52話:本物のソフィー
「パパーヴェロ・ディ・ナターレ子爵、本当にジプソフィーラ嬢の行方に心当たりはないのですか?」
「もちろんです、フラヴィオ・ネル・リッチ伯爵。毎日心配でろくに寝れません・・・」
「迷宮」は査問会で父が抑えた。ナターレは俺がジプソフィーラ嬢を妻に迎えることで抑えようとしたのだが、来てみれば行方不明だと言う。
査問会のことはナターレ子爵が来るまで伏せていたし、その後も王宮に留め置いた。すぐに父の手の者がナターレに行き「迷宮」を抑え、ナターレの館も監視したがジプソフィーラ嬢の姿は確認できなかった。連絡する暇も与えなかったのだから、逃がすこともできなかったはず。やはりその前から行方不明になったのか・・・
「すでに亡くなっているということは?」
「なんですとっ!!いかにフラヴィオ・ネル・リッチ伯爵の御言葉とはいえ看過できませんぞ!!」
ナターレ子爵が勢いよく立ち上がって抗議する。まあ、確かに失言だった。亡くなっていれば俺が養子に入ることで事は済むので焦りすぎたか。
「失礼した。失言でした。我々の捜索部隊が魔物に襲撃され壊滅状態に陥ったもので、もしやジプソフィーラ嬢も・・・と」
手でナターレ子爵をなだめながら頭を下げる。すると、謝罪を受け入れてくれたのか子爵がソファーに座り、両肘をテーブルにつき手の平で顔を覆って語り出す。
「ナターレ領は昨年の戦争で騎士団が壊滅するほど王国のために働きました。そのため領兵が不足し碌に娘の捜索にも兵が割けないのです。娘のことを想うのであれば、どうかリッチ伯爵の駐留部隊から捜索の兵を割いてはもらえませんか!?」
最後の言葉で顔を上げわたしに懇願する。
言っている事は正論だし、妻にくれと言った手前捜索をしないと言うわけにもいかない。しかし駐留している騎士はエドアルドの隊の生き残りを合わせても89名。広いナターレ領の捜索には最低1桁は足りない。
ナターレ子爵は曲者という噂があるが、まさか騎士をエリカの町から遠ざけるのが目的か?
ならば、騎士だけを残し歩兵200すべてを捜索に当たらせるか・・・いや、ゴブリンロードらしき魔物もいるのだ。ほとんどの歩兵は冒険者のランクで言えばD級以下。それでもDならかろうじてベテランと言われるランクだが、A級冒険者数人必要なロードには歩兵では歯が立つまい。
コルニオロが冒険者ギルドに討伐依頼を出したらしいが、このナターレ領にはA級冒険者がいないそうだ。コルニオロは元A級だが遠距離恩恵の後衛、前衛がいなければ瞬殺されるだろう。せめて前衛のA級がいればよいのだが。
「なんとか兵を割いてはみますが、実は捜索部隊を壊滅させたのはゴブリン・ロードらしく・・・」
「ゴブリン・ロードですと!?」
ゴブリン・ロードの出現は45年前が最後だ。退治したのはナターレ領の初代であるトゥリパーノ・ディ・ナターレとその妻ステッラ・ディ・ナターレだ。
「ロードが相手では騎士でも歯が立たないでしょう。そのため捜索をためらっているのです。どうかご理解いただきたい」
「それでも、わたしは娘の生存を信じています!決してあきらめません!娘の安否を確認するまでは・・・」
ナターレ子爵の目には不退転の決意が見て取れる。やはり捜索部隊を出すしかないか。
「わかりました・・・なんとか捜索部隊を派遣いたしましょう。未来の我が妻のためにも」
「リッチ伯爵・・・」
「わたしのことはどうかフラヴィオとお呼びください。義父上」
「フラヴィオ様・・・娘の捜索、よろしくお願いいたします」
伯爵との会談を終え自室に戻った。
吐き気がする。何が義父上だ!あんなゴミに娘をやるものかっ!
ソフィーは今頃帝国に向かっているはず。西海岸の村にいけば船がある。そこから海流にのれば帝国まで10日ほどだ。なんとかソフィーが逃げ切るまで時間稼ぎをしなければ。
しかし、ゴブリン・ロードか・・・その強さは義父から聞いている。ニンフェアとプルーニャでは相手にならないだろう・・・ソフィーの身に何もないといいのだが・・・
影の大半はソフィーについてもらった。この先帝国に行っても守ってもらわなければならない。わたしもジニアもいない異国で生きるには、影たちがきっと役に立つはずだ。
表の統領はわたしが生きている限り、ソフィーに仕えることはないと言っていた。自害してソフィーにと考えていたら、裏の統領であるクリザンテーモが妻の、プラトリーナの生前の命令でソフィーに仕えると言ってくれた。
結局表の影12名中6名、裏の影16名、計22名をソフィーの元に送り出すことができた。
あとはジニアやアドリアたちの安全さえ確保できればわたしの仕事は終わりだ。フラヴィオに家督を奪われるが、どこかの田舎にでも土地をもらって小さな畑でも耕すことにするかね。
その時急に声が聞こえた。野太い男の声で・・・
『お父様!』
「なっ!?・・・」
どこから声が!?周りを見回すが人の気配はない。
『お父様、ソフィーです。スキルで頭に直接声を届けています』
ソ・・・ソフィーはこんな野太い声ではないっ!!
『えっと、話すと長くなるのですけど、遠距離で連絡が取れる”念話”というスキルを持ってる、影のトンマーゾさんという方がいまして、その方に伝言をお願いしています』
信じられん・・・ニセモノではないのか?そのような影がいる話は聞いたことがない。・・・もしかしたら伯爵の手の者という可能性も・・・
『どうか信じてくださいお父様。わたしは本当にソフィーです。そうだ、オルテンシア様のことを知ってるのはお父様とジニアとわたしだけで・・・』
わたしとソフィーしか知らないことと言えば・・・
「では、本物だと言うなら・・・ソフィーが最後におねしょをしたのはいつか答えてみよ!!」
『・・・』
無言になったな、やはりニセモノか・・・
『去年・・・です・・・』
「ソフィー!!わたしは信じていたぞ!よく無事でいてくれた!」
本物のソフィーだ!ジニアにばれたら怒られると、泣きついてきた事を昨日のことのように思い出す。無事でいてくれて良かった。
『・・・・お父様、キライです・・・』
「あれ?ソフィー?おーい、返事をしておくれ!」
沈黙が支配しています。なんと言えばいいのでしょう・・・領主様もよりにもよってそんな確認の仕方をしなくても・・・
昨夜エリカの町の西にあるオヴェスト村に到着し、ここを拠点とすることが決まりました。一夜明け、朝食を食べた後に今後の計画を話し合っていました。ソフィー様ニンフェアさんが隣り合って座り、向かいの席にわたしとアレクさんが座っていました。
「兵站に関してはルカ君にまかせていいかしら?」
「分かりました。昨年、兵站管理のいろはを叩き込まれましたので、頑張ります!」
しばらくするとクリザンテーモさんがやってきて、【念話】の”スキル”を持っているトンマーゾさんを紹介してくださいました。
トンマーゾさんは元から【念話】の”スキル”を持っていたそうですが使い方がわからず、ソフィー様の”情報操作”で初めて使えるようになったそうです。
クリザンテーモさんは影を通してのやり取りでは時間がかかりますので、【念話】で領主様に連絡してみては?と提案なさいました。
ところが、アレクさんほどではないですか体格のがっしりしている中年の男性が、ソフィー様の言葉を念話でそのまま伝えています・・・ちょっと、何と言いますか、気持ち悪いですね・・・
そしてこの地獄です・・・誰も一言も発しません・・・
ソフィー様は部屋の隅で座り込んで何かブツブツ独り言を言っていました。
ギギギギッ・・・
しばらくするとソフィー様が錆びた魔道具のような音を立てて振り返りました。座り込んでややうつむいた顔は表情がうかがえませんが髪の隙間から光った目が見えます・・・
「・・・他言無用です・・・今すぐ記憶から消去してください。いいですね・・・」
静かな口調に殺気が混じっています・・・
「「「「は・・・はっ!!!」」」」
「去年までおねしょ・・・はぁはぁ、ソフィー様・・・」
ニンフェアさん・・・空気読んでください・・・




