EP 3
静かなる侵食、死寄生蟲の恐怖
東京湾上に停泊する護衛艦『いずも』の飛行甲板は、吹き荒れる爆音とパニックに包まれていた。
「うおぉぉっ!? おい待て、俺の機体になんてことしやがる!」
天才パイロット・平上雪之丞が、風圧に耐えながら絶叫した。
無人のはずの彼の愛機、F-35B戦闘機が、不気味な赤黒い光を放ちながら勝手にエンジンを始動させ、垂直離陸(VTOL)の態勢に入っていたのだ。キャノピーは内側から完全にロックされ、機首のガトリング砲が、あろうことか味方の艦橋へと向けられる。
「雪之丞! 離れろ、機銃が来るぞ!」
艦内スピーカーから坂上真一の怒号が響くのと同時に、けたたましい銃撃が甲板を掃射した。
雪之丞は舌打ちし、弾幕を紙一重でダイブして躱す。
パイロットの命とも言える最新鋭機が、目に見えない悪意によって完全に「敵」へと変貌してしまった瞬間だった。
* * *
「ダメです、外部からのオーバーライドを受け付けません! FCS(火器管制システム)が完全に独立して動いています!」
『いずも』のCIC(戦闘指揮所)。
早乙女蘭は、デスクから床に転がり落ちたケーキの箱にも見向きもせず、6枚のモニターを爆速で切り替えながらキーボードを叩き壊さんばかりの勢いで打鍵していた。
その額からは、冷たい汗が滝のように流れ落ちている。
「司令、これは単なるコンピュータウイルスじゃありません! 敵は『生きた流体金属』……ナノマシンサイズの機械蟲です! 装甲の隙間から物理的に侵入し、基板の回路を『喰い破って』自分たちの神経回路を形成しています!」
蘭の月給3億円の頭脳が弾き出した絶望的な解析結果に、CICのオペレーターたちが息を呑んだ。
「物理的に寄生しているだと……!?」
真一が、コーヒーキャンディをガリッと噛み砕く。
「はい! 防火壁なんて意味がありません、文字通り『配線を物理的に繋ぎ変えられている』んですから! 今、東京中の自衛隊基地、警察、交通インフラが次々と『死寄生蟲型』に食い破られています!」
モニターには、赤く染まっていく東京都内のマップが映し出されていた。
信号機はすべて狂い、交差点では大事故が多発。電車は急停車し、都市機能が完全に麻痺している。巨大な怪物が街を破壊するよりも早く、東京は内側から「死の密室」へと作り変えられようとしていた。
「……ええい、ネットワークがダメなら物理で落とせ! 艦内の主要ケーブルを斧で叩き切ってでも、イージスシステムの乗っ取りだけは防げ! 陸の部隊にも通達、電子制御を捨てて手動操作に切り替えろ!」
真一の的確だが乱暴な指示が飛ぶ。
しかし、被害はすでに最前線で最悪の形で連鎖していた。
* * *
「クソッ、整備班逃げろ! ハッチをこじ開けろ!」
陸上自衛隊・練馬駐屯地。
坂上信長は、暴走する最新鋭『10式戦車』の砲身を避けるように泥の中を転がり回っていた。
自動追尾システムを乗っ取られた味方の戦車が、無慈悲に駐屯地内の施設を砲撃し、同僚の自衛官たちを蹂躙しようとしている。
「装甲が厚すぎて、こっちの携帯対戦車兵器じゃ抜けねえ……! 自分たちの『盾』に殺されるってのかよ!」
信長は血塗れの顔を歪め、背中の合金木刀を抜いた。
生身で戦車に挑むなど正気の沙汰ではない。だが、このままでは仲間が全滅する。
信長が北辰一刀流の構えを取り、キャタピラに特攻を仕掛けようとした、その時だった。
『――ハローハロー、楽しんでるかい、自衛隊の諸君』
駐屯地の拡声器から、狂気に満ちたピエロの声が響いた。魔人ワイズだ。
『自慢の兵器に裏切られる気分はどうだい? アハハッ! でもね、これはただの「余興」さ。本命のショーは、これから始まるんだ』
* * *
銀座の小料理屋『たつまろ』の地下。
テレビ画面に映し出された狂えるワイズの顔を、龍魔呂は底知れぬほど冷たい瞳で見つめていた。
「……死んだはずのゴキブリが。醜いツラを晒しに出てきたか」
手元のグラスには、昨日真一が飲んでいたアイラ・ウイスキーの残りが注がれている。
龍魔呂の足元では、ガオンと四神たちがかつてない緊張感に包まれていた。
「り、龍魔呂……マズいぞ。あの寄生蟲、機械なら何でも入り込みやがる」
白虎が焦ったように尻尾を振る。
『あぁ、ヤバいぜ。もし俺たちが「聖獣合体」してる最中に、あのミクロの蟲どもに関節やコアの隙間に入り込まれたら……最悪、ガオガオンの制御をワイズに奪われる』
ガオンの電子音声にも、明らかな動揺が混じっていた。
「……つまり、合体すれば乗っ取られるリスクがある。剣で斬り伏せようにも、敵は目に見えないナノサイズの寄生蟲。……物理的な力を、完全に封じに来たというわけか」
龍魔呂はマルボロの煙を細く吐き出した。
圧倒的な力を持つがゆえに、その力が「敵の手に落ちる」ことの恐怖。ワイズは、龍魔呂の『最強の矛』を封じるための最悪の手を打ってきたのだ。
テレビの画面が切り替わり、東京の主要ターミナルである「新宿」の上空映像が映し出された。
その光景に、龍魔呂の瞳が僅かに見開かれる。
『さぁ、システムが死んだ人間の街に、私の可愛い「重戦車」を放とう。……絶望に逃げ惑うアリの群れを、ゆっくりと踏み潰しておいで!』
ズシンッ!!
新宿の高層ビル群のド真ん中に、巨大な次元の穴から『それ』が落下してきた。
全長35メートル。分厚く黒光りする超硬度装甲と、ビルを貫くほど長大な角を持った巨大兵器――『死甲虫型』である。
交通網が麻痺し、逃げ場を失った数十万の人間が密集する新宿に、物理的な攻撃を一切受け付けない無敵の重戦車が投下されたのだ。
「……自衛隊の兵器は使えない。ガオガオンも寄生の危険がある。このままじゃ、新宿が更地になるぞ……!」
青龍が呻くように言った。
圧倒的な力を持つ英雄の、手足を縛り上げた状態での大虐殺の予告。
龍魔呂は無言のまま、カウンターの下に隠した愛銃『Korth NXS』を手に取った。シリンダーを弾き出し、重い銃弾を装填していく。
「……ガオン。お前たちはここで待機だ」
『なっ!? バカ野郎、生身であのデカブツ(甲虫)とやる気か!? いくらお前がDEATH4でも、あれは装甲が厚すぎる! 物理的に無理だ!』
「無理じゃない。……あいつの装甲を『斬る』必要はない」
龍魔呂は真っ赤なラインの入ったジャケットを翻し、店を後にした。
絶対的な窮地。しかし、死神の足取りに迷いはなかった。
新宿を埋め尽くす悲鳴の渦へ、一人の男が生身で投じられようとしていた。




