独善的な思考 ③
剣の柄がひんやりとしていて、掴んだ瞬間に指先から体温を奪っていく。頭で困惑していても身体は順応で、無意識のうちに叩き込まれた基本構えへ移行していた。腰を落として肩幅に足を開く。
「アンタ……それ本気で言ってんの?」
「もちろん。それはもうめちゃくちゃにするつもり」
飄々とした態度は普段の通りのアーシャにしか見えなかった。感情の起伏がない淡々とした語調から悪意は感じられない。
(本気なのは、勝負をつけたい気持ちってところかしら。あたしの苦労も知らないでこいつは……!)
「アンタがいかに天才魔法使いでも、あたしは誰よりも弱点を知っているわ。ずっと、勝つために調べてきたもの!」
「残念、それは対策済み——」
アーシャを囲うようにして小さな魔法陣が四つ、足元に浮かび上がった。そこから、大小様々な『鉄塊』がせり上がる。それには見覚えがあった。かつて学園で戦いアーシャが回収した『セキュリティ』の鎧騎士達だ。
「ブリッツ、シュトルム、フロスト、レーゲン。——わたしのかわいい……? うん。かわいい悪の軍団よ」
「自分に言い聞かせてないそれ」
四体それぞれへ目を向ける。
左側、ブリッツはアーシャと深夜に学園へ忍び込んだ時に対峙した一体だ。上半身の大きな猿人型で重心の成果前屈みになっている。武器はなく、あの時アーシャが破壊したまま左腕は大きく欠損している。
その隣のシュトルムは、セリナが倒した四つ這いの鎧もといがらくらの寄せ集めである。大きな破損がないのは自分の実力不足であることも影響しているが、まさか再び相まみえるとは予想だにしなかった。
右側の二体は中庭の結界事件で対峙した個体だった。アーシャを背後から狙った長身痩躯のフロストと、火球をくらい焼け焦げたレーゲン。といってもまともに動けそうなのはフロストくらいで、レーゲンは岩のように不動で沈黙を保っている。
「既にボロボロなんですけど」
「傷は戦士を一人前にするものなのよ」
アーシャの言葉を合図にシュトルムが唸りを上げて駆け出し、フロストが長刀を構えて動き出す。
「ちょっ、まっ——」
心の準備もできないままにセリナは狼狽える。『戦いは常に突然始まるもの』——誰かの言葉を想起させた。戦いを起こしているのがその言葉の主だと気付いたのは、背中を向けて走り出してからだった。
多対一は分が悪いと判断し、セリナは山林の闇へと分け入った。足元の感覚すらも定かではない中、木陰に身を潜め息を殺す。索敵する足音が反響する。集中力を欠けば反応が遅る。敵の動きに神経を注いだ。
やがて歪んだ関節音と積雪を踏み込む影がすぐ傍まで迫った。足音が一体分であることを念入りに確認してから、セリナは木陰から飛び出し剣を構えた。四つ這いのシュトルムが真っ赤な双眸を輝かせ、獲物を追う野獣の如く猛り威嚇姿勢を取る。
ほぼ同時に動いた。シュトルムは飛び掛かり、セリナは剣を抜く。切っ先で爪の先端を狙って弾いた。さらに身体を捻って胴体へ踵を激しく打ち込む。
「こいつは攻略済み‼」
シュトルムは体躯を弾ませて転がる。すぐに体勢を立て直し、再びその爪を振るう。セリナは躱して横薙ぎに一閃を放つ。シュトルムの胴体は既に脆くなっていたのだろう。切断面からひび割れていく。
以前は恐怖が勝っていた。しかし、今はあの時ほどの震えも竦みもない。
闇に紛れて身体を伏せ湖畔の様子を確認する。少し先の湖畔にアーシャの姿を捉えた。すぐ傍にはレーゲンが鎮座しているのみで、残る二体は見当たらない。
(アーシャの……弱点は……)
典型的な魔法使いは後方支援型である。つまりは、自分から索敵し襲撃することは基本的にない。逆説的に言えば、前衛が必須のポジションなので自己防衛が弱くなる。そこを補うための四体の鎧ということだろう。
前衛を順番に攻略して最後にアーシャ本人を叩くのが正攻法ということになる。
考えに耽っていると、空から紅く染まり火球の雨が降り注いだ。気配に気づいて炙り出すつもりだろうか。
セリナは再び山林の中へ身を隠す。
(索敵に動いてる二体を同時に相手はできない……。せめて、一体ずつだ)
剣の柄に力が入る。足音を立てないように山林の中を歩く。耳を澄ませると、闇の中で索敵する敵の足音が聞き分けできることに気付く。人で動物でもない、軋む異音の方へ近づいていく。
そっと木陰から頭を覗かせる。長身痩躯のフロストが長刀を携えて徘徊していた。赤く発光する眼が闇に浮かぶ火の玉のようでいて不気味である。
セリナの背後で草むらが動く。驚いて視線を向けると、つぶらな瞳の野生動物が顔を覗かせる。
(こら! 気づかれるでしょうが!)
追い払おうと手を向けた時だった。目の前を長刀の先端が通過し動物を仕留める。断末魔と鮮血のしぶきに息を呑んだ。
獲物を確認しにフロストが駆け寄る。びくびくと痙攣する動物が動かなくなるのを確認すると、長刀を抜いた。セリナは動かずに気配を押し殺す。
闇に浮かぶ慧眼がセリナを射抜いた。掌に力が入る。
しかし、フロストはしばらくの間じっとセリナを見つめていたが、攻撃を仕掛けてはこなかった。疑問に思っていると、すぐ先の草むが揺れる。物音に反応して長刀を槍の如く突き刺す。また動物の断末魔が暗闇に反響した。
(……なんで、あたしを襲わない?)
山林が騒がしくなる。野生動物の群れが近くにいるのだろう。フロストはその声に引き寄せられるように茂みの中へ入っていく。
(音だ……。目で見てるわけじゃなくて、あいつだけ音に反応しているんだ。だったら——)
セリナは動き出す。物音を立てないように、ゆっくりフロストの後を追う。
逃げ惑う動物を、まるで装置のように淡々と狩っていく。ただ音を発するものを襲う。単純ながら凶悪だ。
セリナは手ごろな礫を拾い上げる。振りかぶってそれを遠くの木の幹へ向けて放り投げると、フロストが素早く反応し長刀を向けて一閃を放った。
セリナは素早く背後を取る。足元を蹴りはらうとフロストはバランスを崩した。これが軽いことは、かつての戦いで知っていた。
足で押さえつけ、力いっぱい剣を握って、フロストの胴体目掛けて突き刺す。しばらく暴れていたが、次第に目の光を失うとフロストは動きを停止した。
「二体目……。動物をむやみに殺すんじゃないわよ……」
突き刺した剣を抜いた時、湖畔の方から叫びが響く。猿人型のブリッツだろうか。アーシャが単独で倒した相手ゆえに、一切の情報がなかった。
声の方へ向かうと、樹上からブリッツが飛び降り唸り声を上げた。
剣を構え、間合いに入った。体を捻って斬りつける。ブリッツは大きな右腕でガードするが、腰を捻る奇妙な動きを繰り返す。がら空きの胴体に蹴りを入れると、ブリッツは身をよじらせて離れる。
動きに違和感を覚えつつも、セリは再び剣を振った。欠損した左を狙った。なぜかガードもなく胴体をまともに捉えた。だが、右腕がハンマーのように振り下ろされ、セリナは距離を取った。
口元に笑みが浮かぶ。
(こいつ……左腕がないことに気付いていないのね)
腰を捻る動きは左腕の殴打で、ノーガードだったのは左腕を使ったつもりだったのだろう。生物でないということは、こういうこともあるらしい。
そうとわかれば造作もない。セリナは再び距離を詰めて剣を振るう。タイミングを見るだけで十分だ。右手を使わせたあとは必ず無防備になる。セリナは間隙を縫って最速の突きで仕留める。
「これで——終わり!」
胴体を貫いた剣の感触から、振動が伝わる。やがてそれが静まると、目の前の巨躯は騒がしい音を立てて崩れていった。
呼吸が浅い。訓練の何倍も動いて、頭を使って、苦しい。それでも、戦えている確かな実感が湧いてくる。
(あとは……アーシャ……)




