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独善的な思考 ①

「却下だ——」


 微塵も揺らぎのない言葉が、鋭利な刃物のように深く刺さる。立ちすくむセリナを慧眼(けいがん)が射抜いた。薄暗い室内で生徒会長リーヴェル——もうひとりの無詠唱魔法使い——を正面に見据える。その隣から実兄のエリックが険しい顔を向けていた。



 セリナは執務室から真っすぐ生徒会室を訪ねた。

 本来、多忙を極める彼女がいち新入生と面談などするはずもない。しかし、エリックが偶然セリナを出迎えたことで叶ったのだった。


「会長に会わせてほしい」


 入学以来ろくに挨拶も来なかった妹の無理難題を、エリックは咎(とが)めることなく招き入れた。セリナの表情からただ事ではないと汲み取ったのだろう。


 気圧されながらもセリナはいきさつを話す。リーヴェルは机上に両肘をつき、手を組んでじっとセリナの話を聞いていた。一旦の区切りを見つけると、ただ一言だけ、冷たく言い放った。

 


「……どうして、ですか。生徒会長も無詠唱魔法使いだと聞き及んでいます。それでも気持ちを汲んではいただけないのでしょうか」


 リーヴェルは眉根を寄せ目を細める。


「言いたいことはふたつだ。まずひとつ、確かに私は無詠唱魔法使いだ。しかし今まで試験時には規則を遵守(じゅんしゅ)し詠唱をしている。アーシャ・グローリアが無詠唱で受験したのは本人の失敗であり、無詠唱魔法使いであることとは切り分けて考えるべきではないのか? それをいえば、君が試験で魔法の発動に失敗し減点されたとする。その場合でも、再試験をさせてほしいと懇願(こんがん)するか? どう違う。結果に対して後から詭弁(きべん)を述べることは容易で、覆すことはその何倍も難しい」

「それは——……」


 二の句が継げず言い淀む。試験開始前に説明があった以上、本人に落ち度があることは揺らぎない事実である。動揺するセリナを追い込むようにリーヴェルはまくし立てる。


「——そしてもうひとつ。なぜ君が動く。直訴するのであれば本来アーシャ・グローリア本人が『再試験をさせてほしい』と頭を下げにくるのが筋ではないのか。奴はなんと言っている?」


「アーシャとは……まだ話を、していません……」


 ばつが悪そうなセリナを前にしてリーヴェルは嘲(あざ)けるように笑う。


「話にならない。きっと独善的な行動をしているとも気付いていないんだろう。これは——バステア領の将来が心配だ」


 そう言ってわざとらしく肩をすくめてみせた。


「本件とバステア領地運営は関係ありませんよ」


 静観に徹していたエリックも、流石に領地のことを持ち出されて不満だったのか、強い語気で割り込んだ。今度はエリックの鋭い視線がセリナへと向く。


「ようやく顔を出したと思ったら、立場も弁えずにクラスメイトのために再試験を懇願か。セリナ、それは優しさではなく甘えだ。アーシャ・グローリアだけでなく、お前自身も考えが甘いんだよ。もう16だろう、大人になれ。入学以来ろくに手紙も寄越さないと父上は嘆いておられた。お前にとってはクラスメイトのたった一回の失敗が、家族よりも大切なのか? それに——アーシャ・グローリアのことをやけに贔屓している様子だが、他人を蹴落としてでもトップを狙え。それが、本来のバステア家の者としての心構えというものだ」


 ご説ご尤(もっと)もな正論に、もはや反駁する気も起きない。セリナは思わず目線を逸らした。胸中に混沌としたものが渦巻き言葉が出なかった。『独善的』、本当にそうだろうか。


「こっちを見ろ」


 こみ上げる嗚咽は我慢できた。だが、零れ落ちた涙は頬を伝うまで気づけなかった。目元を擦る手は震えていた。


「会計、言い過ぎじゃないのか。妹泣いているぞ」

「俺は父母の代わりに保護者としての責任があるんですよ」

「アーシャは……」


 セリナは真っすぐ二人を見た。拳に力を込める。後押ししてくれた学園長の好意を無駄にするわけにはいかない。独善的と言われようが構わない。だったら詭弁を貫いてやる。


「アーシャは、あたしよりもずっと優秀な魔法使いです。正当な評価がされないことには納得できません」

「正当な評価、だと? 笑わせる。試験結果に不満を持つ者はアーシャ・グローリアだけではないだろう。その中で彼女だけを特別扱いしてみろ。学園内で暴動が起きるぞ」

「そうかもしれません。でも0点は違う。あいつが評価に値しないなんてこと、絶対にない」


 エリックが顔をしかめた。無茶苦茶なことを言っていることなんて百も承知だ。それでも、黙って結果を——勝敗を享受することの方が納得できない。それはアーシャが教えてくれたことだ。


「……会長、今晩の『盤上勝負』はまた次の機会にしましょう。きっと、遥かに面白いものが見られる」

「おい、貴様まさか——」


 困惑と呆れの混ざった表情を浮かべるリーヴェルを横目にエリックは含み笑いで続ける。


「今晩アーシャ・グローリアを連れて4年寮まで来るといい。会長の言うとおり、本人が直訴するべきだ。そのうえで、『優秀な魔法使い』を証明してみろ」


 厳しさを纏った語気だった。しかし、その本質はセリナの知るエリックそのものだ。


(お兄はいつもこうだ……。いつだってあたしのために道を切り開いてくれる)


「ありがとう、ございます」


 セリナは深々と頭を下げる。上擦った声がしんとした室内に反響する。顔を上げるとリーヴェルは口を尖らせていたが、それ以上難癖をつけることはなかった。

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