中間テストの行方 ③
テスト当日までは一瞬だった。
寮と学園を往復する日々に間隙を縫って自習を積み重ねてきた。
ひとえにその原動力はライバルの存在と競争心に尽きる。
アーシャ・グローリアという魔法使いは謙虚だとセリナは思う。
才能に恵まれながらも、おごり高ぶったりしない。
そういう、本質的な人の性根というものは膝を交えなければわからないものだ。
教壇手前の最前列で背中を向けるアーシャを中段から見下ろして目を細める。
(あいつ、悪い子じゃないのよね……)
視線を手元に戻す。
一通り記入を終えた答案用紙にもう一度目を通していった。
自己採点では遺漏はない。
それはきっとアーシャも同じで、正念場は後半の魔法実技試験になるだろう。
深呼吸をした。
試験の時間が過ぎていくにつれて心臓の鼓動が早くなる。
教室中に自分の心音が反響してるんじゃないかと錯覚するほど、体の芯から脈打っていた。
時報を合図に試験官が「そこまで」と淡々とした語調で言った。
驚くほど軽々しく、結実ともいえる答案用紙が回収されていく。
彼らにとっては業務の一環に過ぎないのだから当然といえば当然である。
一区切りつけば緊張も少しはマシになると思っていたが、そうではなかった。
変わらず胸奥で心音は激しく打ち付けているし、掌はしっとりと湿ったままだ。
気休め程度の時間を経て、魔法実技試験が始まった。
教官が壇上に立ち、「事前に書類で周知しているが——」と改めるように説明していく。
試験は四人ごとに別室で行われる。
教官の指示でひとりずつ課題の魔法を発動するのだ。
『詠唱に間違いはないか』、『発動するか』、『維持できるか』の基本三軸を満たせば40点。
加えて熟練度に応じた加点が最大60点で合計100点。
各個人にはそれぞれその場で点数が発表される。
つまるところ、セリナは意図的に彼女と同じタイミング受験すればその場でおよその優劣は確認できるのだ。
——それでは、希望者から順に隣の教室へ来るように。
教官の溌剌とした声を合図に、教室の出入り口には受験待ちの列ができる。
実技試験を終えれば試験終了ということもあり、周囲の空気は少しだけ穏やかだ。
一瞬、アーシャが振り返った。セリナと目配せをする。
「わたしと勝負するなら、最後の四人になれ」ということだと理解した。
「セリナは並ばないのー?」
気の抜けた調子の声。
普段なら心地良いはずが、今はほんの少しだけ煩わしい。
案の定、声の主はアスカだった。無邪気な笑顔と垣間見える糸切り歯はやはりかわいい。
「あいつと同じ班になりたいから、最後にしようと思って」
その一言だけで、アスカは察した様子だった。
納得顔で視線だけ最前列へ一瞥を向ける。
「あー、アーシャちゃんと勝負してるんだっけ? ほんと仲良しだねー。じゃあ私も一緒にいこっと」
そう言ってアスカはセリナの隣——生徒が列に並んでできた空席——に腰を下ろした。
教室内の人口密度が減っていくにつれて、穏やかだった空気がしんと張り詰めていく。
「終わったらさあ、購買で甘いものでも買って食べようね。——アーシャちゃんも誘って」
アスカが天井の隅の方を見ながらひとりごとのように言う。
どこまでもこの子はおおらかで自分のペースを崩さない。
彼女らしいそういうところを見習うべきだし、敬服させられるとセリナは思った。
「……そうね」
セリナは口元を緩め小さく頷いた。
重々しく感じていた空気がほのかに温かみを帯びたようで、心音がいくらか和らいだ。
アスカが立ち上がり肩を叩いた。「行くよ」と促す。
「——もう?」
気がつけば教室内は閑散としていた。
この一瞬が永劫のようにも、刹那のようにも感じられたが、少なくとも授業の一コマよりも短い時間だったはずだ。
教室の出入り口に立つ男子生徒がセリナ達を見て片眉を上げる。
彼が受験列の最後尾だったのだろう。
四人揃わなければ始められないと言わんばかりに顎をしゃくった。
「ごっめーん」
アスカがセリナの手を引いた。
その様子を見届けると、アーシャも立ち上がり近づいてくる。
「緊張しているの?」
「……まさか。アンタにだけは負けない」
「そうこなくちゃね」
▽
深く呼吸を整える。
「焔の精霊よ、穢れなき神の子に燠の恵みを施したまえ——#001グルート」
詠唱すると、両手で覆った藁束が燻った。
香ばしさが鼻腔を通り抜け、手元に熱が籠ると胸を撫でおろす。
意識を再び集中させる。
次第に種火は白煙をくゆらせながら緋色を纏い熾火となった。
教官が目を細めて頷く。
「よろしい」と一言添えると、流れ作業でセリナの隣へと目を向けた。
既にセリナを含む三名の実技試験を終えている。
この場にいる全員の視線がアーシャ・グローリアへと集中していた。
「では最後、アーシャ・グローリア」
「——はい」
アーシャが両手を藁束に添える。
すぐに白煙が上がり、ものの数秒で緋炎を纏う熾火と化した。その美しい所作も相まって他方から驚嘆の声が漏れる。
「熟練の魔法使いみたいだ」
「……すごい」
教官の鋭い目つきが変わることはなかった。
アーシャの起こした火種が鎮火したのを見届けると、教官は同じ口調で「よろしい」と一言残して教壇に立つ。
セリナ達四人の顔をそれぞれ見やると、小さく息を吐き口を開く。
「この班は全体的に完成度が高く、ここまでの研鑽が窺えた。この調子を期末まで維持するように——最後に、各個人の点数を発表する」
教官が一人目の男子生徒に目を向ける。
「コーディ・グレイ——85点」
高得点に男子生徒——コーディはしたり顔を浮かべる。
「次、アスカ・クオン——92点」
「よっっしゃああ‼」
歓声が上がる。
「セリナ・フォン・バステア——96点」
名前を呼ばれた瞬間に、心臓を鷲掴みにされたように胸が痛んだ。
しかし、高得点に安堵し視線を隣のアーシャへと向けた。
アーシャはまるで結果が分かっているかのように、教官から視線を外している。
「アーシャ・グローリア」
名前を呼ばれて、ようやく顔を向ける。
「0点」
時間が止まったみたいに、教室内がしんと静まり返る。
「……えっ」
消え入りそうなほどか細い声がアーシャから漏れた。
「聞こえなかったのか、0点だ」
「ど、どうして⁉」
セリナが割り入る方が早かった。
身を乗り出して教官の正面に立つ。
「魔法の完成度は、アーシャが一番でした。悔しいけど、あたしよりも……それが、なんで0点なんですか」
「正確には詠唱がなかったため採点不可だ」
贔屓なくただ事実を告げる、淡々した口調だった。
「わ、わたしは無詠唱魔法使いで……」
絞り出した声でアーシャが反駁する。
しかし、教官は「知らん。採点ができないのだから仕方ないだろう」と言い残し教室から立ち去っていく。
なんとも言えない重い空気の中、アーシャはわかりやすく肩を落としていた。
「……アーシャ……」
その呼びかけに、彼女が応じることはなかった。
▽
翌朝には中間テストの総合順位が、学園内のロビーに掲示されていた。
セリナはアスカと共に人混みをかき分けて確認する。
『セリナ・フォン・バステア』の名は、上位10名に入っていたのだ。
父との約束を果たせたことに、一旦は胸を撫でおろす。
しかし、目線では別の名を探していた。
そこにあるはずの名前は見当たらなかった。
再び空席となった最前列の一席を見つめ、セリナは決意を固めていた。
放課後を迎え、気がつけばそこにいた。
装飾の施された、この学園で最も重厚な扉。
息を吐く。
今度は、力強かった。
その意思はブレない。
「失礼します。——今日は、お願いがあってきました」




