EP 7
漆黒の暴走、冷酷なる殺人鬼の目覚め
「ア……ア、ァァァァァァァァァァァァッ!!!」
血を吐くような絶叫が、新宿のビル群にこだました。
子供たちの悲鳴を増幅させるワイズの悪辣なスピーカー音。それが、龍魔呂の魂に厳重にかけられていた『人間としての鎖』を完全に引きちぎった。
――ユウ。俺の、たった一人の弟。
――ごめんな、助けられなくて。痛かったよな。
脳髄を焦がす過去のフラッシュバック。
次の瞬間、龍魔呂の身体から、全ての「熱」が消え失せた。
「……おい、マスター……?」
すぐそばにいた坂上信長は、本能的な『死の恐怖』に全身の毛を逆立て、一歩後ずさった。
先程まで血まみれになりながらも「人を守る」ために立ち上がっていた青年の姿は、そこにはない。
焦点の合わない漆黒の瞳。無表情にダラリと垂れ下がった両腕。
そこにいるのは、悲鳴の元凶をただ物理的に排除するためだけに稼働する、血の通わない冷酷なる殺人鬼――『DEATH4』だった。
『アハハハッ! 壊れた! 壊れたねぇ! さぁ、絶望に泣き叫びながら、私の蜘蛛に焼かれ……』
モニターの向こうで嗤うワイズの言葉を遮るように、龍魔呂の口から、抑揚のない極寒の声が漏れた。
「……ガオン。出ろ」
ポツリと呟かれたその一言は、虚空にいる聖獣たちのコアに直接、呪いのように絡みついた。
『なっ……!? おい人間、テメェの気、どうなってやがる! 黒い……黒すぎるぞ! まるで底なしの泥沼じゃねえか!』
通信機越しにガオンが悲鳴を上げる。
青龍も、白虎も、朱雀も、玄武も、龍魔呂から流れ込んでくる異常なまでの『殺意』と『虚無』のエネルギーに耐えきれず、苦悶の声を上げた。
『ダメだ、このままじゃ俺たちのコアが……乗っ取られるゥッ!!』
OS(電子制御)を切った状態での完全な直結。
それは、パイロットの精神状態がダイレクトに機体へ反映されることを意味する。
ズドォォォォォンッ!!
天を割り、新宿の空から五つの光が落ちてきた。
しかし、それは以前のような神々しい黄金の閃光ではない。周囲の光を全て吸い込むような、禍々しく赤黒い『漆黒の雷』だった。
雷が龍魔呂を包み込み、全高50メートルの機体が顕現する。
――暴走聖獣機神・黒ガオガオン。
黄金だった装甲は血を吸ったように赤黒く染まり、胸の獅子の瞳は、理性を失った真紅の光を放っている。機体から立ち昇る漆黒のオーラは、ただそこに存在するだけで、周囲のアスファルトを腐食させるほどの瘴気を帯びていた。
「な……なんだよ、あれ……」
信長は、震える足でへたり込んだ。先ほど自分たちを助けてくれた、頼もしい背中ではない。紛れもない「魔神」がそこに立っていた。
『ア、アハハ……? すごい色だね、でも、図体がデカくても糸で縛っちゃえば……』
ワイズがモニター越しに死蜘蛛型へ命令を下そうとした。
しかし、DEATH4となった龍魔呂の動きは、システムによる遅延を一切許さない。
――ズパァッ!!
「……え?」
子供たちに火炎放射を浴びせようとしていた一体の死蜘蛛型が、一瞬にして『四等分』に切り刻まれ、爆発四散した。
黒ガオガオンの右腕、蒼龍の顎には、黄金ではなく赤黒く染まった『呪獣剣』が握られていた。誰も、彼が剣を振り下ろす軌道すら見えなかった。
『ば、バカな……!? 蜘蛛ども、一斉に糸を吐け! 奴を縛り上げろ!』
周囲の高層ビルに張り付いていた十数体の死蜘蛛型が、一斉に特殊カーボン製の粘着糸を黒ガオガオンに向けて乱射する。
だが、黒ガオガオンは回避すらしない。
糸が赤黒い装甲に触れた瞬間、纏っている強烈な「殺意の瘴気」によって、鋼鉄以上の強度を持つ糸がシュウゥゥ……と音を立てて灰のように消滅してしまったのだ。
「……五月蝿い。消えろ」
コクピットの龍魔呂が、虚ろな瞳のまま右腕を薙ぎ払う。
放たれた赤黒い剣閃は、死蜘蛛型たちを両断するだけでなく、背後の高層ビル群ごと、豆腐のように真っ二つに切り裂いた。
ズガガガガガァァァァンッ!!!
斜めに切断されたビルが崩落し、新宿の街に未曾有の被害をもたらす。
敵を倒すためなら、街の被害など一切考慮しない。それが『システム』となったDEATH4の戦い方だった。
『ヒッ……!? なんだ、なんなんだそのデタラメな力は!』
ワイズの顔から、ついに余裕の笑みが消え失せた。
自身の「子供の悲鳴を聞かせる」という遊戯が、絶対に触れてはならない神の逆鱗を――いや、地獄の釜の蓋を直接こじ開けてしまったことに気づいたのだ。
『だ、出ろォ! 死蠍型! 奴の関節に猛毒を打ち込め! 機体を腐らせろ!』
空間の裂け目から、全長25メートルに及ぶ巨大な蠍が現れた。
死蠍型は、金属すらドロドロに溶かす紫色の猛毒ミストを周囲に散布しながら、太い尾の針を黒ガオガオンの膝関節めがけて突き刺した。
ガィィンッ! と嫌な音が響き、装甲の隙間から猛毒が機体内部へ注入される。
直結している龍魔呂の肉体にも、神経を焼き切られるような激痛がフィードバックしたはずだ。
――しかし。
「……邪魔だ」
龍魔呂の表情は、一ミリも動かなかった。
痛覚すらも完全に遮断し、ただ標的を破壊する。
黒ガオガオンは、脚に突き刺さった蠍の尾を左腕(白虎)で無造作に掴むと、そのまま強引に引きちぎった。
『ギシャァァァァッ!?』
緑色の体液を撒き散らして悶絶する死蠍型。
黒ガオガオンは、その巨大な蠍の頭部を無慈悲に踏み潰し、そのままゴリゴリと原型を留めなくなるまで粉砕し続けた。
『あ、あぁ……アァァァッ……!!』
モニターの中のワイズが、恐怖に顔を引き攣らせて後ずさる。
ものの数分。
ワイズが放った強力な死蟲機の軍勢は、暴走した死神の手によって、ただの鉄屑の山へと変えられた。
新宿を覆っていた蜘蛛の糸も燃え尽き、静寂が訪れる。
――だが、真の恐怖はここからだった。
「ひぃ……うわぁぁぁんっ!!」
炎と瓦礫の海と化した新宿で、糸から解放された子供たちが、黒ガオガオンの禍々しい姿に恐怖し、泣き声を上げたのだ。
ピクリ。
コクピットの中で、龍魔呂の首が不気味な角度で傾いた。
「……悲鳴。……うるさい。……消さなきゃ」
DEATH4となった彼にとって、敵味方の区別はない。
ただ、『悲鳴を上げる存在』と『悲鳴の元凶』を物理的に消去するのみ。
黒ガオガオンが、ゆっくりと振り返り、赤黒く染まった呪獣剣を……足元で震える信長と、泣き叫ぶ子供たちへ向けて高く振り上げた。
「マ、マスター……!? 嘘だろ、俺たちだぞ! 目を覚ませ!!」
信長が絶叫するが、その声は虚無の底には届かない。
冷酷なる刃が、無防備な人間たちに向けて振り下ろされようとした、まさにその絶対絶命の瞬間。
――バアァァァァァァンッ!!!
新宿の上空から、音速を超えて飛来した『白亜の砲弾』が、黒ガオガオンの顔面に凄まじい勢いで激突した。
「……目を覚ませ、バカ野郎がァァァァァッ!!!」
激突と同時に響き渡ったのは、海上自衛隊総司令官・坂上真一の怒り狂った咆哮だった。




