独善的な思考 ④
「やはり見込んだ通りの腕前ね……精鋭がいとも簡単に」
木陰からアーシャが姿を現しゆっくり近づいてくる。セリナは振り返る。
「後衛が乗り込んでくるなんてことあるんだ」
「倒されてしまったもの、仕方ないわ。わたしを追いかけて考えた攻略法を、見せてもらおうかしら」
そう言ってアーシャはノ—モーションで無数の土杭を生成し放つ。脊髄反射で躱し距離を取った。足首をわずかに掠めた程度で木陰へと潜る。
山林は魔法使い相手なら好都合だった。死角が多く、広範囲の魔法は使いづらいはずである。
土杭が掠めた足首を見る。出血はしているが関節の動きに支障はない。
(無詠唱ってやっぱりすごいんだ……。魔法の発動タイミングが全然わからない)
魔法使いが後衛なのは本来『詠唱』を必要とするのも理由のひとつである。高等魔法になれば『詠唱』はより長く複雑になる。時短かつ速攻に優れる魔法使いなど、脅威でしかない。
(というか、そこまでアドバンテージが取れるならもはや前衛必要ないのでは……)
疑問がもたげるが、アーシャ本人の壊滅的な耐久力を考えれば、前衛は必要だろう。彼女が執拗に前衛を欲しがる理由も納得がいく。
セリナが木陰から飛び出す。すかさずアーシャは土杭の魔法を雨のように降らす。セリナは視界で捉えた杭を直感で弾きながら、アーシャ目掛けて進んでいく。
肩を、脇を、腕を、すり抜けた攻撃がかすっていく。それでもセリナは真っすぐアーシャを見据えていた。
「避けずに正面から突っ込んでくるなんてね……」
アーシャとの距離が縮まる。剣はもう必要ないと、放り捨てて飛びついた。
「あたしの——勝ち」
伸ばした手が届く直前、ほんの一瞬視界に稲妻が走る。瞬く間にアーシャの姿が巨躯の鎧——レーゲンと入れ替わった。
「なっ⁉」
中空で身動きの取れないセリナの身体はレーゲンに激しく衝突する。鈍い音が響いて痛みが脳天を突き抜けた。揺れる視界の隅から様子を窺うようにしてアーシャがジリジリと近づいてくるのが見えた。
「詰めが甘いわ」
「……最初から……もしもの保険を用意していたわけね」
セリナは鈍痛で歪んだままの顔で言う。
「そう。レーゲンも処理しておくべきだった。というのが正攻法かな」
「……あたしの負けよ。……アンタの方が、一歩先を読んでいた……次は、負けないから」
「よく頑張りました」
そう言ってアーシャは唇の端に笑みを浮かべ、小さな手を差し出す。
セリナがその手を掴もうと手を伸ばした時だった。大きな地響き。そして地面に亀裂が入る。
「なっ、なに⁉」
急激に視界が傾く。いや、地面が傾いていた。積雪が、山林が崩れ飲み込まれていく。
(ああ、死んだ——)
咄嗟に両目をつぶって耐えた。しかし、セリナの身体は抵抗していた。間一髪のこところでアーシャがセリナの手を掴んでいたのだ。
「…………助けてくれたの」
小さな両手が真っ赤に染まっている。そんな小さな手で、必死に掴んでくれているのか。
「セリナ……」
「アーシャ……アンタ……」
「もうちょっと……痩せて……重い……」
ああ⁉ 多少の苛立ちを覚えつつ、揺れないようにじっと身を縮こます。しかし、体重差を冷静に考えれば危険な状態である。抵抗を続けるも、セリナの身体は少しずつ下がっていく。このままではアーシャも巻き込んでしまうのではない。不安に駆られ顔を上げる。
「アーシャ、離しなさい。このままじゃアンタまで落ちてしまう」
「ああ、そっか」
あろうことかアーシャは納得顔でパッと手を放した。鬼畜である。
「はぁあ!??!」
(そういうのは、絶対に離さないって返すところでしょうがぁぁぁあああああああ!!!)
セリナの体は重力のままに深淵へ向け加速していく。不思議なもので、体感時間は刹那を切り取ったように長く感じられる。
手紙がないと悲しむ父の顔がありありと想像できた。このままでは背中を押してくれた学園長や、せっかく無理を聞いてくれた兄や会長にも、向けられる顔がない。
(中途半端でごめんなさい。犯人はアーシャ——……)
次の瞬間、全身で感じていたふわりと重力が和らぐ。突き上げるような風がセリナの体を包み込んだ。重力に逆らってセリナの身体は上昇していく。不思議に思って見渡すと、半透明の少女が温かな微笑みを向けていた。あっという間に安全な場所へと運ばれ胸を撫でおろした。
半透明の少女は佇むアーシャへ挨拶するようにくるりと一周回って消える。きっとこれも彼女の魔法だったのだろう。
「——ありがとう」
小さく微笑んでアーシャもまた安堵の表情を浮かべた。
「アンタねえ! 1回落とすやつがいる⁉」
「魔法で助けるほうが確実でしょう」
「こっちは死んだかと思ったわ! ……——まあ、あり、ありがとうね」
安心と怒りと感謝が入り混じって複雑な気分をかみ砕いて丸め込む。そうして落ち着きを取り戻したところでアーシャが口を開いた。
「なんだか気持ちを大きく削がれちゃったわ。学園と領地の破壊は今度にしましょう」
白々しい言いぐさに思わず吹き出す。アーシャが本気じゃないことなんて最初から承知で、本気を出したのはセリナの方だった。それでも、及ばなかった。結果に異存はない。
「なにが今度よ」
「わたしの気まぐれに感謝してよね」
「迷惑です~! ……あんた、ちょっと付き合いなさいよ。時間、あるでしょ」




