十五歳、春の失敗 ①
大陸を東西に分断する山脈。
その山塊の中腹に【魔法都市イクサ】は形成されている。
入学式の朝、制服に袖を通した赤毛の少女セリナ・フォン・バステアは、新入生寮の風除室を抜け大通りへと出た。
朝東風が吹き抜けふんわりとワンピースの裾が揺れる。
絢爛な街並みは残雪の照り返す暁光で白銀に染まっていた。
「うぅ…………さっむ」
まだ吐息が白く濁る。
余寒に身を震わせるうちは優雅に春の情景を楽しむ余裕はなさそうだ。
コートの上から肩を抱くように身を縮こませ、自然と歩幅が小さくなる。
セリナは箱入り娘だ。
齢十五を迎える今まで、ひとりで父の領地から出たことは一度もなかった。
なのに、この遠く離れた辺境の地で生活を始めたのは——魔法使いに憧憬を抱いたにほかならない。
大通りの先にそびえる古城は街の象徴であり中核。【イクサ魔法学園】である。
魔法体系の基礎を築いた大魔法使いアルテマが開校した百年余りの歴史を持つ名門校。
次期領主としての能力を培うため二年先に入学した兄を引き合いにだし、最大級のわがままを通した結果、条件付きで受験をこぎつけたのだった。
両親から提示された条件は二つ。
【兄の評定に影響を与えないこと】、そして【優秀な成績を納め卒業すること】。
幼少期から一流の家庭教師付きだったセリナにとって、入試は容易いものだった。
当然、最高点数を叩き出し『特待生入学』の権利を勝ち取った。
セリナは思う。自分は兄の背を追い出世コースを突き進むはずだと。
今年の新入生は約五十名。
そこから二クラスに分かれるため、日常生活で関わる人数は更に減るだろう。
初めての集団生活に、不安がないといえば嘘になる。
『級友をたくさん作りなさい』
旅立ちの後、手紙で父から受けた助言を不意に思い出した。
父だけではない。使用人もみな一様にセリナが孤立しないか心配しているらしい。
大丈夫、うまく立ち回ってクラスの中心にとなれば引く手あまたのはずだ。
そのために『特待生』のラベルは最大限に活用しなければならない。
学園の門前で立ち止まりセリナは城砦を仰ぎ見た。
(ここであたしは——友達をたくさん作って立派な、魔法使いになるんだ)
胸奥からみなぎる決意で思わず拳に力が入る。
意気揚々と意気揚々と踏み出した一歩から、硬い石畳の感触が伝わった。
▽
肌寒さを感じた外部とは一転して、祭事用の集会棟は人の熱で蒸すような熱気に包まれていた。
新入生だけでなく教官や関係者を含めれば優に二百を超える人が、閉鎖空間にひしめき合うのだから当然だ。
それでも息苦しさを感じないのは天井が異様に高いからだろう。
建物全体が円錐形を成していて、壁面の螺旋階段から屋上へ上がることもできるようだった。
正面の壇上では学園長——威厳を感じる初老の女性——が新入生に向け祝辞を述べていた。
『学園では出身地も身分も関係ありません。皆同じ学徒として平等に接し互いに研鑽を——』
大人の話はどうしてこうもつまらないのだろう。
当たり前のことを大層にいうのは父も同じだ。と瑣事に考えを巡らせていた、その時だった。
『それでは——新入生を代表し特待生による宣誓です』
司会の声でセリナは我に返った。
宣誓の打ち合わせなどしていない。
それでも呼ばれたのだから行くしかなかった。
「はっ、ハイ!」上擦った声と共に立ち上がると、セリナはぎこちない足取りで壇上へと向かう。
あらかじめ用意された台詞を読み上げるだけなのだろうか。
考えに気を取られ足元はふらついた。
セリナは登壇し、学園長を正面に見据える。
しかし、彼女は目を丸くして「えっと……何か?」と確認するようにいう。
「せ、宣誓を……」
互いに疑問符を浮かべたままセリナと学園長はしばらく見つめ合った。
「どいてくれる」
鈴を転がすような凛とした声音が沈黙を破った。
セリナが振り返ると、そこには同じ制服を身に纏った小さな少女がひとり。
透き通る白い肌。ウェーブのかかった薄い黄緑の髪との対比が美しい。
鼻筋はくっきりと整った顔立ちをしている。
しかしアンニュイな表情がどこかミステリアスな雰囲気を醸し出していた。
(なに? この子……)
少女は立ち尽くすセリナを迂回して学園長と入れ替わるように中央へ立った。
手元の羊皮紙を眼前へ広げ、事前に用意されていたであろう挨拶を滔々と読み上げていく。
「かの大魔法使いアルテマの志を尊重し——」
セリナは気づいた。特待生代表とは彼女のことを指していたのだ。
(あっ……ぁぁぁああああああ——‼)
時すでに遅し。もう取り返しのつかないほど目立っていた。それはもう盛大に。
穴があったら入りたい。頬を紅潮させ、逃げるように壇上から立ち去る。
名もしらぬ少女の宣誓は右から左へ流れていった。




