EP 2
ガコンッ!! という鋼鉄の顎が噛み合わさる轟音が銀座の交差点に響き渡った。
アスファルトが砕け散り、土煙が舞い上がる。
しかし、20メートル級の死蟲機が咀嚼したのは、冷たいコンクリートの破片だけだった。
「え……?」
目を固く閉じていたOLが恐る恐る目を開けると、そこは先ほどまで自分が尻餅をついていた車道ではなく、安全なビルの陰だった。
彼女の腰を抱え、軽々と救い出したのは、赤いラインのジャケットを着た龍魔呂だ。
人間の動体視力を凌駕する神速の歩法――古流武術と殺人術を融合させた**鬼神流**の「縮地」である。
「立てるか? ここから先は俺の『厨房』に入り込むなよ。火傷じゃ済まない」
龍魔呂は女性を降ろすと、背を向けたまま冷たく、しかし確かな気遣いを込めて言い放つ。
獲物を逃したことに気づいた死蟲機が、奇怪な機械音を鳴らしながらギロリと龍魔呂を睨みつけた。
その巨大な口から、金属すらドロドロに溶かす強酸の塊が吐き出される。
「……汚ねえな。銀座をどこだと思ってんだ」
龍魔呂は眉一つ動かさず、ジャケットの下から抜いた愛銃『Korth NXS』を構えた。
狙いを定めるモーションすら省いた、流れるような早撃ち(ファスト・ドロウ)。
放たれた大口径のマグナム弾は、迫り来る強酸の液の「中心」を正確に撃ち抜き、衝撃波で酸を四散させる。
さらに龍魔呂は地を蹴り、垂直のビルの壁を数歩駆け上がって宙へと跳んだ。
「死を呼ぶ数字を教えてやる。――『4』だ」
空中から放たれた4発の銃弾。
それは、死蟲機の分厚い装甲の継ぎ目――わずか数ミリの駆動部という「急所」に狂いなく全弾吸い込まれた。
『ギ、ギギ……ッ!?』
関節を破壊され、体勢を崩す巨大な死蟲機。
いかに伝説の暗殺者とはいえ、生身の人間が20メートルの巨大兵器を圧倒する異常な光景。
だが、敵は一体ではなかった。
『天魔窟』から次々と新たな死蟲機が這い出してくる。空からは死蜂型が毒針のミサイルを乱射し、地中からは死百足型がアスファルトを突き破って現れた。
さしもの龍魔呂も、この物量を前に女を守りながら戦うのは困難かと思われた、その時だった。
『ガアアアアアアアアアアッ!!』
天地を震わせるような、猛獣の咆哮。
空から降ってきた死蜂型の一体を、凄まじい速度で飛びかかった「鋼鉄の獣」が噛み砕いた。
「なんだ、アレは……?」
龍魔呂が目を細める。
そこに降り立ったのは、車ほどの大きさを持つメカライオンだった。
黄金のたてがみを持つその機械獣――聖獣ガオンは、着地するなり周囲の人間たちに向かって電子音声で怒鳴り散らした。
『チッ! どいつもこいつも逃げ遅れやがって! トロいんだよ人間共! 足手まといなんだよ!』
口では悪態をつきながらも、ガオンは決して人間の前から動かない。自らが盾となり、死百足型の強烈な体当たりを真正面から受け止めた。
ギガガガガッ!! と激しい火花が散る。
ガオンの装甲は既にボロボロだった。四神が姿を消してから今まで、たった一匹で東京中の死蟲機を相手に孤軍奮闘してきた証だ。
『限界か……ッ! クソッ、他のバカ共(四神)はどこ行きやがった! ワイズの野郎、こんな数……っ!』
多勢に無勢。ついにガオンは死百足型の巨大な尾で弾き飛ばされ、龍魔呂のすぐ近くのビルに激突した。
機能停止寸前のガオンに、三体の死蟲機がとどめを刺そうと迫る。
「……おい」
絶体絶命のメカライオンの前に、ゆっくりと歩み出た影があった。
龍魔呂だ。
彼はポケットから角砂糖を取り出し、ガリッと噛み砕きながら、呆れたようにガオンを見下ろした。
「ずいぶんと口の悪い猫だな。だが、その背中で誰かを守ろうとする意地は、嫌いじゃない」
『テ、テメェ……人間! なんで逃げねえ!? さっさとズラかりやがれ!』
ガオンは驚愕した。
目の前の男は、恐怖に顔を歪めるどころか、その瞳に底知れぬ「怒り」と「殺意」を宿している。それは、自分が今まで見てきたどの人間とも違う、絶対的な強者の目だった。
「逃げる理由がない。這裡是俺の店の真ん前だ。俺の客を脅かし、俺の日常を壊そうとする害虫は――」
龍魔呂はKorthのリボルバーをカチャリとリロードし、死蟲機の群れを見据えた。
「――俺が全員、処刑する」
その言葉が引き金となった。
龍魔呂の内に秘められた「弱者を守るという苛烈な正義感」と「決して折れない不屈の魂」が、ガオンのコアと強烈に共鳴し始めたのだ。
ガオンの黄金のたてがみが、眩いばかりの光を放ち始める。
『……ハッ。言うじゃねえか、人間。テメェのその狂った目……気に入ったぜ!』
ガオンが咆哮を上げる。
その瞬間、龍魔呂の脳内に直接、一つの言葉が刻み込まれた。
それは、伝説の聖獣が真の強者にのみ与える契約の証。
――マスタースキル『聖獣合体』の覚醒であった。




