「ヒッ……!?」

 隊員が悲鳴を上げる間もなく、強酸の涎を垂らしたその怪物は、10式戦車の残骸をバキバキと音を立てて咀嚼し、地下の暗闇へと引きずり込んでいった。

     * * *

 東京・大深度地下空間。

 数万の卵を産み落とした『死王蟻型デス・クイーン・アント』のコロニーでは、悍ましい『進化』の儀式が行われていた。

『ギジジ……ギィィィン……』

 孵化した無数の死蟻型デス・アントたちは、地上から持ち帰った自衛隊の戦車や、戦闘機の残骸、さらにはミサイルポッドのスクラップに群がり、自らの体液でそれを溶かしては『捕食』していた。

 機械を喰らい、その構造を解析し、自らの肉体(金属甲殻)へと再構築する。

 それは、ただ数で押し潰すだけだった昆虫型の怪物が、人間の生み出した兵器の『知恵』を学習し始めた瞬間だった。

 暗闇の中で、赤いセンサーの眼が次々と灯る。

 ある者は、背中に120ミリ滑腔砲を融合させた『重戦車蟻』へ。

 ある者は、両腕にミサイルポッドを取り込んだ『弾幕蟷螂』へ。

 兵器と蟲が融合した、悪夢のような『兵器キメラ』たちが、次々と産声を上げていた。

『ア……アハハハハッ!! 素晴らしい! 素晴らしいよ私の子供たち!』

 狂える道化ワイズの笑い声が、地下空洞に不気味に反響する。

『英雄殿はもうボロボロで動けない! ならば、君たちが新しいおもちゃ(兵器)を使って、あのうるさい人間どもを一人残らずミンチにしておやり!』

 地上の光が届かない絶対の闇の中で。

 最強の矛(龍魔呂)を失った東京に向け、かつてない知性と火力を備えた『真の絶望』が、静かに這い上がろうとしていた。

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