無詠唱魔法使いvs完全無詠唱魔法使い ①
——パチン。
熟考の末、木製の盤上へ打った駒が子気味の良い音を立てた。その駒から指先が離れるのを見届けると対面からリーヴェルは少々上擦ったで言った。
「そいつは悪手ではないのか」
エリックは動じなかった。いつも通りの薄っぺらい作り笑いを浮かべたまま、次の一手を待つ。それが彼の常套手段だった。リーヴェルは盤面を分析し、熟考のすえ定石通りの一手を返した。
「必ずしもそうとは限りません」
誘導が目的だったのだろう。エリックは悠々と手番を展開していく。あっという間に戦況は翻り勝敗がついてしまった。あまりの急展開にリーヴェルは眉根を寄せて訝しむ。
「……貴様、敢えて悪手を打って誘い込んだのだな。ふん、狡猾なやつめ」
皮肉にもエリックは表情を崩さなかった。
「いやだなあ。狡猾だなんて。これも教本に載っている立派な手法ですよ。といっても、下品すぎて理事会相手にやると確実に嫌われるでしょうがね」
「そいつはいい。世代交代前にかましてやるか」
このエリックという男は全く腹の内が読めないのである。表面的には爽やかな好青年でありながら、その実内側は野心の塊と言ったところか。媚びるような笑顔は早いうちに見慣れてしまった。
リーヴェルの生徒会長としての仕事は多岐に渡る。学園理事会の面々を相手に忖度勝負をするのもまた、代々続く会長としての『仕事』らしい。しかし、これまでの学園生活で盤上遊戯に縁のなかったリーヴェルにとっては忖度どころか大敗を喫するだけだったのだ。その様子を不憫に思ったのか、いつしかエリックが週末の余暇を使って指南を始めた。リーヴェルはやはり要領がよく、ルールと応用を実戦で吸収し、みるみるうちに実力をつけたのだった。
「それよりも——アーシャ・グローリアは来るだろうか」
リーヴェルはぼんやりと夜空を見上げ嘆息した。意外とインドアな一面があるので、本心は早く終わらせて帰りたいといったところだろう。
「うちの妹は確実に連れてきますよ。昔からわがままだけは何が何でも通してきた子なので」
「それはお前が原因じゃないのか?」
エリックは「どうでしょう」と白々しく首を傾げる。溺愛にも程があるとは思うが自覚がないのだろうか。
「別にいいじゃないですか。少なくとも今回はオレが責任を取りますよ」
「そういう問題ではないだろう」
アーシャ・グローリアという少女が、件の結界事件に際して呼び出したあの個性的な生徒と同一人物だと気付いたのは直前のことだった。まさか彼女もまた無詠唱魔法使いとは驚嘆である。——もしや、あの時結界を展開したのはアーシャ・グローリアではないのだろうか。
疑問がもたげるがまあいい。あちらから出向いてくるのであれば実力で推し量ればいいだけのことである。
しばらくして急にエリックが立ち上がる。また薄っぺらい笑みを浮かべていると思ったが、目線の先を追ってそれがようやく見せた『本心』の笑みなのだろうと察した。
「セリナ、お疲れ様」
セリナの背後に、件の少女の姿を確認する。
「お疲れ様です。アーシャ・グローリアを、連れてきました」
この瞬間を待ちわびたであろうリーヴェルは、まるで童心に帰ったように上機嫌だった。
「週末の余暇を潰してまで相手をしてやるんだ——楽しませてくれよ、アーシャ・グローリア」
それでは無詠唱魔法使いのお手並み拝見といこうか。我も退屈していたところである。




