紛失事件の真相 ①
「なんであたしが待たされる方なのよ」
セリナは眉をしかめる。
満天の星空の下、学園の正門前で数十分待ちぼうけを食らったのだから無理もない。
日中との気温差が激しく、訓練着の中に着込んでいたのに夜気で足腰が冷える。
「早かったね」
悠然とした態度でアーシャは現れた。
パジャマ姿にナイトキャップを被ったままの姿はさながら寝ぼけまなこで彷徨う子どもそのものである。
小さな手には小ぶりのピクニックバスケットを携えていた。
「なによ、それ」
「……終わったら朝ごはんにしようと思って」
「……そう」
悠長である。
セリナは既に後悔に苛まれていた。
普段通り寝床についたものの、寝ようともがけばもがくほど嫌な想像が巡った。
あの時、自分が助けに入らなければアーシャは死んでいたかもしれない。
それなのに、今夜彼女は再び得体のしれない何かとの戦いへ赴くのだ。
見て見ぬフリをして送り出すことは気がとがめた。
「やっぱりアナタは来てくれる。これが貴族の『ノブレス・オブリージュ』なのね。一般村娘のアーシャは感激しているわ」
「あのねえ、勘違いしないで‼ 別にアンタの怪しい目的に付き合うつもりはないから」
セリナは語気を強める。
「……じゃあ、何しにきたの」
「フン、証拠を掴むために決まってるでしょう。アンタの悪事をこの目で見届け、弱みを握るのよ」
「ふうん。そうなの」
気に留めることもなくアーシャは真っすぐ正門へと近づいていく。
夜間の闖入者を拒む門口は反り建つ壁の如く閉ざされていた。
魔法学園なのだから、物理的な施錠に加えて強固な侵入防止魔法も施されているに違いない。
しかしアーシャは躊躇いなく徒歩口に掛けられていた小さな錠前に触れる。
「これ持って」
「あ、はい。……って、なんであたしが‼」
反射的に受け取ったバスケットが揺れ、ふんわりと小麦の香りが舞った。
ものの数秒でガチャ、と小さな金属音が鳴った。
まさか、開錠したのだろうか。
セリナはアーシャの手元を覗き込んだ。
「な、なんで開いたの⁉」
「魔法使いなら開錠くらい当然なのよ」
あまりにも当たり前のようにいうので、なるほどそういう魔法もあるのかと合点がいった。
しかし同時に歩く魔法図鑑であるということは、道を踏み外せば窃盗のプロにもなりかねないということだろう。ただただ彼女の将来が心配になる。
人一人がやっと通れるくらいの徒歩口をくぐる。
その先は常闇だった。
通い慣れた道程のはずなのに、時間帯が違えばこうも表情を変えるものなのか。
日中の光景を想い浮かべながらセリナは目を凝らす。
一方で、アーシャの歩みに迷いはなかった。
「アンタ……初めてじゃないでしょ」
訊ねるとアーシャは立ち止まる。
一瞬振り向いて水晶のような瞳を向けると「ええ、そうよ」とあごを引いた。
「やっぱり、常習犯か」
「案外いいものよ。静かだし色々調べるには好都合。少し寒いのだけどね」
ため息が出る。
セリナはふと子どもの頃を思い出していた。
天使に憧れ自分も飛べるものだと信じていた六歳の夏、人目を忍んで屋敷の二階から飛び降りたことがあった。
幸い骨折程度で済んだものの、父母にはこっぴどく叱られたものだ。
アーシャの邁進は、そういったかつての出来心を彷彿とさせる。
(その歳でもまだ分別がつかないのね……誰かが教えてあげないと)
「誰かに見つかっても知らないわよ?」
「夜は誰もいない。少なくとも今まで一度も見つかっていないもの」
こういった小さな成功体験が彼女に悪い自信をつけさせるのだろう。
『機会が盗人を作る』とはこのことだ。




