EP 5
介入、ガオガオンの「峰打ち」無双
轟音と共に、新宿のアスファルトを粉砕しながら突進する死甲虫型。
その質量と速度は、まさに走る要塞だ。電子制御(OS)を完全にシャットダウンし、ただの鉄の塊と化したガオガオンなど、一撃でスクラップにするかに思われた。
『アハハハッ! さぁ、潰れちゃえ! 鉄クズの英雄さん!』
ワイズの嘲笑が響く中、死甲虫型の巨大な角がガオガオンの胸部へ迫る。
――衝突まで、あと数メートル。
「……フゥッ!!」
コクピットの中で、龍魔呂が全身の筋肉から血を滲ませ、骨が軋む音を立てながら操縦桿(直結リンク)をミリ単位で操作した。
その瞬間、微動だにしなかったガオガオンが、まるで達人の演武のように滑らかに、そして静かに動いた。
ガオガオンは迫り来る死甲虫型の巨大な角に対し、真正面から受け止めるのではなく、蒼龍の右腕をスッと添えたのだ。
――鬼神流・合気『転』。
『ギ、ギジッ!?』
死甲虫型は、自分の突進のエネルギーが突然、斜め前方へと受け流されたことに気づいた。
ガオガオンは蒼龍の腕で角の軌道を逸らしながら、自らの巨体をコマのように回転させ、死甲虫型の突進を完全に空振りさせたのだ。
ドォォォォォンッ!!
自身の凄まじい推進力を制御しきれず、死甲虫型はガオガオンのすぐ横を通り抜け、そのまま背後の無人の高層ビルへと突っ込んだ。
ビルが轟音と共に崩れ落ち、瓦礫の山ができる。
「な、なんだ今の動きは……!? OSが切れてるのに、なんであんなに滑らかに……っ」
瓦礫の中で木刀を杖代わりに立ち上がった信長が、驚愕に目を見開いた。
自衛隊の最新鋭戦車ですら不可能な、物理法則を無視したかのような「柔」の動き。それはコンピュータの計算ではなく、龍魔呂という人間の武術家としての「感覚」が、そのまま50メートルの鋼鉄に伝わっている証だった。
『……ええい、ちょこまかと! 寄生蟲ども、あのデカブツの関節に潜り込め! 内側から喰い破れ!』
ワイズの焦った命令により、周囲の瓦礫や地面から、無数の流体金属『死寄生蟲型』が蠢き出し、ガオガオンの脚部へと纏わりつこうとした。
「ガオン。……OSは切ったままだ。だが、俺の『気』は通るな」
『おう! テメェの気がドバドバ流れてきて、回路が焼けそうだぜ! だが、この蟲どもをどうする!?』
「機械の体じゃ防げないなら、武術の気で防ぐ。……鬼神流・剛体『金剛』」
龍魔呂が腹の底から気を練り上げると、ガオガオンの漆黒の装甲表面に、目に見えないほど微細な『振動』が発生した。
武術家が皮膚表面に気を纏わせ、刃物を弾く技術の応用である。
ガオガオンの装甲に触れた死寄生蟲型たちは、その微振動によってハッキングの回路を形成する前に物理的に弾き飛ばされ、アスファルトの上でビチビチと跳ねた。
『バ、バカな……! 物理現象ですらない『気』で、ナノマシンの寄生を防ぐというのか……!?』
モニターの向こうでワイズが戦慄する。
コンピュータの補助がないからこそ、龍魔呂の『気功』が直接機体に伝わり、未知の防御フィールドを形成していた。
「……さて。OSが切れているおかげで、出力調整も手動だ。白虎、青龍。お前たちの本来の力、俺の武術に乗せさせてもらう」
龍魔呂は全身から血を流しながらも、不敵に笑った。
瓦礫から這い出してきた死甲虫型が、再び怒りに任せてガオガオンへと突進してくる。
「鬼神流・連撃――『峰打ち双破』」
ガオガオンがスッと構えを取る。
白虎の左腕をドリルに変形させることなく、蒼龍の右腕と共に、巨大な『拳』のまま突き出した。
ドォォォォォンッ!!
まずは蒼龍の右拳が、死甲虫型の超硬度装甲を真正面から捉えた。
装甲を「破壊」するのではなく、その装甲の硬さを利用して、衝撃を内部の機械機関へと浸透させる、鬼神流の『浸透勁』。
『ギ、ギジジジジッ!?』
外見は無傷。しかし内部の精密機器を直接揺さぶられた死甲虫型が、苦悶の機械音を上げる。
そこへ間髪入れず、白虎の左拳が、蒼龍が打ち込んだのと全く同じ箇所へ、寸分違わぬ精度で叩き込まれた。
カァァァァァァァァンッ!!!
新宿の街に、巨大な鐘を突いたような清廉な音が響き渡った。
二撃目の衝撃は一撃目の衝撃と内部で共鳴し、死甲虫型の超硬度装甲を一切傷つけることなく、内部の動力源だけを完全に粉砕した。
これこそ、龍魔呂が生身のDEATH4時代に編み出した、鎧を着た相手を無力化する『峰打ち』の極意――それをロボットスケールで現出させたのだ。
「……仕舞いだ」
龍魔呂の声と共に、ガオガオンが静かに拳を引く。
死甲虫型は突進の勢いのまま、ガオガオンの横を通り抜け、数歩歩いたところで――そのまま力なく膝を突き、轟音と共に崩れ落ちた。
外見は傷一つない、完璧な『峰打ち』による無力化。
新宿の街に、静寂が戻った。
OSを切ったガオガオンの巨体が光の粒子となって分解され、夕空へと溶けていく。
「……あ、あんた……一体……」
瓦礫の中で呆然と立ち尽くす信長。
光の中から降り立った龍魔呂は、全身の毛穴から血を滲ませ、立っているのもやっとの状態だった。
「……言ったはずだ。市民の誘導をしろ、と。……それと、俺のバイクはどこだ」
龍魔呂は懐から角砂糖を一つ取り出し、ガリッと噛み砕くと、虚ろな瞳で信長を見つめた。
その姿は、英雄というよりは、死地から生還した孤独な死神そのものだった。
ワイズの放った『からめ手』を、人間の武術の極意で打ち破った男。しかし、その体にかかった負荷は、確実に彼の命を削っていた。




