紛失事件の真相 ③
勢いを殺された敵はセリナを押し潰す勢いで覆いかぶさっていた。
「いつまで、乗ってんのよ‼」
突き上げるように蹴りを打ち込むと敵は後方に飛んだ。
セリナもまた起き上がり互いに体勢を立て直す。
一定の距離を保ったままにらみ合い様子をうかがう。
咄嗟の行動で命拾いはしたが、唯一の武器を失ってしまった。
反撃の要は敵の背後、地面に転がる訓練用の剣を手に入れるしかない。
頭で理解していても、いざ目の前へ踏み出そうとすると身体は躊躇った。
指先が震え足がすくむ。
無我夢中で敵を振り払うことと、意図して対峙することは違う。
急かすように心臓が早く脈打っていた。
「戦いは常に突然始まるものよ。戦いなさい、セリナ・フォン・バステア。自らの意思で剣を振れるものにのみ、勝つか負けるかの結果を享受する権利がある」
土の足場からアーシャの言葉が鋭く突き刺さる。敵から目は離せなかった。
「言われなくても……わかってるっての‼」
敵が猛獣のように吠える。
関節が弾み飛び上がった。間合いに入る。
セリナは向かい合ったまま力の限り叫ぶ。
声にはなっていない。声帯が焼けるように震える。
それでも、己を鼓舞するために叫び続けた。
前日のアーシャの危機は考えるよりも早く足が動いた。
それは間違いなく、目の前の人を護りたいという強い意思が身体を動かしたのだ。
自分が強くならなければ、家族や領地を護れない。
その思いだけが今この瞬間セリナを突き動かす。
飛び上がった敵がセリナに向けて降下を始めたとき、足元を蹴り上げる。
空中なら翻す反応が遅れるはずだ。
狙い通り、セリナは敵の足元を潜り抜ける形で地面をスライディングして身を滑らせる。
敵は着地した瞬間、踵を返して飛び掛かる。
前足を振り鋭利な爪がセリナを襲った。
擦れる金属音が周囲に反響する。
拾い上げた剣が爪撃を見事に受け止め火花を散らした。
切っ先で爪を弾き返し身体を捻る。
手足が迷いなく動く。
戦いを選ぶまで知らなかった、本当の自分。
及ばなかったのは立ち向かう勇気だけだったのだと。
ふらついた胴体目掛けて足裏を打ち込み距離を取る。
間合いが取れる。素早く手首を切り返す。
あんぐりと開いた口蓋目掛けて——剣先を突き刺した。
肉を絶つ感触はなかった。
ただ無機質な物体同士が擦り合うような、ざらついた感触だけが剣先から伝わってくる。
重い。体の支配がなくなり、自重を支えきれなくなった鎧は剣を飲み込んだままガラガラと騒がしく地面に転がった。
まだ心臓の脈動は早かった。浅い呼吸を何度も繰り返す。
「——よくできました」
戦場に似つかないほど抑揚のない、でも、温かみのある声が飛ぶ。
足場が沈み同じ高さに降りてきたアーシャは佇むセリナを優しく抱擁した。
ぽかぽかと温かい体の熱で少しだけ冷静さを取り戻す。
転がる鎧の残骸を中心に魔法陣が浮かび上がる。
紫色の光に包まれ沼の中へ沈むように、全ての残骸が除外魔法によって回収されていく。
広いグラウンドの方へ目を向けると、大斧を掲げていた鎧だったものは全身がへこみ、所々部品が抉られていて痛々しい。
アーシャは敵に容赦はしない。
それは立ち向かう勇気よりも、戦いそのものを達観しているのだ。
どんな環境で育てばこうなるのだろう。
「アンタねえ。いきなり突き落とすもんだから心準備ってもんがあるでしょうが」
「——でも勇敢に戦った。わたしの期待した通り、やっぱり前衛はアナタしかいない。さあ、契約をしましょう」
「しないって。あとさりげなく抱き着かないで」
それとこれは別問題なのである。
ハッキリ断りを入れて強引に引き剥がすと、アーシャは躾けられた小動物みたいにしゅんと肩を落とし、伏し目でそっぽを向いた。
「何が不満なの……」
顔は逸らしたままアーシャはごちる。
「アンタのそういうところよ」
「わたしたちもう立派なバディだと思うんだけど」
「やめてちょうだい。アンタね、人を巻き込んでる自覚ある?」
「……待ってたクセに」
「そ、それは——」
もうこうしてなじり合えるほどには落ち着いていた。
なにはともあれ一件落着だろう。
目的は依然曖昧だがアーシャも半目をさらに重たそうにして目元を擦る。
「アンタのせいで散々な一日だったわ。はいはい、お子様は帰って寝る時間よ」
「わたしお子様って年じゃ——」
アーシャが不満げに声を漏らした時だった。
急に足元がふらついた。
まだ動揺が収まっていないのかと一瞬考えるが、違う。
視界全体が上下に揺れている。
突き上げるような轟音で地面が揺れているのだと気が付いた。
「なに⁉ もう終わる雰囲気だったでしょ‼」
「これは……」
ドシンという大きな音が背後からして、揺れが治まった。
大きな影が二人を包む。
アーシャと目を合わせ、ゆっくり振り返った。
そこには山のような巨体が佇んでいた。
不気味に光る双眸が、狙いを澄ますように足元の二人を見る。
土煙を巻き上げながら、その大きな足がゆっくりと持ち上がっていく。
呆然とその様子を見上げていたセリナだったが、足先がこちらに向いていることに気付いた。
「待って——……潰されるっ‼」
自重のせいか、巨足が地面を踏み抜くまでは想像よりも早かった。
アーシャを引きずりながら巨体を背に走りだす。
「あんなの相手にできるわけないでしょ! 規格外すぎるわ!」
アーシャはうんと生返事を返す。
うわの空というよりも、様子をうかがいながらどう戦うか考えているように見えた。
怖気づかない気概は見習うべきかもしれない。
「なるほどね」
ある程度距離が開いてから、アーシャが踵で踏ん張り静止がかかった。
目線は敵の方を向いていて、彼女は既に勝ち筋を見据えているのだろう。
また地面が揺れる。
「今度はなに⁉」
揺れに合わせて足元の土がみるみるうちに盛り上がっていく。
気がつけば敵と同等サイズの土人形が出来上がり、二人はその頭上にいた。
アーシャが無詠唱魔法で作り出したのか。
土人形が足音を轟かせ進撃を開始する。
「よっしゃあ! やっちゃいなさい!」
「集中するから話しかけないで」
アーシャが前腕を大きく振ると、足元の人形も連動して腕を大きく振り上げた。
ふん、と息を吐いて拳を落とす。術者の動きに連動して操作するらしい。
しかし、一撃を打ち込むことなく視界が徐々に傾いていく。
「ちょちょちょっ——」
バランスを崩した土人形が傾いていく。
衝撃音と共に土人形は最速で瓦解していった。
掴まる突起はなかったが、落下の瞬間アーシャの土壁がクッションとなり怪我はない。
煙が巻き上がる中、セリナはたじろぐ小さな身体を掴み飛び出した。
案の定、瓦礫となった土塊目掛けて敵の踏みつけが落ちる。
「……こけちゃった」
「……こけちゃった。じゃない! せっかくまともに戦えそうだったのに」
「あの人形は自分で操作するんだけど、運動音痴すぎてわたしには無理だったわ」
一瞬の沈黙。
規格外の敵への対抗手段としてはいいと思った。
同時に、その解決策も漠然と予想がつく。
「なにか方法はないの⁉」
「ひとつだけある」
「プリーズ‼」
「アナタが代わりに戦うの。わたしよりはマシでしょ」
ほら来た。なんとなくそんな気がしていたとセリナは肩を落とす。
「隙を見てもう一度土人形を作るわ。わたしと魂をリンクする魔法を同時に発動して、アナタが敵を抑え込む」
「抑え込む? 倒すじゃなくて?」
「ええ。動きさえ封じてくれれば——勝機はある」
セリナの答えを待たずに足元が揺れ新たな土人形が生成される。
転倒防止で基礎を固めたのか、上半身のみだ。
《——もう操作権限を譲渡しているわ。とにかく、奴を抑え込んで》
脳内に直接アーシャの声が響いた。心の中を覗かれているようでむず痒さがある。
「気持ち悪いから脳内に語り掛けないで‼」
セリナの動きに連動して、人形の両腕が動く。
巨拳が迫る。両腕で受け止め掴む。
巨躯を手繰りよせ、首元へ腕を回して捕まえる。
直観的な操縦はすぐに慣れた。
暴れる敵の攻撃がまともに入り、足元が大きく揺れる。
痛みはないが想像以上の集中力が必要だった。
数秒取り押さえるだけなら——。
無我夢中でくらいつき、声を張り上げ動きを止めることだけに注力した。
「流石ね」
すぐ傍でアーシャがひとりごちると、土人形の頭上から敵目掛けて飛び出す。
「アーシャ⁉」
アーシャはどこから取り出したのか、分厚い本を手元に開く。
「#229——リーゼ・ゾルダート・トランプェルン。【回収】」
眩い光が手元の本から巨躯に向けて放たれる。
それは次第に全身を包み、土人形は粒子となって消えていく。
その光景は儚くも美しく。いつか家族でみた流星群を想起させた。
(綺麗……)
▽
「眠たいよう、疲れたよう」
「甘えたこと言わない! アンタの魔法でグラウンドがめちゃくちゃなんだからね。みんなが登校してくるまでに綺麗に直すこと!」
アーシャはおぼつかない足取りのままレーキで雑に地面を慣らしていく。
土塊をたくさん消費したため、グラウンドは大荒れだった。
東の空から曙光が差し込む。
このまま睡眠不足の疲労感を抱え授業が始まると思うと気が重い。
それでも、どこか充足した気持ちに溢れていた。




