思春期特有のアレ ③
その日はなんとなく日課である天敵の尾行には足が向かなかった。
昼休みになり、ひとり教室を出ていくアーシャを視線で見送った。
いつもの木陰でパンを食み、予鈴まで昼寝に興じるのだろう——手に取るようにその行動を予測できるのがもどかしい。
(変に関係性持っちゃったな……)
セリナは机に突っ伏して考える。
秘密の共有。
それは本来であれば親密な関係を築くための開示であるはずである。
契約云々は抜きにして、彼女の方から歩み寄ってきたことは変わらない。
あれは不器用な彼女なりの『友達になってください』だったのではないか。と漠然と思考が巡る。
(いやでも振り回されるのはちょっと……)
「セリナ・フォン・バステアはいるか」
深みのある低音で教官の声が教室に響く。
セリナが伏した顔を上げると、刺すような鋭い視線と目が合った。
「呼び出しだ——生徒会室へ」
自主性を重んじる学園内では生徒会は権力者集団である。
学徒が健全な学園生活を送れるように日夜業務に勤しんでいるという——そういえば兄のエリックは生徒会メンバーのはずだ。
(やっば、結局挨拶行ってない)
全身を引きずるような重い足取りで、セリナは生徒会室へと向かった。
装飾の施された重厚な扉を前にすると無意識に背筋が伸びる。
(もしかして紛失した剣のこと……? いや、あたしは無関係のはず)
呼び出し理由には全く心当たりがなかった。
「あら、あなたも呼び出されたのね」
扉の取っ手に手を伸ばすと凛とした声音が掛けられた。
視線を向けると、口元にパンくずをつけた華奢な少女と目が合う。
アーシャだ。
「もう、身なりはちゃんとしなさいよ」
セリナは顔を見るなり慌ててハンカチを取り出しアーシャの口元を拭う。
彼女が現れたことでおよそ理由には察しがついた。
改めて扉に手をかける。
右手の中指で弾いてノックすると、内側から「どうぞ」とくぐもった声が返ってきた。
ゆっくり体重を乗せ押し開ける。
研ぎ澄まされた刃物のような空気感が二人を包んだ。
正面に二人。
学園長とショートカットの銀髪女性が座っている。
同じ制服を着用しているので生徒会メンバーなのだろう。
喉を上下させて、緊張を飲み込む。室内はこの二人だけで他に人影は見当たらない。
エリックの姿がなく、わずかに不安が和らぐ。
「中央へ」
正面の女生徒に促されて正面に立った。
ハスキーな低音ボイスだが、気品を感じるのは、彼女の見た目の情報も相まってのことだろう。
美人だが眼光炯々としていて気圧されそうになる。
「貴重な昼休みに呼び出して申し訳ない。私はこの学園で生徒会長を務めているリーヴェルだ。以後よろしく頼む」
「構わないです——兄がお世話になってます。セリナ・フォン・バステアです」
「ああ。優秀な会計で助かっている」
話の区切りに割り込むようにアーシャはいつもの淡々とした調子で「アーシャ・グローリアです」と名前だけ発言した。
「セリナさん、学園生活は楽しんでいますか?」
学園長が微笑みを向ける。聖母の如く優しい口調だった。
「はい。寮生活も勉強もとても楽しく過ごしています」
「そうですか。それはよかった。アーシャさん——身体は慣れましたか?」
「はい。いつも通りです」
(変なやりとりね……)
一瞬疑問がもたげる。
しかし、それがアーシャの小さな身体を気遣ってのものだとすぐに気付いた。
この学園は山の中腹にあるため平地より酸素も薄いのだ。
慣れればどうということはないが、セリナも最初は漠然と息苦しさを感じていたと思い出した。
「さて、挨拶もそこそこに本題へ入らせてもらおうか」
リーヴェルが話の手綱を取る。
「なぜ君たちふたりが呼び出されたか——わかるか?」
「いいえ。全く心当たりがありません」
アーシャが即答する。同調するようにセリナも頷いた。
「昨日の夕方だ。学園内で数分間、未確認の結界が展開された。終息後、中庭は大荒れだ。修復にはそれなりに費用も時間もかかるだろう」
図星を突かれて言葉を返せない一方で、アーシャは「大変ですね」とまるで他人事のようだった。
(いやアンタのせいでしょ……)
「結界が展開される直前、現場付近でうちの会計がセリナ・フォン・バステアと会話をしたと報告が上がっているが?」
息が詰まる。不用意な発言をすれば自白にもなりかねない。
セリナは慎重に絞り出すようにして言葉を紡ぐ。
「はい。エリックは実兄なので……少々世間話を」
「そうか。そして——セリナ・フォン・バステアは日常的にアーシャ・グローリアを尾行していたという複数の証言が上がっている。このことから、君たち二人が結界に何かしから関わっている、あるいは有力な情報を得られるのではと考えているが」
「それは残念。全くもって無関係です」
(その自信はどこから出てくるのよ……)
「わたしたちはそういう、ストーカーごっこが趣味なんです」
「はい?」
「セリナはわたしくらいの年齢の小さい女の子が好きで執拗に追いかけてくるのですが、わたしはその尾行を撒くことに快感を覚えるんです。——なので、わたしたちが現場付近で目撃されたのであれば、それはあくまで普段通り変態的な趣味を実行していただけなので無関係です」
開いた口が塞がらなかった。
「……そうなのか?」
(なぜ信じる⁉)
思わずそのアホ毛を掴んで口を塞ぎそうになった。
しかし、自分が主導でなかったにせよ、終盤助けに入ったことで間違いなくセリナは当事者になってしまったのだ。
思い出すのは父との約束である。
万が一関与が露呈すれば、兄にも迷惑をかけることになる。
それは避けなければならなかった。
ならば——変態にだってなろう。プライドなどかなぐり捨ててセリナは口を開く。
「はっ……はぃぃいいいい‼」
「そ、そうか。まあ他人の趣味にどうこういうつもりもないのだが……犯罪は犯さぬようにな」
リーヴェルが目を細める。
同情にも似た表情だったがこの場で否定するわけにはいかない。
発言が二転三転すればセリナの——ひいてはエリックの心証に影響しかねないからだ。
セリナは直立不動でその視線を受け止めた。
——本題に戻りますが、有力な目撃情報がなく詳細を調べているところです。一応、二人は付近で目撃情報がありましたので今回は簡単な聴取という形を取らせていただきました。今後も同じような内容で呼び出しがあるかもしれませんが、協力お願いしますね。と学園長が付け足して微笑む。
表面上は穏やかに協力を促してはいるが、その実、胸のうちを見透かされているような、手中で転がされているような気さえする。
丁寧な物言いのせいか、これ以上抗議しようとは思わなかった。
「ご苦労だった、下がっていい」
リーヴェルが話を切り上げる。
逸らされた目線と一瞬空いた間で解放を察した。
安堵で胸を撫でおろすよりも先に焦燥感が硬直した身体を突き動かす。
セリナは沈みそうなくらい深々と頭を下げ、アーシャの腕を掴み逃げるようにその場を後にした。
▽
「——なんでこうなるの⁉」
生徒会室から全速力で廊下を駆け抜け、誰もいない空き教室が目に入った。
そこにアーシャを放り込み、セリナは机に突っ伏していた。
後悔先に立たず。
場の勢いだったとはいえ、他人に特殊性壁の女だと思われるのは不本意である。
終盤、痛々しいものを見る目を向けられていたように思う。
「まあまあ、元気だしなさい。生きていればこういうこともあるから」
小さな手が肩をさすった。
セリナはわずかに首を動かし、視界の隅で元凶を捉える。
「いやいやアンタのせいだからね……?」
あの瞬間、セリナの社会的地位がガラガラと音を立てて崩れていったのは間違いない。
「気にすることない。説明に齟齬はなかったのだから」
「……齟齬しかなかったと思うけど」
「どうして? わたしのことが大好きで追いかけてくるのは本当でしょう」
「だーれーが‼ 昨日も言ったでしょ、あたしは怪しい契約もしないし、アンタには負けない。勝手に弟子でもなんでも作ればいいわ」
「そう。じゃあ今夜も勝手にさせてもらうね」
「今夜——?」
突き放すつもりだったのに、返答ひとつで食いついてしまう自分に嫌気が差す。
いや、彼女がそうするよう話を誘導しているのかもしれない。
「まさか結界が感知されて呼び出しされるなんて思ってなかったもの。だったら、学園に人がいない夜に結界を張って動くしかないでしょう」
「ちょっと待って……アンタ、その言い方だとまるで——」
「そうよ。昨日の結界はわたしが張ったの。アナタを巻き込むためにね」
「ちょ、えっ……どうして? そもそも、勢いで気にしてなかったけれど、あの鎧騎士達はなんだったの?」
「——教えてあげない。知りたかったら、またわたしのことを尾行でもして調べることね。得意でしょう」
そう言ってアーシャはウェーブのかかった髪を揺らして教室から出ていく。
ほんのりと甘い香りが残っていた。
「なによ! アイツ、ちょっと無詠唱で難易度の高い魔法が使えるからって気取っちゃって。自分で結界張って何がしたいんだか。あー、ばからしい。好きにさせよ」
台詞じみたセリナの声は誰に届くこともなく教室に反響し溶けていった。




