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EP 6

ワイズの遊戯ゲーム、東京を覆う蜘蛛の巣

 瓦礫の山と化した新宿。

 沈黙した巨大な死甲虫型の足元で、龍魔呂はふらつく足取りで、奇跡的に無傷だった漆黒のバイクへと歩み寄った。

「お、おい! 大丈夫かよ! あんた、全身から血が……っ!」

 信長が慌てて駆け寄り、肩を貸そうとする。しかし龍魔呂はそれを手で制し、バイクのシートに力なく寄りかかった。

 OSという「補助輪」を外し、50メートルの鋼鉄を自らの肉体と気だけで操作した代償。筋繊維はズタズタに引き裂かれ、内臓にも深刻なダメージを受けていた。

「……触るな。血がつくぞ、自衛隊員」

「そんな強がり言ってる場合か! 救護班を呼ぶ! あんたは命の恩人だ、俺たち陸自が絶対に……」

 信長が通信機を取ろうとした、その時だった。

『――ブラボー。ブラァァァァボーッ!! 素晴らしい演武だったよ、英雄殿!!』

 新宿アルタの大型ビジョンをはじめ、周囲の破壊を免れた全てのモニターに、突如としてノイズ混じりの映像が割り込んだ。

 左半分が金属の仮面に覆われた、狂える道化――魔人ワイズだ。

 彼は血の涙を流しながら、画面の向こうで狂ったように拍手喝采を送っていた。

『まさかシステムを切って、マニュアル(生身)で動かすなんてね! 予想外だったよ。でも……見てよ、そのボロボロの身体! 力と技で勝っても、人間の肉体の限界なんてそんなものさ!』

 ワイズの嘲笑が、死の静寂に包まれた新宿に響き渡る。

 龍魔呂は血を吐きながら、冷たい瞳でビジョンを見上げた。

「……御託はいい。次の『ゴミ』を出せ」

『アハハッ! 怖い怖い! でもね、もう力比べ(ロボットバトル)は終わりだ。君の体も限界みたいだし、何より……私、最高に面白い「ゲーム」を思いついちゃったんだ』

 ワイズが指を鳴らす。

 瞬間、新宿だけでなく、渋谷、六本木、池袋――東京のあらゆる主要都市の上空に、巨大な次元の裂け目(天魔窟のゲート)が一斉に開いた。

『さぁ、おいで私の可愛い紡ぎ手たち! 東京の街を、極上の処刑場ステージにデコレーションしておくれ!』

 ゲートから次々と這い出してきたのは、全長30メートルに及ぶ八本脚の悪魔――『死蜘蛛型デス・スパイダー』の群れだった。

 彼らは高層ビルの壁面や鉄塔に張り付くと、巨大な腹部から白く濁った『粘着糸』を、逃げ惑う群衆に向けて放射状に吐き出し始めた。

「うわぁぁっ!?」

「きゃあああっ! 助けて、体が動かない……っ!」

 特殊カーボン製の粘着糸は、強靭な鋼のワイヤーのごとき強度を持っていた。

 車も、信号機も、そして人間たちも、一瞬にして巨大な「蜘蛛の巣」に絡め取られ、身動きを封じられていく。

 信長の部下である自衛隊員たちも、撃ち落とす間もなく糸に縛り上げられ、アスファルトに縫い付けられた。

「くそっ、なんだこの糸! 刃物じゃ斬れねえぞ!」

 信長が合金木刀で糸を叩き切ろうとするが、信長の足元すらも瞬く間に白い糸に覆われていく。

『もがくなもがくな。この糸はね、これからのショーのための「拘束具」さ。……さぁ、準備はいいかい、龍魔呂?』

 モニターの中のワイズが、酷薄な笑みを極限まで吊り上げた。

『君は、力が強すぎる。だから、その力を「出せなく」してあげる。……死蜘蛛たちよ、まずは可愛らしい「希望の種」から、こんがりと焼き上げておやり!』

 新宿の広場。

 蜘蛛の巣に絡め取られ、泣き叫んでいる幼稚園児たちの集団。

 その頭上へ這い寄った一体の死蜘蛛型が、不気味な口器を開いた。口の奥で、数千度の『火炎放射』の予備動作である赤い光が明滅する。

 一瞬で焼き殺すのではない。

 恐怖を与え、じわじわと炙り殺すための、最悪のなぶり殺しの構え。

「や、やめろォォォッ!!」

 信長が絶叫する。

 しかし、ワイズの悪辣さはそれだけに留まらなかった。

 彼は都内の防災無線や、街頭スピーカーのシステムを完全にジャックし、ある『音声』のボリュームを最大まで引き上げたのだ。

『ママーッ! パパァッ!』

『助けて、熱いよォッ! 助けてェェェッ!!』

 拡声器を通じて、東京中に「子供たちの絶望の悲鳴」が大音量で響き渡った。

「――ッ!!」

 その声を聴いた瞬間。

 バイクに寄りかかっていた龍魔呂の身体が、ビクンッ! と大きく跳ねた。

「おい、マスター!? どうしたんだ!」

 信長が振り返ると、そこには信じられない光景があった。

 どんな絶地にあっても、決して取り乱さず、冷徹に敵を処刑し続けてきた男の顔から、すべての血の気が失せていたのだ。

 焦点の合わない瞳。小刻みに震える両手。

 龍魔呂の脳裏で、分厚い鉄の扉がこじ開けられる。

 ――やめて、痛いよ、兄ちゃん! 兄ちゃぁぁぁん!!

 かつて地下格闘場で、自分の目の前で少年兵に刺し殺された弟・ユウの断末魔。

 どれだけ血で洗い流そうとも、決して消えることのない彼の魂に刻まれた『致命傷トラウマ』。

『アハハハハハッ! いい顔だ、龍魔呂ォ! 聞こえるか、君が守りたかった日常が、泣き叫んで燃え落ちる音がァ!』

「ア……」

 龍魔呂の喉から、ひび割れたような音が漏れた。

 彼の中で、かろうじて保たれていた「平穏を愛する人間・鬼神龍魔呂」の理性が、音を立てて崩壊していく。

「ア……ア、ァァァァァァァァァァァァッ!!!」

 血を吐くような、獣の絶叫。

 龍魔呂の瞳から光が完全に消え去り、底知れぬ漆黒の虚無がその眼窩を埋め尽くした。

 彼の中で、最も恐ろしく、最も冷酷な殺人鬼が目を覚まそうとしていた。

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