EP 4
新宿防衛戦、泥だらけの陸の意地
東京・新宿。
日本最大のターミナル駅周辺は、完全に蹂躙されていた。
全長35メートル。分厚い超硬度装甲に覆われた『死甲虫型』が、巨大な角を振り回すたびに、高層ビルのガラスが砕け散り、放棄された自動車がオモチャのように宙を舞う。
「ひぃぃっ! 電車も動かないし、車も暴走してる!」
「逃げろ! 地下シェルターへ急げ!!」
インフラを『死寄生蟲型』に破壊され、陸の孤島と化した新宿には数十万の群衆が取り残されていた。人々が悲鳴を上げて逃げ惑う中、地響きを立てて進む巨大甲虫の前に、土煙を上げて飛び出してきた集団があった。
「第1小隊、右翼へ展開! 第2小隊は市民の誘導! ……撃てェェッ!!」
泥だらけの迷彩服を着た、陸上自衛隊・第1師団の部隊である。
先頭で無反動砲を構え、部隊を鼓舞しているのは坂上信長だった。彼らは電子制御を乗っ取られた装甲車を放棄し、練馬から新宿までの距離を、旧式のアナログ兵器だけを担いで「走って」駆けつけてきたのだ。
ドガァァァァンッ!!
信長たちの放った対戦車榴弾が、死甲虫型の顔面に直撃する。
しかし、爆炎が晴れた後には、傷一つ付いていない漆黒の装甲があった。
「ウソだろ……!? 第3世代の複合装甲を撃ち抜ける弾頭だぞ!?」
「隊長、ダメです! 通常兵器じゃ全く歯が立ちません!」
絶望する隊員たち。
死甲虫型が鬱陶しそうに巨大な前足を振り下ろす。コンクリートの地面が爆発したように抉れ、衝撃波だけで十数人の自衛官が吹き飛ばされた。
「ぐはぁっ……!」
信長も地面を激しく転がり、口から血を吐き出した。
視界が霞む。相手は戦車すら児戯に等しい、動く絶対装甲。
だが、信長の後ろにある地下鉄の入り口には、まだ逃げ遅れた何千人もの市民が震えている。自分がここで倒れれば、あの怪物に皆殺しにされる。
(……親父。俺たち陸は、泥臭くて要領が悪いかもしれない。でもな……『盾』になる覚悟だけは、誰にも負けねえんだよ!)
信長は折れそうな足に鞭を打ち、雄叫びを上げて立ち上がった。
背中から抜いたのは、父に叩き込まれた北辰一刀流の魂――特注の硬質合金製木刀。
「来いよ、デカブツ! 首都の防衛線は、俺が死んでも割らせねえッ!!」
信長の気迫に呼応するように、死甲虫型が巨大な角を下げ、新幹線のごときスピードで突進の構えを取った。あの巨体と質量で突っ込まれれば、信長はおろか、背後の地下鉄の入り口ごと圧殺される。
万事休す。誰もが目を閉じた、その瞬間。
――ヴォォォォォォォォォンッ!!
空気を劈くような、野熱い『アナログエンジン』の咆哮が新宿のビル群に木霊した。
電子制御(ECU)を一切搭載していない、旧車の国産ネイキッドバイク。
若林幹事長の趣味であり、龍魔呂が借り受けた漆黒の鉄馬が、ドリフトしながら死甲虫型の突進軌道に割り込んできたのだ。
「なっ……! バイク!?」
信長が目を見開く。
バイクに跨っていたのは、黒に真紅のラインが入ったジャケットを翻す男――龍魔呂だった。
彼はバイクを急停車させると同時に、片手で愛銃『Korth NXS』を構え、死甲虫型の「眼」に相当する極小のセンサー部分へ、寸分違わずマグナム弾を撃ち込んだ。
『ギ、ギジジジジッ!?』
眼を潰された死甲虫型が、痛みと怒りに突進の軌道を逸らし、隣のビルへと激突する。
圧倒的な質量がビルを粉砕し、もうもうと土煙が舞い上がった。
「あんた……! 銀座のBARのマスター! なんでここに!?」
「……お前、声がデカい。それに、構えに隙が多すぎる」
龍魔呂はバイクのスタンドを蹴り、咥えていたマルボロを携帯灰皿に捨てた。
「あのまま突っ立ってれば、お前だけでなく後ろの市民もミンチになってたぞ。……ここは俺が引き受ける。お前は市民の誘導に専念しろ」
「な、何言ってんだ! 生身でアレに勝てるわけ……!」
信長が叫ぶが、龍魔呂の瞳はすでに、立ち上がってくる死甲虫型に向けられていた。
圧倒的な装甲。加えて、目に見えない死寄生蟲の脅威。ワイズの狙いは明白だ。龍魔呂にガオガオンを出させ、システムを乗っ取る気なのだ。
だが、龍魔呂は懐から角砂糖を取り出し、ガリッと噛み砕いて不敵に笑った。
「……ガオン。聞こえてるか」
龍魔呂が虚空に向かって呟くと、イヤホンからガオンの焦った声が響いた。
『聞こえてるぜ! だが合体すれば、あのミクロの蟲どもに電子系統を即座にハッキングされるぞ!』
「なら、電子系統(OS)を完全に切ればいい。OSが起動していなければ、ウイルスも寄生蟲もハッキングのしようがない」
『はぁ!? OSを切る!? バカ言え、そんなことしたら機体の姿勢制御も、重力緩和も全部オフになるんだぞ! 何万トンもある鉄の塊を、どうやって動かすってんだ!』
「俺の『気』と『肉体』に直接リンク(直結)させろ。……俺の体術(鬼神流)で、完全なマニュアル(手動)操作で操る」
それを聞いた通信越しのガオンと四神たちが、絶句した。
50メートルの巨大ロボットを、コンピュータの補助なしに、自らの筋力と武術の感覚だけで動かす。それは人間にかかるフィードバック(負荷)が致死量に達する、文字通りの自殺行為だ。
『……正気か、人間! テメェの体がスクラップになっちまうぞ!』
「俺の日常を荒らした落とし前は、きっちりつけさせる。四の五の言わず、来い!」
龍魔呂の絶対的な意志に、ガオンが覚悟を決めたように咆哮した。
『……上等だ! ぶっ壊れても知らねえぞ! 野郎共、行くぜェッ!!』
ズドォォォォォンッ!!
新宿の空を割り、五つの光が地上へと降り注ぐ。
光の繭が龍魔呂を包み込み、全高50メートルの聖獣機神ガオガオンが顕現した。
しかし、その姿はいつもと異なっていた。
胸のガオンの瞳や、全身のエネルギーラインの光が『完全に消灯』しているのだ。
電子制御を全てシャットダウンした、ただの超巨大な鉄の塊。
それでもなお、機体の内側から滲み出るような、恐ろしく静かで鋭い「武術家」のオーラが、新宿の空気をビリビリと震わせていた。
『アハハハッ! 馬鹿だねぇ龍魔呂! 自らシステムを切るなんて! ただのカカシじゃないか!』
どこかのモニターから、ワイズの嘲笑が響く。
死甲虫型が、身動き一つしないガオガオンに向かって、必殺の突進を開始した。
だが、コクピットの中で全身の筋肉から血を滲ませながら操縦桿を握る龍魔呂の瞳は、極寒の冷気を帯びていた。
「……鬼神の型に、力みはいらない」
機械の力を捨てた巨神が、音もなく、達人のような滑らかな動きでスッと半歩、足を引いた。




