紛失事件の真相 ②
華奢な背中を追うこと数分。
学園の校舎棟を通り抜けると冴え渡る夜空が二人を出迎える。
煌々と輝く星辰を仰ぎ見ていると、ここが通い慣れた学園の、運動場であることを忘れてしまいそうだった。
セリナはバスケットを木陰に仕舞い澄み切った空気を深く吸い込む。
「——それで、何を企んでるわけ」
「企む? 語弊があるわね。わたしはやるべきことをただ成すだけ」
アーシャがそういうと途端に景色が夕映えのように赤く染まる。
結界が展開されたのだろう。
相変わらず予備動作なくやってのけるため一方的に反応が遅れる。
「答えになってない、何をするのかって聞いてんの」
「呼び出すの」
「呼び……出す?」
「あの鎧の正体は——学園の防衛システムの一部。今はもう使われていないようだけれど、念には念を入れて排除しておきたいということ」
恐らく説明をされたはずである。
しかし反芻してみても話が飛躍しすぎていてセリナには理解できない内容だった。子どもというのは覚えた言葉をすぐに使いたがるものである。
何か大きな目的のため、事前準備として動いているのだろうがどうにも判然としない。
「言っておくけど! たとえアンタがピンチに陥ってもあたしは助けないからね」
「それでいい。お互い自分の身は自分で守りましょう。その訓練用の棒だけでなんとかなるといいね」
そう言われて腰元に手を伸ばす。
昨日剣撃を受け止め弓なりに曲がった鍛錬棒は、夜な夜な力任せに戻したので少々いびつになっていた。
「お互い……?」
「それじゃあ始めるから、あとは頑張って」
次の瞬間——セリナの正面、広大な景色が捩じれるようにして歪む。
その中心の奥から擦れるような金属音が近づいてくる。
まるで土中から這い出るようにして“それ”は現れた。
長い四肢の全てを地につけた異様な体勢。
あり合わせの鎧や盾を組み合わせたような粗末な外骨格。
前足の先に刃物のような爪と長い顎には鋭利な牙を二本備えている。
頭部の中心にある空洞の奥からぼんやりと赤い灯のような発光がゆらりとこちらを見つめていた。
わずかな関節の動きに合わせて金属の軋む音が不穏に響く。
「ちょっ……待って」
息を呑む展開にアーシャの方を振り向く。
彼女の正面にもまた、歪から現れたであろう屈強な鎧騎士が大斧を掲げていた。
二体の異様な襲撃者は同時に吼え猛る。
後ずさるセリナがアーシャに飛びついたとき、足元の土がせり上がり足場となった。
アーシャは魔法で戦う準備を整えた様子だった。
「ちょっと、くっつかないで」
「なんであたしも戦うことになってるのよ‼」
「そのための戦力でしょう」
「勝手に戦力に数えるな‼」
「どっちか一体は相手をしてくれないと、わたしも動けないのだけれど」
昨日の光景を思い出す。
確かにアーシャなら一体を魔法で追い詰めることは容易だろう。
簡単に背後を取られるあたり、多対一は苦手で、そのための足場構築なら理にかなっている。
「アンタは魔法で戦えるかもしれないけどね、こっちはこの短い棒一本なんだからね⁉」
いびつに曲がった鍛錬棒を、見せつけるようにして振る。
「武器ぃ? もう……しょうがないなあ」
普段以上にしぶしぶ、といった具合でアーシャは左手を振る。
すると、足元に魔法陣が展開され淡く輪郭を照らした。木の芽の如く、見覚えのある剣が浮かび上がってくる。
「こ、これって……」
「訓練用の剣よ」
(犯人いましたぁぁぁああああああ!!!!)
「なんで持ち出したのよ。た、大変なことになっているのよ⁉」
「何を言っているの? 学園のものを学園内で使うのだから、持ち出していない」
(——屁理屈‼)
アーシャは悪びれる様子もなく、ほら所望した武器を差し出すからさっさと戦えと言わんばかりに顎をしゃくる。
「どうするの。それを使って勇敢に戦うか、丸腰で放り込まれて大けがするか」
震える手で剣の柄を掴む。
その震えが戦いへの恐怖によるものなのか、紛失事件の当事者になることへの恐怖なのかは判断がつかなかった。
しかし、装備を見届けたアーシャは「じゃ、頑張って」と強く腰を押した。
「うわぉ⁉」
セリナはバランスを崩し悲鳴と共になだらかな土壁の斜面をゴロゴロ滑り落ちる。
粉塵が舞い口の中に入った砂が不快だった。
せっかく掴んだ剣がその手から抜け落ち軽い金属音が地面をスライドしていく。
「何すんのよ!」
「邪魔しないでね——骨くらいは拾ってあげるから」
雑に言い放つとアーシャは無詠唱魔法でグラウンドの土を縦横無尽に展開し、自身の標的に向けて攻撃を開始する。
背後から唸り声がして恐る恐る目線を向けた。
四つ這いの鎧が前腕を低く沈ませ不愉快な軋みを上げる。
今にも飛び掛かる勢いでセリナを見据えていた。
「は、はは……どうも……」
声にならない声が漏れていた。
これでは塁が及ぶどころか渦中ではないか。
次の瞬間には背を向けて走り出していた。
だが当然の如く四つ這いの鎧は追いかけてくる。
『——野生動物に背中を向けてはいけないよ』
誰かの言葉が脳裏を掠めた。
そうだ、これは父の言葉だった。
かつてバステア領地で頻繁に獣害が多発した時期があった。
夕食の最中「熊や魔物が人里へ降りてきている」と話題になったとき父がセリナに向けて言ったのだった。
あの時は漠然と受け流していたが、今は理解できる。
背中を向ければ、奴らは本能的に追いかけてくるからだ。
頭で理解していても、恐怖が身体を突き動かしていた。
遮蔽物の無いグラウンドでは逃げ場などないかもしれない。
なにより、アーシャの結界により最初から逃げることなど不可能なのだ。
そう思った矢先——足がもつれて視界がぐわんと揺れる。
セリナの身体はコントロールを失い前のめりになって転がった。
咄嗟に受け身を取ったが打ち付けた衝撃が走る。
(早く立ち上がらないと——逃げないと——でも……それで、いいの?)
上体を起こして振り返ると、敵はすぐそばまで迫っていた。
もはや立ち上がっても遅い。
パンクしそうになる頭をフル回転させるが、恐怖と混乱が身体を支配していた。
——逃げるだけじゃ何も守れない。
一段高いところからアーシャの言葉が降る。耳から脳髄へと響いた。
(そうだ。遊びで学園に入ったわけじゃない。護りたい人がいる。追いつきたい背中がある。あたしは——)
敵は追い詰めた獲物を仕留めるように勢いをつけて飛び上がった。
下顎が開き、鋭い二本の牙が槍撃の如く迫る。
ガキン、と金属音が鳴り響いた。
重い。だが攻撃は届かなかった。
咄嗟に鍛錬棒を敵の口内に突っ込んだことで牙はすんでのところで止まったのだ。
「あってよかった鍛錬棒ってね」




