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EP 1

東京、銀座。

表通りの喧騒から少し離れた路地裏に、その店はひっそりと佇んでいる。

看板には、小さく『龍』とだけ刻まれていた。

トトトトトトトトッ――。

静寂に包まれた店内に、神速の包丁捌きが心地よいリズムを刻む。

まな板の上の大根は、瞬きする間に寸分違わぬ美しい千切りへと姿を変えていた。それは単なる調理技術というより、洗練された武術の「型」に近い。

「……お待たせしました。本日の裏メニュー、大根と牛すじの煮込みです」

白木のカウンター越しに小鉢を差し出したのは、黒をベースに深い真紅のラインが入ったジャケットを着こなす青年だった。

鬼神きしん 龍魔呂たつまろ、22歳。

昼は和食を出す小料理屋、夜はBARとなるこの店の若き主である。

「あ、ありがとうございます……っ」

小鉢を受け取ったOL風の女性客は、出汁の香りよりも、目の前に立つ青年の顔に見惚れて顔を赤くしていた。

驚くほど端正な顔立ち。しかし、その瞳の奥にはどこか深い憂いと、拭いきれない孤独の色が落ちている。

その「放っておけない」アンバランスな魅力が、銀座中の女性を惹きつけてやまない。今日も店内は、料理ではなく彼を目当てに訪れた女性客で満席だった。

「外は冷えますから。温かいうちにどうぞ」

龍魔呂は女性客を等しく慈しむような、ひどく優しい微笑みを浮かべる。

本人は無自覚な天然の振る舞いだが、女性客はそれだけで心臓を射抜かれたようにため息をついた。

――この平穏な時間が、少しでも長く続けばいい。

龍魔呂は心の中で独りごちながら、ポケットから取り出した角砂糖を無造作に口に放り込み、ガリッと噛み砕いた。

舌に広がる強烈な甘味が、かつてスラムのゴミ山で弟のユウと分け合った「泥水のような記憶」を脳の奥底へと押し留めてくれる。

ここは平和な日本だ。自分が生き抜き、そして血に染まってまで守りたかった「普通の生活」がここにある。

昼の営業を終え、夜のBARタイムに向けた仕込みの合間。

龍魔呂は店の裏口から路地に出ると、愛煙するマルボロの赤を取り出し、火を点けた。

重い紫煙を深く吸い込み、細く吐き出す。

その時だった。

――ゴゴゴゴゴゴゴゴォォォォォッ!!

突如として、銀座の地面が内臓を揺らすような重低音と共に激しく震えた。

地震ではない。空間そのものが歪むような、異様な振動。

「……なんだ?」

龍魔呂が鋭い視線を空に向けると、信じられない光景が広がっていた。

銀座四丁目交差点の上空、青空がまるでガラスのように「ひび割れ」ていたのだ。

パリーンッ! という次元の砕けるような音と共に、空に巨大なブラックホールのような漆黒の穴――『天魔窟』が開通した。

『ギャアアアアアアアアアアッ!!』

鼓膜を劈くような異形の咆哮。

空に開いた穴から、黒々とした巨大な影が次々と東京の街へ降り注ぐ。

ズシンッ!! と重い音を立てて銀座のメインストリートに降り立ったのは、全高20メートルはあろうかという、機械と甲虫が融合したようなおぞましい巨大兵器『死蟲機デスマキナ』の死蟻型だった。

「な、なんだあれ!?」

「逃げろ!! バケモノだぁっ!!」

平穏だった銀座の街は、一瞬にして阿鼻叫喚の地獄へと変貌した。

死蟲機が口から強酸の液を吐き出すと、高級ブランドのビルがまるで飴細工のように溶け落ちる。

「きゃあああああっ!!」

逃げ惑う群衆の中、悲鳴を上げて派手に転倒した女性がいた。

先ほどまで龍魔呂の店で嬉しそうに煮込みを食べていた、あのOLだ。

捻挫したのか、立ち上がれない彼女の頭上に、巨大な死蟲機が凶悪な顎を軋ませながら巨大な影を落とす。

周囲の人間は誰も助けようとしない。自らの命を守るのに必死だ。

警察官が拳銃を撃っているが、鋼鉄の装甲には傷一つ付かない。

誰もが、彼女の死を確信した。

――しかし。

「……せっかくの静かな時間が、台無しじゃねえか」

龍魔呂は全く慌てる様子もなく、吸いかけのマルボロを携帯灰皿に丁寧にしまい込んだ。

そして、ジャケットの内側に手を伸ばす。

指先が触れたのは、特注のホルスターに収められた冷たい鋼鉄の感触。ドイツ製の超高級リボルバー『Korth NXS』。

かつて地下格闘場で無敗を誇り、裏社会で『DEATH4』と恐れられた伝説の暗殺者は、ひどく冷酷な、それでいてどこか哀しげな瞳で死蟲機を睨み据えた。

「女性を冷えの中に帰すのは、俺の流儀じゃない」

次の瞬間、龍魔呂の姿が路地裏からフッと「消失」した。

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