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十五歳、春の失敗 ②

 数時間後の教室。

 クラス分けが発表され新入生向けのHR(ホームルーム)が始まっていた。


 中央の教壇を半円状に長机が囲う。

 列毎に段差が設けられているので、後方でも教室内は広く見渡せそうだった。


 セリナを含めた二十人余りが指定された席から聴講する。

 教壇に立つ壮年の男性教官が全体へ目を光らせる。


 長身で魔法使いとは思えないほど屈強なのは時勢(じせい)に即して鍛えたのだろう。

 頬に刻まれた深い傷跡からは実戦経験が窺(うかが)える。


 しかし生徒たちの注目は彼ではなく、最前列のある一人へ注がれていた。


 アーシャ・グローリア。


 新入生唯一の推(・)薦(・)特待生であり、壇上にて宣誓を担った少女。

 教室内に私語が飛び交う。


「なんでも無詠唱魔法使いらしいぞ」

「生徒会長と同じか」

「すごいやつが出てきたな」

「十二歳なんだって」

「マジかよ」


 当の本人は周りを気にすることもなく、セリナにはただ正面を向き教官の話に耳を傾けているように見えた。


 長々と続いた話が一区切りを迎える。


「さて、式典で壇上に上がった者がいたが……以降、勝手な行動は慎むように」


 猛禽(もうきん)のような視線がセリナを射抜いた。教官はわざと付け足すようにいう。


「バステアの、妹」

「……はい」


 十二歳の天才魔法少女を並べられては、『特待生』もただの属性に成り下がる。

 この教室にセリナのことを口にするものはひとりもいない。

 代わりに向けられたのは『特待生』に対する畏敬ではなく『粗忽者(そこつもの)』への嘲笑(ちょうしょう)だった。


(あれ…………第一印象ってなんだっけ。こんなはずじゃなかったのに)


 やり場のない羞恥は敵対心を生み、セリナは決意を固める。


(アーシャ・グローリア——あいつには……絶対負けないんだからあ‼)


 ▽


『敵を知らねば戦略は立たず』——父の教えに間違いはなかった。


 入学から既に二週間が経過し、セリナはアーシャを徹底的に尾行、観察し、弱点を探した。

 噂通り、彼女の魔法技術は抜きんでていた。

 通常必要とする『詠唱』を省略し、涼しい顔で魔法を発動してみせる。

 ただそれだけで教室に歓声が沸くのはもう慣れたものだ。


「現存する定義された魔法は全部で三百三十三種。一から九十九までは生活魔法と呼ばれ、百番台以降は専門的なものになります。数字が上がるほど習得難易度も上がり、危険度も増します」

「よろしい」


 魔法の基礎知識も豊富なようで、今のところ座学の小テストも彼女は上位を維持している。

 しかし——天は二物を与えず。アーシャは致命的な欠点があった。


 魔法を主軸とした古典的な魔法使いであれば、後衛に努め広範囲の魔法を使えば済むのだろうが、次代は移り変わりゆく。

 現代は武器に魔法を魔装(エンチャント)した魔法剣士が主体なのだ。


 まだ体力作りの基礎トレーニングだというのに、今日のランニングではアーシャが青白い顔を浮かべ、ひとり最後尾をよたよたと走る。

 二周回遅れでゴールすると、屍のように倒れ込んだ。


「こんなの……魔法使いに……必要ない」と死にそうな声で呟いていたことを、セリナは聞き漏らさなかった。


 ▽

 

 その日の夜。

 セリナは寮の自室で復習を進めていた。


 ひとり一台ずつ与えられた簡素な学習机は狭い室内でベッドを挟み両端に設置されている。

 着座でルームメイトと背を向ける形になるのはせめてもの配慮なのだろう。


 実家の屋敷ではほとんど嗅ぐこともなかった、乾いた埃の臭いが時折セリナの鼻腔を刺激する。

 羊皮紙の上で羽ペンがカリカリと滑る無機質な音が響く中、同室の少女アスカが前置きなく、突然口にした。


「セリナってさあ。ほんとアーシャちゃんのこと好きだよね」

「ハァ⁉」


 咄嗟に手を止め、吃驚の声が漏れた。


 顎が外れそうなほど顔を歪ませ振り返ると、戯言(ざれごと)の主は目尻を下げほくそ笑んでいる。

 ちらりと見える糸切り歯が可愛いらしい。

 風呂上りだったのか、艶やかな黒髪が引き込まれそうなほど麗しさを演出している。


 セリナは嘆きの声を漏らす。


「どう見たらそうなるのよ。——誰があんなやつ」

「だってさー。セリナずっとアーシャちゃんを目で追ってるし、休憩時間も追いかけてるじゃんね」


「何にもわかってないんだから。いい? 敵を知ることは戦いを知ることなの。あたしは勝つために弱点を探してるだけ。アーシャ・グローリア。十二歳。身長139cm。アスタリカ領地の田舎出身で両親はイモ農家を営んでいるわ。魔法の授業は噂通り優秀だけれど、体力は人並み以下。剣術も柔術も素人。毎日昼休みは中庭の木陰で一人パンを食べているけれど、半分以上は昼寝をしている。予鈴の直前に目覚める特技があるわね。あと頭頂部のアホ毛は常に北を向いているわ」


「うわ、キッモ。守衛さん呼ばないと」

「キモくない~!」


 セリナは顔を紅潮させたまま、腰かけの上で手足をばたつかせる。

 身体全体で猛抗議を表してみたが、脚部の軋む音が室内でチープに反響するだけだった。


「はいはい。でもさ、アーシャちゃんって友達いないんじゃない? 誰かと一緒にいるところ見たことないけど」

「それは……そうね……」


 今まで覗き見てきたアーシャは学食も、放課後も、ずっとひとりで過ごしていた。

 最初こそ注目されていたものの、本人が淡泊な返しをするので皆距離を置いたのだろう。


(ちょっとかわいそうな気も……)


 ▽

 

 翌日、青陽の降り注ぐ運動場では基礎体力訓練が行われていた。


「各自二人一組を作りしっかり柔軟運動をするように。足つるぞ」


 生徒たちは教官の指示に従いそれぞれペアを作っていく。セリナは視界の隅でアスカを見つけると、手振りで合図を送った。


 しかし、アスカは含み笑いをしながらセリナの後方を指差す。

 その先にはひとりぽつんと佇むアーシャの姿があった。

 ペアを探そうともせず、ただ呆けているように見えた。


「ほらセリナを待ってるよ」


 余計なお世話にセリナは大息を吐き、不本意ながらとアーシャの元へジリ寄っていく。


(——なんて声をかければいいんだろう)


 考えるだけ無駄だ。自然体でいいと声を張る。


「なあにひとりで突っ立ってるのよ。アンタ、友達とかいないの?」


 アーシャは普段通りのアンニュイな顔を浮かべたまま、セリナを見た。


「あら、同じクラスなのにわたしが浮いていることを知らないの」


 彼女が発した声は、齢《よわい》十二の少女とは思えない落ち着いた調子で、無垢な瞳が真っすぐセリナを射抜く。


「し、仕方ないからペアになってあげるわ! 別にアンタのためじゃないんだから!」

「そう。優しいのね」


 急に恥ずかしさがこみ上げ、誤魔化すように悪態をついてしまった。

 ペア決めを終えた組から入念な柔軟体操を始めていく。


 アーシャが足を投げ出して地面に座ると、セリナはその小さな背中をゆっくり押していった。

 その身体は屈曲を通り越して半折りのようにしなやかに伸びていった。


(うわっ、めっちゃ柔らかい)


「……なに?」

「身体が柔らかくなる魔法とか使ってないでしょうね」

「そんな魔法ない」

「あるかもしれないでしょ」

「ない。あなた、授業はちゃんと聞いてる?」


 アーシャはそう言うと、指を二本立ててセリナに見せつけるようにして差し出した。


「何?」

「魔法使いが守らなくてはいけないルールが二つだけ存在するの、知っている?」

「えっ……な、なんだっけ」


 魔法基礎の授業で講師から聞いた記憶が微かに過る。

 しかし、咄嗟のことでうまく思い出すことが出来なかった。

 その様子をみて、アーシャは落胆したように深いため息をひとつ吐いて、優しい語調で続けた。


「ひとつ、魔法は自らにはかけられない。ふたつ、人体に魔法をかけてはいけない」


 ようやく、講義の内容も含めて思い出すことができた。

 同時に、疑問がもたげる。少し逡巡してから、セリナは訊ねる。


「ふたつめのルールが気になっていたのよね」

「わたしが言いたいのは、身体が柔らかくなる魔法があれば、それは誰かがルールを無視してわたしに魔法をかけたかもしれないということ」


 正直、できないやできるが混ざっていて、セリナにはよくわからないというのが感想だった。

 アーシャは魔法について話す時、少し早口になることに気付いて、少しだけ唇の端を持ち上げた。


(やっぱ、変な子だ)

2026/10/18 最後のアーシャとセリナの会話部分にて、加筆を行いました。

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